開幕!バトルトーナメント④

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

午前九時頃。
バトル道場にある例のフィールドにて。ディスト達は大会優勝を目指すための特訓を始めていた。
フェザーはテストの際に取っていたメモを確認しながら二匹に尋ねる。

「まず、ディストさんとダチュラさんが使える技を把握しておきたいのですが……」
「俺は大体使える!多分!」
「ぼくは……わかんない!」

おおよそ予想通りの返事をもらったところで、フェザーは改めて技についての説明をした。

技には物理技、特殊技、変化技の三種類があること。そして使う技によってタイプも変わることや、相手に与えられるダメージも違うこと。
フェザーのフィーリングでは、ディストは扱える技の範囲が広くその状況によってうまく使い分けるのが得意で、ダチュラは逆に使える技の範囲は狭いが、その分一撃で与えられるダメージがすごく重い……とのことだった。

「最初にシザーさんに使っていたのはゴーストダイブ……でいいんですよね?」
「そうなの?」
「えっ、無意識なんですか!?」

ダチュラに関してはそもそも自分が普段どんな攻撃しているのかを教える必要がありそうだ。そうでないと本番で四つ以上の技を使って失格になってしまうリスクがある。
うーん?と舵を傾けたダチュラは、そっとディストに訊いた。

「ねぇねぇ、ディストはわかるの?技の名前とか」
「ん?まあな。ちなみにこれは聖なる剣!」

そう言ってディストは近くにあった練習用のマネキンを斬りつける。マネキンは素材ゆえに傷がつくことはなかったが、そのまま倒れてしまう。それを見て「おぉ!」と羽で拍手するフェザーと違って、ダチュラは余計頭を悩ませていた。

「ディストの記憶喪失ってどこからどこまでがそうなんだろう」
「え?」
「この前のしりとりの時も思ったんだけど、なんか知ってる言葉に偏りがあるというか」
「あー、あれはテレビで聞いたこととかクォーツとかに教えてもらったことだからな」
「じゃあ覚えてたわけじゃないんだ?」
「そうそう。最初は自分の名前くらいしかわかんなくて本当に焦った……」

自身が何者かはもちろん、世界では常識とされてるはずのこと……例えば時間や季節、ポケモンという存在のこと。それすらわからなかったディストは、その全てをクォーツから教えてもらって過ごしていたらしい。「本当にクォーツがいなかったらどうなってたことか」とディストは笑っているが、ダチュラの疑問は晴れることなく、むしろ増えてしまっていた。
「ならばどうして技の名前は覚えているのか?」クォーツが教えたといえばそれでおしまいだが、それはあまり考えられない。ここはもう思い切って本ポケに訊いてみよう、とダチュラが言葉を発した時。

「じゃあなんで技──」
「あ、あの!大事そうなお話のところすみません!」

フェザーがダチュラの声を遮った。そして二匹が彼に目を向けると、フェザーは当然のように混乱していた。

「き、記憶喪失?ってどういうことでしょうか?ディストさんが?」

二匹はまだフェザーに話していなかったことを失念していた……というより、伝える必要がないから言わなかっただけなのだが。だからといって隠す理由もないだろう。そういうわけで、ディスト自ら自身に何があったのかフェザーに説明をした。

「なるほど……そんなことが……」

感受性の強いフェザーは、ディストの話を聞いて辛そうに俯いた。「そんな顔しなくていいって!」とディストは慌てて彼を慰める。

「未だに何も思い出せてないんだよね?」
「そうだなぁ。気になることはあるんだけど、確かめるのは難しそうだし」

フォボス地方。そこに行けば何かわかるかもしれない……のだが、タルトの話によると、向こうから招かれない限り立ち入ることすらできない場所らしい。もし勝手に侵入なんてしてしまえばどうなるかわからない、とも言っていた。
今はそれ以外に手がかりらしきものはない。何が原因で自分は記憶を失ったのか、なぜあの森で倒れていたのか。いつかわかる日が来るのだろうか。

「……ま、俺の話はこれくらいにして!そろそろ特訓を再開しよう!」
「そ、そうですね!今はそちらが最優先です!」
「はーい」

しんみりした空気をかき消すようにディストが声を張った。フェザーはこほん、と咳払いするとさっきの続きを始める。

「今日ディストさんとダチュラさんにやってもらいたいのは……ずばり!技の強化です!」
「おぉ〜」
「具体的にどうするんだ?」
「使える技を増やすか、今扱える技をさらに強くするか……なんですが」
「ぼく使える技増やしたい!」

はいはーい!と体を揺らしてダチュラは伝えた。それを聞いたフェザーはニコッと笑って答える。

「はい、そのつもりです!逆にディストさんはすでに色々使えるそうなので、一部の技に絞って強化した方がいいかな、と思います」
「なるほど?確か大会に使える技って四つだけだったっけ?」
「そうですね!ですが試合ごとに四つずつというだけですから、技の選択肢を広くして損はないと思います」

つまり。もし第一試合で『辻斬り、アイアンヘッド、影打ち、聖なる剣』を使った場合、その試合中は上記の技以外を使ったら失格となるが、次の試合では『シャドーボール、ラスターカノン、金属音、キングシールド』というようにガラッと変えても問題ない……ということらしい。

「ちなみに、今一番警戒しているタイプってなんですか?」
「「炎!」」

ぴったり揃った回答に、フェザーは少し考えた。

「なるほどなるほど……それじゃあ──」



「えいっ!」
「うわっ!」
「あ、ごめんディスト」

ダチュラは炎タイプに対抗するための技を、ディストはよく使っているシャドーボールや聖なる剣といった技の強化をそれぞれ行なっていた。

「いい感じになってきましたねダチュラさん!ディストさんはどうでしょう?」
「あー、それが……」

ディストは気まずそうな顔をしながら倒れたマネキンを指差した。

「さっき刃を当てたときに、こ、壊れた……っぽい」

マネキンにヒビが入って一部欠けてしまっている。フェザーの話ではそうそう壊れることはないはずなのだが……。
怒られると思ってディストが謝罪の言葉を口にしようとした時、フェザーが目を輝かせながらとてとてとディストに近づいてきた。

「すごいです!つまり特訓の成果が出たってことですよ!」
「え……こ、これは良いこと、なのか?」
「良いことですよ!あ、マネキンの替えならまだたくさんありますから安心してください!」

満面の笑みでディストを見つめるフェザー。まぁそれならいいか……とディストもニコッと微笑み返した。

「あ、そうだ。実はダチュラさんにオススメの技があるんですけど……」
「オススメ?」
「はい!テストの様子を見て思ったんです。もしあのときこの技を使えたら有利だったなぁ、と」

「なになに?」と興味津々な様子のダチュラ。フフ、と含み笑いすると、フェザーは持っているクキを天に指して答えた。

「ポルターガイストです!」
「「ぽるたーがいすと?」」

ディストも含め「なにそれ?」とパッとしない反応。

「わかりやすく言うと怪奇現象のことです。誰も触ってない、念力やサイコキネシス等のエスパーの力も感じられない。なのに物体がひとりでに浮かんだり、激しい物音がしたり、原因不明で電気が消えたり……」
「え、何怖い話?」

後半は技としてのポルターガイストとは関係ないんですけどね、なんてフェザーは笑っている。
それを聞いて、自分も似たような存在だというのにディストはブルっと体を震わせた。ダチュラの方はなんとなく思い当たる節があるかもしれない、と舵をゆっくり回しながら記憶を辿ってみる。

「そうだ!前モルテが同じようなことやってるの見たかも!」
「え、怖……」
「ゴーストタイプがそれ言う?」

ピタッと回転を止めたダチュラ。ディストはその話にも不気味〜なんて口にしながら盾で顔を隠した。

「ちなみにバトル上のルールですと、相手の持ち物を使って攻撃……ということになります」
「なるほどね。もしあのときそれを使えてたらダメージを与えつつ旗もすぐ奪い返せてたかも……ってことか」

日常生活でも便利かと!と力説するフェザーに対して、ダチュラはそっと頷いた。

「確かに良いかも!フェザー、どうやってやるのか教えて!」
「俺も!」
「で、ディストさんもですか!?」

さっきまで怖がってたのに、と驚いた顔でディストを見るフェザーとダチュラ。

「いやぁ……実は前にタルトの荷物整理を手伝ってたときに思ったんだよな。霊力使って箱浮かばせられないかなーって。多分そういうことだろ?」
「そうですね。そういうことにも使えると思います!」

それなら、とフェザーはダチュラとディスト、二匹にポルターガイストについて指南することにした。

まずは小さなものから!というわけでその辺の石ころを拾ってきたフェザー。二匹とは少し離れたところにそれを置く。

「あの石に向かって思いっきり霊力を込めてみてください!」
「はーい!」
「わかった!」

言われた通り、ディストとダチュラは遠くにある石ころに霊力を送るように力を込めた。

……意識をあの石に集中させる。ぐぐっと力を入れると、だんだん周りの音が聞こえなくなってきた。そっと、そっと視線を石の少し上へ動かしてみる。すると──。

「わぁ!浮いた!」
「おぉ!すごいです!こんなすぐに……!」

ダチュラは楽しそうにその石を右へ左へ動かした。普通たったの数分でマスターできるものではないとフェザーは驚きと嬉しさ半分にパチパチと拍手して称えた。

一方ディストは──。

「う、つ、疲れた……死ぬ……」

気分が悪そうに自身の柄を押さえると、スルッと片腕から持っていた盾が抜けていった。その様子を見たフェザーは慌ててディストの元へ駆け寄り、ダチュラも浮かせていた石から力を抜いてディストに寄り添った。

「ディストさん!?」
「大丈夫……じゃなさそう!」

「うぅ」と辛そうな声を漏らすだけで、とても言葉なんて話せそうな状況ではなかった。二匹は急いでディストを室内へと運んでいった──。



とりあえず一旦休憩、ということでダチュラも一緒に休むことになった。布団で眠っているディストの隣でだらんと寝転んでいる。
フェザーは、おそらく体力を消耗しているところに慣れないことをしてしまったせいで限界が来たんじゃないか、と言っていた。それなら少し休めば回復するらしい。そういえばディストはダチュラが新しい技を覚えようとしている間ずっと強化のために技を出し続けていたのだ。すでにパワーポイントとやらがギリギリだったのかもしれない。
フェザーは買い物に行くと言って道場を空けた。もしディストに何かあったら自分だけで対処できるだろうか?なんて考えながら、小さなタオルを使って彼の柄を撫でる。その時。

「……あ」

突然、ガラッと襖を開けて入ってきたのは、大きな体のナマケモノのようなポケモン……ケッキングだった。フェザーが話していたもう一匹のポケモン。きっと彼がそうだとダチュラは思わず声を漏らしていた。

「あんさんがダチュラはんやんな?」
「そうだけど……何か用?」
「そんな警戒せんといて。自分もフェザーの同僚やから」
「それは知ってる。少し声抑えて」

ワハハと豪快に笑うケッキングにダチュラはそっと顔を上げて冷たく言い放っていた。いつもならもっと友好的に接するはずのダチュラが。それほどディストのことが心配なのだろうか。

「そうやった。すまんすまん」

ケッキングは言われた通り小さな声で謝ると、ダチュラの隣にゆっくり腰を下ろした。

「そんで、フェザーは?」
「買い物だって。何買いに行ったのかはわからない」
「さよか」

ホッとしたように息を吐くケッキングを見て、少し疑問を感じたダチュラ。だがダチュラが尋ねる前に向こうが先に口を開く。

「自分はレイジ。さっきも言うたけどここで働いてるポケモンの一匹や。よろしゅうな」
「うん。フェザーから聞いてるよ」

そうかそうか、と頷くレイジ。そこでダチュラは先程の疑問を彼にぶつけた。

「ねぇ。なんでフェザーがいないってわかったとき安心してたの?何か後ろめたいことでもあるわけ?」
「おっと、鋭いなぁ。言葉も刃物みたいに尖ってはる」
「答えないならさっさと出ていって。邪魔だから」

イライラしているというよりは本当に関心が向かないだけのようだ。参った参った、とレイジはボリボリと頭を掻きながら質問に答えた。

「……実はな。色々あって前からフェザーとは顔合わせづらいねん」

彼の話をまとめるとこうだ。
師匠であるハリテヤマから、フェザーがバトルに関すること、レイジが相撲に関することを任されたのはすでに聞いていた通りだが、実はその準備中にちょっとしたいざこざがあったらしい。
その時まだヤルキモノだったレイジは猛スピードで自分の方の準備を終わらせフェザーを手伝おうとしたようなのだが、フェザーは「これは自分に任された仕事だから」と断ったそうだ。
それでもバトルは新しく用意しなきゃいけないものが大量にあったり、たくさんある技や特性を一つ一つ効果やタイプも含めて覚えなければならない。もちろんそれらをきっちり教えることができるようになる必要もある。もともとバトル指南を受けていたフェザーは基礎はすでにできており、簡単なものなら教えることもできるレベルではあった。だが他に新しくたくさんのことを一気に覚える、というのは難しいし時間もかかる。
レイジも似たようなものだったが、不眠不休で動き続けることが可能だった彼とは違ってフェザーは疲れるし眠くなる。どうしても速さに差が出てしまったのだ。
このままでは間に合わないとレイジが伝えても「一匹でどうにかしないと」と言って聞かなかったらしい。

「そんでその間に自分が進化してもうたわけなんや。まぁこれは種族の性って言うんかな、とにかく暴れ回りたい時期やったから」
「……フェザーっていわゆる完璧主義ってやつ?」
「かもなぁ。責任感も強いし。自分と違ってな」

そこまで語るとレイジは「疲れた疲れた」と言って横になった。
……そういえば、フェザーがたまに自分自身を責めるような言葉を呟いていたことをダチュラは思い出す。それも完璧主義ってやつに含まれるのだろうか。

「にしてもなぁ、いい加減自分にも手伝わせてくれって話や。改装決めたのもフェザーだけでみーんな相手してたからやし」
「相撲目当てでくるポケモンっていないの?」
「いないこともない。けどやっぱ前のイメージが抜けきってないんやろな。みんなすぐ辞めてく」

「悲しいなぁ」と笑うレイジ。先代の時の指南方法に問題があったというのは本当らしい。他にも相撲を教えている施設はあるのに、今となってはスパルタ教育は時代遅れだと。そういう悪いところは引き継がないようレイジは気にしていたのだが、今までのイメージを覆すというのは簡単なことではなく苦労しているようだ。

「……今のフェザーは余計無理してる気がするねん」
「そうなの?」
「実はな、フェザーとディストはんが寝室に来た時、自分本当は起きてたんや」
「寝たふりしてたってこと?」
「せや」

なんでそんなことを?とダチュラが尋ねると、レイジは困ったように笑った。訊くな、と言いたげに。

「フェザーが突然元気になったってのも見た。落ち込んでた理由は知らんけど」
「何かの本を見たら様子が変わったんだっけ。あの時はちょっとびっくりしたけど」
「あれはな、自分が少しでもフェザーの負担を減らそう思て色々書き留めてた本やったんや」

改善すべきこと、やるべきこと、来ている苦情にどう対応するか等。ヤルキモノ時代に書いていたのだが、文字がめちゃくちゃで読めたものではないから今少しずつ書き直している途中らしい。

「きっとあれを見てフェザーは……」
「余計頑張らなきゃ!って思っちゃったんだね」
「そういうことや。多分な」

ふわぁ、と大きなあくびをすると、レイジはゆっくり起き上がった。

「すまん。今話せるのはここまでらしいわ。眠気が……」
「わかった。色々教えてくれてありがとう」
「ん。こっちこそ付き合ってくれておおきに。あんさん、最初は怖い奴かと思ったけど……全然そんなことなかったわ」

そう言いながらダチュラに微笑むと、レイジは「ほな」と手を振って例の寝室まで戻っていった。

「うーん、そっか。そうなんだ」

しんとした部屋の中、ダチュラはフェザーのことを考えていた。きっと鍋の件もそこまで手が回らなかった結果なんだろう。
ふと隣を見る。ディストはすやすやと気持ちよさそうに眠っているようだ。ダチュラはディストの側にそっと寄り添うと、彼が起きるのをただ静かに待った。



「うーん、うーん……ん……?」
「あ、ディスト!大丈夫!?」
「ダチュラ……あれ、ここは?」

時刻は十二時頃。ディストが目を覚ましたのは、本来であれば昼食を摂るべき時間だった。
動きにくい!と下を見て、自分が布団で寝かされていることに気づくと、ようやく何が起きたのか思い出したようだ。

「今何時?」
「十二時くらい」
「マジで!?フェザーは?」

慌てて起きあがろうとするディストをダチュラは自身の鎖で止めた。「うぉっ」と驚いたディストは思わずダチュラを見上げる。

「体調は?」
「もう問題ない!と思う!気分も悪くないし」
「そっか。良かった!フェザーはご飯の準備してるよ」

確かにいつものディストだ、とわかるとダチュラは鎖を仕舞う。そして覚えたばかりのポルターガイストを使って床に置いてあったバスケットを彼の近くに寄せた。中にはヒメリの実とオボンの実が何個か入っているようだ。

「ディストが起きたらこれ食べさせてって言われた。お昼の分」
「おぉ、ありがとう!」

ひょいっと木の実を取り出すと早速一口齧った。「美味しい〜」と嬉しそうに言うディストを見て、ダチュラは安心した。

「それで、午後の練習はいつからだって?」
「それなんだけど、ディストの体調によって変えるってさ」
「へぇ?」

そこで奥の襖がガラッと開いた。フェザーが不安げな顔をして駆け寄ってくる。

「ディストさん!もう大丈夫なんですか!?」
「ああ。心配かけてごめんな!」

元気元気!とディストが笑顔を見せると、フェザーもニコニコと──と思ったのも束の間。彼の目がうるうると潤み始めた。

「すみません!私が無茶させたせいで……!」
「いやいや!もともと教えてくれって言ったのはこっちだし!フェザーが気にすることじゃないだろ?」
「ですが……」

沈むフェザーを見て、ディストはとりあえず落ち着かせようと背中を撫でる。
そんな中、ダチュラは──。

「フェザーは自分だけで抱え込みすぎだよ」
「え……?」

驚くフェザーのことをじっと見据えて、ダチュラは続ける。

「頑張り屋なのはいいけどさ、それで限界が来たら意味ないし」
「だ、ダチュラさん……?」

別にそんなつもりでは……と笑い飛ばそうとするフェザー。だがそれは上手くいかなかった。

「実はさっきレイジと話したんだ」
「えっ!?レイジさんと!?」
「そうなのか?でもダチュラってあそこに入れないんじゃ……」
「うん。向こうから来たの。ここにね」

フェザーは驚愕して黙り込んでしまった。

「そこで色々聞いちゃったんだよね。それでまぁフェザーの行動にも納得いったというか」
「どうせなら俺も混ざりたかったなぁ」
「ディストはちゃんと休まなきゃダメ!」
「うっ」

「はい……」と引っ込んだディストは、静かに木の実を食べ進める。フェザーは俯いたまま、自身の持っているクキを見つめていた。

「面倒くさいから言いたいことだけ言うね。フェザーはもう少し周りを頼ったほうがいいと思うよ。例えばレイジとか」
「……!」

少しだけフェザーのクキを持つ力が強まった気がした。
そこまで話したダチュラはコンパスの針を東へ向けて明るい声で告げる。

「……っていうのがぼくの意見!とりあえず聞いてほしかっただけだから無視していいよ。ぼくが他ポケの生き方に首を突っ込む筋合いはないもんね」
「……ダチュラってそういうとこあるよなぁ」

ハハ……と横で苦笑いするディスト。前クォーツから似てるかも、なんて言われたが、こうして自身が思ったことをとにかくストレートにぶつけるところは自分にはない要素だと感じた。それが長所なのか短所なのかはわからないが。
しばらくしてフェザーが口を開く。

「……すみません。少し席を外します。お昼はもう用意できてますので、ご自由に」
「はーい」

ダチュラがいつも通り返事をすると、そのままフェザーは奥の部屋へと消えていく。ディストは心配そうにその様子を眺めていた。

「じゃあぼく食べてくるね」
「あ、うん……」
「寂しいの?」
「いや別に!……でもそうだな。なんというか……」

正直にフェザーのことが気になる、と伝えてもな……と感じたディストは、持っているオボンの実を見つめながら呟いた。

「クォーツ達は今何してるのかなーって、少し気になったかな」
「まだ一日も経ってないのにー?」
「そうなんだけど!気になるものは気になる!」

揶揄うダチュラをぽかぽかと叩くディスト。ごめんって、と笑っているダチュラを見てムッとジト目になる。

「もしかしたらあっちもぼく達のこと心配してるかもよ」
「そうかなぁ」
「クォーツもタルトも結構心配性だし?」
「……確かに」

まぁクォーツの場合は用心深いだけな気もするけどなー、なんてディストとダチュラは笑っていた。





「……どうしたんだ?さっき、というか昨日からソワソワしてるが……」
「別にしてませんヨ」

同時刻、ラメールシティにて。今日来ていた依頼をすでに終わらせて昼食も摂っていた二匹はエントランスで休憩していた。
タルトが優雅に紅茶を嗜んでいる隣でクォーツは例の史書を読み進めていたのだが、昨日の夜からなんだか落ち着かない様子だ。ページも変えずに同じ箇所ばかり見つめている。つい気になってタルトが尋ねてみたところ、予想通りの反応をもらった。
ここは適当に世間話でも……と話題を探してみた。ふとテーブルに置かれている雑誌が目につく。そこには『スイーツ特集』とでかでかと書かれていた。

「……思ったんだが、この紅茶に合うスイーツが作れたら良いかもなって。買ってもいいがやっぱり手作りは違うというか」
「ヘェ。タルトでも作るんですカ?」

その返しにタルトは驚いてクォーツを見た。本のページはさっきから一度も捲られていない。
どう考えてもおかしい……!普段のクォーツなら絶対こんなこと言わないだろう。

「……もしかして、ディスト達のこと」
「アァハイそうですヨ。ディストがあっちで迷惑かけてないか心配なんでス」

クォーツがバタッと本を閉じた音にビクッとするタルト。なんとなくそうかもと思ってはいたが、ここまでクォーツが気にするとは……とびっくりしていた。

「オレも心配だが、そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?あの二匹も子供じゃないんだし……」
「そうですネ、ダチュラはそうかもしれませン。ですがディストハ……」

そこでピンポーンとチャイムの音がエントランス内に鳴り響いた。タルトが急いで玄関へと向かう。

「はい」
『あ、タルトさん?久しぶり!覚えてるかわからないけど……シャワーズだよ』

機械から聞こえてきた声の持ち主は、タルトが『Metal Puissance』に加入した後に一緒に勧誘しにいったポケモンの一匹、シャワーズだった。

「シャワーズ……ああ、あの時の。少し待っててくれ」

タルトは彼にそう告げると扉を開ける。門の先にはシャワーズと……もう一匹。クサモドキポケモンのドラミドロが佇んでいた。


「失礼しまーす……本当にすごいね」
「元はホテルだったからな」
「そうなんだ!?」

シャワーズ達を中に入れると、タルトは彼等と共にクォーツのところへ戻ってきた。

「クォーツさん!久しぶり!」
「久しぶり」
「シャワーズニ……ミラさんでしたっケ?お久しぶりでス」

このドラミドロはハート島で出会ったミラだったようだ。確か二匹はあの時初対面だったような気がしたが、もう仲良くなったのだろうか?
そんなこと知らないタルトは不思議そうにクォーツへ「知り合いなのか?」とそっと尋ねた。

「前、少しだけ話した。ダチュラと一緒にいた気がする」
「うぉ……そ、そうなのか?ということはダチュラの知り合いってことか?」

いつの間にか背後にいたミラに驚いて思わず後ずさる。
サニゴーンのモルテの話もクォーツから聞いたのだが、なんとなくダチュラの知り合いには個性的なポケモンが多いように感じた。

「ちゃんと会話した記憶はないんですけド……それよリ、何か用事ですカ?」
「そうそう!実は今日モルテ……あー、友達と会って!」
「ダチュラとシャワーズと探検隊をしていた方ですよネ。今朝うちに来ましたヨ」
「そうなんだ!ってことはダチュラのこともクォーツさん達から聞いたのかな?」

シャワーズ達が会話している間も、ミラはその様子を後ろからじっと見ているだけで混ざろうとはしてこない。

「あ、それで用事……というかお願いなんだけど……大会の当日、僕達も一緒に行きたいなーって」
「私とこいつとあいつで」

おそらくモルテから聞いたのだろう。バトルトーナメント当日、クォーツとタルトと共に、シャワーズ、ミラ、モルテも同行したいということらしい。

「オレは別に構わないが……クォーツはどうだ?」
「成程。私も構いませんガ……そうですネ。一応確認は取っておかないト……」

「連絡……」なんてブツブツと呟いているクォーツを見てシャワーズは慌てて付け加える。

「あ、もちろん無理なら大丈夫だよ!気にしないで!」
「いや、そういうわけじゃ……ないよな?」
「ハイ。では当日はうちに集合……なるべく早朝ニ……」

クォーツが懸念しているのはモルテのことだ。試合開始は十時。ディスト達がいつ出るかわからない以上それまでに会場へ着いている必要があるのだが、あのモルテの移動速度を考えると時間を早めるべきなんじゃないかと思ってしまう。そのうえまずここから例の路地裏まで行くことも加えると、どうしても今の予定では間に合わない気がしてならない。
渋々OKされてると勘違いしているシャワーズの誤解を解くためにもそのことを説明した。

「あー、そっか。確かに……ちなみに元々の予定は?」
「確か九時半くらいだったか?」
「テレポート便を使えば一瞬ですからネ」

うーん、と悩んでいる一行に、ミラがボソリと呟く。

「会場が開く時間に行けばいいのに」
「そうなるト……六時になりますガ」

スイーツ特集の雑誌と一緒にテーブルの上に置いてある大会のチラシを確認する。そこには観客の席取りは六時から可、屋台が始まるのは八時から、という記載がされていた。

「屋外だよね?そんな時間から外で待ってるのは……ちょっと寒そう……」
「それは嫌かも」

ミラはドラゴンタイプということもあって余計寒さは嫌っているようだ。本ポケ曰く海の冷たさと陸の寒さは全然違うらしい。

「それじゃあ屋台が始まる八時頃ならどうだ?」
「その頃にはポケモンも結構集まってそうですネ」
「それならちょうどいいかも!」
「うん」

タルトの提案にみな賛成したところで、ようやく集合時間が決定した。
楽しみ!等とシャワーズ達がワイワイしてる中、クォーツがずっと疑問に思っていたことを口にする。

「ところでミラさんってダチュラの友達……でいいんですよネ?」
「一緒の船に住んでた」

どうやらミラがまだクズモーだった頃に出会ってそのまま同じ沈没船で暮らしていたらしい。それならシャワーズとは面識がありそうなものだが、ミラ自身がなるべく他者と関わることを避けたいとダチュラに頼んで会わないようにしてきたと。

「ダチュラがいなくなって寂しかったからそこのポケモンと遊ぼうと思って」
「シャワーズ、ね……」

あはは、と苦笑いしながら訂正するシャワーズ。もしかしたらミラは単に人見知りなだけなのかもしれない。
壁にかかっている豪華な時計をちらりと確認したシャワーズは、ハッとしてクォーツ達に告げた。

「それじゃあそろそろ僕達はお暇するね!後でこのことモルテにも伝えなきゃ」
「わかりましタ。お気をつけテ」
「また一週間後に」
「うん!行こうミラ!」
「ばいばい」

そう言って二匹と、見送りにタルトが外へ出ていった。門を閉めるためにどうしてもメンバーの誰かが同行する必要があるのだ。

その間、クォーツはさっきまで読んでいた史書を手に持つと、今やらねばならないことを改めて脳内で整理した。まずはテレポート便のケーシィにポケ数が増えたことを伝えなければ。

「……一週間」

いつもは騒がしいと感じていたが、なんとなく、ディスト達がいないと寂しいような。そんな風に思った頭をブンブンと振ると、クォーツは二階にある自分の部屋へとゆらゆら向かっていった。

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