第101話 ライナスの謎

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 シーフォードから船に乗り、約5時間。ポケラスの西側にある小さな島“ケイナ”。すっかり昼間になってしまい、船に乗っていたルカリオのお腹が鳴る。
 小さな島にある、小さな集落。ここに彼の実家がある。船から降りて5分も歩けば家につくので、何か食べ物でもあるだろうと考えながら足を走らせる。

「ただいまー……!」

 家のドアを開けた瞬間、ルカリオは凍りつく。ドアの目の前に、自分の母親・ルッキーが仁王立ちしていたのだ。しかも、相当怒っている顔つきで。

「ちょっと来な」

 母親がどれだけ恐ろしい存在かを知っているルカリオは、黙って従うしかなかった。しかし、何故彼女がこれほど怒っているのか、全くわからずにいた。



「聞いたよ。あんた、修行してたわけじゃないんだって?」
「は、はい」

 居間に連れて行かれ、正座させられながらルカリオは質問に答える。ちょくちょく母親の顔を見るが、彼女はその鬼のような形相を一切変えないでいる。

「誰に聞いたんでしょうか、お……僕が探検家になる修行をしてないってこと」

 母親には「探検家になるための修行をしてくる」としか言っていない。つまり嘘がバレたのである。いつものように“俺”と言える状況でもなく、訂正して丁寧に言い直している。

「“空間の神”だっけ? がご丁寧に教えてくれたよ」
(あ、あの俺様野郎……!!)

 ルッキーにルカリオの事を話したのは、パルキアだったのだ。おそらくサイクスのわがままによる仕返しだろう、彼はそう思わずにはいられなかった。
 一瞬にして頭に血が上ったが、視界に母親の顔が入ると一気の血の気が引く。カメックスの数倍の恐怖心――これが“南ポケラスの女帝”のオーラなのだろうか。

「で、教えなさい。あんたが調べて、辿り着いた真実ってやつを」
「……わ、わかった」

 もう、言わなくてもわかっていた。ルカリオがライナスのことを調べるために旅をしていたことを、母親は知っていたのだ。それならと言わんばかりに、これまであったことを全て伝えていった。
 グロバイルでの出来事、ライボルトに託した遺書、金の結晶――全てを話すのに相当な時間を費やしてしまっているが、ルッキーはそれを妨げることなくじっと聞き入っていた。

 そして、冥界へ行くことも打ち明けた。世界が崩壊しないようにするため、父親の行動の全てを知るため、その覚悟はできていると思いをぶつけた。

「なるほど。そうかい……」

 ルカリオが全て話し終わると、大きく息を吐き、ルッキーはしばし黙りこむ。表情こそ変えないが、必死で愛する夫の死を受け入れていることはすぐにわかった。
 だが切り替えが早く、すぐに別のことを考え始めた。そしてそれ程経たないうちに、彼女がルカリオに対して1つ質問を投げた。

「ルカリオ、これまでのことで、“未解決のこと”に気づいたかい?」
「“未解決のこと”?」
「その様子だと、わかってないようだね」

 それでも探検家目指してるのかしら、と少々小馬鹿にしながらため息をついた。面白くなさそうな顔をルカリオがすると、ルッキーは事の詳細を話し始める。

「いい? まず、何故パパはこの事件に巻き込まれたんだと思う? それも、あたし達やチームのメンバーにもこの事件のことを隠して」
「何故って……確かに、わからん」
「それだけじゃない。どこから情報を得て、どうして敵の正体を知っていて、グロバイルに来ることも知っていたのか。それぐらいは気づいてもいいんじゃない?」

 悔しいが、これらについてきちんと考えたことがなかったルカリオは、改めて母親の凄さを目の当たりにした。さらに言いたいことがあるらしく、ルッキーは続ける。

「でもそれ以上に、あんた、どうしてその詠唱とやらが使えるの? パパもそうだけど」

 1番の疑問であった、詠唱。自身でも気づかないうちに自然と使えていた詠唱の実態を、彼はまだ知らなかった。もちろん、ヒトカゲに尋ねたこともあったが、彼も詳細は知らず、「混沌語(カオス・ワーズ)に対応する神から力を借りる」ものだとしか理解していなかった。
 ただ今の彼に言えるのは、詠唱は間違いなくこれからの自分に力を貸してくれるものだということだ。おそらくライナスも詠唱を使って立ち向かっていたのだろうと想像していた。

「俺や親父が使えるってことは、きっと今回のことに関係があるはず。全部解明して帰ってくる。約束する」

 真剣な眼差しでルカリオは母に言った。するとルッキーはその場に立ち上がり、声を大きくして“決まり事”を彼に確認した。

「“できない約束は絶対にしない。約束したからには必ず成し遂げる”。これがうちの決まりだって知ってるね?」
「当然だ!」

 ルッキーが驚くほど、ルカリオははっきりと応えた。旅に出る前は比較的優柔不断な性格だっただけに、返事1つで彼の数ヵ月間での成長が著しく感じ取れたようだ。

「わかった。行ってきな! 報告待ってるよ!」

 その言葉が嬉しかったのか、急に寂しさが込み上げてきたのか、ルカリオは母親に抱きついた。咄嗟の事でルッキーは彼を突き飛ばしそうになるが、そこは愛する息子。そっと優しく包み込むように、抱き返してあげた。


 一方のヒトカゲもルカリオ同様、今まで起こってきた事の詳細をウインディに説明していた。一緒に連れてきたハッサムも、この場で様々なことを知ることになった。
 当然だが、ウインディもハッサムも、事情を理解するまでに時間を要した。特にウインディは必死に理解しようと、何度も聞き返していた。

「そういうことか。世界が崩壊か……想像もできんな」
「ヒトカゲ、こっちの世界でそんなことに巻き込まれてたなんて……」

 普通ならここで恐怖を覚えるところであるが、この2人は違った。自分達にできることは何かないのかとヒトカゲに聞いてきたのだ。ちょうど頼み事があったと、彼は2人に依頼する。

「たぶんだけど、時空の歪みとか災害とかが起き始めると思う。アイランドやポケラスのみんなが巻き込まれないよう、避難誘導してあげてほしい」

 もともと、ハッサムにはこの世界に留まってもらう予定であったため、ヒトカゲとしては好都合であった。戦力のあるなしに関わらず、トラブルに巻き込まれてしまっただけの彼をこれ以上危険に晒したくないという、昔のメンバーとしての気遣いであった。

「あと、協力者が何人かいるから、その人達にも手伝ってくれるように言ってほしい」

 彼が言う協力者というのは、チーム・グロックスとカイリュー達のことだ。直接依頼はしていないが、この状況であれば事情を説明するだけで協力してくれると確信しているようだ。これにはウインディとハッサムは2つ返事で承諾した。

「ところで、ヒトカゲ」

 ヒトカゲは呼ばれた方を向くと、そこにはウインディが立っていた。具体的な打ち合わせをするのかと思っていたが、彼もまた、ルッキーと同様の質問を投げかけた。

「思ったんだが……お前とルカリオ、そしてライナス。なんとなく似ている気がするが……」

 どういうことかと尋ねてみると、ヒトカゲは自分と彼らに共通点が多いことに気付かされた。その共通点の1つが、詠唱についてである。
 1年前までは、詠唱による一時的な能力向上を不思議に思い続けていたが、ここ最近は発動する機会も少なくなったことから、特に気にせずに生活を送っていた。

(もしかしたら、今回の事に関係ある……のかな? でもそしたら誰が……)

 詠唱がなければ、ただの普通のポケモン。そんな彼らが運命に導かれて、神と対峙することになってしまった。これを偶然か必然か、今の彼にはわからなかった。

「あ、それとだな」

 ヒトカゲがそんなことを考えていたとき、ウインディが彼にあるものを手渡した。それは彼らのいるロホ島のどこにでもある、ほのおのいしであった。

「ほのおのいし?」
「そうだ。私が進化するときに使ったものだ」

 進化の石は通常、1回使用するとその効力はなくなってしまう。だがそれを敢えてヒトカゲに渡したウインディは、半分泣きそうな顔をしながらその理由を説明する。

「たとえ何が起きようと、これをお前が持っている限り、私とお前は一緒だ。ずっと一緒だ。ずっとお前の父親だ」

 ヒトカゲが旅をしている間、1日たりとも心配しなかった日はないウインディ。この件で万が一今生の別れが来ると思うと、何かせずにはいられなかった。それ程、彼のことを実の息子のように慕っているのだ。
 彼もまた、この世界に来てからはウインディが父親だ。血こそ繋がっていなくとも、目の前にいる存在は紛れも無く父親である。厳しいが、大好きな父親だ。嬉しさで満たされ、涙となって溢れる前に明るく返事をした。

「……ありがと、お父さん!」



 数日後、約束の時を迎えた。ポケラス大陸のシーフォードには、メンバー全員が集合していた。

「これ、うちの親父が持ってけってさ!」
『おぉ~!』

 サイクスが持っていた袋をみんなの前で開けると、そこには大量のポフィンが入っていた。これからも息子をよろしくという気持ちがこもった、バルからの差し入れだ。
 それを頬張りながら、昔話をしたり、ポフィンの取り合いをしたりと、傍から見れば修学旅行さながらの光景だ。笑い声が絶えない空間がそこにはできていた。

「なんだ、てめーら随分楽しそうじゃねーか」

 ちょうどそこへやって来たのは、パルキアだ。何故こんなに楽しそうにしているのか疑問に思っているようだ。遅れてルギアが北から飛んできた。ルギアもまた、賑やかな彼らを見て少々戸惑った表情になる。

「これから冥界に行くんだぞ。この世界の運命を握ってるのはてめーらなんだぞ?」
「覚悟はできているのか?」

 2人の神が意思を再確認するかのように問いかける。それでもメンバー一同は表情を一切変えることなく、自信に満ち溢れた声色でそれに答えていった。

「大丈夫だ。神様が俺達を認めてくれたんだぜ?」
「それに、このメンバーなら、何でもできそうな気がするの」
「そうそう! いざとなったら、頼もしい奴らだからな!」

 実際、ギラティナに立ち向かって彼らが勝てる可能性は低いかもしれない。だが、奇跡を起こしてくれそうだと、ルギアもパルキアも信じていた。
 それはヒトカゲもルカリオも同じだった。このメンバーでなら奇跡の1つや2つ、起こすことができる、世界を護ることができると確信していた。

「はー頭ん中ウルトラハッピーだな、てめーらは」
「じゃあ、行くぞ」

 こうして、彼らは冥界への入口に向けて出発した。

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