開幕!バトルトーナメント⑤
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「ただいま!」
「おかえり!」
昼食を摂り終わってディストの元へ戻ってきたダチュラ。ディストもバスケットの中にあった木の実を全て平らげていた。すっかり調子も良くなったらしい。
「あ、そうだ。フェザーが言ってたんだけど、午後はここでやるらしいよ」
「そうなのか……え、ここ!?」
「室内で!?」と驚いているディスト。勘違いしてるであろう彼にダチュラはちゃんと説明した。
元気になったとはいえまだ無茶するべきじゃないと判断したフェザーは、実技ではなく、いわゆる座学を行うことにしたらしい。だから時間になるまでここで待っていてくれ、とのこと。どうやら一匹で食べてる途中にフェザーも混ざってきたそうで、そこで午後の特訓について話を聞いたようだ。
「なるほど。別に大丈夫なんだけどなぁ」
「なんか面白そうだしいいじゃん?」
「まぁな」
話しながら両手を広げて畳の上にだらんと寝転がるディスト。その間に空のバスケットを端に寄せて、使われてない布団をダチュラがポルターガイストで畳んでいく。「使いこなしてるなー」なんて呟きながらディストはその様子を眺めていた。
「そうだ。フェザーの様子はどうだった?」
「普通だったよ。特に変わってなかった」
「マジで?うーん……俺の気にしすぎなのか?」
そんな風にしばらく二匹で駄弁っていると、フェザーが分厚い本片手に部屋へ入ってきた。
「お待たせしました!」
「あ、フェザー!一体何するの?」
「えっとですね……」
フェザーはその場にちょこんと座るとペラペラと本を捲っていく。その隙間からひらひらと落ちてきた紙を拾うと、それを二匹に見せた。ダチュラがじっと顔を寄せて見てみる。
「これは……相性表かな」
「その通りです。タイプ相性は基礎中の基礎と言っても過言ではない……この機会に一度おさらいするのもいいかと思いまして!」
紙の端が少しボロボロになっていることから昔から使われている物なのだろうことが窺えた。
「ではまず質問です。ゴーストタイプに有利なタイプはなんでしょう?」
つまり弱点ということ。
「悪とゴースト!」
「正解です!」
自信満々に答えたディスト。正解と言われると自慢げにガッツポーズをした。
「次はダチュラさんに訊きます。草タイプの弱点は?」
「いっぱいあるよ。炎でしょ、氷と飛行……あと毒と虫」
「わぁ、すごい」
後半二つは自分にとってはそこまで脅威ではないため少し詰まってしまったが、全て正解だ。ディストは「多いなー」なんて思いながらそれを聞いていた。
「ではディストさん。鋼タイプの弱点は?」
「うーんと……炎と地面?」
「合ってます!……が!あと一つ格闘タイプがありますね」
「へぇ。そういえば前クォーツが格闘タイプのポケモン嫌いって言ってた気がする」
「確かに熱血系は相性悪そうー」
「あー、それもあるか!」
こちらも自分とは関係ないタイプに関しては頭から抜け落ちていたようだ。特に鋼タイプについてはチーム内に三匹もいるのだから理解しておく必要があるだろう。
そうしてしばらくは他のタイプでも同じようなクイズが続いた。逆に弱点をつけるタイプのことも学びながら時間は過ぎていく。
「次にそれぞれのタイプ特有の効果について教えていこうと思います!例えば炎タイプは火傷にはならない……という感じのことですね」
上記のようなことを本の内容を確認しながらフェザーは伝える。
二匹は自身とは関係ない属性のこともしっかりと聞いていた。
「次ですね、ゴーストタイプについてです。ディストさんとダチュラさんは『のろい』という技をご存知でしょうか?」
「わかんない」
「同じく」
二匹とも覚えられないのだから知らなくて当たり前だろう。フェザーは二匹の返答に頷いて説明を続けた。
「こちらの技、普通であれば動きが鈍くなる代わりに攻撃と防御を上げることができるのですが、ゴーストタイプのポケモンが使うと効果が変わるんです」
「どうなるんだ?」
「自身の体力を半分削る代わりに、相手の体力がじわじわ削られていく呪いをかけることになるんですよ」
「何それ怖……」
ポルターガイストについて教えてもらったときと似たような反応をするディスト。
つまり『鈍い』と『呪い』ということだろうか。確かに恐ろしい技だ。
「あともう一つ。ダチュラさんの使う技には相手を縛り付けるようなものもありますよね?」
「シザーに使ったやつ?」
「はい!実はあのような拘束技はゴーストタイプのポケモンには通用しないんですよ。ですので仮にディストさんに使っても意味はないということですね」
「そんな状況にはなってほしくないけどな……」
「実践できたら早いんですけどねー」なんて言うフェザーに「はは……」と苦笑いするディストの横で、「それは有益な情報かも」とダチュラは真剣に頭に入れていた。
「……ん?」
だがそこでディストは思い出した。そういえば前にそんな感じの技を使われたような……。
「どうしたの?」とダチュラに問われると、ディストは自分の柄を触りながら答える。
「いや実は前……というか『Metal Puissance』として初めての依頼を受けたときだったかな。敵に多分その拘束技ってやつやられたんだけど」
「そうなの?」
「ああ。そんでそのときは……全然動けなかったような気がして」
「ほぅ……?」
興味深そうにフェザーが聞き入っていた。そしてディストが話し終わると一つ問いかける。
「それってどんな技でした?」
「うーん……確かクォーツは……」
そこでハッと思い出した。
「……かげぬい?」
「……ふむ」
フェザーは下嘴に羽を当てて考えた。そして少しして口を開く。
「……すみません!よくわかりません!」
「そ、そっか!まぁ多分一回くらいはそういうこともあるんだろうな!」
頭を下げるフェザーを見て慌ててフォローするディスト。その技がジュナイパーという種族特有のものであるのは知っているらしいが、だからといってなぜディストに拘束技が効いたのかは不明とのこと。
実際そこまで気にするようなことでもないだろうと本ポケが言って、結局この話はそのまま流れていった。
一時半から始まったフェザーのバトル授業は、休憩を挟みつつ五時まで行われた。そして晩御飯の時間、六時までは自由時間。その間にダチュラは昨日と同じように近くの海まで向かうことにした。道場にいてもどうせ暇だから、という理由で今日はディストもついてきている。
「いやー、結構面白かったな!最後の方はなんかバトルと関係ない話になってきてたけど!」
「ねー。明日からはまた朝みたいな特訓が続くらしいけどね」
「適度に休憩を入れながら!って何回も言ってたな」
キラメキシティは夕方や夜でもそこら中にある電光掲示板やネオン看板のおかげで明るい。ダチュラの目的地はそんな街の中を通った先にある。
やはりフェザーは朝ディストが倒れたことを反省しているようで、もう二度とあんなことにはならないように、と気を引き締めていた。
「あ、そうだ!せっかくだから『Metal Puissance』の初依頼の話聞かせてよ」
「えー、いいけどあんま面白くないぞー?」
さっき少し話題に出したときから気になっていたらしいダチュラが尋ねた。
そうは言いつつもディストはニヤニヤと目を細めながら語り出す。初めての依頼ということで色々印象深いのだろう。
「──というわけで、そのラッタ達とも最終的には仲良くなれたんだ!」
「へぇ!最初にしては結構過酷だね」
「まぁ言われてみれば?」
思い直してみると、確かにかなり危険なことに巻き込まれていたような気がした。奴等が例の『レジスタンス』である確証はないが、そうじゃなくても危ないポケモンだったのは明らかだ。もしあのとき少しでも遅れていたらお母さんのラッタと子供のコラッタは本当に殺されていたかもしれない。
特にあのジュナイパーは異端だった。ディストと戦って疲れすらしてなかったり、技を受けても気にしていなかったり、只者じゃないような雰囲気がすごかった。
「あ、見えてきたよ!」
「おお!」
そんな話をしていたら、二匹の視界に海が入ってきた。どうやらここは防波堤になっているらしく、今はポケ通りも少ない。
「ぼく夕方って結構好きなんだ。なんか不思議な感じがして」
「不思議?」
「うん。あとね、太陽が沈んだ後の空ってすごい綺麗なんだよ!三十分くらいしか見れないんだけど、魔法の世界みたいなの!」
「あーあれか!紫みたいな……なんだっけ名前……前クォーツから聞いたんだけど……」
秋の冷たい風がさらさらと流れる中、二匹はオレンジ色に染まった空を見上げながら、しばらく他愛もない会話をして過ごした。
「ただいまー」
「おかえりなさい!」
用事を済ませたダチュラとディストが道場に帰ってくると、時刻はちょうど六時を迎えたところだった。二匹はそのままフェザーと共に奥の部屋へと進んでいく。
「……ん?あれ?これは?」
長机の上にはいつも通り鍋が──と思っていたのだが、そこに置かれていたのは想像とは違うものだった。
「それはシチューです!まだたくさんあるのでおかわりが欲しかったら言ってくださいね」
「わかった!」
シチューが乗ってる皿にそれぞれスプーンと水の入ったコップが三匹分。寒い時期にはもってこいの料理だ。
それを見て「美味しそ〜!」と目を輝かせたディストは、ハッとしてフェザーに向き直る。
「……じゃなくて!これフェザーが作ったのか?」
「はい!……ああ、ではなく……レイジと協力して作りました」
その言葉に二匹とも驚いた。レイジと協力することを拒んでいたらしいフェザーが?もしかしてこの短時間で仲直りしてくれたのだろうか?
ディスト達がそう感じていることを察したフェザーは、みんな席に着いたのを確認して、自分から経緯を語り出した。
「ダチュラさんに言われて少し考えてみたんです。今まで彼に頼らなかった……その理由を」
「理由?」
フェザーは少し俯きながら小さく頷いた。
「……多分、ただの嫉妬だったんです。なんでも素早くこなしていた彼に劣等感を抱いたんだと思います」
レイジからしたら「仕事が早い」というよりは種族の性で暴れてただけなのだろうが、実際それでやるべきことを全て終わらせたのだからすごいポケモンだ。
そして「そんなレイジと比べて自分はダメだ」と思い込んだフェザーは「せめて最後まで自分でやりきらないと」という気持ちが増幅してしまったらしい。
結局準備を済ませフェザーからも手伝いを断られたレイジはしばらく道場を空けて、帰ってきたときにはケッキングに進化していたという。
「それで冷たく当たっちゃってたってこと?」
「……ですね。我ながら馬鹿みたいな話ですが」
フェザーは、ははは、と自嘲気味に笑うと、ため息をつく。
「それから私は彼に謝りに行きました。別に許してほしかったんじゃありません。ただそうしないと落ち着かなくなって……」
そうしたらレイジはあっさり許してくれたと。その代わり、これからはちゃんと二匹で協力していこうと約束したらしい。
「それでまずは料理のバリエーションを増やそうと思ったんです。前から苦情は来てたことですから」
「なるほどなぁ」
何はともあれ解決したなら良かったとディストは「うんうん」と頷いた。
ちなみに皿が三つしかないのは、レイジは後でゆっくり食べるかららしい。
「じゃあそろそろ食べよっか。冷めたらもったいないし!」
「そ、そうでした!すみません!では──」
「「「いただきます!」」」
お風呂代わりに体を磨いたりなんだりして過ごしていると時刻は九時頃。また明日も朝早くから特訓を始めるとのことで、ディスト達はもう寝ることにした。
「おやすみー」
「おやすみ!」
ダチュラは昨日と同じように蔵で眠るため、ディストと挨拶を交わした後、一匹で外へと出る。
夜の冷たい風を受けながら目的地に向かうと、そこには見覚えのある顔があった。
「レイジだ」
「ん?……おお、ダチュラはんか!夜に見るとなかなか迫力あるなぁ」
「怖くないよ」
「わかっとるわかっとる」
「おぉ〜」と声をあげながらダチュラを見上げるレイジ。どうやら蔵に仕舞ってある物を整理していたらしく、足元には何個か使われなくなってボロボロな道具が落ちていた。
「ほんで、こんな時間にこんな場所へ何の用や?」
「ぼくここで寝るの」
「さよか」
ダチュラの答えに頷くと、レイジは地面に置いてある道具達をよいしょと拾う。……こんなに働いているケッキングなんてそうそういないんじゃないだろうか。
「自分の用事は終わったから、ほな」
「わかった。……あ、そうだ」
物を両手に抱えたまま自分の横を通り過ぎていったレイジの背中に、ダチュラは思い出したようにその言葉を投げかけた。
「フェザーと仲直りできて良かったね」
「はは。おかげさまで」
そっと振り返ると、レイジはそう言いながら笑う。ダチュラもつられてコンパスの針をニコリと歪めた。
次の日。ディスト達はまた五時に起こされ、六時に食事を摂り、七時半から特訓を始めるべく外のフィールドへと向かっている最中だった。
「やっぱりさ、相手の意表を突くっていうのは大事だと思うんだよね」
「確かに。それで油断してる隙を……ってできるしな」
「だからさディスト。その頭でぐりぐり〜って攻撃してみるのはどう?こう、回転しながら!」
「……いやこれドリルじゃないからな!?それに回転なんかしたら目回るし!」
「えー、面白くない?」
「そりゃ見てる分にはそうかもしれないけど!」
わいわいと楽しげに話しながら進んでいるとだんだんフィールドが見えてきた。
そこには、練習用のマネキンを並べているフェザーと、それを横で寝転がりながら見守っているケッキングの姿があった。
こちらに気づいたらしいフェザーが隣のポケモンに呼びかける。
「来ましたよ!それじゃあ始めましょうか!」
「待って待って。そこの方……は何を?」
「そういや、ディストはんとちゃんと話すのは初めてやな」
そういえばディストとレイジが面と向かって会話したことはなかった。レイジはよっこいしょと体を起き上がらせると、片膝を立てた体勢で地面に座る。
「改めて。自分はレイジってもんや、よろしゅうな」
「ああ、俺はディスト。よろしく!……じゃなくて!もしかしてレイジも特訓に参加するのか?」
そう笑顔を向けられるとディストも微笑み返した……なんて流れのままに乗ってしまったが、自分が訊きたかったのはそうじゃないと今度はフェザーの方を見た。
「はい!協力するって決めましたからね!」
生き生きとした表情。どうやらフェザーが完全に元気を取り戻したようでみんな安心した。
「それでは、今日も昨日の続きで技を極めていきましょう!」
「「はーい!」」
そんな二匹の元気な返事とともに、今日の特訓は始まった。
同時刻。どこかの森にある古びた洋館の中にて。
どうやら食事中のようで、夜行性のヴェレーノと留守のガエンにトラベスーラ、ティラールを除く住民ポケモンがみんな食堂に集まっていた。
「なぁ、あいつら大丈夫だと思う?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「だってザントはあの二匹と仲良いし……」
「ガエンは平気だろ。トラベは知らね、お前が思ってるより仲良くねーし」
リヴィールが心配そうな顔をしながら隣に座っているザントへ尋ねると、興味ないオーラ丸出しでテキトーに答えた後、再び目の前の肉に齧り付いた。
「ただのテストなんでしょ?なら問題ないんじゃない?」
「いやいや、もし万が一にでも彼等がボロを出してしまったら……!」
「テイパーは心配しすぎだよ〜」
こちらの席でも似たような会話が発生していた。どうやらテイパーが何度も同じ話ばかり繰り返しているようで、それを聞かされているレザールとストームがだんだんうんざりしてきているところらしい。
「あんたこれ何入れたの!?」
「え、カゴの実だけど……」
「私のやつは全部甘いのにしてっていっっっつも言ってるのに!」
「だからそういうのはリヴィールの時だけ頼んでよ……僕はそんな面倒なことしたくない……」
「アクアお兄ちゃんおかわり!」
「ああ〜ちょっと待ってて!」
こちらでは何やらプルリルのラブリーとアクアが揉めている様子。だがそんなの気にしないワシボンのフォーリンが横からお皿をアクアに差し出しておかわりをねだる。アクアはその皿をもらって急いでキッチンの方へ向かっていった。
「……騒がしいな」
「……いつものことでは?」
「…………」
そんな彼等を少し遠くの席から眺めているポケモンが三匹。『ボス』であるクロウとゴチルゼルのアステール、そしてカラマネロのクルーアルだ。こちらはクロウとアステールがたまに言葉を交わすだけで、他の席と比べたらとても静かだった。
「……実際、どうして彼等にあんなことを頼んだのですか?賞金目当てならいつものダークコロシアム……でしたっけ?あちらの方が良いのでは?」
ココアを一口含むと、ちらりと横目でクロウを見ながらアステールが問いかけた。
「今回の目的は賞金ではない。旅行券だ」
「はい?」
「イリゼ地方への旅行券、一週間分、四枚」
「それは存じてますけど……」
真剣な表情で言うクロウだが、アステールにはどういう意味なのか理解できなかった。今回のバトルトーナメントの優勝賞品として賞金と一緒に贈られるものが『イリゼ地方への旅行券』なのは知っている。だがなぜそれをクロウが欲しているのか。今のところわざわざ遠くまで出向く必要性も感じないし、彼自身に旅行なんて趣味もないだろうに。
アステールからじぃっと見られていることに気がつくと、クロウは面倒くさそうにため息をついてから口を開く。
「……ティラールから頼まれたんだよ」
「ティラールが……ですか?どうして?」
意外な名前が出てきてアステールは一瞬目を丸くした。
「そこに捜しているポケモンがいるかもしれないから……らしい」
「そういえば彼、そんな話してましたね……なるほど」
『ボス』であるクロウがここにいる他のポケモンの要求を呑むことは別に珍しいことじゃない。アステールは納得いったようないかないような、なんとも言えない気持ちのまま目の前のモモンの実を使ったショートケーキに手をつけた。
「ところでそのティラールはどこへ?」
「さぁ……私も聞いてない」
「大丈夫なんですか?聞き出さなくて」
「……話したくないと」
クロウの声色はいつにも増して暗かった。アステールは「そうですか」とだけ答えると、フォークで小さく取り分けたケーキをパクッと口に入れる。
「あら、お戻りですか?」
「ああ」
食べ終えたクロウは、食器をそのままに足早にこの部屋を出て行ってしまった。その様子をみなそっと見送る。
「クロウ様も苦労してらっしゃいますねぇ」
「つまんねぇぞーそれ」
「えぇ!?……って別にダジャレのつもりじゃなかったんですけど!?」
ふとテイパーの発した言葉にザントが野次を飛ばすと、食堂の中に笑いが巻き起こる。どうやらこの洋館では彼はいじられキャラで定着しているようだ。
そんな中、再び食堂の扉が重い音を立てて開かれる。それを聞いたみんなは一斉にその先を確認した。そこには──。
「おっ!ティラールじゃねぇか!」
「お、おかえりなさーい!」
真っ先に声をかけたのはザント。それに続くようにみなそれぞれティラールに言葉をぶつけた。
だが彼はそんな言葉に反応することもなく、ただ真っ直ぐにアステール達のいる席へと向かっていく。ティラールが周りを無視するのは慣れているのか、みんなすぐさっきまでの話に戻っていた。
「あら……こちらで良いのですか?」
「いい。今疲れてるから」
クルーアルが念力で椅子を引くと、ティラールはそこに腰掛ける。明らかに大丈夫ではなさそうな顔をしているが、きっと突っ込んだところでいつも通りうやむやにされるだけだろう。
アクアが木の実のサラダとスープを持ってこちらへやってきた。それをティラールの前にそっと置くと、彼はラブリーの怒声に反応して慌てて元の席へ戻っていく。
「最近遅くまで帰ってきませんが、一体何をしているのですか?」
「別に君には関係ないでしょ」
「一応仲間ですから心配しているのですよ。それに、クロウ様からも言われているのでしょう?少し休めって」
「言われてるね。でも従う道理はない」
「……彼がこのチームの『ボス』なのに?」
「だから何?あいつは昔から何も変わってないだろ」
クロウの話から察してはいたが、なんと訊いてもティラールが彼女の疑問に答えることはない。だんだんと苛立ってきた様子のティラールを見てアステールはこれ以上問うのを止め、手元のケーキへと視線を戻した。
「……よからぬことを考えていなければいいのですが」
小さな声でぼそっと呟くと、彼女はココアを一口啜った。
「えいっ!」
ダチュラはレイジと特訓していた。ダチュラが技の練習をしているのをレイジが横から見て、気になったことがあれば伝えていく。
今はパワーウィップの練習中だろうか?目の前の赤いパンチングマシーンのような物体目掛けてその錨を振り翳すと、それはびよんびよんと寝たり起きたりを繰り返した。
「おお、ええぞええぞ。ただもう少し勢いをつけたほうがええかもしれへん。こんな風に……なっ!」
よっと立ち上がると、今度はレイジがその物体を片手でぶん殴った。すると驚くことにパンチングマシーンはそのまま倒れてしまう。もちろん根本を狙ったわけでもないというのに。
「倒さなきゃだめ?」
「パワーを上げたいんならな」
「ふーん」
よいしょとパンチングマシーンを元に戻すと、レイジは再び隅で寝転がった。
ダチュラはもう一度構え、思い切り力を込めそのマシーンを狙った。その先端がマシーンに当たる。そしてそのまま勢いを緩めることなく殴り抜ける……が、やはりパンチングマシーンが倒れることはなかった。
「レイジって化け物なの?」
「ははは!そないなことあらへんよ。ほらもっかい」
「うわーん、レイジが虐めるー!」
そんな風にふざけつつ、これで本当に先代のスパルタ方式を反面教師にしているのだろうか?こんな雑なやり方じゃ今時誰も来なくても仕方ないな……なんて内心呆れていたダチュラだった。
「イェーイ!成功!」
「おぉー!」
一方ディストとフェザー。こちらは今シャドーボールを球に見立ててボウリングを行なっているところだった。一見遊んでるようにも思えるが、これは狙いを定めるための特訓らしい。
実際ピンは今ディストから見て左寄りの後ろ、しかも箱を積み上げて高さもある場所にあった。それを前を向いたままシャドーボールの軌道を変えるだけで全て倒したのだ。フェザーもパチパチと羽で拍手する。
「敵がいつどこにいても対応できるようにこの特訓は欠かせませんね!では次は的を動かしてみましょう!」
「おー!って、どうやって動かすんだ?」
「えーと、私がこれを持って動き回りますのでこの真ん中を狙って撃ってみてください。無事命中したら音が鳴りますよ!こんな感じで……」
そう言ってフェザーが持ってきたのは、白い丸の真ん中に黒い点が描かれている、所謂星的というやつだ。試しにフェザーがクキで真ん中に攻撃を当ててみると、ピンポーンとクイズ番組で正解を答えた時のような音が鳴り響いた。
「私にシャドーボールは効きませんから遠慮なく撃ってきて構いませんよ!」
「あ、そっか。わかった!」
今度はディストも向きを変えていいとのこと。ただその場から動くのはNGらしい。
ディストは、フェザーの説明通りに目を閉じて心の中で十秒数える。
「……十!」
数え終わると、まずはフェザーがどこにいるのか把握するため辺りを見回しながら片手で霊力を溜める。
後ろを確認すると、的を持って走っているフェザーがいた。ディストは迷うことなく手の中のシャドーボールを的の方へ向けて放つ。すると──。
「……っ!」
ピンポーンと先程聞いたあの音が鳴った。動き回っているはずの的にも苦戦することなく命中させたのだ。普通であれば思い通りに軌道を変えられるようになるにはそこそこ時間がかかるものなのだが、彼はそれを一発で成功させた。
逆に必ず曲がってしまい上手く真っ直ぐに撃てないポケモンもいるが、ディストが直線にも放てるのは最初の特訓ではっきりしている。
「イェーイ!大成功!」
「さすがですね!……あの、ずっと思ってたんですが。ディストさんってすでにこういった特訓を経験されてたりします?」
「ん?いや、初めてだけど」
「そ、そうなんですか?それにしてはバトル慣れしすぎてるような……?」
「才能?」なんて顎に羽を当てて考えるフェザー。ディストからしたら初めから身についていただけ、だから答えようがなかった。
……いや、もしかしたらこれもディストの記憶を取り戻すための鍵になるのかもしれない。
「もともとそういう職業に就いてたとか?それか……ただの天才!」
「自分で天才って言っちゃうんですね!?」
「じゃないと誰も言ってくれないからな!」
ならそれは違うんじゃないか、なんて野暮なことは置いておいて。
そろそろ午前の特訓の時間が終わりを告げようとしていた。
「それじゃあみなさん!午前の特訓はこれで終わりにしましょう!」
「「はーい」」
十一時になると、フェザーが大きな声でみんなに呼びかけた。
それを聞いたレイジと、何やら疲れた様子のダチュラがこちらへ戻ってくる。
「ど、どうしたダチュラ!?」
「ぼく疲れちゃったよディスト……」
「ええっ!?待て!お前が倒れたら運べる奴がいない!頑張れ!うぉ重っ!」
ふらふらしてるダチュラをなんとか支えながら建物の中へ先に向かうディスト。そんな中、フェザーはため息を吐いてからレイジを睨みつけた。
「だから指導方法は改めろと何回も……」
「いや、これでも改めたほうなんやけど……」
「じゃあどうしてダチュラさんはあんなことに?」
はは……と頭を掻きながらレイジはフェザーからスーッと目を逸らした。
「……ってこんなこと言ってる場合じゃない!ダチュラさん!大丈夫ですか!」
「自分も手伝う!」
言い争いしてる暇じゃない!と二匹もダチュラとディストを追いかけていった。
「……疲労ですね。レイジが無理をさせたせいだと思います。本当に申し訳ありません!」
「海があったら沈めてたよ」
「ほんまにすまん……加減したつもりやったんやけど……」
フェザーが頭を下げている横で、レイジも謝罪の言葉を口にする。床に寝ているダチュラの隣でディストは「怒ってるダチュラ初めて見た……」と体を震わしていた。
「少し休めば良くなると思いますが……午後の特訓はどうしますか?」
「それはやるよ。確か午後は逆だっけ?」
「えっ……あー!そうだった!」
つまり次の特訓はダチュラとフェザー、ディストとレイジの組み合わせで行われるというわけだ。こんなダチュラの様子を見て正直あまり気は進まないディストだが、経験してみるまではまだわからない……と無理矢理気持ちをポジティブに塗り替えた。
「それではダチュラさんもディストさんもお昼までお休みください。レイジには話があるからこっち来て」
「はい……」
キッと横を睨むと、フェザーは襖の奥へと消えていく。レイジも大人しく彼の言うことに従って一緒にこの部屋を後にした。
「……ダチュラって怒ると怖いんだな」
「そうかな?別に普通だと思うよ。世の中には怒って暴れるようなポケモンも多いから」
「ひえぇ」
転がっているダチュラの頭を撫でながら、ディストは「そんなやつが仲間にいなくてよかった……」なんて考えていた。
そして予定通り十二時にお昼を食べ、特訓再開の一時半がやって来た。
二匹が外へ向かうと、そこには「ちゃんと相手の体力を気にかけること!」とレイジに釘を刺しているフェザーが。レイジは「わかったわかった」と少々疲れ気味。きっとあれから何回も言われているのだろう。
「フェザー!」
ディストが呼びかけると、フェザーはハッとしてこちらに顔を向ける。
「すみません!それじゃあ始めましょう!」
「「はーい」」
その言葉とともに、午後の特訓は始まった。
「今回は技を避ける練習をしてみましょう!」
「技を避ける練習?」
「ダチュラさんはその……どうしても攻撃を受けやすいといいますか、大きいので」
「確かに?」
「ですから少しでも俊敏さを上げてもいいんじゃないかと!」
「具体的にどうするの?」
「私がダチュラさんに技を仕掛けますのでそれを避け続けてもらえれば!」
「わかった!」とダチュラが頷くと、フェザーはダチュラから少し距離を取った。そして大きな声で「始めます!」と告げると、その場から動くことなくシュンっとクキを振る。その瞬間、何か刃のようなものがすごいスピードでこちらに飛んできた。これはどうやらエアスラッシュのようだ。ダチュラは慌てて横に避けるも、刃は錨に掠ってしまう。
「横じゃなくて上に避けてもいいんですよ!」
「あ、そっか」
もう一度フェザーがエアスラッシュを放つと、今度は上へふわふわと浮かんでそれを避けた。
「下からの攻撃はこれでどうにかなりそうですが……やはりどうしても遅くなってしまいますね。となると……うーん、避けることに固執しなくても……」
フェザーは額に羽を当ててしばし考える。すると何か思いついたのか、下からダチュラを見上げながら口を開く。
「……わかりました!こうしてみましょう!」
「隙あり!」
「……っ!」
一方ディスト達。こちらは最早普通にバトルをしているだけ……のようにも見えた。
「いやぁ、重たいのもらっちまったなぁ。降参や」
「これでいいのか?」
「ああ。なんとなくディストはんの癖がわかったわ」
聖なる剣をもろに受けたレイジは、用意しておいたオボンの実を頬張りながらディストに告げた。
「あんさん、なんでその盾使わんの?」
「いや使ってるけど……あ、もしかしてシールドフォルムの話か?」
「せや。自分の攻撃なんて全部それで防いだらええのに」
「それもそうなんだけど、まあ……お前の言う通り癖だな!」
ははは、と笑いながら頭の柄を触るディスト。レイジは最後の一口を喉に流し込むと、よいしょと立ち上がった。
「まぁそれを活かすも活かさないも本ポケの自由やけどな。そんなんじゃいざっちゅうときに困るんやない?」
その言葉を聞いて、ディストは昨日のテストのことを思い出した。確かにもう少し早くキングシールドのことを思い出していれば……なんて。この技は防御とともに触れた相手の攻撃力を下げることもできる。有効に扱えればとても心強い技だ。
「うーん……わかった。これからはちょっと気にかけてみる」
「よし。それならもっかいやるか」
「おぉ、かかってこい!」
レイジはそう言いながら籠から取ったオボンの実をディストに投げる。ディストはやる気満々の様子でそれをキャッチした。
それからは、レイジが気になったことや改善点を指摘、ディストが言われたことを頭に入れた上でまたバトル。そこでまた何かあればレイジが指摘……そんなことを繰り返していた。
確かにきつい特訓だが、ディストにとってはそうでもなかったらしい。
「フェザーとダチュラから聞いたんだけど、お前本来ならこんな動きまくる種族じゃないんだろ?」
「せやな」
「大丈夫なのか?今は」
「……正直に言うとめっちゃきつい」
「……今度はレイジが倒れたり?」
逆にレイジの方が疲れてきていた。
本ポケ曰くフェザーに「ちゃんとやれ」としばらく動けるようにエナジードリンクを飲まされたそうだが、その効果が切れてきているのだろうか。そんなレイジを気遣ってかここからは休憩過多に進めていった。
いつの間にやら時刻は五時。今日の特訓は終わりを告げた。
ダチュラとディストは昨日と同じように一緒に散歩へ出かけたようだ。
「体に負担は?」
「んー……別にいつも通りやな」
「じゃあ明日もこれでいいか」
寝室にて。緑色の空き缶片手にフェザーは呟く。レイジは特に疲れた様子はなくいつも通り床に寝っ転がっていた。
「それってなんなん?ただのエナジードリンクやないやろ」
「一時的に特性の効果を消す代わりにやる気が少し増える……ってやつ」
そんな自分専用みたいなものが……!?と驚いた顔でフェザーの持つ空き缶を見つめるレイジ。体にも特に異常はないし、こりゃ愛用するかも……と内心考えていた。
「それにしても、まさかレイジのやり方にディストさんがついてこられるなんて……」
「それな。自分が一番びっくりしとるわ」
「びっくりしちゃダメでしょ」
だからといって調子には乗るなとフェザーは鋭い目を向けた。
「そろそろ夜ご飯作りにいかなきゃ」
「せやなぁ」
ゆっくり起き上がると、レイジは大きく伸びをする。そしてフェザーを先に、一緒にキッチンへと向かった。