第11話 同類

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フェナスシティの一角、噴水広場にほど近い宿屋の一室。窓際のベッドに腰を下ろしたレオは無造作にモンスターボールを放り投げる。レオのそばに座る二匹とベッドの傍の小洒落た揺り椅子に腰かけたミレイも見守る中、赤い閃光とともに中から飛び出したのは、先ほど捕まえたばかりのチルットだった。相変わらず見ているのかいないのか分からないような目でぼんやりとこちらを見つめている。しばらくレオたちとチルットの間に沈黙が流れた後、レオはフッと息を吐き、何かを思案するように静かに腕を組んだ。
「なんなんだろうね、このチルット…。黒いオーラはまだ消えてないみたいだし…。」
 揺り椅子から立ち上がったミレイはそのままチルットに近付き、白い羽を不思議そうにつつく。
『さっきからホントに何にもしゃべらないね。目を開けながら寝てるんじゃないのって思っちゃうよ。』
 ブラッキーがそんなことを言っても、チルットは何の反応も示さなかった。
『戦闘マシン、なんて言葉が出てたけど…。言葉は悪いけれど本当に機械みたい。感情があるならあんな無茶な戦い方はしないはずだわ。』
 エーフィがそう言いながら怯えるように体を震わせた。先ほどの戦闘を思い出しているのだろう。レオはエーフィの頭を撫でながら自分の荷物を探る。しばらくごそごそ中を見た後、使い古されたポケットから取り出したのは、昨日マスターに押し付けられるような形でもらったポケモンフードだった。それを宿の小皿に三皿分盛り付ける。
「手馴れてるね。」
「ポケモンの世話係だったこともあるからな。」
「それってスナッチ団にいた時の話?」
 ミレイの感心したような問いかけにレオは何も言わずポケモンフードをバッグにしまう。二匹は出されたものを美味しそうに食べながら
『レオが勝手にやってただけだけどねー。』
『『声がやかましくて寝られやしない。』とか言ってね。ボスに怒られてからはできなくなっちゃったけど。』
 とレオにも聞こえないほどの小声で囁き合いながらクスクス笑った。
 そんな団欒の中、しかしチルットの前の皿だけは一向に減る様子がなかった。チルットは微動だにしない。食べるという発想がないのかそもそも空腹感すらないのか。しばらく黙って様子を観察していたレオだったが、やがてため息をつき
「ほら、食え。」
 とぶっきらぼうにチルットに言う。それを聞いた瞬間、チルットは勢いよくポケモンフードを食べ始めた。
「あ!食べてる食べてる!ちゃんと声は届いてるんだね。」
 ミレイが嬉しそうにレオに笑いかけながら、食べ続けるチルットの頭を撫でる。レオは仏頂面のまま首を横に振った。
「これは命令に従ってるだけだ。」
 今レオが試しに一言「死ね」とでも言えば何のためらいもなく自分ののどをかき切るだろう。目の前のチルットにはそんな危うさがあった。人間の命令にだけ忠実に従うポケモン。こんなものが自然に生まれるとは到底思えない。だがスナッチ団がそんな研究をしていたという話は聞いたことがないし、そんな技術も施設もない。となるとスナッチ団と関わりのある何者かがこれを作り出した、ということになるのか。そう考えるとレオには思い当たることが一つあった。スナッチしたポケモンの最終的な行先の謎。スナッチ団にスナッチされたポケモンはどこかに送られ、そこでこの兵器のようなポケモンにされるということなのかもしれない。…あくまで推測の域を出ないが。
「うーん、どうやったら元に戻るんだろうね。」
 羽の感触が気に入ったらしいミレイは、チルットが嫌がるそぶりを見せないのをいいことに、執拗にそれを撫でる。レオは問いかけには答えず、ドサッとベッドに倒れこむ。
「って、ねぇレオー。真剣に考えてるー?」
 ミレイは不満そうに頬を膨らませながらレオの視線と天井の間に顔を挟ませた。
「今は分からないことが多すぎる。」
「でもこのままじゃ何も分からないままじゃん。あたし頭よくないからこういうコトはレオ頼みなのにそんなことでどうするのー。」
 ため息交じりにそんなことをぼやきながら、再び椅子に腰かけたミレイは背中で椅子をふらふらと揺らしながら天井を見上げる。
「お前が見た黒いオーラのポケモンはこのチルットなのか?」
 レオは目を閉じ、少し面倒そうにミレイに問う。
「ううん。あたしが見たのはオオタチだった。尻尾がこのチルットちゃんにも負けないくらいすっごくモフモフそうで…。って、そっか!」
 ミレイは嬉しそうに勢いよく椅子から立ち上がった。
「その子も見つけて捕まえてあげなきゃね!」
「オオタチを持ってたのはさっきみたいな連中だったか?」
「え、えっとたぶん違ったと思う。」
 予想通り、このようなポケモンは複数いて、スナッチ団だけに配布されているわけではないようだ。そのオオタチを使っていたトレーナーはスナッチ団ではないようなので、締め上げれば何か話を聞きだせる。こいつの正体を推測するのは情報収集のあとでも遅くはない。
「それを見たのはどこだ?」
「ここから西に行ったところ。パイラタウンって町。」
 レオはベッドに寝ころんだまま、ポケットから取り出した地図を目の前に掲げ、目を細める。この町からざっと数十キロ近く離れた町だった。ここからアジトまでの距離はないからまぁそこまで長い移動にはならないだろう。ただ、問題は…。
「じゃあ早速明日その町に向かいましょ!…さらわれた町に向かうのはちょっと怖いけど…レオと一緒だから大丈夫よね。」
「そうなるとポケモンの捕獲は無理だな。」
「え?」
 嬉しそうな顔から一転して豆鉄砲を食らったような表情になるミレイ。表情の変化が実にせわしない。
「ボールがもうない。」
「もうないって…まだ一個しか使ってないじゃない!」
「さっきのはデフォルトで入っていたボールをそのまま使っただけだ。」
「そんなぁ…。あ!確かこの町にフレンドリーショップあったよね?そこで調達できるんじゃない?なんせポケモントレーナーに必要な道具はなんでも揃うんでしょ?決まり!明日は朝一番にフレンドリーショップね!」
「…。」
 うかない顔のレオをよそに、ミレイはこれからの方針を勝手に決めて満足したのか、もう一方の方のベッドの布団にくるまった。
「あたし色々あって疲れちゃったからもう寝るね。おやすみ、レオ。」
 そう言うが早いかミレイは数秒後には静かな寝息を立て始めていた。レオは寝息を立てるミレイを横目に見ながらしばらく考えを巡らせ、やがて深くため息をついた。
「分からないことが多すぎるな。」
 再びそう呟くと、レオは静かに目を閉じ眠りについた。



「えー!?ボールがないー!?」
 フェナスシティフレンドリーショップにミレイのそんな素っ頓狂な声が鳴り響いたのはその翌朝早くだった。「なんでも揃うを売りにしてるんじゃないのか」とか言いながら店員に詰め寄るミレイをよそに、レオは仏頂面のまま店内を見回していた。かなりの規模を持つショップであるようだが、それでもボールが置いていないというのも無理はない。この周辺及びオーレ地方から野生のポケモンというものが出現しなくなって以来、モンスターボールなどという道具は必要のないものになったからだ。レオのように人から奪ったりする輩以外は、だが。
 自嘲を込めた笑みを顔に貼り付けながら、レオはブラッキーに未だに店員に噛みついているミレイを見ておくように言う。そしてエーフィと共に静かにショップの外に出た。
「さて。」
 レオはため息をつきながらにわかに銀色の目を鋭くした。
「いい加減ストーカーじみたことはやめたらどうだ?」
「ふうん。さすがね。とっくにばれちゃってたってこと?」
 そんな言葉と同時に物陰から一人の少女が現れた。白い髪を後ろで一つに束ね、飾り気のない白の修道着を少し着崩したような出で立ちの少女。不健康な程真っ白な肌とすべてを諦めどこか達観したような顔も相まって、この世の人ではないような雰囲気を漂わせていた。機械仕掛けの天使。そんな佇まいだった。エーフィは一瞬目を奪われはしたものの、すぐにいつでも戦える体勢をとる。しかしそんなエーフィのそぶりに見向きもせず少女は静かにレオに近付いた。
「いつから気づいてたの?」
「町に来てすぐ俺がいざこざに巻き込まれた時から。」
「最初からってことね。それならそうと言ってくれればいいのに。」
「あいつと鉢合わさせたくなかったんでな。」
 レオはそう言いながらショップの中のミレイに視線を移す。
「ふふ、それが賢明な判断だと思うわ。」
 少女は口の端を釣り上げ面白くもなさそうに笑うと、白魚のような手をレオに差し出した。
「私はユアナ。あなたの同類よ。よろしくね。」
 レオは出された手からユアナと名乗った少女の瞳に視線を移した。
「同類だと?」
「そう、同類。別にあなたがその意味を理解する必要はないけれど。」
 レオが握手に応じる気がないことを悟った少女はそう言ってフッと笑い、差し出していた手を引っ込めた。どこか儚げで蜃気楼のような表情が流水から反射された光できらめく。
「あ、そうそう。モンスターボールだけれど…。町はずれにあるスタンドのオーナーが持っているはずよ。ここから南の方へ数キロ。…そうね。スナッチ団のアジトがあった方へしばらく行けばあるわ。」
「…。」
「探してるんでしょう?私と同類だものね。」
「…お前は何者だ?」
「さあ。それこそあなたが知る必要はないことよ。でも安心して。別に私はあなたに危害を加えるつもりはないわ。単に私の同類がこれから何をしようとするのか見てみたいだけ。あなたにしてみれば信用はできない話だと思うけどこれは本当よ。百中のレオを出し抜こうなんて考えるほど私も愚かではないし。」
 少女はそう言って再び、今度は少し嘲るように笑う。
「でも一つだけ言っておくわ。あなたはあのミレイとかいう子に無意識に希望のようなものを持っているみたいだけれど、無理よ。あなたは決して逃れられない。自分の犯した過去の罪からは、ね。」
 そう言い残すとユアナは何も言わずレオの前からフッと姿を消した。レオはしばらくユアナの消えたフェナスの雑踏を見つめていたが、やがて一度首を振りショップの中へと入って行った。



 その後、ユアナのことには触れず、適当なことを言ってミレイを車に乗せ、レオは再び町はずれのスタンドへ向かっていた。ミレイは最初こそ怪訝な顔をしたものの、信じてほしいというようなニュアンスをこめて語ると簡単に笑顔で着いて来た。こんな風に騙されやすいから人さらいに遭うんだと、自分で騙しておきながらレオは新たな乗客を乗せた愛車を操りながらため息をついた。
「ブラッキーちゃん!ほーら、速い速ーい!」
『き、きゃはは。体撫でるなーくすぐったいだろー。あとオスなのにちゃんって呼ぶなー。』
「あ、エーフィちゃん、ほらあれ!野生のノクタスじゃない?あれ!」
『サボテンですよただの…って聞こえてないですね。』
 レオの表情は行きにも増して憂鬱げなのに対して、サイドカーはいつにも増して賑やかだった。レオは再びため息をつき、腰に一つつけたモンスターボールを少し気にした。
『レオ、さっきの女の人のこと気にしてる?』
 ミレイの攻撃を器用にかいくぐったエーフィがレオに『声』をかける。
『それともそのチルットのこと?』
「…。」
 レオは何も答えなかった。正確に答えるとするならば『もっと多くのこと』と答えることになっただろうが、それではあまりに漠然としすぎていた。
『私にも難しいことは分からないから何も助言はできないけど、あんまり気に病まないでね。』
 そう言って心配そうな顔をするエーフィの頭をくしゃくしゃと撫でながらレオは静かにゴーグルを外した。
「さて、着いたぞ。」


「よう、いらっしゃい。って昨日の兄ちゃんか。ゆっくりしてきな。」
 再び帰ってきたことにマスターは少し驚いた風だったがレオと二匹を笑顔で迎えた。
「えっと、お邪魔します!」
「お、早くもガールフレンドか。隅に置けないね。フェナスで捕まえてきたのかい?」
「いえ、どっちかというとあたしが捕まってたのを逃がしてくれた人で。あ、でもこれはやっぱり捕まっちゃったんですって言うべきなのかな?どう思うレオ?」
「お前は余計なことをしゃべるな。」
「ははは。何があったかは知らんが面白そうな子じゃないか。お前とは関わらなさそうな人種に見えるがな。」
 面白そうに笑うマスターと無邪気に笑い合うミレイを静かに睨みながらレオはカウンターにつく。出された水をしばらくじっと眺めた後、レオは軽く息を吐き、マスターに例のボールの件について尋ねた。
「ん?モンスターボール?」
 マスターは目を丸くした。
「そんなものもうこの辺じゃ用がないから…はて、どこにしまったかな。」
 そう言いながら後ろの棚をごそごそと探り始める。中には傷薬やなんでもなおしなどフェナスのフレンドリーショップでも見たようなポケモングッズが並んでいた。長年そのまましまわれていたのか、かなりほこりを被っているようではあったが、かなりの品ぞろえだった。
「すごい!マスターって何者なんですか?」
 ミレイが感心したように声を弾ませる。
「いやいや、この辺りは昔はたくさんポケモンが出ることで有名でな。ここもフレンドリーショップとして開いてたんだ。今じゃこんなだが昔はそりゃもう繁盛したんだぞ。」
 マスターは棚のほこりを煙たそうに払いながら快活に笑う。
「モンスターボール、モンスターボール…っと。おおっ!あったあった。ちょっとほこりを被っちゃいるがちゃーんと使えるぜ。」
 そう言いながら棚から出されたボールを十個レオの前に差し出す。
「ほれ、持って行きな。何に使うのかは知らんがな。」
「わあ!モンスターボール!やっぱりレオの言った通りだ!でもほんとにいいんですか?」
 ミレイは目を輝かせながらモンスターボールを手に取る。
「いいってことよ。どうせ置いておいても誰も欲しがらないしな。あんたに使ってもらった方がボールも喜ぶってもんだ。」
 無言のままボールを見つめていたレオはその言葉に少しだけ瞳をマスターに向けたがまたカウンターに置かれたボールに目を戻した。
「…。」
「また入り用になったら声かけてくれ。まだまだストックは有り余ってるしな。」
 マスターのそんな声に耳だけ傾けながら、レオはしばらくボールを見つめ、誰にも聞こえないような声で
「どうして俺の周りにはこうも人を見る目のないバカが集まるんだ。」
 と呟き小さくため息をついた。
「ん?レオなんか言った?」
 無邪気に声をかけるミレイには何も言わずレオはマスターに向き直る。
「ありがとう。無駄にはしない。」
 そう言って最後にまっすぐマスターに銀色の瞳を向けたあと、レオはボールをポーチに詰め、店を出た。



「今からパイラタウンに向かうの?」
 バイクのサイドシートで砂ぼこりに目を細めながらミレイがレオに尋ねる。
「すぐに向かうにはこいつの燃料が危ない。一度フェナスに立ち寄ることにする。あそこもあまり安全とは言えないが…。パイラタウンというところよりは落ち着けそうだからな。」
「そっか。…それにしてもよかった。」
「…何だ?」
「レオが決心してくれて。さっきのレオ、すっごくかっこよかったよ。」
「…。」
 そう言ってにこにこと笑うミレイを見ながらレオは数時間前ユアナと名乗った少女の言っていたことを思い出していた。


「あなたはあのミレイとかいう子に無意識に希望のようなものを持っているみたいだけれど、無理よ。あなたは決して逃れられない。自分の犯した過去の罪からは、ね。」


「…もとより希望などないさ。」
 呟くように漏れた小さな声は砂漠の風にかき消された。風向は西。フェナスシティ、そしてこれから向かうことになるパイラタウンの方角。この旅が思いの外長いものになるであろうことを、レオは薄々感じ始めていた。
「…かと言って引き返すこともない、か。」
 再び呟きながらレオはハンドルを握り直した。
大変お待たせいたしました。環境の変化によりすっかり更新を忘れておりました。おそらくこれからも不定期極まりない感じになるかと思いますがよろしくお願い致します。

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