第14話 “出陣”

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 その日、ミュウツー達は日が暮れた後も主を失くした空っぽの家の白いリビングで過ごす。満月の光が眩しい夜、寂れた真っ暗なサザナミタウンの中に、その家には明かりがぽつりと灯っていた。
 彼らを目撃する者は誰も居ない。邪魔する者も居ない。お陰で誰の目を気にすることなく、硬く冷たい、砂でざらざらする床に座り込んで2匹は夜通し話し続けた。
 話の中身は、それこそ他愛ない会話――お腹空いたねとか、ちょっと冷えるねとか――から、今まで2匹が経てきた事件の一瞬一瞬で何を思い、感じてきたか等、多岐に渡った。もちろん、モチヅキ博士との思い出話にも花が咲く。彼らの会話に悲しみの色や涙は無かったが、遠い過去を振り返っては懐かしみ、目を細めていた。

 ダークポケモンの力を得た頃が今までの中で最も輝いていた。ミュウツーは語る。
 もちろん復讐の為だけに動くのはもううんざりだ。だがあの時は、確かに前に進んでいる自身があった。輝いていた。できる事ならばもう一度あの頃に戻って、再び輝きたい。感情の赴くままに身を任せるだけで良かった、あの頃に。

 でもそれが、未来に進むって事だよ。ビクティニは語る。
 生きて未来に向かって歩いて行く限り、ボクらは何度だって輝ける。夢や野望を抱くんだ。経験し、成長して見えた新たな世界の中で、もっと大きくなるために。君は余りある優れた能力を持っているんだから、やりたいと思った事は何だってできるよ。
 復讐したいならそれでも良い。ボクは君についていく、何があっても味方でいるから。

 君のやりたい事は、人間と共にゲノセクトへの敵討ち?
 ポケモンとして、ポケモン達と共に自由の為に戦う?
 それとも、傍観者として行く末を見守る?

 その答えを語るミュウツーに、ビクティニは最初こそ目を見開いて驚いた。暫くうつむいて考え込んだものの、ある時になって顔を上げ、微笑みながら頷いた。
 君らしい答えかもしれないね、と。

「ティーニ」

 もう大丈夫だね。窓から差し込む朝日のカーテンを浴びながら、ビクティニは穏やかに鳴いた。

「あぁ、心配をかけたな」

 頷いて、ミュウツーは窓に目をやった。もう夜明けか、そんなに話し込んでしまっていたとは。そう思いながら、眩しそうに目を細める。
 今の決断に迷いは無い。むしろ1日の始まりを告げる太陽の光を浴びて、ますますエネルギーが溢れ出てきているようだ。これが一歩前に進む感覚なのか。病みつきになりそうなその感覚に、ミュウツーは喜びに打ち震えていた。
 それに水を差す訳ではないが、ビクティニが首を傾げて訊ねる。

「クティ?」

 これからどうするつもりか、聞いて良い?
 その問いに呼応するようにミュウツーは立ち上がり、にやりと含みのある笑みを見せた。

「連中と合流する前に、寄るところがある」
「ティニ……?」

 寄るところ?
 呟くように繰り返してから、ビクティニはハッと息を呑んだ。
 よくもまあ彼は茨の道を選びたがるものだ。それについて行くと言った手前、文句は言えないが、呆れたくもなるのは仕方ない。
 彼は気付いているのだろうか、この選択肢は、下手をすれば世界中を敵に回しかねないという危うさをはらんでいるという事に。遺伝子工学の傑作でもある彼の優れた頭脳が導き出した結論なのだ、おそらくそれも考慮の上だろう。だがそれ以上に、自分の決断に自信を持っている今の彼は、ただ単純に朝日を浴びているからだろうが、輝いて見えたのだ。
 数日だけとはいえ、また大変な旅になるぞ。ビクティニは諦めたように、がっくりと頷いた。





 ミュウツーが動き始めてから、三日後。
 地平線から顔を覗かせる太陽の光を浴びて、マサラ港に集った戦艦達が目を覚ます。攻撃の日の朝だけあって、互いに鼓舞するように一斉にかかったエンジンから轟く重低音が、一帯の穏やかな海を揺らした。
 中にはリベンジャー号の姿もあった。ずらりと並んだ海上艦に紛れて、その機体を海に下ろしながら、いくつもの軍艦の頭上に跨って翼を広げている。そのブリッジでは既にエドウィンを筆頭に、ロケット団艦隊の中でも最も優れた乗組員達が、ここでの最後の仕事に、緊張した面持ちで取り掛かっていた。

「艦長、司令部から通信です。出発の許可が出ました」

 女性通信士の報告が続く。

「各同盟組織の旗艦からの報告です、出発準備完了」

 エドウィンは一度息を深く吸い込んで、「よぅし」と呟きながら吐き出した。
 いよいよだ。座席の肘掛けに体重を傾けながら、彼は堂々とした口調で命じた。

「錨を上げて浮上しろ。同盟艦に通達、これより発進する。進路はカロス地方、セキタイタウンにセット。反重力推進システム、速度10。進路に乗った後は、速度50に上げて前進だ」
「了解、浮上します」

 男性操舵手は答えて、手元のコンソール画面に映る複雑な操作パネルを慣れた手つきで押した。
 スクリーンや窓ガラスが震えて、大量の水飛沫が舞い上がる。エンジンの轟音がブリッジにも響き渡る。スクリーンの向こうに見渡せるマサラタウンの景色が、次第に小さく遠退いて、代わりに朝焼けの空がスクリーンいっぱいに広がった。
 リベンジャー号が海から出たことを皮切りにして、他の海上艦が黒い煙をもくもくと吐き出して重苦しい汽笛を鳴らす。マサラタウン近郊に着陸していた航空艦も、激しい風を巻き起こしながら、それぞれ空へと飛び立っていった。マサラタウンの一軒家から空を見上げれば、思わず口をぽかんと開けてしまうに違いない。青いキャンパスを覆いつくす無数の黒い戦艦の群れは、まさに圧巻であった。ひとつひとつの戦艦の息遣いが、身体中を貫いていくようだった。
 海上艦もゆっくりと重い腰を上げて動き出す。莫大なエネルギーを絶えず生み出すエンジンを唸らせ、次々と鋼鉄の塊が港を離れていく。
 その中に紛れる潜水艦の一団も、船首をカロス地方に向けると、続々とその雄姿を海の中へと沈めていった。
 およその数にして、航空艦200隻、海上艦250隻、潜水艦150隻。総数600隻もの大艦隊が、カロス地方に向けて舵を切った。

「約4時間で侵略軍の防衛線に接触します」

 男性操舵手の報告を受けて、エドウィンは「分かった」と返しつつ。

「偵察中のリーフグリーン号に通信を繋げ、彼らが調べた敵勢力のデータを見たい」
「センサー情報をダウンロードしています……信じられない」

 と、艦長席の脇に席を有する女性副官のフレデリカは、答えながらモニターを見つめ、素早く息を吸い込む。

「暫定ですが……飛行ポケモン12万、陸上ポケモン30万、水中ポケモン8万の大軍勢です」
「なんて数だ」

 思わず頭を抱えたくなるような数字に、エドウィンは苦々しく目を閉じた。
 だが、フレデリカは恐ろしいものを口にするかのように震えがちな声で、更に続ける。

「それだけではありません、全国各地でポケモン達の異常行動が報告されています……一斉に移動しているとのことです。すべて進路は、カロス地方、セキタイタウンに向いています」
「ついに世界中のポケモン達が我々の敵になったということか」

 戦略士官の男がポツリとこぼした言葉には、誰も返さなかった。皆、戦意を保とうと必死だった。たとえ死地に向かうとしても、希望を持ち続けていたかった。
 フレデリカは続けた。

「彼らの到達予想時刻は、先行の集団だけでも、およそ6時間後です」
「つまり今から6時間以内に決着をつけなければ、セキタイ占領軍と世界中からの応援に挟み撃ちにされて、我々は全滅か」

 エドウィンがはっきりと言った後、嫌な沈黙が流れた。
 戦う前から敗色濃厚なのは明らかだった。しかし、だからといって誰も「逃げよう」「降伏しよう」等と言い出せる訳もない。あらかじめ覚悟していた事だ、今さらそんな事を言い出すつもりは誰一人として毛頭なかった。
 フレデリカは重苦しい雰囲気を察して、自ら沈黙を破った。

「まるでジラルダン事件の再来ですね」
「ジラルダン事件?」

 女性通信士が振り返り、首を傾げた。
 フレデリカは続けて。

「昔、ポケモンコレクターのジラルダンが、ルギアを誘き出すために、オレンジ諸島のサンダー、ファイヤー、フリーザーを捕獲してしまった事件よ。世界中のポケモン達が危機を察知して、一斉にオレンジ諸島へと集まったの」

 なるほど、と女性通信士は頷きながらも、表情を暗くして。

「本当にポケモン達が人間を敵だと認識してしまったんでしょうか」
「考えたくもないが、実際のところ、我々は無実ではないんだ……」

 エドウィンが呟くように返した。
 その時、突然エラーを伝える耳障りな電子音が鳴り響いた。全員がギクリとして、一斉に音の方へと向いた。

「なんだ!?」

 男性戦略士官がせわしなく辺りを見回すと、1人の若い男性士官が申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、ちょっと緊張してしまって……余計な操作をしてしまいました」

 なんだそんな事か、と全員に安堵が広がった。だが、それが良い引き金になったようだ。思わず笑みが零れるほどの余裕が、皆の心に生まれた。
 エドウィンはにやりと笑いながらも、頬杖を突いて。

「自分の仕事に集中するんだ、戦闘中は特にな。余計な事は何も考えない方がいい。私はいつもそうしている」
「胸に刻みなさい、艦長のありがたいお言葉よ」

 フレデリカの余計な一言で、心の余裕は更に広がっていった。

 やがて出航から4時間が経過する。心和ます会話もあってか、時間はあっという間に過ぎていった。
 太陽はすっかり空に昇り、空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。海も荒れる気配は無く、空も海も艦隊の行く手を遮るものは何もない。甲板に出てのんびりと日向ぼっこをするにはちょうどいい天気だった。カロス地方セキタイタウン近辺の海域に近付いている事を除いて、まさに平穏そのものだった。
 オペレーターの女性が険しい顔つきでコンソールから顔を上げた瞬間、報告を聞く前に、エドウィンはついにその時が来た事を察した。

「侵略軍がレーダーに映りました。飛行ポケモン、水中ポケモン、共にセキタイタウン周辺の海域に展開。陸上のポケモンは沿岸部を覆っています」

 来たか。
 エドウィンは眉間にシワを寄せ、手で合図を送る。

「全艦停止の命令を出せ、スクリーンに戦略マップを表示しろ」

 命令通りにオペレーターの女性がコンソールを操作し、ガラスのスクリーンに情報を表示する。それがパッと画面に現れた瞬間、誰もが見なければ良かったと後悔した。

「何だよ、これ……」

 先ほどの若い男性士官が震え上がるのも無理はない。
 未だセキタイタウンの岸が水平線の上に見えたばかりの今、彼らの姿は小さすぎて目に見えない。だがレーダーの上では、しっかりとその姿を捉えていた。セキタイタウン周辺を丸ごと埋め尽くしている、無数のマークとして。
 別の男性士官が続けて報告した。

「セキタイタウンにエネルギー反応有り、ジェネシス放射線です」
「例の巨大艦か?」

 エドウィンが訊ねると、士官は首を横に振る。

「そうではないようです。未知の合金で覆われた巨大な正八面体の物体が、セキタイタウンの中央に浮遊しています。外見の特徴を分析しました、カラマネロの放射線兵器と合致します」
「まさか、巨大艦が発射装置そのものだった筈では……」

 と、フレデリカが困惑しながら言った。
 エドウィンも思案顔を浮かべながら。

「元々それが巨大艦に取り込まれていたんだ。セキタイの古代兵器を吸収するかわりに、放射線兵器を切り離して設置したに違いない。兵器から兵器に乗り移る、寄生艦とも呼ぶべきかもな」
「そんな……それでは人類の技術力を遥かに超えてます!」

 フレデリカが驚き、声を張り上げたが、エドウィンは心の中で「そうじゃない」と呟いた。
 技術云々の問題以前に、非常に不利な状況だ。この何十万もの軍勢を突破して、放射線兵器が起動する前に破壊しなければならない。それに、巨大艦の姿が見当たらないのは何故だ。ステルス技術で隠れて我々を狙っているのか。だとすれば、どこに潜んでいる。
 エドウィンは自分の拳が冷や汗でびっしょりと濡れている事に気がついた。心臓もバクバクと早鐘のように鳴り響いている。
 戦略を慎重に選ばなければ、僅かなミスで艦隊は全滅する。この戦いに全人類の運命が託されているのだ。その重荷に改めて気付いた途端、開戦の合図を出す事さえも恐ろしくなってしまった。
 自分の仕事に集中しろ。エドウィンは先ほど自分が新人に言った言葉を思い出した。今は盲目的になれ。戦う事が使命だ。恐れるな、迷うな、足を止めれば恐怖と死の影に追いつかれ、引きずり込まれてしまうぞ。

 目を閉じ、エドウィンは息を整える。
 そして次に目を開いた瞬間、彼は戦士となった。

「全同盟艦に通達。各艦、指定の作戦行動に従って攻撃を開始せよ!」

 600の騎兵隊が、死の谷へと突き進んでいった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想