第114話 想い

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 “はかいこうせん”はすぐに止められ、その隙に青色の“せいなるほのお”は瞬く間にギラティナとリザードンを取り囲み、炎の中には2人きりになっている。

『リザードン!』

 ルカリオ達が呼びかけるが、返事がない。早く助けに行かないと、と飛び出そうとするが、ホウオウに止められる。なぜ止めるのかと尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「彼らは、今まさに戦いの最中也」




 ――明るい。青色の、世界。

 誰もいない、何もない、そしてここは冥界とは違う、どこか。

 ギラティナは不思議な空間にいた。先程まで神族達と戦っていたはず、そう思いながら辺りを見ても、その情景はどこにもない。ただただ青く、まるで無限に続く湖の上にいるような光景が広がっている。
 音もなく、まるで初めて冥界に閉じこもった時を彷彿される場所であった。夢でも見ているのだろうかと思った時、ギラティナの背後から気配を感じた。

「僕だよ」

 振り向くと、そこにいたのはヒトカゲだった。どういうわけか、リザードンの姿ではなく、退化した後のヒトカゲの姿で現れたのだ。

「ここは何処ぞ?」

 此奴の仕業かと半分ため息が混じったような言い方で問いかける。それに対し、少々困ったような顔つきをしながら、半笑いでヒトカゲは答えた。

「“せいなるほのお”を通じて、『心』に入ったんだとは思うんだけど……うーん、僕もよくわかってないな」

 ヒトカゲ曰く、どうやら今2人がいるのは精神世界のようなもので、ここはギラティナの『心』らしいということがわかった。
 だからであるか、冥界と近しい感じがしてならないようで、どことなく寂しさがこみあげてくる。しかし冥界と異なり明るいため、大分抑えられている。

「我が内に入りて、汝、何するものぞ」

 心に入ったところで、何も出来やしないとギラティナは言い放ち、“はかいこうせん”を繰り出そうとした。しかし口を開いたものの、“はかいこうせん”が出てこない。何度も技を出そうとするが、出てこなかった。
 きっと心の中では技は一切仕えないんだろうとヒトカゲは仮説を伝えると、ギラティナは攻撃する気もなくなり、大人しくなってしまった。

「ねぇギラティナ。僕、ずっとお話したかったんだ」
「我と?」

 話がしたいと言われたのはいつぶりか、そうギラティナが思うほど意外な言葉であった。次にヒトカゲから放たれた言葉も、意外を通り越し、想像すらしなかったものであった。

「僕、ギラティナと友達になりたいんだ」
「……友達?」
「うん! 神様とか関係なく、普通のね」

 ヒトカゲの言っている意味がギラティナにはまるで理解できなかった。何故ならば、神族にとって“友達”という考えが存在しなかったからだ。
 神は崇められる存在。一般に暮らすポケモンとの接点もほぼなく、接するのは神族――彼らの言う“家族”だけである。言葉ではわかっていても、友達がどういうものかを経験したことがない。

「否。神が友を持つなぞ」
「え~、そうなの……」

 心の底からヒトカゲは残念に思い、肩をがっくりと落とす。だがすぐに何かを思いついたようで、間髪いれずにギラティナに話しかける。

「じゃあ、ギラティナのしたいこと、教えて?」

 したいことは何か、目の前のヒトカゲは何を意図してそんなことを言ってきているのだろうかと考えるも、今更な質問だなとため息混じりにギラティナが答える。

「汝は我の何や聞きたる? 我が望みは混沌に帰し――」
「そうじゃなく、その先。最終的になりたいのは、何?」

 ギラティナはヒトカゲの問いに少し思考を巡らせた。わかりきっているはずではあるが、1つ1つ過程を確認していき、最後に行き着いたものを口にした。
 世界を混沌に帰し、正物質と反物質の概念をなくした世界を再構築し、世界の隔たりをなくした先に実現するもの――

「……神族との暮らし」

 自身を含めた神族が生まれた時、同じ空間に全員がいた。同じ時間を全員で過ごした。その時間をもう一度取り戻したい、ギラティナの望みはただそれだけである。
 ギラティナは冥界にこもってからというものの、時間をかけて解決する方法を考え抜き、模索した解決策が全てをリセットする方法であったのだ。

「でもこの方法でみんなが理解してくれてないなら、たとえ再構築しても、みんな仲良くはできないんじゃない?」

 そう、混沌への帰すのは、神族なら理解してくれるという前提で実行しようとした方法である。今の状態で強引に押し切り世界を再構築しても、神族は誰も喜びもせず、かえって険悪になってしまうのでは、とヒトカゲは危惧する。

「先程までの神族の言葉、空言か?」
「違うよ。一緒に別の方法を考えようって言ってるんだよ」

 もちろん、別な方法がある確証はない。だが少なくとも、抱え込まずに共に解決する方向性を探っていこう、そう提案してくれていることを改めてギラティナへ伝える。
 アルセウスから世界を隔てることを告げられた際、ギラティナは自分だけが悪者になったように感じた。それ故、自ら殻にこもり、自身以外を拒絶したのだ。
 ここで拒絶せず、ステュクスで一緒に解決方法を探ろうとしていれば、何か変わったかもしれないと今になって気づく。だが当時はそれが出来なかった。孤独という深い悲しみが心を蝕んでいったからだ。

「……そうか……」

 しばしの沈黙の後、ギラティナが小さく呟く。

「我は、自ずと全てを否みけり。世界を改めん良策も、愛しき神族も」

 落ち着いている今だからこそ気づけた、過ち。どうしてこういった思考に陥ったかを分析したギラティナは、ある1つの解にたどり着いた。それは悲観的なものではなく、誰もが自身の奥底に潜在する――



 “愛”。



 どんなときも一緒にいたディアルガやパルキア、ホウオウやルギア達。彼らと過ごした空間や時間はとてつもなくかけがえのないもので、常に心が“愛”で満たされていた。
 だからこそ追放を言い渡されたときに真っ先に恐れたのは、この“愛”が欠落していくことだった。事実、ステュクスで神族と会っている時も、いつかはこれが薄れていったりするのではという恐怖に押し潰されそうになっていた。

「僕は感じたよ、ギラティナの攻撃から。助けてほしいんだっていうメッセージと、どれだけみんなのことが好きかってこと!」

 先程の戦いの中でヒトカゲとルカリオが感じたギラティナの感情、それ自体は悲しみと怒りであったが、その先にあるものは、大きな愛であることを彼らは理解していた。

「我が内なるもの、汝には筒抜け、か」

 はは、とギラティナは初めて笑いを見せた。それと同時に、青色一色であった周囲がほんの少し赤みを帯び始めた。どうやらこの『心』の景観は感情によって左右されているようだ。

「僕ね、ギラティナに聞いてほしいことがあるんだ」

 そう言うと、長くなるからとヒトカゲはその場に座った。ギラティナも話を聞く余裕が出来たのか、「申してみよ」と応えると、話が始まった。

「これまでずーっと旅してきて、困難ばっかりだった。でも絶対になんとかなるって信じてきたら、時間はかかったりしたけどなんとかなった。だから僕は、『想いが繋がっていれば奇跡を起こす』って、本当なんだなって思ったんだー」

 これまでの旅を振り返り、強い敵が現れたり大きな壁にぶつかったりと、幾度となく山がそびえ立った。だがそれを乗り越えられたのは、仲間の存在だという。
 1人で出来ないことをみんなでなら実現できる、それには全員と想いを一致させる必要がある。絶対に無理と思っていたことも、これによって突破できたとヒトカゲは語る。

「想いが繋がっていれば、奇跡を起こす……」

 神族にとって奇跡は、自分達が一般のポケモン達に起こしてあげる、いわば神のいたずらにあたるもの。自分達がそのような経験をすることなど一切ない、そう思っていた。
 しかし、今は違う。もう一度、神族と一緒に解決方法を模索すれば見つかるのではないか、奇跡が起きるのではないかと思えるようになっていた。

「神族は皆、我が振る舞いを愚行と思うべし。想いを1つへせんことなぞ……」
「大丈夫だよ!」

 こんなことをしておいて、今更想いを繋げるなんてできるはずがないと嘆いているが、そんなことはないとヒトカゲが励ます。胸に手を当て、ギラティナに助言を与える。

「きちんと、言葉にして想いを伝えてみて。素直な気持ちになって、まっすぐに、はっきりと」

 そうすれば、きっと神族も理解を示してくれるとヒトカゲはギラティナの背中をそっと押す。素直な気持ちになる、その一歩を踏み出すことが何より難しく、そして心を開く鍵となるのはギラティナも理解はしている。
 理解しているからこそ、失敗を恐れて踏み出せなかった。その結果が今なのであれば、失敗を覚悟で踏み出す勇気を持てばいい、そう気持ちを切り替えるためにギラティナは深呼吸をする。

「我が望み、それは……神族と共にあらんこと。その術を講ずる助けが、必要也」

 ぎこちないながらも、言葉にして放つことができたようだ。後は対面したときに同じことが言えるかである。だがこればかりは、実際にやってみないとわからない。
 それでも、言えなかったことが言えた、それがギラティナの勇気に繋がったことは見るまでもなく、周囲の光景が日の出のように明るくなることで確認できた。

「みんな、それが聞きたくて待ってるよ」

 ヒトカゲがギラティナに向かってそっと手を差し伸べる。この手に引かれれば、おそらく冥界へ戻って神族に想いを伝える場面になると想像できる。ギラティナにとって、この1歩は大きなものである。

「……我が意志が、汝のような小さき者に容易く変えられるとは。我が弱者だからか、汝が特別だからか」

 ギラティナがそっと呟いた言葉は、ヒトカゲにも聞こえていた。「ううん」と首を横に振り、それは違うよと優しく理由を話し始める。

「僕は特別じゃないし、ギラティナも弱いわけじゃない。ほんのちょっとの勇気と、希望が叶うのを信じることが僕は大事だと思うよ」
「其れが特別だと、我は思う」

 勇気と、信じる力。決して特別な能力ではないものの、それを引き出せない者は数多くいる。ついつい、見えない未来への恐怖や悲観といったマイナスの感情に押し潰されそうになり、危険回避をしてしまう。
 それでも、心の底では諦めきれていない事がほとんどであろう。どうにかして希望を叶えたい時、ある者は背中を押してもらい、またある者は別の力を駆使しようとする。
 稀に、自発的に勇気を最大限引き出して壁を乗り越えてしまうことができる者もいる。今ギラティナの目の前にいるヒトカゲは、そういう意味では間違いなく特別だと感じていた。

「ヒトカゲよ。我は稚拙な神也。恥すべき愚行を、汝は如何せん」
「どうもしないよ。神様だってポケモンだもの、失敗はあるよ」

 失敗してもいい、そこから先をどうするかが重要だとヒトカゲは伝えると、ギラティナは自身の未熟さに失笑してしまった。この一連の会話の中で、ギラティナは多くの学びを得たのは間違いない。

「じゃあ、行こっか」
「嗚呼、いざ行かん」

 その場から2人の姿が消えた時には、『心』の景観はとても暖かな橙(ヒトカゲ)色に包まれていた。

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