第10話 略奪

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更新が遅くなってしまいすみません…。
 後方のスタジアムから一際大きな歓声が聞こえてくる。どうやらトーナメントも大詰めらしい。この町の一大イベント、と市長が誇らしげに語っていた通り、町の住民の大半はスタジアムでバトルの観戦に興じているようだ。その証拠に、このレオとスナッチ団のバトルに居合わせる者はまったくいない。
「ゆけっ!」
 ヤッチーノがモンスターボールを投げる。中から飛び出したのはチルットだった。その姿を見てまずミレイがハッと口を塞ぐ。
「あ、あのポケモン!」
「お前が見たとか言うポケモンか?」
「そう!黒いオーラのポケモン!レオ見えない?」
 言われたレオは目を凝らしてチルットを観察したが、それらしきものは見受けられなかった。が、レオはそれとは別の違和感に気付く。


『感情が…ない?』


 ポケモンの『声』の聞くことのできるレオは、その一端からある程度のポケモンの心情も理解することが出来る。しかし目の前のチルットからはそれがまったく読み取れないのだ。まるで…そう、まるで心を持たない兵器と対峙しているかのように。
「ふふん。驚くのはこれからだぜ。チルット、ダークラッシュ!」
 ヤッチーノがそう命じた。チルットはやにわに羽を広げ、そして――
「ウッ!!」
「レオ!」
 一直線にレオに突進してきた。嘴が左肩、そして右のわき腹を掠め、鮮血がほとばしる。衝撃に二メートルほど飛ばされたレオはあまりの激痛に顔を歪めた。ミレイは驚きとショックで言葉を失っているようだ。
「そ、そんな…トレーナーに直接なんて!チルット!あなたなんてことを!」
 エーフィが取り乱したような『声』をあげるが向こうからの反応はまったくない。見ているのかいないのかも分からない虚ろな目でこちらを見つめるだけだった。
「ハハハ!無様だなレオ!今度はお前のポケモンだ。おい!」
 チルットが表情一つ動かさず今度はエーフィに照準を向ける。
「ちっ、エーフィ、ひとまずサイケ光線で迎撃する!ブラッキー、手助けで援護!」
 レオの声に従ったエーフィの放った七色の光線がまっすぐにチルットに向かい――
「そんな!避けないなんて!」
 まっすぐ突っ込んできたチルットはサイケ光線の直撃を食らいながらも、まるでそんなものなかったかのように進路を変えぬまま、エーフィに突進してくる。
「キャ!」
 エーフィがチルットの突進によって吹き飛ばされる。
「エーフィ!」
思わず駆け寄ろうとしたレオだったが、思わず膝をついた。出血が思いのほかひどいようだ。体が思うように動かない。
「エーフィは大ダメージ、ブラッキーは混乱でとても戦える状況じゃねえ。それにお前の体もボロボロだ。最後のチャンスだぜ、レオ。もう一回スナッチ団に戻って来い。ボスも寛大なことに、お前がこれまで以上の働きをするなら今回の一件は許して下さると言ってる。」
 ヤッチーノの言葉をレオは体の痛みで悲鳴をあげる頭で反芻し
「…誰が…行くか。」
 荒い息に精一杯の侮蔑を滲ませながら、ヤッチーノを睨みつけた。
「ふん、そうかよ。なら気を失わせて連れて行くまでだな。行け!」
 チルットが再びこちらに飛びかかる。青い弾丸がこちらに飛んでくるのがレオにはぼやけたスローモーションのように見えた。その時――
「さっせるかぁー!」
 横から猛然と突撃したのはブラッキーだった。横ざまに強烈なだまし討ちを食らったチルットが吹き飛ぶ。
「ブラッキー!」
「…レオ、諦めちゃダメだよ。」
 ブラッキーはレオを守るように前に立った。足取りがふらついている。まだ完全に混乱状態が抜けていないのだろう。それでも――
「まだ、戦える。」
「…私もよ。」
 後ろからエーフィもブラッキーの隣にやって来る。
「こんなダメージ、レオに比べたらなんでもないわ!」
 懸命に敵を威嚇する二匹の背中を見つめ、レオは大きく息を吐いた。そして痛みにガンガンしていた頭を無理やり冷静な思考回路に戻す。
 先ほどまで脅威だったのは自分達の予想を超えた相手の行動だった。ここまで不覚を取ったのはあのチルットにこれまでの常識が通用しなかったからだ。こちらの二匹と同じように相手も十分なダメージは負っているし、あのポケモンが感情を持っていないという前提の下で戦えば、恐らく負けることはない。さっさとけりをつけてとりあえずこの場を収める。隙あらばヤッチーノを問い詰めてあの妙なポケモンについて洗いざらい吐いてもらいたいところだが、まずはここからずらかることが先決だ。
「ブラッキーはチルットに怪しい光だ。相手が普通の状態じゃないのならゆさぶるのはむしろ容易なはず。エーフィは正面からサイケ光線。さっきは直撃してなお強行突破してきたが、向こうも体力はわずかなはずだ。二度目はない。」
 二匹はうなずきすばやく左右に分かれた。
「ブラッキー、怪しい光!エーフィ、サイケ光――」
「レオやめて!」
 最後の攻撃を開始しようとしたレオを止めたのは後ろでおろおろと戦いを眺めていたミレイだった。
「これ以上戦っちゃダメ!」
 レオは呆れたように必死に右腕にしがみつくミレイを見つめる。二匹は指示を半ばでやめてしまったレオを戸惑うように見つめている。
「あの子…あのチルットは普通ならもうとっくに瀕死だよ!でも黒いオーラに無理やり動かされて攻撃してる…。ここでまた攻撃しちゃったら…あの子本当に死んじゃう!」
「何を言って…!」
 レオはミレイの手を振りほどこうとしたが、改めてチルットを見て目を見開く。ミレイの言う通り、明らかにこれ以上戦える状態ではない。相手は常識の通用しないポケモン、相手は自分の声の届かないポケモン。そんな認識を固めるあまり、レオは自分が相手のポケモン自身を見ることを怠っていたことに気付いた。
「だが、今は倒す以外に道は――」
「レオ、今スナッチマシン持ってるんだよね?使ったら相手のポケモンを奪えるんだよね?」
「…!お前まさか…。」
 レオはごくりと生唾を飲む。
「お願い!あのチルットを捕まえて!!」
「……」
 ――レオの中で一瞬時が止まった。レオは俯き眉間にしわを寄せる。そして…
「い…嫌だ。」
 必死に食いしばる歯の間から小さく漏れたのはそんな弱々しい声だった。そしてもう一度、逃れようとするようにミレイを腕から振りほどく。
「…あいつは倒す。」
「いやよ!」
 が、ミレイはなおもすがりついてきた。
「あなたポケモンの声が聞こえるんでしょ!」
 レオはハッとしてレオの右腕で泣きじゃくるミレイを見た。


「だったら…だったらあの子の声にもちゃんと耳を傾けてあげなさいよ!」


『これからもそうやってポケモンの声にちゃんと耳を傾けてやるんだよ。』


 ミレイの声がレオの中の遠い記憶と反響し胸に響く。両親との数少ない記憶。忘れたと思っていた、だが心の隅に確かにあった記憶。この数年間で自分がしてきたことが頭の中に蘇り、何度も夢に見てきたたくさんの『声』がまた脳内に再生される。『離れ離れは嫌だ』『どうしてこんなことするの』『もっとこの人と一緒にいたいよ』『嫌だ』『嫌だ』『嫌だ』―――。耳を塞いでしまいたいと何度も思った。だができなかった。ポケモンの『声』から逃れること、それだけは――



――決心がついたわけではない。実際レオの額には嫌な汗が滲んでいる。だが
「…作戦変更だ。久しぶりに『いつもの』いくぞ。」
「…レオ、ホントに…?」
 ブラッキーが心配そうな声をあげる。
「まだあいつの声を聞いてない。俺の肩と腹に突撃したことのお灸を据えるのはその後だ。」
 心配するような、でもどこかホッとしたような嬉しさを含んだ妙な表情を浮かべながら、二匹は顔を見合わせた後
「「了解!」」
 威勢のよくレオに応じた二匹はブラッキーを前面、エーフィを後方においた体制をとった。
「ふん。俺のポケモンを奪うだと?ふざけるのも…たいがいにしろよ!チルット、ダークラッシュッ!」
「エーフィ、未来予知。相手の出方を見てくれ。ブラッキー、エーフィの指示に合わせてタイミングを待て。」
 チルットが羽を勢いよく広げ、こちらに突っ込んでくる。
「ブラッキー、もう少し位置を右へ。あと三秒後に左に跳んで。技のタイミングはレオに任せるわ!」
「りょーかいっ!レオの合図で技出すよ!」
「三、二、一…今っ!」
 突っ込んできたチルットをブラッキーが紙一重でよける。そして
「ブラッキー、催眠術!」
 黄色いリング模様が不気味に光り、チルットの速度が明らかに減速する。眠ってしまったのだ。本来覚えることのないブラッキーが会得したものだからか、この催眠術は通常とは少し異なる特殊なもので、近距離での発動でしか効果が出ない。しかし逆に至近距離であればその効果はほぼ100%現れる。そのためエーフィには敵の動きを予知してもらい、確実に相手の至近距離にブラッキーを誘導する。これがかつて百中のレオと呼ばれていたレオの十八番とも言える『いつもの』連携だった。微睡の中に追いやられたチルットの羽は次第に動きが鈍くなりやがて、止まってしまう。
「なっ!チルット!」
「レオ!やっちゃって!」
 ブラッキーの催眠術は通常のものよりも眠りが浅い。だからこそレオのスピードも要求されるのだ。
「…悪く思うな。これもお前のためだ。」
 そう小さく呟くと、レオはモンスターボールをスナッチマシンへ転送する。モンスターボールはレオの手に収まり光を帯びた。
「いけ!」
 レオは綺麗なフォームで光るモンスターボールを投げる。チルットが吸い込まれるようにボールに入り、そして…。
『カチッ』
 乾いた音がしてボールから光が消えた。
 そして、数秒間の沈黙。
「そ、そんなまさか…。」
 ヤッチーノの間の抜けた声にかぶさるように後ろから歓声があがる。どうやらスタジアムの方も決勝戦に決着がついたらしい。下っ端たちが動揺を見せる。
「ア、アニキまずいですよ。一般市民や警官に出て来られちゃ…。」
「…クソッ!レオ、今回は俺の負けってことでお前のことは見逃してやる。だが次こそはお前をぶちのめしてヘルゴンザ様の前に突き出してやるからな!」
 ヤッチーノは悪役の下っ端にありがちな捨て台詞と共に、子分を引きつれて去って行った。




 残されたレオはぼんやりと自分の投げたボールを見つめていた。陽光が近くの噴水にきらめきを作り出し、ゆらゆらと輝いていた。
「レオ。私はこれでよかったって思う…。」
 エーフィがレオの顔を覗きながら言う。
「うん。きっとレオはポケモンのことすっごく、誰よりも大切に考えてくれてる。だから…ありがとう。」
 ブラッキーはそう言いながらボールをくわえてレオの下にやって来る。
「えっと、レオ…?」
 後ろから近付いてきたミレイも声をかける。
「あたし、レオがあたしに合う前どこにいたとか、どんなことしてきた人だとかは全然分からないけど…。でも別にそんなこと全然気にしないよ。だってあなたがあたしを助けてくれた王子様だってことに変わりはないもん。」
 そしてミレイはブラッキーの持っていたボールを手に取るとそれをレオの前に差し出した。
「それにあたしはかっこいいって思ったよ。さっきのレオ。あ、王子様だもん、かっこいいのは当たり前か。」
「…誰が王子様だ。」
「うんうん。そうやってクールにつっこんでくるとことか最高に王子様だよね。」
 レオはなんと返してよいやら分からず髪をかきむしり目をそらす。
「そんな王子様だからこの子と一緒にいてあげてほしいって思ったんだよ。」
 ミレイはそう言って無理やりレオの手にボールを握らせた。
「この子がどんな子なのかまだ分からないけど、レオなら絶対悪いようにはしない。あたしには分かるもん。」
「俺は悪名高いスナッチ団の一員だったんだぞ。今まで何匹もポケモンを奪ってきたし、そしてまたポケモンを奪った。」
「元スナッチ団、でしょ?今はあたしの王子様。」
「お前な…。」
「あたし、あなたのこと、とーーっても気に入っちゃった。もう一日だけなんて知らない。ずっとあなたに付いて行く!…フフッ、嫌だって言っても聞かないからね?」
 レオはしばらくミレイのいたずらっぽく笑う顔を見つめた。…説得しても折れる気配はなさそうだ。レオは大きくため息をつく。
「どうなっても知らんぞ。」
「はいはーい。分かってまーす!ポケモンちゃん、これからよろしくね!」
「え?は、はい!よろしくお願いします。」
「だからなんでかしこまってるのエーフィ。よろしくねミレイー!」
 二匹はミレイが付いてくることには文句なく大賛成らしい。どうしてこの二匹はこうもすんなりとミレイに懐いてしまったのだろうか。レオはなお深くため息をつき、二匹と新たに加わった一人を引きつれ、人でざわつき始めたスタジアムエントランスから噴水広場へと歩き始めた。時刻は夕方近く。雑踏の影も少しずつ長くなってきていた。
「そう言えば、お前なんで俺がポケモンと話せるなんて知っていた?」
「ふふーん、実はあたしエスパータイプなの。」
「…」
「なーんて、冗談。勘よ、ただの思いつき。」
「ふん。」
 新たに腰につけたモンスターボールがからりと小さな音を立てた。ミレイのあの一言がなければ、きっとこんな結果にはなっていなかったことだろう。


『まったく、厄介なやつだな。』


そんなことを心の中で呟きながら、レオは今日の夜を明かすための宿を探し始めていた。

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