第15話 “セキタイ攻防戦”

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 セキタイタウンはカロス地方の最西端、半島のように海に突き出た場所に位地している。三方向を海に囲まれた町は、艦隊にとって一見して攻めやすい形を取っていた。
 エドウィン率いる同盟艦隊――主に空軍と海軍――は、3つの部隊に別れてそれぞれ北、西、南から攻め入り、他の陸上部隊はセキタイタウンから東南に下った町、コウジンタウンから上陸し、セキタイタウンの東側を目指す。いずれの部隊も、どこかで負ければ一気に負担が跳ね上がるため、どんな犠牲を払ってでも勝つ事が義務になっていた。
 義務、と口に出して言うのは簡単であろう。だが空を埋め尽くすポケモンの大群に囲まれてしまうと、そんな言葉は霞んでしまう。

 旗艦リベンジャー号を筆頭に、ポケモン達と対立して空や海に浮かぶ戦艦、そしてここからでは見えないが海中のポケモンと対立する潜水艦、いずれも《破壊光線》を技術化した黄色い光線砲を何千発と撃ち込むものの、鉄壁とも言える盤石な守りの前に砕け散った。最前線に居座るポケモン達が《守る》という強固な防壁を築き上げているせいだ。本来ならば1匹を覆うだけの半透明のバリアーは、群れて使う事でバリアーの境界が繋がり、一分の隙もなくセキタイタウン周辺海域を覆い尽していた。
 幸いポケモン達からの反撃はまだ来ない。光線砲の方が射程が長く、破壊力も高いお陰だ。
 しかしリベンジャー号のブリッジ中央に位地する艦長席からスクリーンを通して、しかめっ面で戦況を見つめるエドウィンには、ポケモン達と持久戦を繰り広げるつもりなど毛頭なかった。

「第3陣も攻撃、しかし敵のバリアーが崩せません。代わる代わる《守る》を使っているため、暫く途切れる気配も無さそうです」

 女性オペレーターの報告も、芳しくない状況を伝えていた。
 ならばこちらから動かなければなるまい。エドウィンはスクリーンの奥に広がる巨大なバリアーを見据えて。

「攻撃戦闘機、敵バリアーに接近して近距離から攻撃。撃ったら全速力で退避しろ」
「了解。攻撃戦闘機に通達――」

 女性通信士が命令を復唱している間、男性操舵手が呟く。

「どうして無駄な攻撃を命じたんだろう?」
「それはね――」

 と、隣りで仕事にあたっていた女性オペレーター。

「あえて敵の射程範囲に入る事で、何匹かポケモン達を動かせるかもしれないからよ。いわば挑発作戦ってとこ」
「攻撃戦闘機、発進しました」

 続く男性オペレーターの報告に、ほぼ全員が固唾を呑んでレーダーや戦略マップを見守った。

 海上艦や大型航空艦から1人乗りの戦闘機が続々と飛び出していく。それらは大型ポケモンと同じくらいのサイズで、ドラゴンポケモンにも匹敵するほど機動的な動きを見せた。その分パイロットにもGの負荷がかかるが、訓練された彼らはそれを物ともせず、迫るバリアーの壁に向かって光線砲を一斉に注ぎ込んだ。
 ひとつの町なら一瞬で灰にできるほどの爆撃である。しかしポケモン達の壁はけろりとした顔を浮かべて、エドウィン達が望んでいた反撃に出た。
 すぐさま特殊攻撃が次々と戦闘機に降り注いでいく。《冷凍ビーム》に、《火炎放射》に、《10万ボルト》、《破壊光線》。旋回して自陣に引き返していく彼らの機体を凍らせ、焼き払い、感電させ、木っ端みじんに打ち砕く。運悪く狙われてしまったパイロットは、脱出の暇もなく機体と運命を共にしていった。

 戦略マップから点がひとつ、またひとつと消える度、エドウィンの眉間にシワが寄っていく。トドメは女性オペレーターの報告だった。

「餌に食いつきません、敵の防衛ラインに変化なし」
「ポケモン達だけでこんなに統率が取れた動きを……?」

 フレデリカが不安定なトーンで呟くように言った。
 エドウィンは考える。広域テレパシーによって作戦を伝達しているに違いない、おそらく女性ミュウツーの力だ。しかし、これまでの行動を見ても、敵の頭は相当に賢い。持てるカードを小出しにして我々を出し抜いてきた。
 戦闘経験の少ない女性ミュウツーにできる芸当じゃない。ならば、ゲノセクトか……。
 良いだろう、それならこちらはもっと強引な方法に出よう。エドウィンは一度、唇をキュッと結んだ。

「各隊、それぞれ指定の座標に向けて集中攻撃だ。防衛線をこじ開けて一斉に突撃せよ!」

 《守る》とは、完全無欠の鉄壁防御ではない。概ね1~3回の攻撃を防ぐには十分だが、その程度の耐久性しか持っていないのである。しかもその範囲は個体に限られているのだ。
 その欠点を補うために群れで交代して《守る》を展開したとしても、広域に渡る攻撃には対抗できても、一点集中されると途端に脆さを露呈する。攻撃側に合わせて《守る》を使うポケモンも集中攻撃地点に集まって忙しい《守る》交代に参加しなければならなくなり、他の場所が極端に手薄になってしまうのだ。

 光線砲の黄色い閃光が、エドウィンの命令通り、それぞれ北、西、南の3地点で集中的にポケモン達へ浴びせられていく。更に彼の予想通りに周りのポケモン達も攻撃ポイントに集まり、せわしなく《守る》を張っていた。
 穴が空くのも時間の問題だ。

 と、彼のほくそ笑む顔が、ゲノセクトには手に取るように浮かんで見えた。
 涙ぐましい努力、お疲れ様。人間達の貧弱な健闘に答えて、それが実る瞬間を与えてやろう。

「艦長、敵の防衛ラインに穴が空きました!」

 敵の指揮官であるゲノセクトが今どんな顔をしているか、エドウィンには窺い知る術は無かったが、女性オペレーターの報告を受けて直感した。
 早過ぎる、もっと抵抗して時間稼ぎができた筈だ。

「敵の罠では? 奥にゼクロムとレックウザ、イベルタルが控えています」

 あれだけ点がごちゃごちゃしている中から最も強力な3匹を見極めた副長たるフレデリカは、称賛に値するだろう。
 だがエドウィンは今さら物怖じする気は無かった。たとえ何が待ち受けていようが、倒して進むしかないのだ。相手は圧倒的に数で上回っているからこそ、総力戦を提案してきた。ならばそこに付け入るだけである。

「懐に飛び込むなら今しかない、もう次は無いだろう。第4、第7、第9艦隊は伝説級を攻撃、他の全艦は開口部へ向けて前進だ!」

 この命令を機に、戦場が大きく動き出した。
 ポケモン達の防衛線の前で立ち止まっていた艦隊は大きく進み出て、迎え撃つポケモン達を片っ端から光線砲で撃ち落としていく。真っ先に直撃を受けたチルタリスが砕け散り、綿を散らして肉の欠片が母なる海へと落ちていく。一方で光線砲を旋回して回避したファイアローは、すぐさま航空戦艦への攻撃に転じた。身を炎で包んで突撃する《フレアドライブ》が、戦艦を覆うバリアーに衝撃を与える。反動で跳ね返りながらも、ファイアローは連続してバリアーを叩いた。
 他のポケモン達も、数にして最前線だけでも数千匹が戦艦と衝突した。あるいは特殊攻撃をもって、そのバリアーに傷を与え続けた。

 最初の戦禍はそれだけに留まらない。
 レックウザが咆哮をあげながら前に飛び出し、大きく開いた口からその身よりも太く巨大な《破壊光線》を放った。それだけで突風が吹き荒れ、近くのポケモン達も一時的にバランスを崩して高度を下げる。
 が、そんな副作用などどうでも良いぐらいの威力はあった。航空戦艦のひとつに直撃し、覆っていた筈のバリアーをすり抜けるようにぶち破って、機体に大爆発を起こさせたのである。初撃で数十人は蒸発したであろう、もはや攻撃能力はおろか、航行さえ不可能になった戦艦に、バランスを取り戻したポケモン達が集中砲火を浴びせた。

 ゼクロムも強引な戦いを繰り広げていた。
 自身を膨大な電気エネルギーの塊で覆い突撃する《クロスサンダー》を海上戦艦の上から仕掛けた。もちろん海上戦艦にもバリアーがあるが、お構いなしの一撃は非常に重く、バリアーごと戦艦は海の中に押し込まれてしまった。おまけにバブルのようにバリアーが砕け散り、そのまま彼らが二度と浮かんでくる事は無かった。
 だが、人間達もやられてばかりではない。リベンジャー号と同型の航空戦艦が率いる12隻からなる艦隊が、一斉にゼクロムに向けて砲撃を開始した。おまけにシャドーのダークポケモンであるフリーザーも加わり、ダークオーラの暗い色を帯びた冷凍ビーム、《ダークフリーズ》も合わせて、海上戦艦を落としたばかりのゼクロムに雨霰と降り注いだ。

 だがイベルタルは、自身に向かってきた反撃を嘲笑うかのようにかわしていく。《ゴーストダイブ》の移動術で、まるで煙のように姿が消えると、次の瞬間には航空戦艦を覆うバリアーの内側に姿を現し、そのブリッジを覆う隔壁を両足で鷲掴みにした。
 中から操作して光線砲による必死の抵抗を繰り広げる人間達だが、それは戦意からではなく恐怖心からであった。死の遣いとして恐れられたポケモンが口を開けば人間達は叫び、慄き、そして生を奪い去る黒い稲妻を帯びた赤い閃光がブリッジごと戦艦を丸ごと貫いた。

 リベンジャー号率いる20隻の航空艦隊も、伝説級のポケモンと鉢合せはしていないものの、ポケモン達の猛攻に被害を出しつつあった。
 地震のように揺れ、火花と冷却材の煙が漏れるブリッジの中、男性通信士が報告する。

「政府艦ダイヤモンド号が《破壊光線》に被弾しました。左舷エンジン停止、速度が落ちて編隊から離れています」
「フロンティア号を一緒に下がらせろ、他の艦には速度を落とさず編隊を維持しろと伝えろ!」

 非情な切り捨てを悔んでいる暇など無い。エドウィンはスクリーンの向こうに見える鳥ポケモン達を睨みつけた。

「前方の小隊を突破できるか?」
「任せてください!」

 男性操舵手の意気込む返事に、エドウィンは「よし」と頷いた。

 前方から向かってくる鳥ポケモン達およそ30匹を相手に、リベンジャー号とその率いる艦隊が光線砲を浴びせていく。それが何匹かには命中したものの、途端に鳥ポケモン達は編隊を崩し、散り散りに離散していった。
 これがただの野生ポケモンであれば素直に喜べるものの、今や彼らは統率された軍隊である。群れで隠れていた5匹のシンボラーが露わになった瞬間、エドウィンは叫んだ。

「左舷反転!!」

 咄嗟に動いたリベンジャー号や多くの戦艦は、シンボラー5匹が協力して放ったひとつの点のような小さく黒いエネルギーの塊を、すんでのところで避けることができた。しかし後続の航空艦はバリアーで受けきれると過信があったのか動かず、それを受けてしまった。
 その最期の光景に、エドウィン達は目を覆いたくなった。バリアーがゴムのように黒い塊に引き寄せられてぐにゃりと歪み、弾けて、機体もパンを端からどんどん千切られるように破れて、宙に放り出された人間ごと吸い込まれていった。
 それが《重力》の塊であるブラックホールだと気付いたのは、その塊ごと彼らの痕跡が消えた後だった。

「これ以上奴らにあれを撃たせるな、光線砲をターゲットにロックしろ!」

 エドウィンの命令で、リベンジャー号と残った戦艦が一斉にシンボラー達に向けて砲撃する。が、まるで放物線を描くように光線が曲がり、ことごとく逸れていった。
 男性科学士官が報告する。

「《重力》のレンズが一帯を覆っているようです、スタンバイ……ターゲットセンサーに修正値を入力しました!」
「発射だ!」

 エドウィンの合図と共にリベンジャー号の放った一発。これがシンボラー達の軸を破壊した。
 リベンジャー号から伸びる黄色い光線は、そのままであればシンボラー達の脇を通過しただろう。だが重力レンズの影響を考慮したそれは、放物線を描いて吸い寄せられるように真ん中のシンボラーに命中し、その奇怪な身体をひとつの細胞も残さずに蒸発させた。
 5匹揃って形成された重力場は終焉を迎え、あとは17隻の艦隊の餌食となるだけだった。





 空中の戦い、水中の戦い、そしてセキタイタウン東南部での陸上の戦い、それらをゲノセクトは頬杖をつきながら、しかしどこか楽しそうに眺めていた。
 巨大艦の中枢部、生きる蔦に覆われたブリッジから、ゲノセクトは女性ミュウツーと共にたった2匹で全てを指揮していた。

「シンボラーで持っていけたのはたった1隻か……思ったより人間共、なかなかやるな」

 ゲノセクトはギシギシ笑いを漏らしながら、中央の座席の上でふんぞり返った。正面に吊り下がる大型スクリーンに映る無数の戦場が彼を楽しませていた。
 一方の女性ミュウツーは、怪訝そうに訊ねる。

「長引けば長引くほど、同胞に危害が及びます。どうしてこんな戦い方を?」
「楽しいから、だと思ってるか?」

 自分の席の後ろに立っている女性ミュウツーに振り返りながら、ゲノセクトは続ける。

「否定はしないね。だがこの古代兵器で一掃しようにも、なかなかに扱いにくくてな。リチャージにかかる時間を考えれば、まず敵を誘導しなければならん。一撃で最大の被害を与える、それが我らポケモン解放軍の犠牲を最小に抑える戦略だ……お前は俺に、異を唱える気か?」
「いいえ、貴方の行く道を信じています」

 ならいい。と、ゲノセクトは再びスクリーンに向き直った。

 とはいえ確かに、ちまちまと艦を落としていくのも味気ない。イベルタル共をもっと積極的に使えば得点は稼げるだろうが、この大規模な戦場でそれに頼った戦略は不安定過ぎる。
 やっぱり見たいよなぁ。一発で何百隻も塵になる光景。
 だが気を付けて撃たなければダメだ。狩りとは、いかに獲物に勘付かれずに急所を狙い撃つかが肝心なのだ。そして優れた狩人ならば、静かに息を潜めて、その最高の快楽を得られる瞬間までジッと耐え忍ばなければならない。

 我慢、できるかなぁ。
 ゲノセクトは複眼の奥に宿る深紅の光を一層輝かせて、笑った。

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