とある男の春

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作者:木種
読了時間目安:6分
 桜の舞う季節。春、ついに新社会人としての幕が開ける季節がやってきた。

 大学を卒業してからで考えれば、長い就活であった。引きこもりになって数年、職安なんてものに行く勇気もなけりゃ親の紹介の仕事もこれと言って興味がなく。世間からは隔離された生活を送り、将来の夢もなくのらりくらりだった。
 それも、親との大喧嘩で探さざるおえなくなったわけだが……。
 だが、今はネットで情報を集められる。面接までできる!?そんな時代。
 かがくのちからって すげー。 とんとん拍子で決まっていった。


 最近独立したという新規の会社で、1年ほど別途研修があり様々な支社へ派遣されていくらしい。 海外展開も予定しているという、なんてエリートだろう。 新人研修の一環で、お隣のジョウト地方にまで出張することがあるそうだ。 観光して帰るなんてのも夢じゃあない。
 寮は各自個部屋プライバシー最強。 制服貸出あり、給料・休暇は高待遇、ポケモン支給あり。 



 都会の雑踏を抜け、人気の少ない森の中に研修施設はあった。 毎日森林浴、マイナスイオン浴び放題だ。 同じ目的地の人程度だろうから、人通りは少なくて個人的には助かる。

 施設の入り口を潜れば、同期であろう奴らがいる。 新卒であろう赤・緑・青・黄、金に銀などカラフルな頭の若そうなのもいれば、ここで人生心機一転の中年まで、年代が幅広い。
 長年のニート引きこもり生活のせいもあって人間がこえー。 いかつい人相の奴ばかりに見えてきやがる。






 受付を済ませればその日は夜まであっという間だった。
 入社式に研修施設の案内、荷物のチェックを受け、この会社での相棒となるポケモン入りのボールを受け取り部屋へ戻れば初日は各自自由。それでもう日は暮れていた。


 ユニットバス、小さな冷蔵庫付き、ベッドに机。火災防止のためキッチン無しの部屋。食事は食堂で出るから文句は無しだ。
 一人暮らしなんてのも初めてだし、第一料理もからっきしなのだから必要ない。
 そんなワンルームのこの小部屋も楽しみの1つだったが、それよりもこの受け取ったポケモンだ。こちらが何よりもメイン。実家はポケモン禁止の狭いアパート。そのせいで、手持ちのポケモンなんていない。自分のポケモンと言う響きが楽しみで仕方なかった。
 親はポケモン嫌いだった。小さい頃、捨てられていたニャースを連れて帰った時なんかは、直ぐに戻して来なさいと言われ泣く泣く別れをした。
 大人になってポケモンブリーダーになる夢を諦めたのも親のせいなんかにして。結局は家を出る勇気も、反抗する力もない自分自身の弱さも、すべて親に責任転嫁して、自分は引きこもっていた。
 



 自分のポケモン。それをどんなに待ち望んでいたか。
 そっとボールを投げれば光と共に、中からポケモンが姿を現す。
 
 青色の小さな身体、普段は洞窟などに潜んで暗闇を好むそのポケモン。 翼をはためかせ宙に舞うのは、ズバットではないか。
 可愛い、それが第一印象だった。正直どんな仔でも良かった。巨体が渡されていても、愛でる心構えでいた。


 その小柄なボディで、懸命に羽ばたく様。 こちらの存在を超音波で察知し、怖がったのか距離を取られる。キィーと高い声を発し威嚇される。
 1歩近づくが、縮まらない距離感。物理的にも、心的にも。
 簡単にはいかなそうだ。

 人間との接し方もよく分からない自分だ。だが、食を共にするのは万物共通の心のまじ合わせ方だろう。知らないけど。


 キミの敵ではない事を伝えるべく支給されたポケモンフーズをそっと手に乗せ差し出す。
 この物体を察知しエサと認識したのか、一瞬寄ってくる。だが、こちらの手が届かない程度でまた遠ざかる。

 この仔の後ろは壁、小さな部屋故仕方ない。無闇に詰めればこちらを脅威として攻撃されかねないかもしれない。親睦はゆっくりと深めよう。
 ここは大人しく直接の餌付けは諦め、実家から持ち込んだ器にフーズを移し替えて机の上に置いておく。
 

 自分はベッドへと転がり、ズバットをボールから出したままにする。スマホの検索欄に「ズバット 育て方」、「飼い方」、「可愛い」なんて検索をかけていく。ひとまず灯りは苦手なようだ、自分に似てる。そっと立ち上がり部屋を暗くする。


 もう一度横になり検索を続ける。続けてたと思う。

『太陽が苦手、超音波で物を察知する、目と鼻は退化して塞がっている。』

 そんなのを見ていたと思えばいつの間にか意識は夢の中だった。







 次の日からは早速研修、座学に手持ちポケモンでのバトル。基本はこればかり。
 この会社の成り立ちや歴史は正直興味のない自分には右から左。
 コンピュータを使う座学ならお手の物。計算にハッキング知識なんて物まで学ぶ凄い授業だ。


 そして、もうひとつ得意な科目があった。バトルだ。
 日が経てばズバットもエサをくれる相手として自分を認めてくれていた。
 
 

 屋内バトル施設のため、ズバットの太陽が苦手なのは配慮されている。支給されるポケモンなのだから当然っちゃ当然だ。

 支給されているポケモンにはレベルの差はないにしろ、こちらは飛べるポケモン。同期の手持ちはベトベターやコラッタ、アーボ、もちろん同種もいた。こちらの有利な空からの奇襲に超音波での混乱、そこからの噛み付く。
 いつの間にか同期内で負け無し、ズバットはゴルバットへと進化も遂げて喜んだ。



 そんなバトルの腕を見込まれて、上から声がかかりジョウトの研修では素人ながら警備なんてのを任された。
 黒い制服に身を包んで、向かったのはコガネシティ。デパートにリニア、人も多い都会も都会だ。
 そこにある電波塔。ラジオ配信を、今日はこの会社で占拠しての一大イベントの日となっている。



 さぁ、行こうぜ。そう相棒のゴルバットのボールに声を掛け、ビルの護衛を開始した。

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