このお話は覆面作家企画12で書いた作品です。本編ポケモンSVのネタバレを若干含みますのでご注意下さい
ルビ振りのミスで文字化けしてましたが修正しました。読みにくかった皆さん大変失礼致しました
「俺は……これからどうするべきか」
そう思い続けて半月――
草木が生い茂るパルデア地方のとある草原で身体を広げふとまた考える。俺にとっての居場所だったかつての拠点はもう無い。
「今更学校に戻って何が出来るんだろうか」
アカデミーに通っていた俺は何不自由なく勉強やポケモンについてたくさん学んでいた。だがそんなある時、校内で生徒がいじめられている所に遭遇した。俺は助けられずに見て見ぬふりをした。それはただ自分の保身の為ではなく、順風満帆な学校生活を壊したくなかったから……という言い訳を胸に刻み続けた。
だけど今思えば、間違いだったかもしれない
学校を改革する――その目的で結成されたのがスター団だった。当初はアカデミー内のいじめっ子を改心させる事だった。だけど、創設した時のメンバーが起こした「スター大作戦」で結局そんないじめっ子は殆ど居なくなった。それで団のリーダーだったマジボスは団を解散させた。ぶっちゃけるとマジボスさんの姿を俺は1度も見た事が無いし、チームリーダーでさえ知らないと言われる程だ。
俺がスター団に入ったのは一年程前。別にいじめられていたとかじゃない。だけど学校内の雰囲気が悪かったし、そうした事があるのに先生や校長は何もしなかった。俺と同じ、見て見ぬふりをしたから。俺はそんな学校に嫌気が差した。だからスター団に入ったのだが――
ある生徒がそんなスター団のリーダー達を改心させて、学校側と和解させたという話を聞いた。その話があってから、不登校だった周りのスター団の仲間達は徐々にアカデミーに戻っていった。あの「マジボス」も改心したって話らしい。
そんな団としての目的が形骸化し始めているスター団に自分はまだ残り続けるのか、それともあれだけ嫌になった学校に戻るべきなのか。俺は悩み続けて今に至るわけだ。
「おーい、ケンジ」
「お、なんだカイトじゃん。なんだよこんな所に来て」
カイトは俺の唯一の友達。スター団に居るわけじゃ無いけど、俺が急に学校に行かなくなった事を心配していつも様子を見に来てくれるお人好しだ。
「探したんだよ? 探しても居ないし、家にも居ないからさ」
「あぁ……それは悪ぃな。ちょっと考え事しててさ」
「アカデミーに戻るかどうかって事? 例の件なら校長も知ってるし、今なら戻りやすいよ。だからさ、また一緒に……」
「今更戻れねぇよ」
戻れるわけがない。
俺はいじめらていたわけでもないし、ましてやそんないじめらていた生徒を見て見ぬふりしたわけだ。学校の対応が云々と言って不登校になったけど結局俺は「大人達」と同じ事をしてるんだから――
「でも……ケンジは学校の雰囲気、嫌だったんでしょ? だったらさ、それも話せば分かってくれるんじゃないかな」
「そんな簡単に言うけどなぁ……」
迷っていた。
戻れるものなら戻りたい。だけど、やっぱりあの時の光景が今も忘れられない。世の中、ポケモンの強さ弱さ、育成の善し悪しに生まれながらの才能。そんなもの全てで上と下が決まってしまう。ポケモントレーナーを目指す人々からしたら仕方ない事かもしれない。けどそれが差別を生みいじめに発展するなら――
「ちょっと考えさせてくれないか」
「うん。まぁケンジのペースで良いよ。まだ時間はあるしさ」
世の中は理不尽な事しかない。そう親にたくさん言われた事があった。その通りなのかもしれない。ただ、その理不尽を大人達はまだ見て見ぬふりしたままなのか。もしそうなら、俺はどうするべきなのか。
俺が考え出した答え、それは――
「なぁ、校長とは話せるのか?」
「え? 校長? そりゃあ……話せるとは思うけど、急にどうしたの?」
「俺の中で迷いとかあるからさ、それをぶつけられないかなって」
「ぶつけられないかって……クラベル校長に何をする気なの?」
「いや……物騒な事じゃない。寧ろ、正々堂々と気持ちをぶつけたいんだよ。ポケモン勝負でさ」
「ケンジ……」
悪ふざけかもしれない。だけど結局、そうするしか自分の気持ちに正直になれないと感じた。実力差なんて分かりきってはいる。だけど、アカデミーの長に俺のこの濁った気持ちをぶつけなきゃ何も始まらない変わらない。そんな気がした。
「まぁ……僕はさ何があってもケンジの味方だし、それが君にとって学校に戻れるきっかけになるなら……止めはしないよ」
「そっか……」
「でも、僕はケンジにはもっと素直になってもらいたい……かなぁ」
「それ……どういう意味だよ?」
「言葉通りの意味だよ」
それから何日か経って校長と話す前の日の夜、俺はかつての拠点に併設された宿舎で相棒と月を見ていた。
「なぁ、アオ」
「……ブラゥ?」
俺が不登校になってから捕まえた最初で最後の相棒アオ。捕まえた時は臆病でそこら辺にたくさん居たミニーブすら倒せなかったイーブイが今じゃ立派なブラッキーに進化してくれた。しかも、この子は珍しい色違いの子。俺が唯一自慢出来て、唯一の理解者。元々夜が好きだった俺にとってこの上ない相棒だ。
「俺って、スター団に入ったのは間違ってたのかな……?」
「……ブラッ、ブゥ」
何となく分かる。多分、後悔するぐらいならスター団なんかに入ってはいないよね? って。それに、もしスター団に入ってなかったら僕と出逢うことすら無かったよね? って。確かにそうだな。
「そっか。アオは、俺みたいな相棒で後悔……してないのか?」
「……ブラッ」
「お前……」
後悔してないらしい。寧ろ俺と一緒で嬉しい、楽しい。そう言ってくれているみたいだった。
「でも、俺は自分が嫌になって学校飛び出してさ、落ちこぼれたみたいなもんだぞ? それでもアオは俺の事信じて……」
「ブラッ……ブラッキィ」
俺が言い終わる前にアオは俺に飛び掛る。流石に急過ぎたから完全にアオに床ドンされるみたいな形になってしまった。
「な……アオ、どうしたって言うんだよ」
「ブゥ……ブラッキィ」
「え……? 僕は俺の事信じて着いてきてるんだから、僕が悲しむような事言わないでだって?」
「……」
アオはじっと俺の目を見て少しだけ首を縦に振った。
「ブラッ」
「……俺がそうだって、言いたいのか?」
長く一緒に居るからか、アオの気持ちが分かってしまう。俺は自分の事が嫌いになり過ぎて悪い事ばかり考えるようになっていると。確かに、そうなのかもしれない。俺が不登校になったのもいじめっ子を見て見ぬふりして助けなかった事に対する自分への嫌悪感もあった。ずっと忘れる事が出来ない。頭の片隅に、こびりついた汚れみたいに――
「そうかも……な。アオの気持ち、正しいと思うよ。確かに俺は自分の事好きじゃない。寧ろ嫌いだし惨めだとすら思ってるさ」
「ブラッァキ」
「え……? もっと、自分に自信を持って、好きになって欲しいだって?」
そういえば、俺は自分の事を好きになる事は考えてなかったな。そんな事、今まで考える事なかった。どうして気付かなかったんだろ。
まだ俺には「迷い」があるのか? いや、でも俺は――
「ブラッ」
「アオ……そうだよな」
そうだ。
アオと出逢ったのは俺が学校を不登校になってから。もし、あの時の選択が違っていたら、俺はアオと出会う事はきっと無かったに違いない。あんなに最初は臆病だったアオが、こんなに成長して……。いつか俺も成長して超えなきゃならないのかもしれない。それが今……なのかもしれない。
「アオ、俺……アオと出逢えたの、嬉しかった。最初は臆病だったけど成長するのは早かったし、いつも俺の傍から離れなかったよな」
「ブラッ」
「俺……迷ってた。ずっとずっと自分に嘘ついてた。本当は学校にはずっと居たかった。だけど、自分が許せなくて」
アオはずっと俺に寄り添って聞いてくれた。
一年もの間、自分に嘘をついてきた。辛いとはたまに思ったりした。けど決断するのは思いのほか難しいのだと分かった。
「ブラッ」
「え……ありのままの想いをぶつければ良いって?」
そうだ。俺は迷ってはいけない。アオの言う通り、どうするかは自分自身で決めるんだ。スター団に入った時も、学校の事も自分が決めた事なんだ。なら――
「アオ、俺に着いてきてくれるか?」
「ブラッ」
アオは笑顔で頷いてくれた。尻尾をたくさん振ってくれているあたり、俺の事が本当に好きで信頼しているという事が分かる。なら俺はもう迷わない。自分の想いに正直になってみせる。
あれから数日が経った。
俺は校長に会う為に久々にテーブルシティにやってきた。人目を避けたかったので、今の時刻は真夜中だ。どうして人目を避けてまで校長と話したかったか。
答えは簡単だ――
「クラベル校長は居ないか?」
「なんだお前は……って、その格好はたしかスター団の」
警備員に止められる俺。スター団の服で来たのは……本音を言うと今の居場所を失いたくはなかったからだ。
校内のロビーは流石に人は殆ど居ない。最低限警備員が居るだけだった。
「その服装で校長に会うことは許されない」
「俺は校長に会って、自分の想いを言いたいだけだ!」
「お前、ここの生徒か? なら出直してこい。その服じゃ何しでかすか分からないからな」
警備員は通してくれない。だが――
「こっちは校長が来るまでここから離れないぞ」
「何だと? それ以上校内に居るのなら、力ずくで追い出すまで」
「やるってのかよ」
ポケモン勝負……? いや、まさか本当に「力ずく」なのかこれ。俺と警備員の睨み合いは続いたのだが――
「よしなさい」
「あ……クラベル校長。どうして」
後ろから来る白い髪の人――間違いなくクラベル校長だ。あの時から殆ど変わっていない。相変わらずだった。
「生徒相手に喧嘩腰とは、みっとも無いですよ。力ずくで追い出したりなど、もってのほかです」
「いや……これはお恥ずかしい限りで、申し訳ございません」
俺と睨み合っていた警備員は引き下がり、同時にクラベル校長が俺に目線を向ける。
「ケンジさん、ですね。貴方を待っていました」
「え……待っていたって、どういう」
「いえ、貴方が来る事は事前に知らされていましたから、今こうしてお話出来ているという事です。貴方のお友達、カイトさんから今日の夜遅くに貴方が来る事を伝えに」
そういう事だったのか。確かに事前にカイトには話してはいたが、校長にこっそり言うなんて……全くあいつは。
「その……話したい事が、あって」
「ええ、何となくですがケンジさんが話したい事が分かるかも知れません。ここでは都合が宜しくは無い。校長室で話しましょうか」
校長室に入るのはいつ以来だろうか。昔に比べて色んな機材が置かれてる気がする。
「さて、ケンジさん、お話というのはある程度分かります。スター団の事でしょうか」
「なんで……それを」
「カイトさんからある程度はお話を伺っていましたので。ケンジさんがどういう経緯でスター団に入ったかや、アカデミーに戻る事に深く悩んでいるという事も」
カイトのやつ、色々俺の事は話していたらしい。お人好しめ……でもそのお陰で話しやすくなったのは確かだ。
「その……俺はアカデミーに戻れるなら戻りたい。だけど、まだやるべき事がある」
「やるべき事……ですか?」
「クラベルさん、アンタとポケモン勝負したい。アンタと勝負して、今までの自分に決着をつけたい。それに、アンタにも言いたいことが俺にはたくさんあるから」
「私とポケモン勝負……ですか。なるほど、ケンジさんなりに考え抜いた事なのでしょう。分かりました」
こうして俺とクラベル校長は真夜中で誰もいない外のグラウンドに出た。本音だと昼間でも夕方でも良かった。ただ、人に迷惑を掛けるかも知れないと思った俺は、人が殆ど居ない夜中に会うと決めたんだ。
「ここならポケモン勝負にはなんの問題も無いでしょう。ただ、一つケンジさんに聞きたい事があるのです」
「聞きたい事……?」
「ええ、ケンジさんは何故、アカデミーを不登校になったのでしょうか? 他の生徒からも聞き取り調査を行いましたが、ケンジさんはいじめを受けていたわけでは無いと聞いているんです」
「それは……」
「何か、理由があるのですね?」
クラベル校長が過去のいじめ問題を知らないで校長になった事はある程度知っていた。イヌガヤ前校長達が突然学校内の教職員全員を辞めさせ、自らも辞めたせいで、今の先生や校長を始めとした教職員がいじめがあった事を知らないからだと。でも俺が一番許せなかったのはそれだった。俺と同じ「見て見ぬふりして無かったことにしている」から。結局大人だって俺と同じ。俺と同じだから、余計に許せなかった。
「なんで校長は、いじめがあった事を知らなかったんだよ? 知っていたら、もっと悲しむ人だって減らせたはずなのに……!! どうしてさ!」
「それは……」
「アンタ校長だろ!? 前の校長が全部記録も何もかも消した事は知ってる。でもスター団が不登校の集まりだったって事は分かるはずだ! なのにずっと見て見ぬふりして、そうやって大人って逃げてばかりなのかよ!?」
なんだろうこの感情……なんだか頭がごちゃごちゃする。自分が言いたいこと、言えてるはずなのに――
「なぁ、何とか言えよ校長。本当は分かってるんだろ。俺達が苦しんでいたって事がさ。俺だって、アンタと同じだった。俺も……いじめられてた生徒を見て見ぬふりしたから……だから」
「確かに……私を含め、今のアカデミーの教職員はみな、過去のいじめ問題をご存知ではありませんでした。先程ケンジさんが仰っていた通り、いじめは私たちの責任が大きい。ですが、ケンジさん。一つだけ貴方は嘘をついている。嘘をつく必要は貴方には無いはず」
「っ……!! お、俺は嘘なんてついてないっ」
駄目だ、考えが纏まらなくなった。分かっているつもりなのに……そう、俺は全く素直になれていない事が校長に筒抜けだった。でも俺は……校長に教えてやりたかった。逃げる事がどんなにカッコ悪い事なのかを。
「もういい、ポケモン勝負でケリつけようぜ。俺は嘘なんかついてない。俺はアンタを倒して逃げる事がカッコ悪いって事、教えてやるんだ!!」
「ケンジさん……」
すぐさま俺は臨戦態勢に入る。手持ちはアオしか居ないけど、アオは強い。他のどのポケモンより強くて信頼出来る相棒なんだ。
「分かりました……どうしてもケンジさんがそう仰るのであれば、私が相手になりましょう」
クラベル校長はすぐさま、モンスターボールからヤレユータンを繰り出す。驚きだ。よりによって、ブラッキーと相性の悪いポケモンを出すなんて、俺の実力を見くびっているのだろうか。
「じゃあ……いくぜっ」
こうして、俺とクラベル校長とのポケモンバトルが始まる……
はずだった――
「ブラッ」
「え……アオ、どうしたんだよ?」
俺はアオをすぐさま繰り出して先手を打つつもりでいた。しかし、当のアオがそっぽを向いたまま言う事を聞かなかった。
「ブラッ」
「おいアオ……ポケモンバトルだよ? どうして俺の言う事を聞かないんだ?」
アオは怒っているように見えた。そして、俺の方を見て何かを伝えようとしている。
「ブラッ……ブラッ、ブラッキー!」
「え……素直じゃない俺の言う事は聞けない……だって!?」
どうにかしてアオを説得したかった。だがそれは叶わず、結局俺はクラベル校長と勝負するまでもなくバトルは終わってしまった。
「ケンジさん、貴方の想いは十分に理解しました。もう出てきても構いませんよ」
「え……?」
クラベル校長の言葉で俺は後ろを振り向く。間違いない、俺の目に映っているのはお人好しなアイツだった。
「ケンジくん……」
「お、おい……カイトか? お前なんで……」
次の瞬間、俺は強烈なビンタを喰らった。威力にしたら多分70ぐらいはある。
「痛った、カイト……なんでっ」
「ケンジの馬鹿っばかっ……ばかっ」
「は……?」
「なんでだよ!? 僕、前に言ったよね? 自分に素直になってってさ。なんでケンジは素直じゃないのさ」
「いや、俺は素直に言ってるから……」
「嘘つきっ。ケンジは見て見ぬふりなんてしてないよ。そうだよ、ケンジは……僕がいじめられていたのを助けたんだよ? なのにどうして……」
そうだ。
それが事実なんだ。
本当はそうなんだ。俺はカイトをいじめっ子から助け出したんだ。俺は見て見ぬふりなんか出来なかった。泣きじゃくっていたカイトを見て、俺がやらなければ誰もやらないと感じたからだ。
「それは……言わない約束だったろ?」
また意地張って俺ははぐらかした。正直、これ以上は誤魔化したくない。けど、あの後の事は思い出したくなかったんだ。
「でもそのせいで、ケンジのポケモン……取られちゃって結局……」
「もうそれ以上は言うなァッ!!」
真夜中のグラウンドが静まり返る。一瞬だったけど、俺には長く感じた。だが、この重苦しい空気をクラベル校長の一声がかき消した。
「ケンジさん、貴方の事はカイトさんから聞いたと先程話しましたね? 前々からカイトさんから貴方の事を心配して私に相談をしに来ていたのです。勿論、貴方が見て見ぬふりをしたのではなく、本当はその時いじめられていたカイトさんを貴方は助けた」
言いたいことはあったが、俺は最後まで話を聞く事にした。
「ですが、その後貴方はいじめっ子から必要以上の嫌がらせを受けていた。貴方はそれに耐え続けていた事も聞いています。そして、貴方が持っていたポケモンがそのいじめっ子に取られてしまい、貴方は学校に行くのが辛くなり、今に至るのだと」
そうか……カイトのやつ、俺の事本当に心配して――
相変わらずお人好しなやつだ……でも、俺は素直になれなかったんだ。あいつは気づいて欲しかったのに――
「あぁ……そうだよ。俺はあの時カイトを助けた。放っておけなくてさ。でもアイツら、必要以上に嫌がらせをするようになった。日に日にそれはエスカレートしていった。それで……俺は……俺は大事な……ポケモンを……アイツらに」
俺は耐えられなくなって目から大粒の涙を流し続けた。取られたポケモンは結局、帰ってくる事は無かった。俺にとってはそれが一番辛かったんだ。
「ごめんね……僕のせいで、ケンジのポケモンが……取られちゃった訳だし、僕なんかあの時助けなかったらケンジがこんな想いしなくて済んだんだ」
カイトは俺を抱きしめてくれた。助けなかったらなんて……そんな事無いってのに……。
「いえ、それは違いますよカイトさん」
「え……?」
「ケンジさんがここまで苦しむ事になったのは私たち学校側の責任なのです。カイトさんもそうですし、スター団に居る全員もそう。私や前任だったイヌガヤさんも、ケンジさんが言うように生徒たちのSOSに見て見ぬふりしたカッコ悪い大人なのです」
「クラベル校長……」
「ですから、お2人には感謝しかありません。改めて私は生徒の気持ちを感じる事が出来たのですから」
俺はこれ以上、何も言えなかった。でも、胸につかえていたものが取り除かれたような気がした。
「少しは落ち着きましたか」
「はい……」
暫くして俺は心を落ち着かせた。俺が泣いてる間、ずっとカイトも泣いてくれた。やっぱりお前はお人好し過ぎるよ――
辺りは夜明けが近いのか薄らと空が明るくなってきた。アオもずっと俺にくっついて離れずに傍にいてくれていた。
「俺……学校に戻る事って出来ますか?」
「学校にですか? 勿論ですよ。ケンジさんが戻りたいと思うのであれば、いつでも戻って来て構いません。寧ろ、ケンジさんは悪い事はしていませんし、カイトさんを助けた心優しい生徒の一人なのですから」
学校に戻る事は出来る――
それは良いのだが、スター団としてはもう終わりなのだろうか。
「えっと……俺、スター団にも愛着があって、やっぱり抜けないと駄目……ですか?」
「いえ、スター団は解散していませんよ。彼らの気持ちを尊重し、スター団は存続する事になったのです。ですから、ケンジさんが希望するのであれば今後もスター団に在籍したまま、学校の生徒として戻る事も可能です」
「え……良いんですか?」
「勿論ですよ」
嬉しかった。本音を言うとスター団には愛着もあった。何よりこの服装が好きだった。かっこいい訳じゃない、なんと言うか、ダサカッコイイ感じなのが好きなんだ。
「良かったね、ケンジ。戻る事が出来て」
「ありがとうな……カイト」
カイトは照れくさそうに笑ってくれた。何かが吹っ切れたように、俺も笑った。
すっかり夜が明けて鳥ポケモンが鳴く頃、俺たちはずっとテーブルシティから見える朝日を眺め続けていた。
「ケンジさん、カイトさん。お二人には色々とご迷惑を掛けてしまい申し訳ない。そして、改めてお礼をさせて下さい。本当にありがとう」
「いや……こちらこそクラベルさんに俺、ポケモン勝負挑んじゃったし、なんか失礼な事しちゃってごめんなさい」
「いえ、ケンジさんのその気持ち、私はとても素晴らしいと思いましたよ。ポケモン勝負で各々の気持ちをぶつけるのもまた、一つのコミュニケーションだと思うのです」
勝負したかったのは本当なのだが、校長の口ぶりだともしかしたら強いんじゃないかと感じてしまった。寧ろ勝負してあっさり負けてカッコ悪い所をカイトに見られなかったのが幸い……かも知れない。
「じゃあ、俺は家に帰るよ。色々準備して、また学校に来るからさ」
「ケンジさん、帰る前に一つだけ質問させても宜しいですかな?」
「質問?」
「ええ、ケンジさんにとっての『宝物』とは何でしょうか?」
「え……いきなりそんな事言われても」
「あぁ……これは失礼。少し飛躍した質問だったかも知れませんね。分かりやすく言いますと、貴方にとっての大切な物と言いますか。実を言うと少し前に課外授業として生徒の皆さんには宝探しをテーマとした旅をして貰ったのですよ」
大切な物……か。
俺にとっての宝物……答えは一つしか無かった。どん底に落ちていた俺を救ってくれたパートナー。それが俺にとっての宝物なんだ。
「俺にとっての宝物は、この子さ」
「ブラッ」
そうさ、アオは俺にとっての宝物。それに――
「カイトも俺にとっての宝物だ」
「へ……? 僕が宝物なの!?」
「あぁ……そうさ。だって、俺の事心配して校長に相談したりした訳だし……いつも気にかけてくれるしさ。俺は嬉しいよ。ありがとうな」
「ちょ……照れるじゃんか」
「うん、ケンジさんにとっての宝物、私はとても素晴らしい宝物だと思いますよ。それを是非大切にするのですよ」
「うん。俺にとっての宝物だからね……大切にするさ」
アオも俺の方を向いて笑ってみせた。嬉しいのか、たくさん尻尾を振っては俺の足に擦り寄っている。可愛いな……アオは。
「ケンジさんも、カイトさんも、そしてスター団の皆さんも私は一人一人素晴らしい個性を持っていると思っています。ケンジさん、貴方が学校に戻るのを楽しみに待っていますよ」
「えっと、今日はありがとうございました。俺、クラベル校長と話せて良かったです」
どうしようか悩んだが、やっぱりスター団のアレがしたくて仕方なかった。なので――
「クラベル校長、えっと、お疲れ様でスター!!」
クラベル校長はとても満足そうに笑ってくれた。緊張して、上手く出来た気はしないけれど、スター団の挨拶が受け入れられたのは、ちょっと嬉しかった。そうして俺は過去の自分に決着をつけることが出来て、無事にアカデミーに戻る事が出来た。
「アオ、風が気持ちいいな」
「ブラァ」
学校に戻ってから二週間ぐらいが経った。俺はまたいつもの場所で空を見上げていた。アオも最近は寂しいのかすっかりボールに戻る事を嫌がるようになり、ずっと一緒に居ることにしている。
「なぁ、俺はこれで良かったかな?」
「ブラ? ブラッキ!」
どうやら俺はこれで良いらしい。アオにとっては俺が学校に戻るのは嬉しいのかもしれない。暫く空を眺めていると後ろから声を掛けられた。
「ん? 君は?」
「もしかして、色違いのブラッキー持ってるん?」
「うん、この子は俺のパートナーだぜ。アオって言うんだ」
「ブラッ」
声を掛けてきたのは凄い目立つ髪の色をした子で、多分声からして女の子だとは思うのだが――
「そうなん。うち、イーブイとかその進化系が好きで、めっちゃ落ち着くんよ」
「へぇー、君もイーブイ達が好きなんだ」
「あのさ、ちょっと顔近い」
「へ……? そんな俺、顔近かったか?」
その子は結構気が合うのか分からないけど、話は弾んだ。どうやら俺と同じ、アカデミーの生徒らしい。
「なぁ……名前、聞いてもいい?」
「うちの名前?」
「ほら、もしかしたら授業でばったり合うかもしれないし、同じポケモン好き同士仲良く……」
と言いかけた瞬間、何かを手渡してきた。いや、これってスター団のサングラス……しかも俺の。そういえばどっかで落としたんだっけか……ショックだったんだよな。失くしたとばっかり思っていたが――
「これ、俺のサングラス……なんで君が?」
「落ちてたから。うちの名前はボタン」
「俺はケンジ、宜しくね」
「うぁ!? ちょ……だから顔近いし」
俺の学校生活はスター団に入る前よりも楽しくなるかも知れない。ちなみに、彼女がスター団のマジボスだったって事を知って拍子抜けした話はまた別のお話。