「その子、俺が引き取ろうか?」
アズラクから飛び出してきたのは予想にもしなかった言葉だった。
「は?」
「りお?」
「だから、こいつらは俺が面倒を見るっていってんの。俺もあの話のことは聞いていますから」
「あんた! 何言って……!」
「お任せしても、よろしいですかな?」
「長老様!?」
オリスは今度は長老の言葉に驚く。
まさか、アズラクにルーファスを任せると言うとは思っていなかったのだ。
「約束の月が満ちる今日という日にルーファスとギリアが契約したのも神の思し召しに違いない。今ではなくても、二人は外の世界へ行くことになるじゃろう。ならば、託してみるのも悪くないと思うんじゃよ」
長老は緑の目を細めて、ルーファスとギリアを見つめる。
その目には優しさと寂しさが溢れていた。
「と、いうことでよろしくね、ルーファス」
「よろしくね、じゃねーよ! なんでおれがこいつといっしょにいなくちゃいけなくなるんだ!?」
「そうだよ! この人って旅人さんでしょ?それじゃあルーファスも旅に出ちゃうってこと!?」
ルーファスとミムが声を上げる。特にミムは悲鳴にも近い声であった。
ルーファスがいなくなればミムは村でたった一人の子供になってしまう。
二人の様子にアズラクは困った顔を浮かべ、ならばと話し出した。
「うーん、じゃあ、まずはこの話をした方がいいかな?君たちは生命の木というのを知っているかな?」
「いのちのき?なんだそれ?」
「わたし知ってるよ!生命の木は世界を支えているという大樹だよね。そこには神様がいると言われていて、大きな神殿があるんだ」
ミムは生命の木について話す。
ルーファスはそれをぽかんとした顔で聞いていた。
「ミム、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「わたし、巫女になるんだもの。知っていて当然だよ!」
「あー……そういえばお前ん家神様に使えているんだっけ……」
ミムの家系は、森の神に仕えていた。
それが、彼女がこの村から離れなかった理由の一つでもある。
「知っているなら話は早いな。つい先日、神殿でこんなことがあったんだ」
アズラクはうんうんとうなづくと、話を続けた。
その神殿で働く巫女の一人が神からある御告げを賜った。
「世界は闇に包まれる。破壊の王が全てを破壊するだろう」ってね。
でも、神は世界を見捨てなかった。「次の満月の日に契約し者達、世界を包む闇を払うだろう」という予言を巫女に告げたのさ。
「そしてその満月の日は今日。だから君のおばさんは「今日」契約した君たちにも予言の「闇を払う者」かもしれないって不安になっているんだ」
言ってみれば、神に選ばれた勇者みたいなものさ。
そう言ってアズラクは笑う。
それを見て、笑い事ではないとルーファスは思った。
「でもおれたちって確定してるわけじゃないんだろ?」
「まあ、予言は可能性だからね。別にいるかもしれないし、そもそも神の言う闇が現れないかもしれない」
「そんな予言に振り回されるのか?やだなー」
『そうだよね、それに、破壊の王ってなんだか怖いし……』
乗り気ではない彼らに対し、アズラクはそれじゃあ、こういうのはどうだと、話を続けた。
「外の世界を見てみたくないか?」
「外の世界……?そりゃ、興味はあるけどさ」
『うん。一度は行ってみたいかな』
「俺なら色々教えることができる。最終的にどうなるかにしても、そういう経験はしておくといいと思うんだ」
彼らとて、興味がないわけではないのだ。
その様子に、アズラクは追い打ちのように語る。楽しそうだった。
「旅はいいよ。知らないこともどんどん知ることができるし、新しい出会いもたくさんある。おれがこの生活から離れられないものきっとわかるさ」
今まで夢のまた夢だと思っていたことがいきなり目の前に現れたのだ。
アズラクの言葉に、子供達は心揺り動かされる。
「外の世界かあ……たまーに来る旅人から聞く程度だったなあ。それが、おれたちが、旅ができる……!」
『知らないことも、見たことない景色も見られる……!』
彼らの心は決まった。
「行く! おれあんたと行くよ!」
『ぼくも! ぼくも行く! 絶対行く!』
「よし、決まりだ。それじゃあ、俺のことはあんたじゃなくてアズラク、こいつはカメリアと呼ぶんだ」
「ぱるぱるる!」
「わかったよアズラク、カメリア!よろしくな!」
『よろしくお願いします!』
アズラクたちについていくことを決めたルーファスとギリア。
その顔にはこれからの旅へのドキドキとワクワクで満ちていた。
「ルーファス、わたしのこと置いていくの……?」
「……おれ、実はずっと外の世界に憧れていたんだ。今を逃すと次はいつになるかわからない。だから……!」
ルーファスはミムに思いを伝える。
今まで本心を隠して暮らしていたルーファスにとって、今回のことは絶対に掴みたいチャンスだった。
「……淋しくなるね」
「ごめん」
ミムを一人にしてしまうことに、思わずルーファスは謝った。
「いいの。……本当ならわたしが……」
「? なんだ?」
「ううん、なんでもない! 旅、がんばってね!」
「おう!」
無理矢理笑顔を浮かべて、ミムはルーファスを応援する。
ミムが何を言いたかったのかわからなかったか、そんなことは気にせずにルーファスは笑顔で応えた。
「ところでさ、契約って結局なんなんだ?ギリアと話せるようになるし、なんかすごいことだってことはわかるんだけど」
「そうだね、説明しておいたほうがいいかな?」
『ぼくも知りたいな……契約ってなんなの?』
ルーファスの質問にアズラクは手を顎に当てて考える。
この子にどの辺りまで教え込めばいいのだろうか。
「契約すると、二人の間で会話できるようになるのは実感してるね。これはもともと人間とポケモンが同じだったという証であるっていう人もいる」
「昔の人は契約しなくてもポケモンと会話出来たっていうのか?じゃあなんで今は出来ないんだよ」
「神が与えた試練という人もいるね。ま、簡単に言えばよくわからないんだ」
わからないのかよ、そう言ってルーファスはガクッと力が抜ける。
それにはははと笑って返すと、アズラクは話を続けた。
「一つだけ確かなのは、人とポケモンの間にいつまでも消えない線……絆ができることだ」
「絆……」
「そうだ。これは一生ものだ。契約破棄の方法はわかってないからね」
「じゃあもしかして、ルーファスたちが契約したってわかったとき、契約をやめさせるって話が出なかったのはそのせい?」
アズラクの言葉にハッとしたミムが聞く。
彼女はなぜそういう話が出ないのか疑問に思っていたのだ。
「うん、そういうこと。この線は片方が死ぬまで続くんだ。生きていれば、離れ離れになっても相手のことがわかると言われているよ。ま、俺も契約したばかりだから実際どうなのかはわからないけどね」
「へー。ただ話せるだけじゃないんだな」
『それよりもルーファス、やっぱりぼくたち大変なことをしちゃったんじゃ……?』
「え? なんで?」
ぽけーっと驚くルーファスと話を聞くほど不安になるギリア。
ルーファスの返事にああ、わかってないとギリアは頭を抱えた。
『だって死ぬまでずっと続くんだよ! ずぅっとずっと、続くんだよ!喧嘩しても、お互いが許せなくなっても!」
「そんなの、契約しなくても同じだろ?」
『へ?』
「だって、契約してようがしてまいが、おれたちがバラバラになることなんてあり得ないじゃん!」
ギリアが言ったことに対して、ルーファスはにかっと笑ってそう返す。
彼はこの関係がずっと続くと思っているんだ、そう理解したギリアは思わず釣られて笑顔になった。
『なんだよー、ぼくが馬鹿みたいじゃないか。そうだよね、ぼくたちがバラバラになることなんてないよね!』
アズラクは二人を見て、一抹の不安を覚えたが何も言わなかった。
ルーファスたちとは出会ったばかりなのだ、自分たちが思っている以上に、二人の絆は強固だと信じるしかない。
「この契約は他にもポケモン側の力が人間も使えるようになるだとか、感情が伝わってくるだとか色々言われているけど……これは旅する中で多分わかるんじゃないかな」
「アズラクも契約に関しては初心者だもんな!」
「一応、色々調べたりはしてきてるけどね」
「ねえ、長老様なら何か知っているんじゃないの?」
ルーファスたちの会話にミムが口を出す。
確かに、長老なら何か知っていそうだが、その長老は首を横に振った。
「儂等でわかることがあれば伝えられるのじゃが……この村で伝わっているのは契約の方法のみじゃ。契約した後のことはよくわからんのじゃよ」
「本とかないのかよー?」
「……実はこの前の火事でほとんどの史記が燃えてしまっての。憶えてる内容は全てアズラクに伝えたから安心せい」
「あの火事かー。あれ結局なんだったんだろうな?」
「さあのぉ……」
ルバブ村では数日前、謎の火事が起こった。人に被害はなかったのだが村の倉庫が燃えてしまったのだ。
現在調査が進んでいるが、火の気がないことから放火であることしかわかっていない。
「……その犯人にとって、不都合なことがあったと考えられますね」
「不都合なことってなんだよ?」
「予言の邪魔をしたい奴なら、契約について纏められた書物を消し去りたいと思うんじゃないかい? ここは契約の村。ここで契約をするのはわかっているはずだからね」
「そんな凄いこと本この村にありましたかね?」
「覚えはないが……可能性はあるのう」
ルーファスには予言の邪魔をしたい人間がいるだなんて思えなかった。
しかし大人達が顔を見合わせて話し込んでいるのを見てそれが深刻なことだとは理解できた。
「でもこの仮説が正しいとなると、面倒なことになるかもね……」
「なんで?」
「面倒なこと……?」
子供達にはアズラクの言う面倒なことがわからなかったが、大人達にはそれで通じたようだ。
「ふむ……確かに面倒なことになるのう。なんとか出来るか?」
「今のままではとても」
「もしかしたら、次は村そのものを狙われるかもしれませんよ!? どうするんです!?」
大人達の話し合いに着いて行こうとするが、ルーファスの頭はパンク寸前だった。
もう、何がなんだかわからない。
「あーもう! おれたちにもわかるように説明してくれ!」
「予言の邪魔をしようとしているのなら、俺たちのことも妨害してくる可能性があるのさ。次は火事じゃ済まないかもね」
わかりやすい言葉だった。
『どーしようルーファス!? 火事じゃ済まないって……!』
「おれに言われてもわかんねーよ!?どーするんだよ!?」
慌てる二人を尻目に、アズラクは長老たちと話を続ける。
「村に迷惑をかけない為にも早くに出て行ったほうがいいかもしれませんね……彼に別れを惜しむ時間も与えられないのは辛いですが」
「私はあの子の親からルーファスのことを任されていたんですよ! 我が子のように育てた子たちを、どうして……!」
「オリスよ、永遠の別れではないのだ。むしろ成長して戻ってくるのを楽しみにしようではないか」
悲しむオリスに長老はそう声をかける。
慌てていたルーファスとギリアは、それを見てうなづき合うとオリスの下へ行った。
「オリスおばさん! おれたち、大丈夫だから! 必ず戻ってくるから!」
『そうだよ! 二人でちゃんと戻ってくるから! だから安心して!』
「ギリア、お前の言葉は通じないだろー?」
『いいじゃん、ぼくだってちゃんと伝えたい!』
言い争いを始めた二人をオリスが抱きしめる。
「ちゃんと帰って来るんだよ、お前達の家はここなんだからね」
「わかってる! な、ギリア!」
『もちろんだよ!』
抱きしめられた二人は笑顔でそう返す。
必ずここに戻ってくる。それはルーファスたちの共通の思いだった。
「ルーファス、ギリア。すぐにでも出発するよ。準備しておいで」
「よっしゃ! わかった!」
『ぼくたちの旅が始まる……!』
二人は旅の準備のため一度家に帰る。戻ってきたときにはルーファスは剣を携えていた。
それを見たオリスは感慨深くため息をつく。
「……やっぱりそれを持っていくんだね」
「父さんの形見だもん、持って行かないわけにはいかないさ!」
鍔についた赤い宝石がキラリと輝く。
その剣は使い手がいなかったとは思えないくらい手入れが行き届いてた。
父の形見だと渡されてから、ルーファスが毎日していたからだ。
「ルーファス……ギリア。気を付けてね」
「ああ!ミムもリュクも元気でな!」
「らるー」
『うん、ルーファスが暴走しないようにぼくが見張ってるよ』
「そりゃどういう意味だギリア!?」
長老たちに見送られ、彼らは村を旅立つ。
この村にいつ戻って来れるかはわからない。
「なあアズラク、目的地は何処なんだ?」
「そうだなあ……生命の木、かな」
「パルル」
「あの予言があった?」
「そうさ。全ての始まりはあそこだ。行かないわけにはいかないだろう」
『この先、何が待っているんだろう……』
二人と二匹は歩き出す。
この先に何が待ち構えているのか、胸を希望と不安でいっぱいにし、一人と一匹は世界への第一歩を踏み出したのだった。