第115話 奇跡

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 青色の“せいなるほのお”はしばらくの間リザードンとギラティナを囲ったままであった。外周からは中の様子が一切わからないため、取り残された者達は歯がゆい気持ちでじっとしている他なかった。
 ルカリオは何度か“はどうだん”で突破口を開けないかと試みたが、桁外れに威力が違ったからか、炎に吸収されて穴すら開かなかった。

「リザードン! 大丈夫か!?」

 大声で呼びかけるが、返事はない。この時、声が耳に届いたディアルガとパルキアが意識を取り戻す。状況を理解できているホウオウだけが、リザードンとギラティナが『心』で対峙していると教えてくれた。

「“せいなるほのお”、其れは相手を火傷状態にせん威力ありし攻撃のみならず、精神世界へ干渉し、『語らい』をせんとす」

 語らい、つまり会話である。炎の中で彼らは会話をしているのだとホウオウは説明する。もちろん、どんな会話が繰り広げられているかは誰も知らない。


 しばらくして、炎の勢いが弱まってきた。うっすらと2体の影が炎の中から見え隠れしている。必死でルカリオは目を凝らしてリザードンの影を探すが、見当たらない。
 そして徐々に影の正体がはっきりしてくると、その場にいた者達は驚愕する。そこにあったのは、倒れているリザードンと、それを見下すかのような表情で出で立っているギラティナであった。

「リザードン!」

 倒れているリザードンにいち早くルカリオが駆けつける。生死を確認するが息をしているため、どうやら気を失っているだけのようだ。少し安堵したからか、不意に口から息が漏れる。

「おいギラティナ、こいつに何しやがった?」

 パルキアが半分キレ気味に問いかける。答え次第ではすぐさま攻撃する体勢を取ったが、ギラティナから返ってきた答えは逆にそれを崩すものであった。

「案ずる事なかれ。未だ『心』より戻りし時を過ごすのみ」

 ギラティナ曰く、ただ単に『心』から戻るのに時間差があるだけだということだ。特に危害を加えたりはしていないと付け加えると、神族達も一安心する。

「……汝ら、我が言を聞かなむ」

 タイミングを見計らってか、ギラティナが話を聞いてほしいという。みんながふと顔を上げるとギラティナの表情がこれまでと大きく異なり、強張っていた。
 すぐに、緊張しているようだというのは感じる取ることが出来た。その緊張が何に由来するものかが想像できず、こんな経験のない神族達はかえって焦ってしまっている。

「我が振る舞い、許せとは言わぬ。罪深き所業と覚えしものとなりけり。だが、我は――」

 ここで、言葉が詰まってしまう。先程ヒトカゲの目の前で言ったようにはいかなかった。言葉にストッパーをかけているであろう感情を押し殺そうとするが、うまくいかず沈黙が続いてしまう。

「大丈夫か?」

 無意識に苦しそうな表情を浮かべていたようで、ルギアが心配になり声を掛ける。ギラティナは少し落ち着きを取り戻し、つっかえた喉に隙間が出た瞬間を狙い、一気に続きを言い放った。

「我は汝らと……共にあらんことを願う。その、その術を講ずる助けを、共に……」

 あとちょっとのところで再び言葉を詰まらせてしまった。言い切るまでには先程よりも感情を殺さねばならないと焦りつつあったが、その必要はなかった。

「その言葉、私達はずっと待ちわびていた……」

 ディアルガのその言葉に、ルギアやパルキア、ホウオウがゆっくりと首を縦に振った。それまで焦っていたギラティナがそれを目にし、思わず息を止めるほど驚いている。

「汝、漸(ようや)く、己の意志を示せんとした言葉、しかと受け取った」
「時間かかってもいい、また一緒にやっていこう」
「よーやく素直になったな。探すか、一緒にいれる方法をよ」

 ギラティナはゆっくりと、ディアルガ、ホウオウ、ルギア、そしてパルキアと目線を移していく。彼らの表情を窺うように見るが、全員口角を上げていた。言わずもがな、優しい微笑みだ。
 安心したのか、それまで心をきつく縛っていたものが一気に切れて溢れ出そうとしている。言葉や感情を経由せずに、真っ先に外に溢れ出ていった――涙となって。

「うまくいったようだね!」

 ふと、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには意識を取り戻したリザードンが立っていた。状況を察しているからか、彼もまた笑顔で神族達を見ていた。

「みんながギラティナに嘘ついているように見える?」
「否。我が思し為しが過ち也」

 これまで意図的に遠ざけてきた『家族』がすんなり受け入れてくれるのに少し戸惑いのようなものを感じたが、決して嘘偽りではないことを理解していた。
 ギラティナの中で、『家族』が本当に自分を心配してくれていたこと、一緒にこの問題を解決する方法を探してくれようとしていることがわかり、安心という感情が広がっていく。

「お疲れさん。やっぱすげぇな、お前は」
「そんなことないよ。ルカリオもありがとね」

 ひとまず、神族同士のわだかまりが解消されたことを喜び、リザードンとルカリオは互いに拳のぶつけ合いをした。おおよその役目は終わったと。

「あっ、でも現界がまだ……」
「心配すんな。まだ俺らで修復可能な範囲だ」

 現界の崩壊については、パルキアが以前リザードン達に伝えたように「時間軸操作による空間との干渉で引き起こされる歪み」が原因のため、ディアルガとパルキアの両名で対応可能だとのことだ。

「とりあえず、ここに篭っている理由もなかろう。一旦“国”へ戻ろう」

 ルギアの提案に乗り、一同は互いの傷を回復させ合い、落ち着いたところで冥界から出ることにした。


 一方の“国”で、メンバー達はヒトカゲがリザードンに進化した直後くらいに再び大量のポケモンに襲われ、戦闘を続けていた。特訓の成果もあってか全員持久力が付き、技の威力が衰えない。

「うらあっ! “ハイドロカノン”!」
「にしてもゾンビ多すぎだろ!」

 数が数だけに、無駄な時間だけが過ぎていく。これを根本から解決するには、ギラティナが倒れるか、あるいは術を解くかの2択しかない。つまり自分達だけでは食い止めるのが精一杯なのだ。
 それでも、冥界ではきっと壮絶な戦いが繰り広げられているはずと思うと、奪われそうになる気力を戻すことが出来た。メンバー同士で声を掛け合って、士気を高めていった。

「頑張れ! 今だって、冥界でリザードンが懸命に戦って……」
「もう終わったよ」

 メンバーの耳に、よく理解できない言葉が入ってきた。何かの聞き間違いだろうかと思いながら声が聞こえた方を振り向くと、そこにいたのはリザードン――だけでなく、神族も全員揃っていた。

『え、ええっ!? 何!?』

 メンバーは目の前の光景と襲いかかってくるポケモン達の両方のせいでパニックになった。ゼニガメは思考停止し、ドダイトスは神族の方向へ“ハードプラント”を放ち、ラティアスは“りゅうせいぐん”の雨を降らせた。

「……これはしたり、術解きを忘れた」

 ぼそっと、隣にいたパルキアにしか聞こえないくらいの声量でギラティナは呟いた。操りの術を解こうとしたが、パルキアに「おもしれーからちょっと見てようぜ」と言われ、素直に従った。



「無事で本当によかった!」
「そして体も元に戻ってな!」

 術が解け、襲いかかってきたポケモン達は何事もなかったかのように自分達の家へと帰って行った。一切攻撃を受けることがなくなったメンバー一同は戦いが全て終わったことを喜んだ。

「……あのー、俺への労いは?」

 当然ではあるが、みんなの興味は進化したリザードンのもとへと集中し、彼と共に第一線で活躍したルカリオには見向きもしなかった。諦めか、悲しみか、彼の溜息は大きいものだった。

「ドンマイ、少年」

 すかさず、アーマルドが情けをかけてきたことに腹が立ったのか、ルカリオは昇竜拳さながらのパンチを彼にお見舞いする。まだまだ元気なようだ。

「皆、神族の事情に巻き込んで本当にすまなかった。だが――ありがとう」

 一旦全員が落ち着いたところで、ルギアがお礼の言葉を述べる。
 今思い返せば、今回の旅のきっかけはルギアの「ホウオウを捜してほしい」という依頼からだった。手がかりを入手しつつ進んだ先にあったのは、神族の悲しい過去であった。
 神族でもどうしようも出来ずに救えなかったものが、ここにいる、まさに十人十色の精鋭達によって救われた。言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいだ。

「よかったね。結果、僕も元のリザードンに戻れて、一気に目的達成しちゃったしね」

 リザードンもディアルガの力で久々に元の姿に戻り、嬉しい顔つきをしている。ただあまりにヒトカゲの期間が長かったからか、まだ完全には感覚がつかめておらず、じっとしてられないようだ。

「さー、これからどうすっか。現界と冥界の修復もそうだけど、ギラティナが現界に行けるようにしねーと……」

 一緒に考えるとは言ったものの、これまで道筋が立てられずにずっと悩んできただけに相当参っているのが現状だ。首を傾げながら考えあぐねている。
 最終手段として、創造の神・アルセウスに直談判するかも検討しなければならないかと思っていた時、ある声が全員の耳に入ってきた。

「少し、私の話を聞いてみる気はないかい?」

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