第9話 予感

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 どうしてスナッチ団がこれほどまでに早くレオのことを嗅ぎ付けたのか。そして壊滅に追い込んだはずの彼らがどうして未だ組織立った行動を続けていられるのか。腑に落ちない点は多々あった。しかし目下一番の懸案は、いかにしてこの切迫した状況から脱するか、だった。
「よう、久しぶりだな、レオ。ちょっと見ねぇ間に女まで連れるようになっちまって。俺たちを裏切ってすっかりカタギ気取りか、あぁ?」
 かつてレオのチームのリーダー格であり、ヘルゴンザの右腕だったヤッチーノがミレイを見ながらレオを鼻で笑う。ミレイはキッとヤッチーノの方を睨む。
「気取りって何よ!レオはあたしの王子様なんだから!あなたたちなんかと一緒にしないで!」
 スナッチ団の面々は互いに目を合わせた後、おかしそうに笑い出した。
「ハハハ!おい女、レオがお前にどんなうそ八百吹き込んだのかは知らねぇが、こいつは正真正銘俺たちの同類、スナッチ団だぜ?」
 ヤッチーノはバカにしたような口調でミレイにそう告げる。エーフィとブラッキーは全身の毛を逆立ててヤッチーノに唸り声を上げた。レオは何も言わない。
「ス、スナッチ団!?あなたたちスナッチ団なの?それにレオもそう…なの?」
「あぁ、そうさ。しかもただの団員じゃねぇ。狙った獲物は逃さねぇ。スナッチ団一のスナッチャーさ。」
「うそ…レオ、それホント?」
 ミレイは相当に驚いたのか、思わず、といった感じでレオの肩を掴む。
「あぁ。」
 ミレイのその手を振り払い、レオはヤッチーノに声をかける。
「俺をどうする気だ?」
「もちろん連れて帰って今後二度と俺たちを裏切ったりできないようにするさ。」
「…もし拒んだら?」
「そんなことはさせねぇよ。そのためにボスからとっておきのポケモンを貰い受けてるからな。」
 ヤッチーノはそう言ってニヤニヤと笑う。レオは警戒の色を強くした。この男とも手合わせをしたことはあるが、並みのスナッチ団より力はあれど、そこまでの力量ではなかった。かつて手ひどく負かしてやったこともあるから力の差は向こうも十分理解しているはずだ。しかし相手からはそれを感じさせない不気味な余裕がうかがえる。


『とっておきのポケモン…?一体何だ?』


 本能的に嫌な予感を覚えながらもヤッチーノがモンスターボールを構えたのを見て、二匹に目で合図を送る。レオの方を見て黙って頷いた二匹は再びヤッチーノの動きに集中する。レオは周囲を一瞥しミレイを逃がせるようなルートを探したが、他のスナッチ団たちが行く手を完全に阻んでおり、うまくいきそうにない。やはり彼を倒して正面突破するしかなさそうだ。
 双方に緊張が走ったが、不意にヤッチーノがレオの右腕を見て意地悪そうに嘲笑した。
「ははん、なるほど。腕のその装置、この前ボスが持ってきた小型スナッチマシンだな?そいつを使って組織に縛られずに自分一人で思う存分ポケモン狩りを楽しもうとしてたってわけかよ。ハハハ!まったくとんでもねぇ悪党だなお前は!」
 これまでずっと変わらなかったレオの表情がそれを聞いてほんのわずかに歪む。しかし次の瞬間には、すでにその銀色の瞳は射るようにヤッチーノを見つめていた。
「…言いたいことはそれだけか?」
「ふん、生意気なガキが。減らず口叩いてられるのも今の内だぞ!」
 レオの安い挑発にヤッチーノが激昂する。
「小型スナッチマシン?レオ、そんなもの持ってるの?」
 ミレイは後ろから右腕に目を向けながらレオに向かって問いかける。
「あぁ。」
「それを使うと他人のポケモンを奪えちゃうわけね。」
「…そうだ。」
「ふーん、そうなんだ。」
 ミレイは独り言のようにそう呟き、何かを考えるように俯く。失望されるか軽蔑されるか、はたまた怒りをぶつけられるか。何にせよ今はそんなことに思いを巡らせる時ではない。
「覚悟はできてるんだろうな、クソガキィ!」
「弱い犬ほどよく吠えるな、ヤッチーノ。底が知れるぞ。」
「チッ、やれっ!ナックラー!パッチール!」





 レオはヤッチーノのボールケースを視界に入れる。どうやら彼の手持ちは三体いるようだ。今ボールから飛び出した二匹は以前の戦いの時にも彼が使っていたポケモン。となると残りの一匹が彼が切り札と呼ぶポケモンのようだ。
「エーフィ、ナックラーにサイケ光線。ブラッキーは手助けで援護。」
「ふん、ナックラー、穴を掘る!パッチール、影分身だ!」
 手助けの力を受け強化されたサイケ光線だったが、相手の穴を掘るによって直撃とはいかなかった。そして二匹の周囲をパッチールの分身たちが取り囲む。下も周りも取られた形だ。エーフィを攻撃の軸として戦うレオだが、彼女の全方位攻撃であるサイコキネシスは攻撃を繰り出す前後のスキが大きく、レオはリスクの高い状態ではあまり多用しない。ナックラーでどこから攻撃がくるのか分からないという保険をかけておき、パッチールで周囲から殴る戦法のようだ。明らかにいつものレオの戦法を防ぎに来ている。
「ふん、俺様だって学習くらいはするんだよ!やれ、パッチール!ピヨピヨパンチ!」
 周囲のパッチールが一斉に二匹に襲い掛かる。
「…それで勝ったつもりか?」
 レオは地面と影分身にすばやく注意を払いながらも落ち着いて二匹を見る。
「エーフィ、リフレクター。」
 二匹の周囲に透明の壁ができあがる。パッチールの分身のパンチは壁に弾かれ、本体のパンチが露わになる。
「ブラッキー、かみつく。」
 壁を突き破り、威力の下がったピヨピヨパンチをかわしながら、ブラッキーがパッチールののど元に食らいつく。
『へへーん、まいったかー!モガモガ――』
『やった!』
「エーフィ、下だ!」
 レオの鋭い呼びかけにエーフィはハッと下を向く。
「ナックラー、いけぇ!」
「エーフィ、サイケ光線。」
 攻撃中のブラッキーめがけて地中からロケットのように飛び出したナックラーにエーフィのサイケ光線が命中する。至近距離で直撃を食らったナックラーはそのまま気絶してしまった。
「パッチール!ブラッキーにピヨピヨパンチ!」
 集中の途切れたブラッキーからスルリと逃れたパッチールがブラッキーに強烈な一撃を食らわす。
『うっ!』
『ブラッキー!』
「っ!エーフィ、パッチールにサイケ光線。」
 こちらも至近距離で攻撃がクリーンヒットし、パッチールは倒れる。
『な、なんとか二匹とも倒せたわね…。』
 エーフィの言葉に頷きながらもレオは更に警戒を強める。先ほどの場面、ナックラーが倒された時点でパッチールを一旦引かせ、三体目のポケモンをくりだした上で二対二の状態にし仕切り直すのがベターだったはずだ。一旦引いた後の第二撃に備えてスムーズに対処できるようにエーフィにリフレクター範囲を狭めさせなかったのはそのためだった。だが相手がその予測を裏切った結果、リフレクター内でパッチールが行動できてしまい、ブラッキーに攻撃がクリーンヒットした。並みのスナッチ団なら頭に血が上って勝負を急いたということもありうる。しかし戦闘経験の多いヤッチーノがそのようなミスを犯すのはどうにも不自然だ。
「あーあーなっさけねぇ。二匹とも簡単にやられやがって。」
『無茶な戦い方させたのはあなたでしょ!なんて無責任な――って…ブラッキー?』
 エーフィが何かに気付いたように横で息を切らすパートナーに視線を向ける。そう、こういう時にいつもまず相手に食ってかかるのはブラッキーのはずなのだ。それが…
『う、うー…。あ、あはは…。』
 レオの思った通り、ブラッキーは混乱状態に陥っているようだった。さきほどのピヨピヨパンチの直撃の効果に違いない。つまり相手は二匹で戦うことよりもこちらを状態異常にすることを選択した。そういうことだろう。つまり


『よほど最後の切り札に自信を持っているのか、あるいは…二匹で戦うとなんらかの問題が生じるポケモンなのか。』


 レオは注意深くヤッチーノを見つめながら考えを巡らせる。
「ふん。まぁいい。ある程度ダメージは与えてるみたいだしな!ゆけっ!」
 ヤッチーノが最後のポケモンをくりだした。

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