【第028話】『尻尾』の嘲笑 / チハヤ(果たし合い、vsウィッグ)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

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・3on3のシングルバトル。学生のみ交換可。
・特殊介入(メガシンカ、Zワザ、ダイマックス、テラスタル)は計1回まで。
・境界解崩は計2回まで。
・先に手持ちポケモンが3匹戦闘不能になった方の負け。

□対戦相手:ウィッグ
✕コロトック
✕ベラカス
◎カイロス(Used.M)

□学生:チハヤ
◎シキジカ
✕パピモッチ(Used.X)
✕パモ

※備考……チハヤ側は万策尽きた。後は敗北を待つのみである。
 ……終わった。
この状況を見て、誰もがそう思った。

 シキジカの全霊の一撃はメガカイロスに一歩届かず、天井に灯っていた太陽は陰りを見せる。
加えて相手の武装は《無衰ノ共鳴リゾナンサ・イナヴスタヴィラ》も《荒サブ嵐ノ巨鎧神ブロウメイル・クレッシェンド》もフルで展開されている状態。
この状況からチハヤが勝てる手立てなど、一つたりとも存在しない。
素人でも玄人でも、一目瞭然の事実であった。

「(あ……ま、負け………)」
突風から投げ出され、耳には膨大な騒音が流れ……既にチハヤの意識は正気を保つことが出来なくなっていた。
出来るのは、地に伏し、虚ろな目で風の巨人を見上げ……ぼやけていく視界の中で、敗北の苦汁を噛みしめる事のみである。

「(……これで決着か。さっさとケリを付けるザマス。)」
ウィッグはその手で、この壮絶な戦いに幕を下ろそうとしている。
すかさずハンドサインにて、カイロスにトドメの一撃を指示する。
「がぎゃぎゃーーーーーーーーーッ!!!」
装填されるのは、ハサミの形を成した風。
遠隔の『ハサミギロチン』にて、シキジカを葬り去るつもりのようだ。

「あ……あぁっ………!!」
遂にこの勝負は、終わりを告げる……







 ……と思われた、その間際であった。
チハヤが起き上がったのは。
「あ……あぁっ………!!」
否……『起き上がった』という言い方は正しくないかもしれない。

 起こされた・・・・・のだ。
本来の人間にはあり得ない方向へと身体中の関節が歪み、瞬く間に直立状態へと移行する。
何者かに糸で手繰り寄せられるかのように、強制的にチハヤは起き上がらされたのである。
「ち……チハヤくん……!?」
「めるるッ……!?」
シグレは……否、それを見ていた者は皆、そのチハヤの様子を見て戦慄する。
「(なっ……何が起こってるザマスかッ……!?)」

 眼球は黒く染まり、顔の一部には紫色の金属片のようなものが浮かび上がっている。
「あ゛……あ゛ああ゛ッ………!」
その形相は、人のものではない。
まるで怪物のような……狂気的で不可解で。
『恐ろしい』と、ソレを見た万人が共通して同じ心を抱く。
普段の陽気なチハヤの面影は、そこにはない。

 更にチハヤは……ぎこちない動きで、腰元に携えた解崩器ブレイカーに手を伸ばす。
Type-カセットを未だ挿入していないにも関わらず……だ。
「あ、あれは……境界解崩ボーダーブレイク……!?」
「そんな筈がない……チハヤは境界解崩ボーダーブレイクが使えないはずだよ!」
そう叫んだシラヌイはふと、隣に座っていたテイルの方へと視線を移す。

「………。」
「(なっ……)」
飛び込んできた表情は『無』。
彼女はただただ、まっすぐと……眼の前で起こっている事象に目をやっていた。

 やがてチハヤの携えた解崩器ブレイカーは、無限の騒音の中で密かに電子音声を鳴らす。

『Type - D……Error……ERR……eRroooRo……Error……erROr……Cate…G……CatEgorRrrrrrr………』
が、ソレはもう、意味のある音声ではなくなっている。
ただの奇怪な音波でしか無い。
しかしカセットインもカテゴライズも無いまま、間もなくソレ・・は起動した。










 ……しーん。











 ……と、静寂が会場を包む。
先程まであれだけの騒音に包まれていたフィールドは、一気にしんと静まり返る。
誰かの呼吸音すら響かぬほど、完全な『無音』がこの体育館一体に広がった。
その無音の中で、ウィッグの築き上げた《無衰ノ共鳴リゾナンサ・イナヴスタヴィラ》が姿を消していく。
昆虫の翅が腐り落ちるかのように、ボロボロと、はらはらと散っていく。
間もなく、ドーム状にフィールドを包んでいた翅は完全に消え……


 そこには、未知の物体があった。
細長く、大きく、禍々しい……物体。
『物体』と言うには、あまりにも脈動感がある。
だがそれを『生物』と定義することにも、多くの人は違和を唱えたくなるだろう。
しかしこれを敢えて何かに例えるのであれば……


 『尻尾』


 と表現するのが正しいだろうか。
トカゲのような、ヘビのような……鈍く光る鱗に覆われた、濃桃色の尻尾。
所々、ハート型に似た模様が刻まれた、長い尻尾。
巨大なその『尻尾』は、フィールドを覆い尽くすように横たわる。
歪んだ地表からそれは姿を見せ、先端をうねらせるように動かしている。

 そこに顔や目があるわけではない。
だがそれでも、人々は感じていた。

 間違いなく……この『尻尾』は嘲笑っている・・・・・・と。
矮小な存在たる人類を、その目で果てしなく嘲笑している……と。

「(あ……あれ……は………)」
誰もが、その『尻尾』を見て同じ不快感を抱いた。
一秒たりとも、あの禍々しい『尻尾』と同じ場所に居たくない……と。
もし少しでもこの空間の空気を吸い込めば、すぐに死してしまうのではないか……と。
本能的な嫌悪感が直に逆撫でされ、起こりもしない最悪な事実を想起してしまう。


 ……特に効果を受けていたのは、フィールドにて間近にソレ・・を見ているウィッグだった。
「(あ……あ………)」
彼の抱いていた感情は、恐怖……憎悪……苦痛……
否、それら全てだ。
まるで捕食される寸前の獲物のように、彼はその場で固まってしまっていた。
彼の脳内を、直接誰かの指が介入してくるかのような不快感が襲う。
聞こえないはず・・・・・・・の音が、ウィッグの意識へと直接語りかけてくる。

『最低だよ!!どうせ最初から、アタシを使い捨てるつもりだったんだッ!!』
『ウィッグ……あぁ、そんな奴も居た気がするな。』
「(やめろ……やめるザマス……!!)」

 果てしない「無音」の中で、『尻尾』の先端は怯える彼を見下すかのように揺れている。

「(嫌だ……嫌だ嫌だ……またあんな思い・・・・・をするなんて……嫌だ………!!)」

 膨大な不快感はウィッグの許容量を越え、遂に彼は頭を抱えてその場に座り込んだ。
ウィッグが膝をついたのを確認した『尻尾』は、間もなくとぐろを撒き始める。
そのついでと言わんばかりに、あたふたと慌てているシキジカを掬い上げた。
「め……めるる……!?」

 そして中央に鎮座していた《荒サブ嵐ノ巨鎧神ブロウメイル・クレッシェンド》を……


 ……ぐしゃり。


 と締め潰した。
メガカイロスを覆っていた風はぴたりと止み、ぐしゃり……ぐしゃり……と、締め潰されていく。
「が……がぎゃッ……!!」
このままでは危険だ……と感じたカイロスは、風の鎧を脱ぎ捨てて上空へと退避していく。
……が、それを『尻尾』は逃さない。

 瞬く間に『尻尾』の先端が、カイロスを上から地面へとはたき落とす。
「ぎゃっ……!!」
そして執拗に……何度も何度も、裸同然になった彼をタコ殴りにしたのである。
「が……ぎゃっ………!!」
既に数十発……どう見ても、勝負はついている。
明らかなオーバーキルだ。

 早く止めなければ、事態は一刻を争う。
「(はやく止めないとマズいッ……チハヤ……チハヤは……!?)」

 シラヌイは不快感をこらえつつ、フィールドの端へと目をやる。
意識が薄れ始めた中で、ぼんやりと彼の視界に映ったチハヤはというと……。

「は……はははっ……はははっ……!!」
「(わ……笑ってる……のか……!?)」
……そう、あろうことか笑っていた。
まるで表情筋を何者かに引っ張られているかのような、不自然で機械的な表情で。
彼は狂気的な笑みを浮かべ、カイロスが蹂躙されるのを眺めていたのである。
「はははっ……はーーーーーーーーーっはっはっはっ、ははははははッ!!」
顔中の金属片も、より一層広がりを見せている。
彼には、この『尻尾』が制御できていないようだ。

「め……めるるるっ……!!」
『尻尾』に巻き取られたシキジカが、必死に攻撃の中止を訴える。
これ以上は命の問題だ……と、懸命に静止させようとする。
が、答えない。
本来の境界解崩ボーダーブレイクであれば、ポケモン側にも大幅な主導権が握られている。
……が、この『尻尾』はシキジカの操作を一切受け付けていないのだ。


「(……流石に不味いかな。コレ以上は。)」


 次の瞬間、体育館の2階席からテイルが身を乗り出す。
そしてそのまま、ジャンプと共にフィールドへと飛び降りたのである。
「(て、テイル先生……!?)」
驚いて後を追うように見下ろしたシグレ。
しかしその目には、テイルの姿はなかった。

 代わりにそこに居たのは、亀のような姿をした桃色のポケモン。
「(あれは……ラブトロス……?)」
ラブトロスはフィールドを飛び交い、暴走を続ける『尻尾』に何度も攻撃を加える。
そして動きが鈍った隙に、無理やりカイロスから引き剥がすようにして持ち上げた。
『……悪いけど、もうおしまい。貴方の役目は終わりだよ。』
やがてそれを投げ飛ばすようにして、壁際まで押し付ける。
テイルによって強制的に動きを止められた『尻尾』は、暫くの間バタバタとのたうち回る。
……が、間もなく、その姿を消した。






「……あ、あれ?私は一体何を……?」
「……?僕は……寝ていたのか……?」
『尻尾』が消えたことで、意識が明白になってきた観客たち。
先程まで何をしていたのか、何が起こっていたのか……彼らには何も思い出せなかった。
あんなにも禍々しいものを見た後だというのに、そんなことすらケロッと忘れていたのである。

 ただ、唯一わかること。

 それは、眼の前のフィールドにて、チハヤとウィッグの両名が失神していたということ。
そしてカイロスが倒れ、シキジカが直立しているということ。

 つまり、この勝負の結果は……

「ち、チハヤくんが……勝った……?」
「う、うん……信じられないけど……チハヤの勝ちだ……!!」
最初はぽかんとしていた会場であったが、徐々にその事実を受け入れはじめた観客たちは次々に歓声を上げる。
「ち、チハヤが勝ったーーーーーーーッ!!」
「すげぇ……アイツ、マジでやりやがったぞ!!」
そう……チハヤは勝ったのだ。
過程はどうあれ、この果たし合いプレイオフにて勝利を収めたのである。

「チハヤが勝った……だと……!?」
眼の前で起こったことに、長雨レインは驚愕する。
まさか彼が勝利するなど、夢にも思っていなかったからだ。
しかし隣の迷霧フォッグは、どうにもそれどころじゃないらしい。
「……驚いてる場合じゃないっすよ、長雨レインさん。この違和感……頭の中から何かが抜け落ちているような違和感……これは……一度目じゃねぇ……!!」
「な、何……!?」
彼は気づいていた。
自分の記憶に、何かしらの不整合が起こっていることに。
そして迷霧フォッグは、自分の腕に握られている紙切れに目をやる。
手汗でインクが滲んでいる……が、そこには何かしらの文字が書き殴られている。
「(やっぱりッ………!!)」
それを見て、何かを確信したようだ。

「……一旦、蒼穹フェアの所に行ってくるっす。用事ができた。」
そう言い残すと、長雨レインの返事を待たぬまま彼はどこかへと去っていった。
「(……わからない。が……原因は間違いなく……あの男ッ……!!)」
長雨レインはフィールド端から担架に載せられていくチハヤを見て、ひとり戦々恐々としていた。


「あーあ……ウィッグせんせー、負けちゃったー……」
一方で別の場所では、黄昏トワイライトが口を尖らせて残念そうにしている。
「……何だよ。テメェ、口で言う割には驚いてなさそうだな。」
しかしその白々しい様子に、いち早くイロハがツッコミを入れる。
「あはは、まーね☆なんとなくわかってたからさー☆」
「……どういうことだよ。」
「だってウィッグせんせー、あの境界解崩ボーダーブレイクを使っている時は楽しそうじゃないもん☆そーゆーの、良くないと思う!!」
「(……いや、マジでどういうことだ?)」
やはり独特の歓声で喋る彼女。
しかしそれでも、この勝負の結果は彼女としては驚くべきものではなかったようだ。

 さて、そんなこんなで多くの学生や職員らが勝負の結果について語らう中。
それを最後列の入口付近から眺める者が2名ほど。
アロハシャツの男性と、メイド服の女性……
聖戦企業連合ジハードカーテルのマツリとリベルだ。
「ふーむ、どうかねリベル君。この勝負の結果、君はどう見る?」
「どう見るも何も。何も覚えてないに決まってる・・・・・・・・・・・・・だろう。」
「ははは!そうだったな、これは失敬!!」
そう高らかに笑いながら、彼らは共に体育館から退散していく。
「まぁ……そもそも結果については聞くまでも無かったかな。」
「無論だ。こんなもの、容易に想像できる結末だからな。」
「その通りだ!しかし素晴らしい!が予定通りに芽を出したのだからな!!」
マツリの言う『奴』が何か……それは恐らく、このふたりにしか分からない。
一体彼らは、何を隠しているというのか。



 ーーーーーその後日、この大どんでん返しはGAIA中……否、世界中で話題になった。
何の前歴もないトレーナーが、時期尚早な果たし合いプレイオフ試験官プロクターを負かした事についてもそうだが、最も注目するべき事実は別にある。
なんとこのチハヤ・カミシロという男は特別な力なし・・・・・・でウィッグを打ち負かした……とされているのだ。
境界解崩ボーダーブレイクすら使わずに白星を掴み取った彼は、GAIAにて一時期時の人となるレベルで取り沙汰された。
奇っ怪なことに、その勝負がどのような結末を迎えたのかについては誰も覚えていない。
だが、映像記録では……チハヤはシキジカの奇跡的な立ち回りで、カイロスを撃破していたのだ。
誰もピンときてはいないものの、記録として残っている以上はこれを事実と認めざるをえないのだ。

 ウィッグについてはその後数日間ほど寝込んでうわ言を言っていたようだが、起きたときには何が起こっていたかをすべて忘れていたらしい。
否……思い出させないほうが彼のためかもしれない。

「……って感じなんすけど。あれから何かわかりましたかね?」
そう問いかけるのは、GAIA西エリアにある図書館の端にある椅子へ鎮座する迷霧フォッグ
その向かいに座っていたのは、クリアファイルを携えた蒼穹フェアである。
「あぁ、一応調べてみた。」
そうして彼女は、そのファイルから順に資料を取り出していく。

 ……そこには「ウィッグ・イヤーズ」の名前。
そしてその委細な経歴が記されていた。
[ポケモンファイル]
☆カイロス(♂)
☆親:ウィッグ
☆詳細:ウィッグの切り札ポケモン。彼はこのポケモンを育てたノウハウから、むしポケモン使いになったらしい。昔、ハサミで平均台ごっこをされたので、黄昏は苦手。

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