第1話 ルバブ村のルーファス

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 多くの神話や伝説が生まれた時代。
 ある小さな森の中で、一人の少年と一匹のポケモンが契約を結ぶ。それは世界を変える一つの契機であった。

 これは遥かなる遠い世界の、人間とポケモンの話である。

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 森の中を水色の髪をした少女とラルトスが歩いている。
 少女は腰に、ラルトスは頭に、お揃いの金の飾りを着けていた。
 誰かを探しているのか、必死に名前を呼んでいる。

「ルーファス! どこにいるの、ルーファスー! ギリアー! 長老様の授業、始まっちゃうよー!」
「らるらるー!」

 ガサガサという音と共に、茂みから赤い髪の少年とリオルが姿を現した。
 少年は腰に、リオルは腕に、赤い布を巻きつけている。
 どうやら彼らのトレードマークのようだ。

「ルーファス! やっぱりここにいたのね!」
「よう、ミムにリュク! 長老様の話なんてどうせいつもと同じだよ! サボろうぜ!」
「りおー?」
「なんだよギリア、お前までサボるなっていうのか?」
「りおっ!」

 ルーファスを見つめて、リオルのギリアはうなづいた。
 サボりはいけないというらしい。

「ほら、ギリアもうなづいているよ! 早く行こうよ!」
「ちぇっ、つまらねえの。なんか面白いこと起こらないかなー」

 ルーファスは口を尖らせる。そしてそのまま頭の後ろで手を組み歩き出した。
 その横を、ミムが早歩きでついていく。

「ルーファス、あなた一体あそこで何してるの?」
「内緒! お前には関係ねーよ!」
「教えてくれたっていいじゃない! それに、ルーファスが相手してくれないと一緒に遊んでくれる子いないんだから……!」
「まあ……村には子供、おれたちしかいないからな……」

 ルーファスとミムの暮らす『ルバブ村』では8年前子供だけが感染する謎の病気が流行り、子供の数が減ってしまった。
 しかも、そのせいで若い夫婦たちがほかの村へ越して行ってしまい、気付けば子供はルーファスとミムだけになってしまったのだ。

「みんな元気かな……村の外は危険な動物も多いって聞くけど……」
「さあな……でも、ここより平和で豊かなところも多いんじゃないか?」

 森を抜けると、家々が見え始めた。
 昔に比べて寂れてしまった村の中を、二人と二匹は並んで歩く。

「そうじゃなかったら戻ってくる連中だっているだろ。いないってことは外のほうが良かったってことじゃねーのか?」
「りおっりおっ!」
「ほら、ギリアだってそう言ってるじゃねーか」
「そう言ってるかわからないじゃない」
「らるー!」
「じゃあリュクのもそうやって否定すんのかー?」
「もう、意地悪。そうよね、みんな元気よね。頼りがないのは無事な証拠っていうし!」

 そうこうしているうちに、村で一番大きな家……長老の家に着いた。
 階段に飛び乗り、ルーファスが扉を叩く。

「長老ー、来てやったぞー」
「おじゃましまーす」

 白い髭を生やした老人と、見たことのない長身の男性、そして黄色いポケモンがいた。

「あんた誰?」
「ふふ、元気なお子さんだ。だけど、人に名前を尋ねるときは自分から名乗るものだよ?」
「……おれはルーファス。この村の者だ。ほら、これでいいんだろ?」

 ミムよりも濃い青をした髪の青年は、クスリと笑うとルーファスに手を差し出した。

「俺はアズラク。よろしくな、ルーファス。こっちはカメリアだ」
「パルパルル!」
「りおっ!」

 カメリアと呼ばれたデンリュウは、元気良く鳴いて挨拶をした。
 それに応えて、ギリアも手を振る。

「二人とも、よく来たな。じゃが今日は話はなしじゃ。客人を案内せねばならん」

 白い髭の老人……長老はそう言うと、ちらりとアズラクを見る。
 にこにこと笑う青年は、女性受けしそうであった。

「なんだよー、せっかく来たのに! ならやっぱりサボって秘密基地を作ってれば……」
「秘密基地!? ねえ、ルーファス今秘密基地作ってるの!? わたしも行きたい!」
「前に作った時ミムが壊したじゃんか! だからミムはダメ!」
「お前ら客人の前で喧嘩するんじゃない!」

 ギャーギャーと騒ぎ出した二人を家から追い出し、鍵をかけた。

「お恥ずかしいところを見せましたな」
「いえいえ、子供は元気が一番です」
「パルル」
「それでは……『あれ』を行いに参りましょうか」
「はい。よろしくお願いします」

 そうして二人と一匹は何処かへと向かって行った。


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「さーって、どうするかなー?」
「りおー」

 家の手伝いを頼まれたミムと別れて、ルーファスは再び森へ遊びに来ていた。
 ここにいるのはじぶんとギリアだけ。遊ぶにしてもやれることが限られる。

「ん? あれ長老か?なんでこんなところに」

 ルーファスの視線の先には先ほど会った長老と、アズラクという男とデンリュウのカメリアがいた。
 連れ立って何処かへ歩いているようだ。

「ギリア、追いかけてみようぜ!」
「りおっ!」

 大人たちが何をしているのか気になる。ルーファスとギリアの中にあったのはそれだけであった。
 二人はうなづき合うと、二人と一匹が去っていたほうへ駆けていった。


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「お、いたいた」

 一人と一匹が茂みから覗くと、長老たちは何かの儀式を行おうとしていた。
 森が開けた広場の中心には円が描かれている。
 あれは一体なんだろうか?ルーファスは身を乗り出し、だけど見つからないように見つめた。

「遂にこの日が来たな、カメリア」
「パル! パルル!」
「やっと契約の村に辿り着けたんだ。大丈夫だ、間違えたりしないよ」

 契約の村? ルーファスは聞きなれない単語に首を傾げた。

「なあ、『けーやくのむら』ってなんだ?」
「りおりおー?」
「わかんないか。たぶん、ルバブ村のことだと思うんだけど……」

うーんと一人と一匹が唸っていると、広場の中心では儀式が進行していた。

「さあ、魔法陣の中に入ってくだされ」
「わかりました。行くぞ、カメリア」
「パルル!」

 アズラクとカメリアは円の中に入ると、手を重ねて呪文を唱えだした。
 するとどうだろう。円が輝きだし、二人を包み込んだのだ。

「なんだあれ!?」
「りお!りおー!」

 突然のことでルーファスとギリアは驚く。
 ルーファスは広場で起こっていることから目後離せなくなっていた。

「これにて契約は終了じゃ。気分はどうかの?御客人」
「パル! パルパル!」
「これが契約……すごい、あの噂は本当だったんですね」
「そうじゃ。それにしてもよくここに辿り着いたのう。最近は契約を結ぼうという者はほとんどいなくて、この村に訪れる人間とポケモンはいないというのに」

 儀式は終わったのか二人は元来た道を戻り始めた。
 ルーファスとギリアは見つからないように息を潜める。

「俺の師匠が随分昔に契約のことを教えてくれまして。それからずっと憧れていたんです」
「そうかそうか」

 二人が村に戻って行くのを見届けると、一人と一匹は顔を見合わせた。
 ルーファスたちは何かを堪えているようだったが、耐えきれなくなって大声で騒ぎだした。

「すっげー!! かっこいー!!」
「りお! りおー!」
「契約だって! なんかかっこいい! なんだあれ!」
「りおりおー! りおー!」

 一通り騒ぎ終わると、ルーファスはあることを言い出した。

「なあ! あれ、おれたちもやろうぜ!」
「りおー?」
「だってスッゲーカッコ良かったじゃん! ほら、行くぞ!」
「りおっりおー!」

 茂みを飛び出し、一人と一匹は広場に駆けていく。
 広場の中心に描かれた円はただの円だと思ってたが、よく見ると文字のような模様で縁取られていた。
 なんて書いてあるのかはルーファスにはわからない。

「りお?」
「大丈夫だって!なんて言えばいいのかは覚えてるぜ!」

 ルーファスたちはアズラクたちの真似をして、円の中に入る。
 少しドキドキしていた。

「えーっと、こうやって手を重ねて……これであのセリフを言えばいいんだな」

 ルーファスは心なしか、周りの音が聞こえなくなった気がしていた。
 しかし、そんなことはどうでもいいかとも思った。
 それよりも早く始めてみたい。
 彼は息を吸うと、先ほど聞いた呪文を唱え始めた。


我らはここに誓う
形は違えど我らの絆は永久に続かん
世界を見守りし神々よ、我らの魂に証を刻みたまえ


「あれ? おっかしいなあ、間違えてないはずなんだけど……」
「りおー」
「いや、大丈夫だって! ……うわ! なんだ!?」

 反応がないと思っていた円から光が溢れ出した。
 そのまま光は、彼らを包む。

「うおおおおおお!?」

 不可視の力によって弾き飛ばされそうになりながら、一人と一匹は互いを支え合った。
 やがて光が収まると、また静かな森の音が周りを包んだ。

「すげー……なんだったんだ今の……」
『さあ……? ぼくにはわからないよ』

 彼らはへたりと思わず座り込み、今起こったことに驚いていた。
 そのとき、ルーファスは不思議に思った。
 この声は一体誰の物だ?

「なあ、おれたち以外に誰かいるのか?」
『え? 気配はしないけど……』
「あんただよあんた! おれのことからかってるのか?」
『ルーファス、落ち着いて! 誰もいないよ!』
「なんでおれの名前……うん? ちょっと待て?」

 ルーファスはあることに気付く。
 この声の主は、すぐ近くにいる。
 そして、ルーファスの近くにいるのは……

「もしかしてこの声……ギリアか?」
『どういうこと? もしかしてルーファス、ぼくの言葉がわかるの?』

 一人と一匹の間に、沈黙が流れた。
 そして。

「『えーーーーっ!?』」

 この日一番の大声が森に響いた。

「え! なんで! なんでギリアが喋ってるんだ!?」
『なんでぼくの言葉がルーファスに通じているのー!?』

 彼らは慌てた。
 それはそうだ、人間とポケモンは言葉を交わすことはできないとされてきたのだから。

「と、とりあえず落ち着こう。おれたちはあいつらの真似をした。そうだよな?」
『うん。もしかして、契約ってこういうことだったのかな?』
「どういうことだ?」
『人とポケモンが話せるようになるってことだよ。そもそもそれしか理由が考えられないし』

 ギリアの言葉に、ルーファスはなるほどなと呟いた。
 すると、一人と一匹のお腹がぐーっとなった。

『お腹空いちゃったね』
「難しいことは後だ!家に帰ろうぜ!」


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「オリスおばさんただいま! 今日の晩飯なにー?」
「ああ、ルーファス。おかえり。今日はシチューだよ」
「シチュー! やったなギリア!」
『うん! ぼくおばさんのシチュー大好き!』

 両親のいないルーファスはオリスという女性の家で暮らしている。
 オリスは我が子のようにルーファスを愛して、育てている。

「あ! ルーファスにギリア、おかえり!」
「ミム、今日はこっちで飯食うのか?」
「うん。今日はルーファスとお話ししたくて」
「らるらる」

 家の中ではミムとリュクが料理の手伝いをしていた。
 ミムはたまにこうしてルーファスの家に遊びにきていた。

「話か! さっきすごいことしたんだぜ! な!」
「りおりお!」
「本当? 話してくれるの?」
「もちろん!」
「さ、シチューが冷めないうちに食べますよ。ほら、みんな席に着いた着いた」
 

 オリスが二人の会話を止めて、席につかせる。
 ほかほかの湯気を立ち上らせるシチューに、バターの味が優しいパン。新鮮な野菜のサラダもテーブルに並べられた。

「いただきまーす!」
「いただきます!」
「りおりお!」
「らるー!」

 みんな一斉に食事を始める。
 ルーファスは口いっぱいにシチューとパンをほおりこんだ。

「ルーファス、ところですごいことってなあに?」
「うん、ミムは契約って知ってるか?」
「契約? 知らなーい」
「長老様の家で会った青い髪の男いただろ? あいつとデンリュウがその契約をしてたんだ。」
「へえ、でもそれのどこがすごいことなの?」
「実はな、その後真似しておれとギリアも契約したんだ!」

 その言葉に反応したのはミムではなくオリスだった。

「なんだって!? ルーファス、それは本当かい!?」
「どうしたんだよおばさん! 大声だして」
「ルーファス、嘘だと言ってくれ。契約したのは本当かい?」
「本当だよ。な、ギリア」
「りお!」
「ああ、なんてこと。こうしちゃいられない。ルーファス、行くよ!」
「痛い痛い! そんなに引っ張らないでよおばさん!」
「りお! りおー!」
「ルーファス! おばさん! 待ってよー!」
「らるらる!」

 オリスはルーファスの手を握り、長老の家へと急いだ。
 その後を、ギリア、ミム、リュクの三人が続く。
 オリスは長老の家に着くと、ノックもしないで扉を開けた。

「どうしたのだオリス。そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもありませんよ! ルーファスとギリアが契約をしてしまったんだよ!」
「なんじゃと?」

 それを聞くと長老の顔色が変わった。怒っているというより、蒼白としている。

「いててて……もう、あんなに引っ張ることないじゃん!」
『もしかして、契約ってやったらいけないことだったのかな……』
「だったらあいつらはどうなんだよ。長老様だって協力してたんだぜ?」

 ルーファスたちがこそこそ会話していると、長老が厳しい視線て見つめてきた。
 怒っている。ルーファスはそう思った。

「ルーファス、どこで契約の仕方を学んだ」
「長老様がやってるの見たんだよ。それでかっこよかったから真似しただけ」
「りおりお」
「儂等のを見ていたのか。血は争えないということかの……」
「長老様、どうするんです?あの話が本当なら御客人だけではなくルーファスも候補に入りますよ」
「うーん、そうじゃなあ……」

 大人たちが何を話しているかわからないが、自分はなにかとんでもないことをしてしまったらしいと、ルーファスは思った。
 隣ではギリアが心配そうな顔をしている。

「俺から提案があるんですけどいいかな?」
「御客人、これは我が村の問題じゃ。手を出さないでもらおう」
「その子、おれが引き取ろうか?」

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