Episode 80 -Vision-

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 未来を予知するパイの前に、ツォンは徐々に追い詰められていく。最高のライバルであり親友であったパイを救うため、ツォンは今の彼だからこそできる一手に打って出る。
 ツォンはパイの反撃を受け、身の安全を確保すべく飛び退いて距離を取った。しかしその直後、鋭い痛みがツォンの足の裏に走る。


「あぐッ……!?」
「野郎、まさかあんなもん仕掛けてやがったのか……!? コイツはマズいことになりやがったぜ……。」

「トレさん、一体何が起こったっていうんです?」
「ツォンの足元だ、あれは毒針の罠だな……。遺跡や悪党のアジトといったダンジョンではよく仕掛けられてるのを見るが、ここに設置されているのは不自然極まりない……。恐らくは奴が……!!」

怪訝に思い尋ねるえっこに、トレがそのように言葉を返した。確かにツォンの足元にきらりと光る針のようなものが無数に見えており、その一本一本がツォンの体内に毒を注入したようだ。


「どうしたツォン、顔色が悪いじゃあないか?」
「そんなことが……まるで僕がこの位置に来ることを見通していたかのように……。さっきの一撃も、まるで僕の心の内を見透かしていたように読んでいた……。でも、そんなことは……!!」

挑発するような態度のパイに、ツォンが再び仕掛けようと動き出す。体内に毒が回っている以上、悠長に構えている暇などなさそうだ。


「うぐぅっ!?」
「『蒼落雷』だろ? 円環功の力で前方向に回転して踵落としを放つ。でもそれなら、回り始めの頭が下に来るタイミングで踏みつけてやればいいよな? こんな風にね。」

「何だあいつ、ツォンの動きを完全に見切ってる!? どういうことなんだよ!!」

カザネが驚きの声を上げる。ツォンが技を出そうと身体をに前方向一回転させた瞬間、パイが待ち構えていたかのようにその頭を踏みつけて地面に押さえつけた。パイはそのまましたり顔で、ツォンの顔面を地面にぐりぐりと押し付けている。


「未来を見ることができる能力……。そんなもんがあると言ってたよな? 奴が今使ってる能力も、そんなとこだろうぜ。」
「トレさん、それってどういう……?」

「お前が雷に打たれかけたあのときだ。まるであの木に雷が落ちることを知っていたかのように、奴はお前を誘導した。ツォンの攻撃を読んで反撃してるのもそれと同じだ、マジで未来が見えてやがんだ。」

トレの言う通り、いるかに雷が直撃しかけたあの場面もパイの仕業だ。ツォンの攻撃だけでなく、自然現象までも完璧に察知しているパイの行動は、超科学的な未来予知に基づいているとしか考えられない。








 「どうだツォン、屈辱だろ? でも俺はこんなもんじゃなかったんだぞ、お前に負けたあの日から……。いや、もっと前からだ。お前はいつも俺の一歩先を行っていた。武術も勉強も、幼馴染のお前の方が出来がよかった。この劣等感と屈辱が分かるか? なあ、答えてみろよ!!」
「ぐぁっ……!! そんなことが……僕は、驕り高ぶるために君と競った訳じゃ……。ぐっ……!!」

パイは憎しみに満ちたような口調を徐々に現し、ツォンを地面に押し付けながらそう告げた。ツォンは身体と心の痛みの両方に苛まされつつも、必死に耐えているようだ。


「とんだクズ野郎だね、自分の実力が足りないのを棚に上げて、それをひっくり返すような努力もしないで、ツォンのことを勝手に僻んでんだ。逆恨みもいいとこだよ!!」
「……カザネさん、そのようなものではありませんよ。僕も同じです、だから分かるんです。」

「ローレル……? 一体どういうことなんだ?」
「以前にお話したことがあるかと。僕は名家に生まれた人間。でも兄と比べると僕は能なしだった……。だからいつも比べられ、出来損ないだと蔑まれ、多大なコンプレックスを抱えて育ってきた……。だから彼の気持ちは痛い程に分かります。とはいえ、それでツォンさんを恨むことなど、言うまでもなく許されることではありませんが。」

ローレルが急にぼそりとそう呟いた。自分自身も名家の落ちこぼれとして生まれ育ったローレルだからこそ、その一言にはリアルな重みが感じられる。


「僕もです……。僕って昔から何をやってもダメで、周りと比べて本当に落ちこぼれで、劣等感と悔しさだけを味わって生きてきて……。ローレルさんみたく家族が機能不全じゃなかっただけ全然マシですけど、それでも誰かと比べられて否定される辛さ、僕も分かります。」
「いるかまで……。」

「(もし、パイを正気に戻せる方法があるとするならば……。今のパイに勝てる方法があるならば……!!)」

ツォンは毒とパイからの攻撃によるダメージで既にボロボロになりながらも、気力を振り絞ってパイを払い除け、よろよろと立ち上がった。


「まだやる気のようだな? いいだろう、お前を二度と立ち上がれないくらいに痛めつけてやる。それでも俺の心は晴れないくらい、お前に虐げられてきたんだ!!」
「何とでも言えばいいですよ。僕は信じます、自分自身の拳を。そして僕が父から受け継いだこの流派と、君が君のお師匠様から受け継いだ拳法とを。」

ツォンはそのように呟くと、地面を強く蹴って飛び上がった。そのまま先程と同じように、身体を縦に回転させて踵落としを放った。


「『蒼落雷』!!!!」
「どういうことなんだ? 敵のいる場所から離れたところを!? まさか、既に毒のダメージでまともに狙いを定めることさえも……!!!!」

ツォンの一撃は虚しくも地面に叩きつけられ、パイは何もせずとも攻撃に当たることすらなかった。パイは勝利を確信したような顔でツォンに接近して攻撃の構えを見せる。


「終わったな、ツォン。これからお前を葬り去る攻撃の数々を叩き込んでくれる!!」
「……それは僕のセリフですよ、パイ。もう既に終わっている。そう、全ては君が未来を確認しなかった、その慢心のせいで!! 『蒼転防』!!」

次の瞬間、ツォンに接近したパイの頭上に何か丸いものが落ちてきた。ツォンはすかさず、最後の力を振り絞って身体を回転させる。


「あの丸いの、手榴弾……!? いつの間にあんなものが……?」
「さっきの踵落としのときだ……。あれは狙いを外した訳じゃない、土煙に紛れて手榴弾を上に投げるため……!!」

「だけど最大の好機と勘違いしたパイさんは、ツォンさんにすかさず攻撃を仕掛けてしまった……。手榴弾の罠が上から来ることも知らず、勝利を確信した故に、未来を確認するのを忘れて……!!」

カザネが目に捉えたものは手榴弾だった。えっこやローレルの言う通り、ツォンは踵落としを外したと見せかけて手榴弾を上空に放り投げ、パイの攻撃を誘ったようだ。

ツォンの大ピンチと見てつい気が緩んだのだろう、パイは未来に何が起こるかも確認せず、ツォンへのとどめの一撃を急いでしまった。


「バカなっ、どうしてこんなもの……うぐぁぁっ!!!!!!」
「武術の試合ではないのですよね? ならば仕方ありませんよ、僕もこういう狡猾な手は好きではないのですが……。うちのチームのリーダーの手癖が移っちゃいました。」

ツォンは気功のバリアで手榴弾の爆発を防いだものの、パイは攻撃することに意識を集中していたため、防御も回避もできないようだった。


「すごいよツォン、未来を読んでくる相手を倒すなんて!!」
「容易いことですよ、このパイは操られていましたから……。本物のパイならば、僕と切磋琢磨した経験があり、お師匠様の教えを守っていたパイならば……こんな慢心で自滅したりはしません。」

「ところで大丈夫なのか? パイの野郎、至近距離で思いっ切り爆発を食らったぞ?」
「心配ご無用です、あの手榴弾は護身用の低威力のものですから。ルーチェさんが殺傷用の兵器を僕に持たせる訳がないじゃないですか、はははは……。」

いるかとトレがツォンの元へと駆け寄る。どうやらパイは爆発で気絶しているだけのようであり、ツォンも深手は負ったが大事には至っていないようだ。

えっこたちはすぐに、解毒作用のあるモモンの実のアンプルを投与し、ツォンの身体に回った毒を取り除いた。


「さーて、これからどうするかだね。ひとまずパイは復活しないようにロープでぐるぐる巻きにしておいたけど、催眠術だか洗脳だかを解除してやらないとだ。」
「怪しいのは山頂だと思います。彼が僕たちをそこに連れて行きたがっていたのを鑑みるに、敵は山頂で僕たちを罠にはめて一網打尽にするつもりだったのでは?」

「ローレルの言う線は正しそうだな……。だとしたらどうしよう、下手に殴り込みに行ったところで勝ち目は薄そうだ。」
「それならいい案があるぜ、こんなのはどうだ?」

トレはそのように発言すると、えっこたちにあるプランを説明した。一同はなるほどといった様子で首を縦に振り、パイを見張るカザネとローレル以外が行動を開始した。











 「ここが山頂か……。雲が渦巻いていて周りがよく見えないな……。」
「ここは休火山ですから、活動していないとはいえ山頂に火口があります。そこを確認してみましょう。」

えっことツォンの声が、分厚い黒色の雲の中からくぐもって聞こえてくる。一行はそのまま火口へと進んでいったようだ。


「なっ!? ティエンロン様っ!!!! これは一体どういう……!!!!」
「ひぇ……何あの虫みたいの……。気持ち悪いよー!!」

「気を付けろ、これもパイを操った敵の仕業に違いない!!」
「その通りだ、どうやら奴を打ち破ったようだな。だがここまでノコノコとやって来たのが運の尽き、お前たちもここまでだ!!」

山頂で横たわっていたのは、てんくうポケモンのレックウザだった。通常の色とは違う白黒模様の体色をしたそのレックウザの体表には、無数の小さな芋虫のようなものが蠢いて見える。

ツォン曰くそのレックウザがティエンロンらしく、一行は注意しながらもティエンロンへとじわじわ近付いていく。しかし、突如背後から何者かの声が聞こえた。


「ぐっ……身体が動かない……!! お前、一体何を……!?」
「かなしばりで動けなくさせてもらった。お前たちはアークからやって来たダイバーらしいからな。正面切って戦うのは、あまりに分が悪いのだよ。」

「ティエンロン様をあんな酷い目に遭わせたのもお前たちか……!! 何でそんなことを……!!!!」
「未来を見通す力が欲しくてね。我々占い師にとって、そのような特殊能力はまさに理想ともいえる。最近はランジンの街でもすっかり商売上がったりになってしまってな。ティエンロン様の能力をいただこうとやって来たのさ。」

えっこたちの前に現れたのは、さいみんポケモンのスリーパーたちだった。ランジンの占い師だという彼らは、怒りを滲ませるいるかの問いに、そのように答えた。


「あの寄生虫みたいな虫ですね……? あれでティエンロン様を……!!」
「『魔触虫』といってな、古代の遺跡から発掘された黒魔法のしもべだ。奴らは生命エネルギーと共に、対象の持つ性質や特殊能力までも奪い取ることができるのだ。」

「それでパイにあんな能力が……。お前ら、パイを催眠術で操って未来予知の能力を植え付けたって訳か……? それにツォンがティエンロン様の波紋をキャッチできなかったのは、生命力を吸われていたせい……!!」
「そうだ、我々やあの少年も未来を見通す能力を得た。今はまだ少し先しか見通せないが、ティエンロン様の全ての生命力を奪い取れば、完全なる未来予知の力が手に入る!!」

スリーパーがしたり顔でえっこたちを見つめるが、その瞬間いるかが同じようなしたり顔を返す。


「やっぱりね、近い未来しか見えないんだ……。」
「だから何だというのだ? お前たちは既に……おぐぁっ!!!!」

「俺の到来までは見通せなかったみてぇだな、あん? しかもこのスピードだ、未来予知したとこでどのみち避けられねぇだろ。」

そう、ただ一匹この場に来ていなかったトレが猛スピードで突撃し、スリーパーたちを一網打尽にしたのだ。
スリーパーたちの不完全な未来予知能力では、えっことツォンといるかが火口に訪れる未来までは見えても、そのずっと先にトレが突っ込んでくる未来までは見通せなかったようだ。


「もー、てっきりいつまで経っても来ないかと思いましたよー。」
「悪い悪い、奴らが万が一にも俺の攻撃を予測してる素振りがないか、一応確認しとく必要があったんでな。もっとも、そんなもんは取り越し苦労に過ぎなかった訳だが。」

トレはいるかたちの麻痺状態を解除すると、スリーパーたちを火口近くの地面に首まで埋めてしまった。これで彼らは全く動くことができず、街の警備隊が到着するまで黙って待つのみとなった。


「さて、お次はあの気持ち悪い虫共だな。どうしてくれようか? 下手に触ると生命力を吸われちまうぜ?」
「それなら、その生命力を好きなだけ吸わせてあげますか。もっとも、恐らくは食中毒を起こしてしまいますがね。」

トレの言葉にそのように返したツォンは、ティエンロンの身体に寄生した虫に徐ろに手をかざし、一気に波紋を送り込んだ。

リオルが自在に操る生命力の波である波紋を一気に受けたことで、寄生虫たちは一瞬で風船のように膨らんでは弾け飛んでいき、やがてティエンロンの身体の表面が完全に露わになった。


「ティエンロン様……しっかりしてください!! 僕です、ツォンです!! 久しぶりにこの地へ帰って参りました!!」
「大丈夫、気を失ってるだけみたいだよ。何とか息はあるから、応急手当をしなきゃだね。」

「汝ら、汚らわしき虫を打ち払いたるか……? 我が命の削れんとするを救い、誠に感謝するぞ、若き者たちよ……。」
「おいおい、無理に喋るな爺さん。アンタにくたばられちゃ敵わないんでな、白魔法を使える子を呼ぶから、それまで持ちこたえてくれよ。」

ツォンといるかがティエンロンの様子を見ようと近付くと、ティエンロンがかすかにまぶたを持ち上げてそのように告げた。どうやら辛うじて命が助かったらしく、その穏やかで大きな瞳をこちらに向けていた。

トレはローレルたちと麓の街に連絡し、ティエンロンの元に急行するように指示した。トレがスリーパーたちを倒したことで、パイの催眠術も解けたようだ。


「えっこさんー!! お待たせしました、そちらの火口の中ですね?」
「ローレルか、ティエンロン様の回復を頼むぜ!!」

「パイ……!! ご無事で何よりですよ、やはり君がいないと何だか締まりがありませんからね。」
「済まないツォン、全てローレルさんとカザネさんから聞いたよ……。お前に対しての嫉妬心に付け込まれて操られるなど……武術を志す者としてあってはならない心の弱さだ。もう、俺にはお前と対等に拳を合わせる資格すらない……。」

俯きながらそのように呟いたパイの元へゆっくり歩み寄るツォン。すると、ツォンは突然パイの腹に強烈な拳を叩き込んだ。


「寝言は寝てから言いなさい、そのようなみみっちいことを僕がいつ言いました? 僕たちポケモンは誰だって負の感情を持つもの……。かつて負の感情の集合体を退けた僕たちの遠い先輩ダイバーは、その当たり前の感情を否定せず、それも自分の一部として受け入れたといいます。」
「ぐっ……ツォン、お前……。」

「僕だってありますよ、そんな感情……。心なんて誰だって汚れている、そんなものですよ……。だからこそ功夫を極め、より強き者を目指すのではないでしょうか? その道の開始地点からそう遠く歩いていないのに、もう匙を投げるとは情けないですよ? それでも僕をここまで追い詰めた実力のライバルなのでしょうか?」
「ふふっ……目が覚めたよツォン。ありがとうな、そうだよ……。やっちまったことは変えられないんだし、この先の道を踏み外さないように努めないとだ。来年の大会こそ、正々堂々お前に勝ってみせるからな!!」

パイはゆっくりと立ち上がると、今度はツォンの深く蒼い瞳をしっかりと睨み返してそのように答えた。ツォンも彼の心に呼応するかのように、笑顔混じりの得意げな表情を見せる。


「いいなぁ、男の友情感が溢れ出ててカッコいいな……。僕もあんな風に強くなれればと思うよ。」
「いるかさんだって十分強くなったと思いますよ? 今回だって、トレさんの作戦のおとり役として活躍したようですし。ティエンロン様を助けられたのは、ツォンさんやみんなの心と体の強さがあったからだと、僕は思います。さあ、後は彼の治療に取り掛かりましょう。」

ローレルの言う通り、ツォンだけでなく誰もがその強さや勇気を示したからこそ、今回の作戦はつつがなく完遂できたのだろう。

ローレルの未来を示すビジョンを受け取るため、一行はティエンロンの応急処置に着手するのだった。


(To be continued...)

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