第116話 終焉

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 少々低く、紳士的な声色が全員の耳に入った。声の主を捜そうとあたりを見回すと、逆光で見えづらくなっているものの、遠くに1匹の影が見えた。
 声の主が全員のいる方へと近づいてくるにつれ、シルエットがはっきりとしてきたと同時にその者固有の特徴が目に入ってきた。それを見るやいなや、全員が驚きの表情になる。


 ――左胸にある、赤い稲妻の印――


 これが何を意味するかは誰もが知っていた。特に同じ特徴を持つ者――ルカリオはなおさらである。目を見開いたまま、思考が追いつかず固まっている。
 全員が呆気にとられているうちに、近くまでその者はやってきた。神族、そしてリザードン一行に向けてご丁寧に深々と頭を下げ、自己紹介を始めた。


「おっと、初めましてもいるな。私はライナス、探検家をしている。以後、お見知りおきを」


 そう、彼こそが、伝説の探検隊、そしてルカリオの父であるライナスであった。彼が“国”にいるということを誰も考えている余裕がなかったため、今になってそういえばと気がついた。
 そんなことをお構いなしに、ライナスは淡々と話し始める。

「いや、私も驚いたよ。どうやったかは知らないが、ギラティナが改心しているようで」

 ギラティナの顔を見上げながらライナスは驚きつつも、とても敵対していたとは思えないほど落ち着いている。話を続けようと目線を変えたとき、それは彼の目に写り込んだ。

「……親父……」

 彼の視界に入ってきたのは、見違えるほどに成長を遂げた息子の姿であった。なにせ20年前のリオルの姿しか覚えていないからなおさらであろう、一瞬ではわからなかったようだ。
 ただ、ルカリオからすればライナスは20年前と何ら変わりのない姿。紛れもなく彼の記憶の中で生き続けていた、父親の姿そのものであった。

「そうか、ここまで来たのか。真相を追って、ここまで……」

 言葉を詰まらせながら、必死に溢れんばかりの涙を流さまいと堪えている。だが息子はというと、とっくに両頬に涙の通り道が出来ていた。それを見ると、我慢している理由もないかとたがが外れる。

「よし! 抱きしめてやるから、こっち来い!」

 ライナスがそう言うや否や、ルカリオは泣き声を上げながら父親の元へ駆け寄り、がっしりと抱きついた。くしゃくしゃになった、という表現が最も適している程の泣き顔である。
 思わず周りももらい泣きしてしまうくらいに、彼らの再会は魂が揺さぶられるものがあった。それはライナスが伝説の探検家であるからという理由ではなく、今まさに神族のそれと同じく『家族』を目の当たりにしたからだ。

「よかったな、ルカリオ」

 皆が口々にそう言った。一緒に、一時でも彼と旅をした者は全員そう呟くであろう。それほどにルカリオは道中で自分の父親について話さずにはいられなかったし、どれほど父親が好きだったかが伝わるほど、口々に「親父」と言っていたのだ。



「さて、感動の再会はここまでにして、本題に入ろう」

 しばらくして気持ちが落ち着き、ルカリオとライナスの涙が止まった頃、ライナスが全員の前で本題の話に移ろうとしている。何かを提案したいように見受けられる。

「私もずっと考えていたのだ。現界と冥界、どうすればギラティナは世界を壊さずに行き来できるんだろうかと」
「でも、それが出来ずに今までこうやって……」

 少々困った顔つきでルカリオは経緯を説明しようとするが、ライナスからすればそれはお見通しで、言葉を遮ってまで伝えたかったのはもっと度肝を抜く内容であった。

「もし、今日からできちゃうって言ったら、どうする?」

 一瞬、誰も言っている意味が理解できなかった。神族ですら実現できずにいたことが今この瞬間から実現できると、誰が想像できようか。できるはずがない。

「な、なんつった?」
「ギラティナが現界と冥界を自由に行き来できる方法を見つけた、と言ったのだ」

 パルキアの問いに、ライナスははっきりとそう述べた。全員驚きを隠せずにいるが、やはり信じられずにいる。当のライナスはというと、なんだ、そんなに驚くようなことなのかという顔つきをしている。

「実物を見たほうが早そうだな」

 そう言うと、ライナスは指笛を吹く。するとどこからともなく、彼らの頭上に1匹の――それは全員が見知ったポケモンが姿を表した。

「やっほー、お疲れ様♪」
『……ミュウ!』

 現れたのは、冥界に一緒に入っていったはずのミュウであった。ギラティナに注力していたため、いつ冥界を離れたか誰も気づいていなかったようだ。

「ミュウには私の手伝いをしてもらっていたのだ。これを作るためにね」

 そう言って合図をすると、ミュウはあるものを取り出した。それは白く光り輝く石のようなもので、誰も見たことがないものだ。

「正物質と反物質、互いに相容れない存在であるはずだが、唯一、現界と冥界を行き来しても壊れない“もの”があった。それがこれ」

 ライナスが取り出したのは、皆が目にしたことのあるフリズムだ。それを目にして、確かに現界でも壊れていなかったとはっと気づく者が多かった。熱で蓋が溶ける以外の状況下においては、いかなる環境においても形状を安定させる特性があるようだ。

「これ特性を参考に、どうにか双方の世界で状態を保てるものを作れないかとミュウに相談したのだ」

 そうして出来上がったのが、この石のようなものであった。その白く光り輝く様から、この石の名前を“はっきんだま”とライナスが命名した。

「すごい……でもなんでミュウに依頼を?」
「協力してくれたんだ、細かいことはいいだろう。さぁ、ギラティナ。身につけてくれ」

 はっきんだまの紹介を終えるやすぐさま、ギラティナに付けようとする。身につけやすいようにネックレスのように糸がつけられており、簡単に首から下げられる仕様だ。
 これで念願だった現界へ、影響を及ぼすことなく行き来できると、表情には出さずとも心が踊っているギラティナは自分がどう変化するかを待ちわびていた。

「…………」

 だが、しばらくしても何も起きない。体の器官やエネルギー体が変化するものと思い込んでいたが、どういう体の変化があったのかも掴めずにいる。どうすればよいか悩んでいると、ライナスが口を開いた。

「それをつけてるだけでよい」

 彼曰く、フリズムの特性ははっきんだまに触れているもの全体に効力を与えるもので、身につけていればそれだけで問題は解消されるのだとか。過度な期待をしてしまったギラティナは顔を下に向ける。

「しっかし、フリズムなんて目すらつけてなかったぜ……このなげー年月の間何やってたんだ俺らは」
「嗚呼、我らの失態也」

 神族は自分達の知識不足に落胆した。数多の時間を費やしてギラティナが現界へ出てこられる策を考えていただけに、灯台下暗しと言えようか、身近なところにヒントがあったとは気づきもしなかった。

「仕方なかろう。結果的にはよかったのだから、反省して次へ繋げていこう」

 ルギアがそう締めると、この話題は一旦終わりになった。まだ若干の疑いは残っているものの、これで全てが片付いたと言ってよいほど、全員が清々しい気持ちになっている。
 休憩がてらの雑談があちこちで飛び交う。中でもルカリオとライナスの会話は、20年の空白を埋めるようにお互いが経験してきたことを伝え合っていた。

「親父、よく“国”に来てからもギラティナの解決策を探そうとしたよな」
「少し語弊があるな。解決策を探すために来たようなものだ」
「はっ!?」

 ルカリオは大声で驚いた。それもそのはず、よくよく聞くと自ら望んで“国”に来たような言い方をライナスがしている。

「ギラティナと戦う前に、ミュウからアドバイスをもらったのだ。こっちの世界の方にヒントが必ずあるはずとね」

 話を聞くと、20年前にギラティナと対決する少し前にミュウがライナスの前に現れ、いくつか助言をしてくれたのだという。ミュウ自身は“みらいよち”の効果だと言うが、はっきんだまを作るまでにそこまで苦労しなかったため、ライナスもその的中具合に驚いたようだ。

「ひとまず無事に解決したし、大きくなったお前にも再会できたし、もうこれで言うことはないな」
「親父……」

 どことなく寂しげなライナスを見て、そろそろお別れの時間が近づいてきていることにルカリオは気づいた。ライナスは「死んでしまった」ため、みんなとは一緒に戻れない。

(ということは、あいつも……)

 ルカリオが振り向いた先にいたのは、仲間達と話し込んでいるアーマルドだ。彼もライナス同様、「死んでしまった」うちの1人だ。また同じ悲しみを味わう事になるのかと、心がざわつき始める。
 それに気づいたのか、ホウオウとルギアがルカリオの目の前に歩み寄ってきた。すると、先程まで神族同士で話していた内容を、メンバー全員に伝え始めた。

「この件については、本当に、本当に感謝している。特に、ライナスとアーマルドは“国”で我々の助けをしてくれた」
「特に、長きに渡り続いた争いを終焉へ導き、かたじけなう候」

 ライナスとアーマルドは少し照れくさそうな顔をした。2人とも、大したことはしてないと謙遜した返事をすると、ホウオウとルギアが笑顔でこう伝えた。

「功績を讃え、お前達を生き返らせよう!」

 刹那、歓喜の声が周囲に響き渡った。表情に出さなかったものの、全員がルカリオ同様に別れを惜しんで悲しんでいただけにその喜びは大きい。
 ルカリオはすぐさまライナスへ、そしてアーマルドへ抱きついた。余程嬉しかったのか、彼の両目から涙が落ちてきたのを2人は体で受け止めていた。

「来た場所にそのまま戻ればよい。まずは現界へ戻ることにしよう。私達もついていく」

 あとは帰るだけ、戻ったら何をしようかと考えながら一同が入口に向けて歩いている。そんな中、リザードンだけ浮かない顔をしていたのを、ゼニガメが気づいた。

「ん、どうしたんだ? そんな暗い顔しちゃって」

 ゼニガメの言葉に全員がリザードンの方を振り向くと、何か言いたげな表情でうつむいていた。ようやく踏ん切りがついたのか、彼は小さく笑い、みんなに向けて一言だけこう言った。

「ここで、お別れだね」

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