第100話 それぞれの里

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 プテラが住んでいる小さな町――チルの郊外にひっそり佇む、1件の家。そこに久々に帰ってきたのは、ラティアスだ。窓から差す日光で暖められた部屋は、彼女の眠気を誘うのに十分な環境だった。

「ふぁ~ただいま~」

 藁でできた座布団にうつ伏せに倒れこむ。それと同時に、胸に圧迫感を感じた。何だろうと思って体を少し起こしてみると、ラティアスが首から下げていた薄い青色の結晶が目に入る。

「あっ、お兄ちゃん、ごめん!」

 この結晶は、“こころのしずく”。今は亡きラティアスの兄・ラティオスの魂が結晶化したものである。うっかり兄を潰してしまったことに慌てて彼女は謝る。
 ふと、その“こころのしずく”を手に取り、ラティアスは覗きこむように見始めた。光の屈折や反射を変えながら、結晶に向かって話を始めた。

「あのね、お兄ちゃん。私、これからすごく大事なことをすることになったの」

 ラティアスが家を開けてから今日までの報告を、1つ1つ丁寧に話していく。それと同時に、自分自身について振り返っている。旅をして、目的を見つけ、今すべきことをはっきりさせるために。

「それで、この世界が壊されないよう、止めに行くことになったの。お兄ちゃんも私も好きだった、この家を護る!」

 『永遠の守護者』になるという想いを胸に旅をしてきた彼女にとって、兄妹が数えきれない程時間を共有した“ここ”は、永遠に護るべきところである。
 果たして自分に何ができるのかと思ったことは何度もあったが、何かの力にはなれると思い続ければ必ず報われると旅の過程で感じたようだ。それが、今の彼女の原動力にもなっている。

「だから、力を貸して。そばにお兄ちゃんがいれば、がんばれるから!」



 所変わって、アイランドのナランハ島。島のとある森の中にバンギラスとドダイトスはいた。彼らの目の前にあるのは、大好きだった父親――ラルフの墓であった。
 久々に訪れたこともあり、まずは黙祷。いつものように挨拶と近況を軽く伝え終わると、墓掃除を始める。大抵の場合、ラルフの墓を訪れた者が積極的に綺麗にしてくれるので、それほど汚れていない。

「うしっ、終わったな」

 手入れの終わった墓を眺めながら、バンギラスとドダイトスはその場に座り込み、話し始める。逼迫した様子もなく、友達や兄弟と話すような、軽い接し方で。

「なぁ、戻ってこれるよな? ここに」
「……正直、わからん」

 恐怖や後悔はない。それと同時に、自信もない。あまりに強大な相手に立ち向かうということを想像できないでいたのだ。神族と一般のポケモンが対立することなどありえなかったからだ。

「でも、ここへ帰ってきたい。俺とお前が、一緒に暮らしてきたここに」
「同感だな。またここで、昔みたいに暮らしてぇな」

 それだけ言うと、2人はすっくと立ち上がり、もう1度ラルフの墓元へと向かう。墓前で2人の頭に浮かんできたのは、自分達が小さかった頃の想い出だ。
 笑ったり、泣いたりと元気に遊び、大好きだったラルフと一緒に過ごした日々が頭の中を駆け巡る。本当は長く続くはずだったこの時間を、2人は新たに作りたいと思っている。

「父さん、ちょっと行ってくるわ。すぐ戻ってくるから」
「俺らがこれからも、仲の良い兄弟でいられるようにしてくるよ」

 再び、黙祷。目を開け、2人は墓を背にして歩き始めた。その背中は、兄弟や親友に見られる情の輝きを放っているようにも見え、逞しく成長した勇敢な輝きを放っているようにも見える。
 その2人の横から、すぅっと、穏やかな風が吹いた。体でそれを体感すると、バンギラスとドダイトスは互いに顔を見合わせ、ふっと笑みを浮かべた。


 同時刻、ベルデ島にあるベイリーフの実家では、彼女の父親であるメガニウムが現状を聞いていた。事の詳細を把握するのは今回が初めてである。
 これまでに起こってきたことを、彼女は父親の顔色を窺いながら説明しているが、メガニウムは顔色を一切変えず、ただ彼女のことをまっすぐ見つめていた。

「お父様、こういう理由で、私は行きます」

 もちろん、これで素直にメガニウムが「はい」というはずがない、何て説得すればいいのだろうとベイリーフは頭を捻っていたが、彼女の耳に飛び込んできたのは、予期せぬ返事だった。

「で、いつ頃帰ってくるんだ?」

 彼の口調は、近所に遊びに行く子供に問いかけるときのそれと同じだった。内容を理解してくれていないのではとベイリーフが焦りだし、説明し直そうとすると、メガニウムはそれを遮った。

「落ち着きなさい。私は全部理解し、受け止めたつもりだ」
「でしたら……!」
「何故、お前は戻ってこれない可能性がある言い方をしているんだ?」

 そこで、はっと気づく。自身で気づかないうちに、心の隅にある“万が一の場合”が言葉として表れてしまっていたのだ。これを気づかせるために、メガニウムはわざとあのような返事をしたのだ。

「お前の事を心配してないと言えば嘘になる。だがそれ以上に、お前がやると決めたことを否定などできない。お前が本当に、心の底から、世界の崩壊を食い止めると言うのなら、私は無事に帰ってくることを信じて笑顔で送り届けよう」

 ベイリーフは泣き出していた。幼かった時に彼女がよくやったように、父親の胸に飛びついて泣いている。それを、メガニウムが優しく包み込む。次第に涙が収まってきても、彼女はわざとこのまま抱きついていた。
 こんなに自分のことを思ってくれる存在がこの世の中にはいる、ならばこの存在のためにも、私は全力で立ち向かうと、ベイリーフは固く決意した。



「世界が、崩壊する?」
「あぁ、俺達が止めなきゃいけねぇんだ」

 ここはポケラス大陸のアイスト。サイクスの実家では、お茶を飲みながらバルとサイクスが話し合っていた。もちろんバルにとっては寝耳に水の話で、動揺を隠せずにいる。

「止められる保証はどこにもない。が、黙ってるわけにもいかない。神様に選ばれた以上、やらなきゃなってさ」

 きちんとした理由があれば、多少の無茶でも許可してくれた経験があるサイクスは、今回も説得にはそう時間はかからないだろうと思っていた。
 バルの様子を見ても、前足を組んで顎をのせて話を聞いている。参ったというような顔つきもしていないため、心配なさそうだと彼は席を立とうとした時、バルが口を開けた。

「……行かないでくれ」

 サイクスにとって予想外な言葉だった。まさか自分の父親からそのような言葉が出るとは思ってもなかったようで、動きを止め、驚いた顔をしている。

「前には敢えて突き放したりもしたが、お前には自由に生きてほしいと思ってる。何かで活躍している姿を見ていられればいいと思ってる。だが、お前という存在がなくなるのだけは、耐えられん……世界でたった1人の、可愛い息子なんだからな……」

 バルの目にはうっすらとではあったが、涙が浮かんでいた。さすがのサイクスも冗談を言えるような状況ではなく、ただ黙って父親の元へと近づいていった。

「親父……大丈夫! ぜってー帰ってくるから! 俺がそんなヤワな奴じゃないってこと、親父が1番よく知ってるはずだぜ?」

 いつもの笑顔で、サイクスは父親にそう言い放った。だが彼の目にも、涙が浮かびつつあった。若干無理をしていることはバルにはお見通しで、彼もまた、無理をして返事をした。

「……そうだな。いい意味でバカだからな、お前は」



「に、兄さん、俺にお酒はまだ……」
「そう言うな。俺の夢の1つなんだからよ」

 月明かりが街を照らし始める時間帯、アイランドのアスル島にある居酒屋では、ゼニガメとカメックスが乾杯をしていた。ちなみに、アイランドには酒に関する法律はないため、親などが各自の責任で子供に飲ませる時期を決めて良いことになっている。
 カメックスはずっと、弟と盃を交わすのが夢であったという。願いが叶ったからか、彼の口角が上がっている。それを見ると、ゼニガメも自然と笑顔になる。

「でもさ、俺達に親いるわけじゃないのに、アスル島に戻って来なくてもよかったんでない?」

 ふとゼニガメがカメックスに問いかける。2人に親はいない。昔カメックスから聞いた話によると、ゼニガメがタマゴの頃に感染症で両親とも病死してしまったという。
 それからは、一時期親族や知人の下で育てられ、兄である当時のカメールは早くに独立して生計を立ててきた。その際ゼニガメも一緒に連れて行き、それからずっと2人で暮らしてきたのだ。

「生まれ育った場所に帰りたくなるのは生き物なら当然だろう。ただでさえここ数年で数回しか帰ってねぇんだからよ」

 1年前のミュウツーとの死闘の後も、ポケ助けのためにあちこち移動していたカメックス。家に帰れることが唯一伸び伸びと自由なことができる時間なのである。

「俺はここへ帰ってくるぞ。帰ってこの瓶の酒、空にしてやる」
「ははっ、やっぱ兄さんらしいや。じゃあこれ半分残しとかないとね」
「おい、それはだめだ。残すのは一口分で十分だ」

 こういう時間が、自分達にとって必要なんだ。いつまでもこの時間を過ごせるように、止めに行かなければ――ゼニガメはそう心で誓いながら、酒の入ったグラスを持つ。

『乾杯』



 すっかり日が暮れた頃、廃墟が並ぶグロバイルの跡地にジュプトルは辿り着いた。自分が建てた両親の墓を見つけると、土埃をはらい、リンゴを2つ備えて合掌する。

「……もうちょっと、待っててくれ」

 両親に語りかけるように、小さく呟く。彼の表情は複雑なもので、何か重いものを背負っていると感じさせるほどだ。そのままジュプトルは続けた。

「この村を救ってくれたホウオウを助けて、もう1度、この村を蘇らせる。昔、父さんや母さんと一緒に暮らしていた時みたいな、暖かい村に」

 思い出すのは、両親の優しさに満ちた生活。本来なら今でも味わうことができたと考えると、残念でならないと落胆してしまう。だが、以前のように怒りに侵食されることはなくなった。
 以前の彼なら、間違いなく復讐に走っていただろう。そんな彼を変えたのは、これまでずっと仇と思い込んでいた探検家・ライナスの息子であり、今の旅のメンバーでもある、ルカリオだ。

「村を護ろうとしたライナスの息子がついている。根拠はないが……できる気がする。これ以上、俺の生まれた地を壊されないよう、止めることができると」

 本人の前では恥ずかしくて言えないでいるが、ルカリオのことを信頼していたのだ。つい先日本音を伝えたこともあってか、口に出して言えるようになっている。
 もう一度墓の前で合掌すると、少々傾いていた花を綺麗に飾り直そうとする。ちょうどその時、生ぬるい風がジュプトルにあたり、彼にあることを思い出させた。

「そういえば、なぜライナスは……」

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