開幕!バトルトーナメント③

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「相撲……?」
「はい。先代……私の師匠のハリテヤマが経営していたんです」

外にあった土俵、そして鍋。確かに言われてみればそうだ、とダチュラは感じていた──いや、そもそも土俵の時点でなんとなく察しはつくのかもしれない。むしろそうじゃなければおかしいくらいだ。

「ですが師匠ももう歳でして……それで私が引き継いだんです」
「え、えっとつまり……どういうこと?」
「なんでバトル道場になったの?」

ディストの疑問をわかりやすくしてフェザーに伝え直すダチュラ。フェザーは顎に羽を当てて考える。

「そうですね……そもそも私は相撲ではなく、バトルについて師匠に教えをもらっていたんです。ですから、なぜ私にその話を……と始めは困惑しました」
「もともと相撲とバトル、二つ教えてたってこと?」
「はい。メインは相撲でしたけどね」

ディストはフェザーとダチュラ、二匹を交互に見ながら会話を聞いていた。

「実は、その時からもうバトルの修行をしたいポケモンの方が増えてきまして。だから今後はそちらをメインにした方が良いんじゃないか、ということになったらしいんです」
「じゃあ今も一応相撲は教えてるんだ?」
「はい。まぁ師匠がいなくなってからそんなポケモン達も減ったんですけどね……」

「あはは」と笑うフェザーの表情からは、寂しさが感じられた。

「それでそのときの風習が今でも何個か残ってる、ってわけね」
「そういうことです。……ですがやっぱりダメですね。続けていくにはなんとかしなければ」

「私がしっかりしないと……」と呟いてフェザーはクキをギュッと抱きしめる。
そこで、今まで静かに話を聞いていたディストがバッとと手を挙げて声を張った。

「はい!一つ気になったんだけど!」
「なんでしょう?」
「その新しい道場?の経営はフェザーだけでやってたのか?確か今はもう一匹いるんだよな?」
「あ……」

さっきの呟きが耳に入ったのか、ディストは不思議そうに尋ねる。フェザーはそっと目を落とすと、ぼそぼそと続けた。

「……いえ、最初からその方と一緒に準備を進めていました。ですが……」
「ですが?」
「……私はバトルの方を、彼は相撲のことについて色々考えていたんです。ですが彼、初めはすごいやる気だったのに、ある日進化した途端怠けることが増えて、それで今も……」

言いにくそうにしながらも真摯に答えてくれたフェザー。どうやら最近はずっとだらけてばかりで全く部屋から出てこないらしい。
ディストは「変なやつだなぁ」なんて受け止めていたが、ダチュラは違った。というのも、そんな進化をするポケモンのことをどこかで聞いたことがあるような気がしたからだ。

「……ねぇ、それってもしかして」
「……はい。多分ダチュラさんの想像通りだと思います」
「え?誰?」

さっきから自分だけ理解が遅れている気がしたディストは、二匹に「もったいぶらずに教えてくれ!」と急かす。

「ディストに説明するなら実際会ってみたほうが早いんじゃないかな?」
「そうかもしれませんね。ですがその前に──」

彼が言い切る前に、ぐぅ、とお腹の鳴る音が響く。ディスト達の視線が同時にフェザーへ向けられると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。

「……先に食事を済ませてもよろしいでしょうか?」



そうしてフェザーも朝ご飯をしっかり摂り終わると、ディストと共に鍋やお皿を手分けして持って暖簾の先へと進んでいった。
どうやらそのポケモンは滅多に動くことがないらしく、会うためにはこちらから出向くしかない。だがその幅はダダリンが入るには少し小さすぎる、というわけでダチュラはそのまま待機していることになった。

「ここにお願いします!」
「はーい」

フェザーは余ったお鍋を冷蔵庫に入れると、ディストへ持っている食器を流し台に置いておくよう指示する。ディストは皿を割らないようにそっと扱うと先に行ったフェザーの後を追っていった。

「こちらが本来の寝室……だったのですが、今じゃほとんど彼の個室ですね」

台所の奥にもまた部屋があるようで、フェザーはそこの襖を少しだけ開けるとひょこっと外から中を覗き込んだ。ディストもそれに乗っかるようにこっそり見てみる。

「……今は寝てるようです」
「た、確かにそれはわかりやすいけど……」

中には大きなポケモンがゴロンと寝転がっている姿が。ここからじゃ顔はわからない。
フェザーは大きく深呼吸すると、顔を上げてバッと勢いよく襖を開いた。「えっ!?」と驚いているディストを他所に、ズカズカと部屋の中へ入っていく。そして例のポケモンの前までやってくると、とびっきりの大声で彼の名を叫んだ。

「レイジ!朝です!起きてください!」

後ろで聞いていたディストがビクッと反応するほどの音量を目の前で浴びせられても、そのポケモンはグーグーと寝息を立てていた。

「……ダメか」

フェザーはため息を吐くとその場に座り込んだ。ディストもスーッと部屋に入ると、フェザーの隣で止まる。そんなディストのことを横目で見ながら、彼は言い放った。

「……先に役場へ申請書を出しに行きましょうか」
「あ、ああ。わかった」

フェザーが立ち上がった瞬間、どこからかゴトっと何か落ちたような音がした。聞こえてきた方向を探してみると、本棚に一冊分隙間が。下を見るとそこそこ厚い本が畳の上に落ちていた。

「これは?」
「これ……まさか……」

フェザーが本を拾うと、中をペラペラと捲り始める。ディストが後ろからこそっと覗いてみると、そこには何かのメモのようなものが羅列されていた。めっちゃ分厚いメモ帳かなんか……?なんて考えていると、フェザーは突然パタっと本を閉じて振り返る。

「どうやら私は勘違いしていたようです」
「勘違い?」
「ですがもう大丈夫です!さぁディストさん早く役場へ行きますよ!受付期間は今日の昼十二時までですから!」
「えっ、えぇ!?ちょっと待て!」

フェザーは本を棚に戻すと、ディストの手を掴んでその部屋から出ていこうとする。「急に何が?」「あれに何が書いてあったんだ?」と疑問は尽きないが、今はとりあえずフェザーに付いていくことにした。


「あ、おかえりー。どうだった?」
「ダチュラさん!先程はありがとうございました!」
「え、何急に……」

戻ってくるなり自分に頭を下げてくるフェザーに対して、別に感謝されるようなことをした覚えはないとダチュラは引き気味にその姿を見下ろしていた。

「ディストさん、ダチュラさん、そろそろ役場へ向かいますので準備をよろしくお願いします!七時半頃目安ですので!」
「あ、ちょっと……」

ダチュラが止める間も無くそれだけ伝えてフェザーは今来た道を戻っていった。またあの寝室にでも向かったのだろうか……。
ひたすら困惑しているダチュラに、ディストはあそこで何があったのか軽く説明した。といってもディストもあまり状況が理解できていないのだが。

「よくわかんないけどその本を見た途端にフェザーの様子が変わったってことね」
「そういうこと、多分……」

元気になったのは良いことだが、なんで急にという疑問は拭えない。二匹はうーんと頭を悩ませる。

「でも中は何かのメモ書きっぽかったんだよなぁ」
「なんて書いてあったの?」
「……覚えてない!ただなんか箇条書きみたいだったから多分そうかなってさ」
「ふーん……まぁ今はいっか。後で教えてくれるんじゃない?」
「そうだといいけどな。めっちゃ気になるし」

色々と話し合ってみるも、約束の時間が迫っている中、結局二匹にできるのはただ待つことだけだった。


そして七時三十分。ディスト達はフェザーと共にキラメキシティの市役所へと歩みを進めていた。
バトル道場は街の中心から少し離れた辺鄙な土地にあるからかそこまで実感することはなかったが、やはり都会と言われるだけあってポケ通りが多い。あちこちで広告らしき電光掲示板がチカチカしていたり、CMが大音量で流されていたりと、クォーツやタルト、それに自然が好きなダチュラもあまり好まなそうな雰囲気の街だ。そんな中ディストは面白そうに周りをキョロキョロしながらフェザーについていく。

「あそこのビルですよ!」
「ビルだらけでわかんないよ……」
「あの星みたいなマークのあるところじゃないか?」

十分程歩くとフェザーが足を止めた。クキで指した先には、星形のロゴが描かれた真っ白なビルが。フェザーが言うにこのマークはこの街の象徴らしい。よく見るとそこらにそのロゴが使われている。
フェザーが透明なドアの前に立つと、それは自動で開いた。彼に続いてディストとダチュラもビルへ入っていく。
わぁ、と中を見渡すディスト達を置いて、フェザーは真っ先に受付のポケモンの元へと向かった。

「すみません!トーナメントのエントリーまだ間に合いますか?」
「大丈夫ですよ。ただ今は別の方の対応をしてる最中ですので、終わり次第になりますが……」
「わかりました!」

どうやらバトルトーナメントへの申請は決まったポケモンにしなければならないらしく、受付のポケモンは隣を目で示した。そこでは赤い鳥のようなポケモン──バシャーモに、赤と紫の猫のようなポケモン二匹が対話している様子が。つまりあの二匹もトーナメントに参加するポケモン……ということになる。

「それではあのポケモン達が終わるまで待っていましょう!」
「お、おう……」
「そうだね」

笑顔で戻ってきたフェザーだが、ぎこちない態度のディストとダチュラを見て首を傾げる。

「えっと……何かありましたか?もしかして緊張とか……」
「それを聞きたいのはこっちなんだが……」
「えっ」
「いや、なんでもない!」

思わず口に出してしまったディスト──今尋ねていざエントリーというときに気まずい空気のままになるのは避けたい。
誤魔化そうとしてるらしいがそのセリフはむしろ怪しまれてしまうんじゃないか、と感じたダチュラが咄嗟にフォローする。

「ねぇねぇ、あのポケモンって確か炎タイプに悪タイプだよね。ぼく達大丈夫かな?」
「そ、そうなのか!?俺達相性最悪だぞ!」
「そうですね……もちろん弱点の対策は重要です!ですので──」

少々わざとらしいディストの乗り方に不安を感じるも、フェザーは気にすることなく話を続けていった。ホッと安堵する二匹。

そんなこんなでさっきの猫ポケモン達のエントリーも完了したようで、ディスト達は入れ替わるようにあのバシャーモの元へと向かった。

「すみません!」
「こんにちはー」
「おはようございます!」

バラバラな挨拶を投げかけた三匹を、バシャーモはじっと睨んだ。その鋭さにフェザーは一瞬怯む。だが残りの二匹は特に気に留めることもなく相手の反応を待った。

「お前達もバトルトーナメントへの出場希望者か?」
「はい!あ、フェザーは付き添いだけど」
「……なるほど」

腕を組みながらディストとダチュラを交互に見るバシャーモ。すると一つ問いかけた。

「参加理由は?」
「理由?面白そうだったからかな」
「それだけか?」
「何?」
「いいや。安直だと思っただけだ」
「馬鹿にしてる?」

冷たい声で言い放たれたバシャーモの答えによって、ダチュラのゆらゆらとした動きは止まった。
一緒に過ごすようになってからわかったことがある。今朝もそうだが、ダチュラは意外と喧嘩早い……というよりは、自分の理解できない現象についてすぐ突き詰めようとする癖があると言った方が正しいか。決して怒っているわけではないのだが、周りからしたら喧嘩を売っているように感じても仕方がない。
なんとなく嫌な予感がしたディストは慌てて間に割って入る。

「え、えーと!俺はほら!自分の力量?を確かめるためにちょうどいいかなーとか……」

頼むからこれ以上余計なことは言わないでくれ、と両者に願うディストとフェザー。
バシャーモはしばらく考え込んだ後、口を開く。

「……素晴らしい!」
「は?」
「え?」

思わぬ言葉に三匹とも固まった。それに先程までの冷徹そうな雰囲気はどこかへ消えている。
気になったフェザーがおずおずと前へ出た。

「ど、どういうことでしょうか?」
「ああすまない。まずは謝らせてくれ、そっちの君」
「ぼく?」
「決して馬鹿にしたわけじゃないんだ。言葉が悪かった。申し訳ない!」

バシャーモは大きな声で謝罪すると机に手をついて頭を下げた。ディストとフェザーはまだ困惑したまま声も出ずその様子を眺めていたが、肝心のダチュラはというと──。

「別に気にしてないからいいよ。それにぼくも変なこと言っちゃってごめんなさい」
「ああ……!なんと慈悲深い……!」
「いやそれはおかしいだろ……」

しゅん、とコンパスの針を北西へ向けるダチュラ。……色々突っ込みたいことはあるがとりあえず大事にはならなそうでディスト達は安心した。
こほん、と咳払いしてバシャーモが続ける。

「気を取り直して……申し込むにあたっていくつか質問に答えてもらってもいいだろうか?」
「はーい」
「わ、わかった」

フェザーは後ろの方でその様子を見ていることにした。
いつのまにか用意されてた紙を前に、バシャーモは二匹に尋ねていく。種族、性別、年齢……わからない箇所はスルーしても良いとのことだった。二匹の答えを書き写しながらバシャーモは次の質問へと移る。

「バトルの経験は?」
「うーん……あるって言っていいのかな?」
「一応?」
「ふむ。競技としては初めてということでいいか?」
「あ、それでいいと思う!」

そこまで言ったバシャーモはペンを乱暴に机の上へ放り投げる。終わったのかとディストが問いかける前に、彼は二匹を見据えて口を開いた。

「今から時間はあるか?貴様達の力がどれほどのものなのか試しにチェックしたいのだが……もちろん無理ならば後日でも構わない」
「ぼくは問題ないよ」
「え、マジで?俺達はいいけど……大丈夫かフェザー?」

バシャーモによるとどうやらこのテストに合格しなければ大会には出られないらしい。先程帰っていった二匹は都合が悪かったらしく、また今度テストだけ受けにくるということになったようだ。
突然の話に驚いたディストとダチュラだが、特別断る理由はない。それでもフェザーはどうだろうかとディストが後ろを振り返った。

「問題ありませんよ!」

杞憂だったようで、フェザーはニッコリ笑いながらOKしてくれた。

「貴様は見学でいいのか?」
「大丈夫ですっ」
「わかった。それじゃあフィールドへ案内しよう!もし誰か来たら代わりに頼む」
「わかりました」

隣の受付にいるポケモンにそう告げると、バシャーモはカウンターからこちらに出てきてどこかへ向かって歩いていく。三匹が彼を追いかけると、そこにはエレベーターと階段があった。

「階段で行こう。ついてきてくれ」

エレベーターだとダチュラが入れない、というわけで階段を使って行くことになった。ディスト、フェザー、ダチュラの順でバシャーモの後をついていく。フィールドは地下にあるようで、下へ下へと進んでいった。

「少し気になったのだが、貴様はこいつらの保護者か何かなのか?」
「いえ!私はこの街にあるバトル道場の師範をしてまして……」

四匹はちょっとした雑談を交わしながら下りていく。しばらくすると、目の前に大きな空間が広がった。確かに奥側にはバトル道場にあったものと似たようなフィールドが用意されている。規模はこちらの方がでかそうだ。
何匹ものポケモンがそれぞれ働いている中、バシャーモがそこへ大声で呼びかけた。

「頼もう!今空いてる奴!」
「HEY!何か用かバーニー!?」
「今休憩中なのはこいつとうちだけだよ」

すると二匹のポケモンがこちらへやって来た。
赤い身体に大きなハサミ、そして額に付いてる星のようなものが特徴的なポケモン、シザリガー。可愛らしい容姿にポニーテールのような形の大きな口を持ったポケモン、クチート。

「二匹!ちょうどいい。実はこれからバトルテストをしようと思ってな。相手になってくれる奴を探しに来たんだよ」
「へぇ、相変わらず多いねぇ希望者。そんで誰が……」

クチートは後ろにいるディストとダチュラを見てびっくりしたのか一瞬言葉を失った。その横からシザリガーがハサミをカチカチと鳴らしながら顔を出す。

「どうしたどうした怖気付いたかァ!?」
「違うから。なんか思ってたのよりでかくて」
「この反応いい加減飽きてきたよぼく」
「まあまあ……」

不貞腐れるダチュラを宥めるディストとフェザー。
勝負を始める前に、バシャーモからの提案でまずはお互い軽く自己紹介を挟むことにした。

「ぼくはダチュラだよー」
「俺はディストだ。んで付き添いのフェザー!」
「ど、どうも!」
「うちはチカ。そんでこっちのうるさい奴はシザー。みんなよろしくね」
「ついでに紹介しておくとこのバシャーモはバーニー!」
「ああ!そういえば言ってなかったな?すまない!」

バーニーはバトルトーナメントの主催者で、チカやシザー、今ここで働いているポケモン達はその運営スタッフらしい。といっても大体の仕事はすでに完了しており、あとの大まかな仕事は参加者の対戦ブロックを考えればいいだけとのこと。

「大会当日には屋台とかも出るからね」
「まさにフェスティバル!」
「へぇ!知らなかったな」

詳しいことはまだ言えないらしいが、それならクォーツ達も退屈しないかも、なんてディストは考える。
話が盛り上がって脱線する前に、バーニーがチカ達に呼びかけた。

「さて、そろそろ準備してもらってもいいだろうか?」
「HEY!」
「はいはい。んじゃちょっと待っててね」

答えた二匹はフィールドの方へと向かっていった。準備が終わるまでの間、バーニーはディスト達にルールの説明をする。
まず勝敗の付け方について。ただバトルで相手を負かせばいいわけではなく、最後までフラッグを持っていた方の勝利とのこと。そしてその目的は戦い方から戦闘経験の有無を確認することらしく、勝ったから必ず合格になるとは限らないと。もちろん合格した方がその分ポイントは高くなるのだが。

「つまり一本のフラッグをかけて行う耐久戦……でしょうか?」
「耐久戦というほど時間は取らない。五分だけだからな」
「とりあえず相手より先に旗を取って終わるまで守ってればいいの?」
「多分?」

ちょうど説明を終えた頃、チカとシザーが戻ってきた。チカの両手には、タイマーと街のシンボルマークである星模様が描かれた赤い旗が握られている。

「ラッキー達にもお願いしてきたからもう大丈夫だよ」
「よし!ディストにダチュラ、貴様達もいけるか?」
「「はーい」」

バーニーの後を追ってバトルフィールドへとやって来たディスト達。近くにラッキーとタブンネが医療班として待機している。フェザーもそちらでテストの様子を見ていることにした。
チカがタイマーをバーニーへ渡し持っていた旗を真ん中に立てると、言われた通りそれぞれ位置へ着く。

「制限時間は五分!最後に旗を持っていたチームの勝利だ!……先に言っておくが、ぎりぎりになるまで何もしない、というのはルール違反として失格になるからな」

その声にみな頷くと、開始の言葉と共にバーニーは片手を上げて、大きく振り翳した。

「それでは……スタート!」


ピッとタイマーの音がした瞬間、真っ先に旗の方へ駆け出していったのはディストとチカだった。速いのは……チカだ。もう少しで届くという距離まで来る。だが腕の長さを考えるとこちらが圧倒的に不利。そこまで理解していたチカは、自身の頭にある大顎を使って旗を奪い取ろうとした。

「……なっ!?」

だがそれは失敗に終わった。大顎に思い切りシャドーボールが命中してバランスを崩してしまったのだ。その隙にディストはひょいと旗を取って笑う。

「お先!」
「フン。それくらい想定内だよ」

そんなディストの傍から、追いついたシザーが不意打ちを仕掛ける。盾を持っている手とは逆方向……つまり旗の方から狙われたせいで、ディストはその攻撃を防ぐことができなかった。怯んでいる間に強引に旗を奪い去ったシザーは一旦距離を取ろうと後ずさる。「やべっ」と彼を追いかけようとするディストに対して、チカが邪魔するように接近していく。だがシザーはそこで気がついた。ダチュラが視界のどこにも見えないことに。

「それだけに気を取られちゃダメだよー」
「WOW!?まさかの頭上から!?」

上から錨を叩きつけてきたダチュラの攻撃を、シザーは間一髪で避ける。ドーンとすごい音が鳴り響いたが、バトルフィールドの床は大体の技に耐えられるように造られているため抉れるなんてことにはならなかった。それでも、アレに当たったらただじゃ済まねー!と草タイプの苦手なシザーは警戒心を深める。
幸い旗は今こちら側にある、なんとか死守しなければ。そしてこの状況に対して向こうがどう出てくるのか……それをバーニーへ見せるのがテストの目的だ。

「クソ……これじゃ攻撃できない」

一方ディストはというと、重いであろう大顎を物ともせず繰り出されるチカからの技を避けるだけで精一杯だった。ぶんぶんと頭部のそれをぶんまわしているにも関わらず、チカは目を回すことなく動き続けている。シザーの方へ行こうにもまず彼女をどうにかしなければ。

「……待てよ。今こそこれの使い所か?」

ディストは距離を取るために後ろへ下がった。もちろん向こうも追いかけてくるが、今は少しでも時間ができればいい。むしろギリギリな方が都合が良いだろう。
ディストはその隙を使っていつものブレードフォルムからシールドフォルムへとチェンジする。そしてチカの大顎が盾に当たろうとする直前、突然ディストの目の前にバリアのような物が現れた。

「……っ!」

勢いのまま盾に触れてしまったチカは衝撃でふらふらとバランスを崩した。その間を狙ってまた一瞬のうちにフォルムチェンジしたディストは、チカ目掛けて自身の刃を振り下ろす。思い切り剣の攻撃を受けたチカはその場に倒れ込んだ。

「……それ、ただの『守る』じゃないね?」
「その通り!今まで使う機会がなかったから忘れてたけどな!」

まだ体力は残っている、と言わんばかりに余裕そうな表情を見せながら立ち上がるチカ。近づいてくるディストから離れながら楽しそうな声色で彼に尋ねる。ディストはその問いに対して自慢げな顔をして答えながら、ちらっとダチュラの様子を窺った。旗はまだシザーの手にあるようだ。
仮に奪い返せたとして、ダチュラでは体の構造上旗を守って戦うことは難しいだろうことは理解している。だからこそシザーの相手はディストがしたいのだが、おそらくチカはそのことを察してこちらの邪魔をしてきているはずだ。

(……よし)

さっきのキングシールドのおかげでチカからの攻撃の威力が弱まっている。良いことを思いついたらしいディストは、チカの技を避けながら片手で霊力を溜め始めた。

「ちょこまかと動かれると面倒だな……」

ダチュラはシザーへ向かって錨を振り翳す。それを何回か続けてみるも、わかりやすい動きなせいか簡単にかわされるうえ、その隙をつかれてむしろ自分にダメージを受けてしまっていた。

「HEY!そんなもんかお前の本気は!?」
「まだ陸だと上手く動けないんだもん」

カチカチとハサミを鳴らしながら挑発的な言葉を口にするシザー。だがダチュラは特に気に留めずに他の策を考えていた。
そもそもあの旗を奪うのは手のないダチュラよりディストの方が適しているだろう。そうなるとまずこのディストvsチカ、ダチュラvsシザーとなっている状況をなんとか崩すしかない。だがこちらからあっち側に向かおうとすればシザーは邪魔してくる。
……そういえば、今もそうだがシザーがこちらに寄ってくるのはダチュラが彼に何かしようとしたときだけだ。それ以外ではこうして遠くから安い挑発をしながらじっと様子を見てくるだけ。
何かに使えないだろうか?とダチュラは思案する。そこで一つだけ思い浮かんだ可能性は、ダチュラだけではなくディストの協力が必要不可欠なものだった。
ふとディストの方を見てみる。するとそこには、同じようにこちらを見ているディストがいた。それに気づいた向こうが片手でグッとサムズアップするのを確認して、ダチュラはその一つだけの可能性に賭けてみることにした。

「なんかさっきから煽ってきてるけど、どれもこれもどっかで聞いたような言葉ばっかりだね」
「なんだなんだ!?オレに挑発は効かないゼ!?」
「それをわざわざ言うのは怪しいなぁ。それに君ぼくが動かないと何もしてこないし。それってルール的にいいの?」
「それは……どうだっけ?」

確かにそれじゃあ面白くないかも……という気持ちと、自分達が動きまくったらテストの意味がないのではないか?という考えが混ざってシザーは混乱していた。その瞬間だった。

「う゛っ!?」

そんなシザーの元へ、どこからかシャドーボールが放たれた。ダチュラとの会話に意識を向けたせいで警戒を怠っていた彼に、シャドーボールは思い切り命中する。
なるべくチカの視界に入らないように気をつけながら霊力を溜めていたディストは、チカとシザー共に油断してる隙を見て思い切りそれを放ったのだ。

「い、いつの間に……!」
「チャーンス!」

一時的ではあれ動きが鈍くなったシザーに向けて、ダチュラは錨を投げつけた。そして彼の全身に鎖を絡ませてぐるぐる巻きにする。

「ナイスダチュラ!」

思惑通り!としたり顔のディスト。
シザーはなんとか抜け出そうとダチュラにハサミで噛み付く。両手を使えばもう少しダメージを与えられるのに、とイライラしてきた──がその直後、ダチュラは彼の意図しない行動を起こした。

「えーい」
「えっ」

ダチュラはシザーを思い切り放り投げたのだ。拘束からは解放されたが、突然のことで頭が追いついてないシザーはそのまま宙を飛ぶ。テキトーに投げられたのかと思いきや、その先には──。

「……は!?」

シザーが自分に向かって落ちてきていることに気がついたチカは、慌ててその場から移動しようとした。

「自ら敵に寄ってくるとはな!」
「あ゛っ!?」

回り込んできたディストからの剣攻撃を避けることができず、チカは体勢を崩して倒れ込んだ。同時にシザーも床に叩きつけられる。彼のハサミの中からポロッと落ちた旗を急いでディストが拾い上げると、ピピーッと高い音がその場に鳴り響いた。

「そこまで!勝者、ディストとダチュラ!」

その声と共にみな脱力してその場にへたり込んだ。

「さて。肝心の結果だが……」

ディスト達に緊張感が走る。もったいぶるようなことはせず、バーニーは直球に告げた。

「合格だ!」



「みんな、お疲れ様」
「お疲れ!」
「wow……まさか投げられるとはなッ……」
「ごめんねシザー」

ひとまず体力を回復させるために医療班の元へやってきた四匹。ラッキーとタブンネから渡されたオボンの実を頬張りながらそれぞれ休憩していた。
初めの様子とは違ってショボショボしているシザーの頭を、ダチュラは謝りながら優しく藻でナデナデする。あれは予想外だったな、とディストとチカも横で語っていた。
そんな中フェザーは端でメモ帳らしきものに何か書き記している。気になったディストが木の実片手にフェザーへ近寄っていった。

「ふむふむ……」
「何してるんだ?」
「これですか?今のテストの様子を見てわかったディストさんとダチュラさんの戦い方をメモしているんです」
「わー面白そう!」

ダチュラが覗き込もうとすると「今はまだ見ちゃダメです!」と慌てて隠されてしまった。

そしてみな回復して落ち着いてきた頃。
チカとシザーは「他の仕事があるから」とラッキー達と一緒に行ってしまった。バトルした後なのに大変そうだなぁなんて思いながらディストは手を振り返していた。
残ったディスト、ダチュラ、フェザーは、バーニーと共に行きと同じ階段で上へと戻っていく。

「改めて、合格おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう!」
「ありがとー!」

素晴らしかった!と二匹を讃えるバーニー。彼の大袈裟なリアクションに「そこまで?」という困惑する気持ちはあったが、褒められて悪い気はしなかった。
当日についての説明を受けながら階段を登る。

「対戦ブロックは当日に伝える。ちなみに開始は十時だから遅刻しないようにな」
「「はーい」」

そうして市役所の出口まで見送ってくれたバーニーに別れを告げると、三匹は軽く会話を交わしながらバトル道場へと帰っていった。



時刻は八時半。九時になるまでは休んでいていいとのことで、ディストとダチュラは畳の床の上にだらんと寝転んでいた。

「結局フェザーからは何も言われなかったなー」
「本の話?うーん、やっぱりこっちから聞き出すしかないのかな」
「俺もな、なんか無理してるようならそうしようかと思ったんだけど……別にそんな感じじゃなさそうだし」
「むしろ水を差しちゃう?」
「どうだろう」

ディストはごろごろしながら今朝のことを考えていた。
だが結局、本ポケに訊くか、実際にあの本を見てみるか、もう気にしないことにするか、の三択しか思い浮かばない。

「ちょっと疲れたし時間まで寝てようかな。おやすみ……」
「わぁ。寝ちゃった」

まぁ今考えてもしょうがないか、とディストはそのまま目を瞑った。じーっとダチュラが見つめるも起きる様子はない。

「じゃあぼくも寝よ」

他に何か暇潰しできるものもないし、とそっと身体を床に寝かせると、ダチュラも眠ったのか動かなくなった。

結局、フェザーが起こしにくるまで二匹はすやすやと仲良く眠りに落ちていたのであった──。

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