Episode 81 -Concealed-

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ティエンロンの回復を待つ間、えっこたちチーム・テンペストは依頼のために菜花総合病院へと向かう。地上随一の大きさを誇るその病院では、取り壊し予定の旧閉鎖病棟にある怪異が起きていた。
 ティエンロンの救出から数日、えっこたちチーム・テンペストの元に新たな依頼が舞い込んだようだ。


「そういう訳だ、これより地上にある『天詩町』にて依頼主と落ち合い、『菜花総合病院』の旧閉鎖病棟を探索する。」
「病院か……ほとんど行ったことがねぇんだよなー。俺はバカだから風邪引かねぇし、怪我らしい怪我もしねぇしな。」

「いや、それってマーキュリーさんがあまりにも丈夫すぎるからなんじゃ……。」

えっこたちが今回向かうことになるのは、地上有数の大きさを誇る総合病院のようだ。稼働して20年になる新病棟に全ての設備が移管されたために旧病棟が取り壊されることとなったが、その中の旧閉鎖病棟に何者かの気配が感じられ、場所が場所だけに誰も寄り付きたがらないらしい。


「それよりティエンロン様とやらは大丈夫なのかい? よりにもよって魔触虫なんてゲスなものをご老体に差し向けられて、かなりマズい状態なんじゃ……。」
「それなら心配要りませんよ、あれからランジンに留まっているツォン曰く、自力で食事が取れるくらいには体力が戻ってきたみたいですから。体力が完全に復活してきたら、俺たちに連絡してくれるらしいです。」

「なら一安心だな。ったく、敵の正体を探るには一刻を争うってのに、とんだ邪魔が入りやがったな……。その占い師共を一発ぶん殴ってやりてぇぜ。」 

苦虫を噛み潰したような顔でえっこに尋ねるユーグとマーキュリー。ティエンロンはやはり生命力を吸い取られてしまったダメージが老体に響いたらしく、現在は安全を取って療養に専念しているようだ。


「そうだ、ついでだし栄養不足によく効く薬か何かを探してきたらいいのでは? 少しでも早く復活して敵の正体のヒントやローレルの未来を見通してもらうため、俺たちにもできることがあれば手伝いたいですし。」
「お前にしちゃ頭が冴えてんな。その案、いただきだぜ。とにかく地上に向かうか、細かい話はそれからの方がいいだろうしな。」

えっこのアイデアにトレたちが賛同する。こうして一行は、依頼の遂行とティエンロンに渡す薬の入手のため、早速天詩町へと降り立った。


「はえー、結構でけぇ病院だな……。アークのそこら中にある診療所なんかとは大違いだぜ。」
「そりゃあ、総合病院だからね。外科に内科、循環器内科、脳神経外科、産婦人科、口腔外科、眼科、消化器科、整形外科、それから精神科、何でもござれな病院みたいだよ。遠くから来る患者もたくさんいるとか。」

菜花総合病院のエントランスに入ると、白を基調とした内装の吹き抜けの広大な空間の中に、無数の待合いソファと各専門科へ続く通路とが目に飛び込んでくる。

やはり地上でも有数の巨大病院ということもあり、周辺住民のみならず遠くから治療を受けに来るポケモンも存在するとのことだ。


「ポケモンにもやっぱりそんなのがあるんですね……。というか、人間と違って身体の大きさも形も色々なのに……。」
「ああ、だから設備も多分人間用の比じゃないくらいには充実してんじゃねぇか? 例えば俺みてぇなコリンクなら、発電不順症候群の治療に電気ショック療法が用いられたりするし、お前みたいなケロマツだと、背中のケロムースが弱って萎んだ際の加湿用設備とかが必要になるし。」

「後、イワークとかみたく身体の大きなポケモンは病院に入れないから、外に医師が出向いて診察するみたいだね。因みに岩タイプ相手だと、身体の窪みや傷を修復する彫刻師みたいな専門医もいるよ。」
「は、はぁ……何だか想像付かないっすわ……。」

ポケモンの姿や性質は人間に比べてあまりにバリエーションに富んでいる。そんなポケモンたちを治療できるよう、この病院には数多くの専門設備や専門スタッフが常備しているようだ。
えっこはそんなカルチャーショックに苦笑いしながら、トレやユーグの言葉に反応していた。


「ま、病院だしあんまりギャーギャー騒いでないでとっとと依頼主んとこ行くぞ。」
「えーと、確か院内薬局だよな……。エレベータを上がって3階か。」

トレがそのように促すと、マーキュリーが依頼主のメールを確認する。一行はエレベータで院内薬局のあるフロアへ向かい、薬局の内部にいる大きな影に話しかけた。











 「おお、チーム・テンペストのみなさんでしょうかな? お待ちしておりましたとも。」
「ええ、何でも取り壊し予定の旧閉鎖病棟から謎の気配がするとか? 向かう前に、詳しくお聞かせ願えますか?」

「はい、あの病棟はもうかれこれ20年以上前に役目を終えてから放置され、確かに誰一匹患者もスタッフも残っていないはずの場所なのです。しかし、取り壊しの実行が近付いてきた最近になって、急に現場を調査していた解体工たちから謎の不気味な影を見たと、相次いで報告がありましてねぇ……。」

そう語るのは、大きな丸々とした身体のガマゲロゲだった。どうやら彼はこの院内薬局での調剤取りまとめを行っているポケモンらしく、今回の依頼をえっこたちに送ってきた相手だ。


「影とは、一体どのようなものなのでしょうか?」
「何でも大きな魚の骨のようなものが空中に浮かんで見えるとか……。細長く鋭い針状のものがいくつも生えていると聞きましたよ。」

「魚の骨? 何だ、死んだ魚ポケモンが化けて出てんじゃないの? だって病院だしここ。」

えっこが影について尋ねると、ガマゲロゲはそのように答えた。どうやら魚の骨のような形で、中央から針のような物体が枝のようにあちこちに伸びている、そんな不気味な影が目撃されているようだ。

マーキュリーは笑いながら無神経な発言をするが、他の3匹は何とも冷ややかな目で呆れ果てているようだった。


「んで、その骨みたいな影って奴はいつ頃から現れたんです? それと具体的にはどんな被害が?」
「丁度2ヶ月程前からでしょうか……。病棟が使われなくなってから長らく誰も立ち入ってなかったのですが、取り壊しが決まってから解体工が現場の視察に訪れ始めたのがその時期でして……。一応襲われただとかそのような話は聞かないですが、そりゃあみんなすくみ上がっちゃいまして……。」

「なるほど、つまりは病棟の外からは気配は感じられなかったけれど、中に入って調査活動を始めると、奴が姿を見せ始めたと。」
「その通りです、その不気味な影は病棟からは出て来ないようですが、このままでは解体工事が行えなくなってしまいそうです。作業員は怖がって中に入りたがらないし、仮に何とか建物を解体したところで、今度はそのお化けが外に出て他の病棟に出没するんじゃないかという懸念が……。」

やはり例に漏れず、今回の問題も依頼主にとっては深刻な頭痛の種だ。ユーグの気付いた通り、不気味な影は旧閉鎖病棟から外へは出てくることはない。

ただし、必ず病棟内に相手がいる以上は解体工事に影響が出かねないし、建物を取り壊した後にその化け物が別の使用中の病棟に移る可能性も出てくる。このままでは解体工事の計画が頓挫してしまうだろう。


「とにかく、そこの病棟に行ってみるしかねぇな。さっさとその化け物とやらをぶちのめすぞ。」
「待ってくださいマーキュリーさん、一応物的被害は出ていない訳ですし……。理由なく攻撃的になるのはマズいですよ、まずは穏便に行きましょう。」

「えっこの言う通りだ、別にまだ相手が言うこと聞かねえ野郎だと決まった訳じゃねぇだろ。おめぇはその喧嘩っ早いとこを治せってんだ。」
「んだとてめぇ!! その化け物より先にてめぇを病院送りにすんぞコラァ!!!!」

「あのー、そもそもここ病院ですよー。それと病院では静かにしましょうねー。」

トレの余計な一言でマーキュリーがヒートアップするお決まりのパターンが、一同の目の前で繰り広げられる。もっとも、ユーグの言う通りここは病院だ。2匹は舌打ちをすると、大人しく旧閉鎖病棟の方へと向かっていった。












 「えーとえっと……南側入院病棟の東エレベータで地下2階に行って、そこの非常用通路をずっと進むのか。」
「何かどんどん病院の中心部から離れて行ってんな……。さっきまでの綺麗な病院とはえらい違いだぜ……。」

えっこたちはエレベータで下へと向かう。マーキュリーの言う通り、先程までの最新設備の真新しい内装の病棟と違い、ここはボロボロの旧式設備のようだ。

薄紫色の壁の塗装はところどころ剥がれてコンクリートの壁が露わになっており、エレベータもガタガタと音を立てて震えながらゆっくり下りていく。やがて地下2階に着くと、すぐに従業員以外立入禁止のドアが見えたため、ガマゲロゲに渡された鍵を使ってその奥の細い通路へ進んだ。


「あー、こんな雰囲気のお化け屋敷とかあったら流行りそう……。呪いの病院からの脱出、とかね。」
「お前までそんなこと言い出すなよユーグ……。まあ、確かにこりゃあ何か出てもおかしくはない雰囲気だけどよ……。確かさっきのエレベータから500mも離れてんだよな? お、出口みてぇだぜ。」

トレが意を決して旧閉鎖病棟への扉を開く。地下は旧閉鎖病棟の倉庫となっているらしく、ホコリとカビの臭いと、湿っぽく冷たい空気とが空間を満たしている。


「これじゃあ影も何も見えないですね……。懐中電灯を点けないと。」
「影の目撃例が多いのは地上の入院フロアらしいからな……。ここでの探索はそこそこにして、階段を探すぞ。」

「うげっ!? な、何だこれっ!!!!」

えっことトレが階段を探す中、普段から冷静で飄々としているユーグが叫び声を上げる。他の3匹がそちらを見ると、ユーグは壁を懐中電灯で照らして固まっていた。


「一体どうしたんだよユーグ? お前にしちゃ珍しいぜ、突然そんなにでかい声出しちまってよ。」
「だって……何なんだよこれ……。一体誰が……? この場所は既に使われてないはずだろ? 誰が何の目的で……!?」

ユーグは駆けつけたマーキュリーの方を見ることもなく、青ざめた表情で壁を凝視している。その壁を見ると、赤い血のようなものでびっしりと目の絵が描かれていた。


「おっ、おい……。これって血……なのか!?」
「いえ、恐らくは違います……。血ならば空気に触れると酸化して、赤黒い色になるはずです。でもこの目の絵は明るい赤色で描かれている……。」
「ああ、赤いペンキか何かだろうな。この絵を描いたのも例の化け物なのかね? だとしたら、気味の悪い野郎だぜ。イカれてやがる。」

えっこやトレの言う通り、この絵は赤い塗料で描かれたものだろう。それにしても、廃病棟の地下の壁の5m程の範囲にびっしりと描き込まれた大量の目の絵は、不気味という言葉だけでは片付け切れない狂気を感じさせる。

えっこたちは顔を見合わせ、より一層気を引き締めて上の階へと向かっていった。


「マジかよ…………。こんなこと依頼主は一言も言ってなかったぞ……。」
「だとしたら、彼らが最後にこの病棟に立ち入ってから今までの数日でこうなったとしか考えられませんね……。一体何のつもりなんでしょう……。」

「これはさすがに……。えっこやトレやマークが一緒じゃなきゃ、僕でも尻尾巻いて逃げてるよ…………。」

1階の様子を見て固まる一行。トレの目の前には待合室が広がっているが、その床の随所に赤と青の塗料が撒き散らされ、薄暗い色の壁のあちこちに、無数の目と口の絵が描き込んである。

ただし先程と大きく違うのは、目や口の絵に執拗に×印が上描きされていることだろうか。


「おい、ここ見てみろよ!! このペンキ、まだ完全に乾いちゃいねぇぞ!!」
「用心しろ、まだ相手は近くに潜んでるかも知れねぇ。こんなことしでかすイカれ野郎だ、何をしてくるかも分からねぇからな、互いに離れんじゃねぇぞ!!」

マーキュリーが指差す壁に描かれている絵は、まだ完全に乾き切っていないらしくわずかな光沢がある。

トレたちは一斉に厳戒態勢に入り、背中を合わせながら四方に目を光らせる。果たして、この不気味な現象の意図は、そして病棟を徘徊する謎の影の正体は何なのだろうか?


(To be continued...)

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想