【第029話】「無音」の追想 / テイル、ウィッグ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 GAIA、南西エリア、012号コテージ。
ウィッグとの激戦から一夜が明けた頃。

 今日も今日とて、チハヤの部屋の入口にはシグレとシラヌイが迎えに上がっていた。
「チハヤくん、おはようございます。」
「……あ?何だって?」
耳をすまし、聞き返すチハヤ。
寝ぼけているから……ではないようだ。
「お は よ う ご ざ い ま す ッ!!」
「あ……あぁ。悪いな……み、耳が……遠くて……。」
申し訳無さそうにするチハヤは、寝巻きを着替えつつ出発の身支度を整える。
「ははは、これじゃあまるでおじいちゃんだね。」
「もう、笑い事じゃないですよ……!」
数日前のウィッグとの戦いで激しい騒音を耳にして以来、チハヤは聴覚にかなりの支障を来していた。
これでもまだ会話が成立するだけマシになった方で、勝負の直後は一切の音が聞こえなかったという。
保健室のスズメいわく、「1週間もすれば元通りになる筈じゃ」とのことだが、失聴しなかっただけ奇跡だろう。
しばらくは補聴器つきの生活である。

「しかし凄いよねぇチハヤ。SNSでも大注目!って感じだよ。ほらこれ!」
そう言いつつ、シラヌイはスマホの画面へと目をやる。
実際、この養成プログラムを鑑賞している外部の人間、及びGAIAの学生らからも、彼は一目置かれる存在となっていた。
それ以前は散々、「甘い覚悟で挑みに来た落ちこぼれ」などと言われていたにも関わらず、手のひらを返したように評価は一変したのだ。
しかし……。
「………。」
「……あれ?シグレ?嬉しそうじゃないね。」
「……いえ。嬉しくないわけではないんです。ただ……どうも釈然としなくて。」
「……?」
そう。
シグレはずっと、この勝負の結果にどこか納得がいかない様子であった。

 確かに、チハヤは勝利していた。
しかし彼女は、あろうことかその瞬間を一切覚えていないのだ。
残っている記録映像も、全く覚えの無いもので……彼女は、それが腑に落ちなかったのだろう。
それに……
「(……あの時、何か変な夢を見ていた気がする。チハヤくんが、とんでもない事になっているような……。)」
シグレが表情を曇らせていた、ちょうどその時。

「……失礼。どいて。」
シラヌイとシグレの間に割り込むようにして、テイルがずかずかと入ってくる。
「ちょ……!」
そして彼ら2人の背中を押して、コテージの外へと追い出してしまう。
そのままパタン、と力強く扉を閉じたのであった。

「ちょっと……何するんですか!開けて下さい!ちょっとーーーーっ!」
シグレが何度も扉を叩くが、そんなことはお構いなしにテイルは室内へ入ってくる。
そしてチハヤに嫌でも聞こえるように……と、彼の眼前まで迫ったのであった。
「な、なんだよ……!?」
「……あなた、昨日の試合の最後。何があったか覚えている?」
昨日の試合の最後……とは、言うまでもなくアレを指していた。

 そう、禍々しい巨大な『尻尾』のことである。
誰もコレを見たことを覚えては居ない……が、テイルは例外のようだ。
そして彼女は、この存在の知覚をチハヤに確認したのである。

「……いや、覚えてねぇ。なんか、もうダメだーーーって思ってたら、いつの間にか解崩器ブレイカーを握ってて……んで、あとは……わからない。」
「……そう。」
ただ冷たく、テイルはそう返すのみだった。
「な、なにか知ってるのか?」
そう問い詰めてくるチハヤから、テイルは少しばかり目を逸らす。
そして数秒の間を置いた後に、彼の方へ向き直って答える。

「……あなたは、境界解崩ボーダーブレイクに覚醒した。自分では制御できてないんだろうけどね。」
「え……マジで!?でも、俺解崩器ブレイカーにカセットなんか挿して無いし、上半球のボタンも一切触ってねぇぞ!?」
チハヤの言う通り。
境界解崩ボーダーブレイクを起動するには、タイプを指定するカセットを挿し、カテゴリーを指定するボタンを押す必要がある。
その過程を踏んでいない……ということは、必然的に境界解崩ボーダーブレイクは発動しない。
……筈なのだ。
でも、テイルはこれを境界解崩ボーダーブレイクだと主張する。

「……そういうタイプの境界解崩ボーダーブレイクも、無いわけじゃないと思う。誰の記憶にも残らない・・・・・・・・・・副次効果があっても、何ら不思議じゃないでしょう?」
「うーーーん……そんなもんか………。」
「……でも、良かったね。境界解崩ボーダーブレイクが使えれば、戦いは一気に有利になる。」
祝辞を述べるテイルであったが……その表情は相変わらず笑っていない。
感情表現が苦手なだけなのか、本心からの言葉じゃないのか。
その是非は、誰にもわからない。

「……今後はこれを《召サレ揺ラグ春ノ尾獣スプリング・オブ・ディザスター》と呼ぶことにする。口上とかは揃えておいたほうが良いでしょう?」
「な……なかなか物騒な名前だな。」
テイルによって、チハヤの力には 《召サレ揺ラグ春ノ尾獣スプリング・オブ・ディザスター》の名前が与えられることになった。
言葉のなかに含まれる『ディザスター(Disaster)』は、『最悪の事態』を意味する仰々しい単語だ。
どういう意図か、テイルはその名を……あの『尻尾』に与えたのである。

「な、なぁテイル。その……す、すぷ……」
「……《召サレ揺ラグ春ノ尾獣スプリング・オブ・ディザスター》。」
「そうそうそれそれ……その力ってさ……」
チハヤは少しばかり間を置く。
呼吸をひとつ挟み、そして……テイルに問いかける。

「……この力は、本当に使っていいもの・・・・・・・・・・なのか?」
それは、彼の最も気になっていた事である。
あの力に対して制御が効いてない事は、なんとなくチハヤ自身も実感していた。
彼本人の身体にも、少なからず負担は行っていたのだ。
だが、彼が気にしているのはそんなことではない。

「俺、はっきりとは覚えてねぇんだけどさ。なんとなく、みんな嫌な顔をしていた記憶があるんだ。辛そうな、悲しそうな……そんな思いをさせて、傷つけてたような気がするんだよ。」
「……気のせいでしょ。第一、さっき記憶がないって言ってたじゃない。」
「そうだけどさ……!でも……。」
僅かにうつむき、口ごもるチハヤ。
そんな彼の頬を、テイルは両手でぐいと掴む。
壁に押さえつける形で、彼の目をじっと見つめ……

「ちょっ……!?」
そして更に間近にずいと迫り、チハヤに言い聞かせる。
「……迷わないで。あなたが負けたら、10年後には人類は全滅する。これは、未来を救うための戦いだってことを、忘れちゃいけない。」
「ッ……。」
テイルに迫られて、チハヤは思い出す。
忘れていた訳では無いが、再度彼は自覚する。
人類の運命が……彼の双肩にのしかかっているということを。
「……人類を救うため・・・・・・・の力を使うことが、間違っている筈がない・・・・・・・・・・の。だから、迷わないで。」
「お、おう……。」
固唾を飲み、返事をするチハヤ。

 まだ迷いが振り切れたわけではない。
それでも、テイルの言う事は間違っていないのだ。
自分の中の違和に、踏ん切りをつけなくてはいけないタイミングが、いつかは訪れる……
覚悟の意志は、果たして何時になれば完成するのだろうか。

 ちょうどその時。
ガラガラと、コテージのガラス窓が開く。
「ちょっとーーーーッ!!早くしないと次の便に間に合いませんよッ!!」
いつまでも出てこないチハヤらを心配したシグレが、外から覗き込むようにして呼びかけてきたのだ。
が……タイミングは最悪。
彼女の目に飛び込んできたのは、顔を接触間近まで近づけているチハヤとテイルの姿であった。
瞬間、シグレの瞳から光が消えていく。

「あ……えっとその………」
「チ・ハ・ヤ・くーーーん………?」
「ま、待て誤解だ誤解ッ!!話せば分かるーーーーーーーッ!!」



 ーーーーーそこから数日後。
GAIA西エリア、図書館。
その最上階の壁際の机……最も人通りが少ない場所にて、蒼穹フェア迷霧フォッグが向かい合っていた。
「一応、頼まれていたウィッグ先生の資料は集めておいたぞ。」
そう言いつつ、彼女は様々な書類が挟まったクリアファイルを迷霧フォッグに提示する。
その資料の束へスピーディーに目を通しながら彼は蒼穹フェアと会話を続けた。

「……随分と詳細に調べてくれたんすね。」
「無論だ。私の調査に抜かりはない。」
「いや、そういう事言ってるんじゃないんスよ。ウィッグ先生周りの情報がこんだけポンポン出てくるってことは、間違いなく……彼に近い知人に接触している。」
「……何が言いたい?」
尋ねる蒼穹フェアへ、視線を向けずに迷霧フォッグは返答する。

黄昏トワイライトに聞き込みをしましたよね、これ。まさか、アンタが直接……?」
普段から彼女が忌避している黄昏トワイライトの痕跡があることから、迷霧フォッグは違和感を覚えたようだ。
「そんなわけあるか。少しばかり後輩・・に手伝わせただけだ。」
しかし蒼穹フェアは食い気味に、迷霧フォッグの言葉を否定する。
やはり黄昏トワイライトの名は、黒衣の中でも煙たがられ気味にあるようだ。
「……あぁ、どーりで。」
納得をした迷霧フォッグは、更に資料を読み進めていく。
そこに……彼の求めているものがあると信じ、ひとりの男の経歴を辿りはじめたのだ。




 ーーーーー遡ること、実に20年以上前。
ガラルのお隣にあるとされるイジョウナ地方……という場所の、タントシティという街。
此処は音楽や絵画などの芸術文化が発展した市街であり、人々もそういったものに造詣が深い傾向にある。

 そんな場所にて、20代半ばの青年は今日も中古のアコースティックギターを片手に、個性的な歌声を響かせる。
彼の名はウィッグ・イヤーズ。
プロを目指す、しがないシンガーソングライターだ。
名のある音楽大学を出て、教員免許と共に教鞭を取っていた。
が、それでも憧れを捨てきれなかった彼は、仕事をやめて短身でこの街へと乗り込んできた。

 彼の音楽センスは、端的に言えば悪くなかった。
否、寧ろ演奏技術も歌唱力も、ひいては作詞作曲のクオリティも人並み以上にはあったと思われる。

 ……が、しかし。
そんな彼の音楽は、見向きもされない。
誰一人として立ち止まることはないし、その声に興味を抱くことはない。

 ……そうだ。
確かに彼の音楽は悪くない。
でも、その程度・・・・の才能の持ち主なら、あちらこちらに居たのだ。
そんな有象無象の間にある違いといえば、せいぜい運の良し悪し・・・・・・程度だろう。
同じような音、同じような言葉……その中で注目されるか否か。
それだけの違いしか無い。
残念ながらウィッグは、ついぞ後者のままであった。

 その事実は、時間が経過するにつれてウィッグ本人も察し始めていた。
要は音楽なんて、誰のものでもいい・・・・・・・・体を成していれば何でもいい・・・・・・・・・・・・・……と。
そして自分は、「何でもいい・・・・・にすらなれてない・・・・・・・・と。

 自分がこのままここにいても、スター街道に脚を踏み込むことは出来ない……そう気づき始めた彼は、心が折れる。
情熱の中で曲を奏で続けていた彼も、数年して遂に夢を諦めた。

 ちょうどその頃、タントシティに新しい音楽事務所が立ち上がった。
『レザーミュージック』と呼ばれる、レディースアーティストを中心にした事務所らしい。
その事務所が求人を出していたので、ウィッグはダメ元で選考を受けた。
しかし意外にも、彼はそのまま採用。
作曲者として登用され、多くの楽曲を生み出していくことになった。

 その作風も、曲調も、特に奇をてらうような事はしなかった。
ずっとシンガーソングライター志望だった彼の、今まで通り・・・・・の作風だった。
箸にも棒にも掛からなかったはずの曲を、ずっと手癖に従って作り続けていた。
が……事務所の熱烈な売り込みもあってか、彼の生み出した曲を歌う歌手らは、皆大きな成功を収めていった。

 ウィッグはその事が、どうにも腑に落ちなかった。
全く同じはずの音楽が、ガワを変えただけでここまで評価が変わる事。
その事実は、ずっと彼の中に得も言われぬ蟠りを残し続けた。
でも、それでも。
まだ『音楽が好き』という気持ちは残っていた。
きっとそうだと信じたい。

 しかし……そんな気持ちすら、彼の中からは徐々に摩耗していくことになる。


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