第99話 答え

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 ヒトカゲとルカリオが聞いたのは、メンバーの怒りの声でも悲しみの声でもなかった。無言で襲いかかってくるわけでもなく、この場を去るわけでもなかった。

 爆笑していたのだ。

 当然ながら、張り詰めた空気が一気に壊され、2人は何がなんだかわからず、きょとんと立ち尽くしている。その間にも、彼らは涙を流しながら、あるいは腹を抱えながら大笑いしていた。

「えっ、あのー、皆さん?」

 状況を把握したいルカリオは声をかけてみるが、それでも笑いは止まることがなかった。腹を抱えてひーひー言いながら、ようやくバンギラスとドダイトスが口を開いた。

「いやー、悪かった悪かった! あまりにお前らが……ハハハッ!」
「ごめんな、お前らのことを試してたんだ。悪く思わんでくれ」
『た、試す?』

 なぜ自分達が試されなければならないのか、2人の頭の上にはクエスチョンマークがいくつも浮かび上がっていた。直にメンバーが大体笑い疲れて涙を拭いながら、詳細を話し始めた。

「あのね、実は神様達がいなくなるときに、ルギアがテレパシーで私達に言ったのよ」
「『あの2人が本当に冥界へ行く覚悟があるのか、試してくれないか』ってな」

 さらに話を聞くと、メンバー全員、冥界に行くことにためらいはなかったという。1番心が揺らいでいるだろうヒトカゲとルカリオの気持ちをはっきりさせるために、敢えてこうしたのだ。

「お前らの言うとおり、黙って見過ごすわけにはいかねぇからな」
「何が出来るかわからんけど、やってみたら案外上手くいくかもしれんし!」

 カメックスもサイクスも、2人と同じ気持ちであった。それに賛同するように、ベイリーフとジュプトルも首を縦に振る。2人についていく、メンバー全員がそう目で言っていたのだ。
 いつも通りの温かさが、この空間に戻った。肌でその温かさを感じたヒトカゲとルカリオの目には、うっすらと心の汗が溜まっていた。誰にも悟られないよう、そっと汗を払った。
 ちょうどその時だ。ヒトカゲの背後から2つの影が現れた。影で視界が暗くなったと同時に振り返ると、そこにはルギアとパルキアが並んで立っていた。

「悪いとは思ったが、試させてもらったぞ。半端な気持ちで行くのは本当に危険だからな」
「遠くから見てたが、てめーら演技うめーのな! 楽しかったぜ!」

 ケラケラ笑うパルキアの頭を、ルギアは“ねんりき”で締め付ける。さすがに痛かったらしく、パルキアが歯を食いしばって痛みを我慢している。

「ルギア、てめー……」
「今のはお前が悪い。楽しむためにやったものではないだろう」

 そんなやりとりを見て、メンバー一同の心に余裕ができた。自然と笑顔になっていくのを誰もが感じている。彼らの様子を見たルギアとパルキアも、一安心といった様子だ。

「さて、早速冥界へ……と言いたいところだが、1週間程時間をやる。その間、里に帰ったりしてはどうだろう」

 突然のルギアからの提案。1週間里帰りを薦められたのだ。そんな悠長なことをしている余裕などないのでは、という声が聞こえる中、パルキアがそれに応える。

「大丈夫だ。あいつはまだホウオウの体のままだ。そう簡単にこっちの世界であれこれできるわけでねーし……あいつにだって、慈悲の心ぐれーは残ってるはずだからな」

 もしそうでなければ、あいつは2日で世界を滅ぼしているはずだとパルキアは続けた。それ故、ギラティナの心のどこかに“止めて欲しい”という気持ちがあるのではと思っているようだ。
 そんな一面を見たメンバーは、今までのパルキアからは想像つかないと驚いている。しかし、パルキアは最初からギラティナを助けたいと思い続けていたことを打ち明けた。

「もうずーっと昔の事だけどよ、これでも俺ら神族は仲良かったんだぜ? な、ルギア?」
「そうだな。お前がよく空間を創っては壊して、アルセウス様に怒られていたな」
「黙ってろ! 俺らの仲の話してんだろーが!」

 このやりとりを見ていると、神様という存在である彼らも自分達と何ら変わりない存在なんだなと、ヒトカゲ達は安心したようだ。神様である以前に、自分達と同じポケモンの1種に過ぎないのだと。

「そういうわけだ。それほど心配することはない。里帰りするも、仲間と過ごすも、時間を自由に使ってくれ」
「1週間後、ここに集合だ。逃げんじゃねーぜ?」

 そう言い残すと、2人の神はその場を後にしようと背を向けて移動し始めた。残されたメンバーはしばらくぼーっと立ちすくんでいたが、何かを思い立ったサイクスが声を発する。

「待ってくれ、パルキア」
「ん、何だ?」

 振り返ったパルキアの目には、鋭い目つきをしたサイクスがいた。何かを疑っているような目つきにも見える。サイクスの様子を窺うため、いつもの調子で応対する。

「怖気づいたか? それとも、まだ俺のことを疑ってんのか? 言っとくが――」
「そんなことじゃねぇよ、もっと重大なことだ」

 パルキアにとって予想外の応えだった。彼が重大というからには、この事件の核心を突く内容なのかと少々焦り出す。冷静を装いながら話を聞くことにした。

「ほー……言ってみろよ」

 後に、この発言を後悔することになるとは、この時パルキアは想像できなかった。



「おー! 懐かしいなー!」

 メンバーの目の前に映るのは、砂浜の美しさがとても印象的な街。中心には飲食街や宿泊施設、銀行などがあり、この街は多くの観光客や探検家達が集う場所――そう、シーフォードである。
 この時、時刻は朝。たった一晩、いや、正確には「一瞬」でポケモニアからポケラス大陸の南に位置するシーフォードまで彼らはやって来たのだ。

「さっすがぱるぱるだな! 最初っから送迎してくれりゃあ楽だったのになー」

 そう口にしたのはサイクスだ。昨日の『重要なこと』とは、「里帰りするには遠すぎるから、ポケラス大陸まで送り届けてくれ」という内容だったのだ。

【なんでてめーらの送り迎えを俺がしなきゃいけねーんだよ!】

 サイクスの声を聞いて、テレパシー越しにパルキアが怒鳴る。面倒事は嫌いであるが、今のパルキアにとってヒトカゲ達は重要な存在。そこをサイクスに突かれて何も言えなくなってしまった。

「まーまー、そのくらいしてくれたっていいじゃんー。ゲストには優しく!」
【あーあーわーったよ! 集合もここだぞ! 遅れたら連れてかねーぞ!】

 もう聞きたくないと言わんばかりにパルキアはさっさとテレパシーを切った。それにしても神様をこうも容易く突くとは、サイクスはとんでもない奴だと誰もが思ったに違いない。

「じゃあ、それぞれ故郷に帰るか。でもここから1日以上かかる街は……」
「大丈夫! ぱるぱるにZ便使わしてくれって言ってあるから!」

 そこまで要望していたのかと、半分呆れ顔のメンバー一同。だがおかげで移動が非常に楽になる。各々、久々となる帰郷に様々な想いを馳せている。

「あ、そうだ」

 ふと、ルカリオが何かを思い出す。肩からかけているカバンの中をゴソゴソと漁り、あるものを取り出した。それを持ち、ある者のところへと近づいていく。

「ジュプトル、これ」

 名前を呼ばれたのはジュプトルだ。ルカリオの声を聞いて振り向くと、彼の手に持っていたものが目に映った。それを見た瞬間、彼は思わず声を上げてしまう。

「あっ……」
「これ、返さなきゃな」

 ルカリオはそっと手に持っていたものをジュプトルに渡す。それは金色に輝く丸い水晶――そう、元々ジュプトルの故郷に祀られていた『金の結晶』である。
 返す機会をずっと窺っているうちに、今になってしまったという。申し訳無さそうな顔でルカリオがごめんなと謝るが、ジュプトルが首を横に振る。

「……今だから言うが、ライナスがお前に託したこれをずっと大切に持っていてくれて、ありがとう。今まで、本当に悪かったな」

 急に、素直に想いを伝え始めた。ここまで言うと恥ずかしさからか、ジュプトルは俯いて何も言わなくなってしまったが、彼の想いはしっかりとルカリオに届いたようだ。

「いや、俺は何もできてない。だから……全部片付けたら、俺もグロバイルの復興の手伝いするからな」

 彼は父の遺言通り、村の復興に貢献することを誓った。その言葉にジュプトルは少し目を潤ませるが、すぐに瞬きでごまかし、いつものクールな表情を作っていた。
 彼らの様子を、ヒトカゲ達はそっと見守っていた。彼らが初めて口にした本音に口出しすることなく、彼らだけの空間を作ろうとしていたのだ。本心を打ち明ける、2人だけの場を。

「まずは、元に戻してこいよ。グロバイルを創ったトロピウス村長と、手助けしてくれたホウオウを祀る意味でもさ」
「あぁ。もちろんそうさせてもらう」

 ルカリオからしっかと金の結晶を受け取ると、ジュプトルは大切そうにカバンにそっとしまう。カバンを叩いて中に結晶が入っていることを再確認すると、彼はルカリオに背を向ける。

「じゃあ、1週間後にな」

 そう言い残すと、Z便を使って颯爽とグロバイルへ行ってしまった。一息置くと、メンバーも次々と旅路の準備を始め、互いに顔を合わせる。

「ここに集合でいいんだよな? 先に行くぜ」
「何かあったら連絡ちょうだいね!」

 各々が準備を済ませると、Z便を使って故郷などへと移動し始めた。そして最後に残ったのは、ヒトカゲとルカリオ、そして人間の世界でヒトカゲの仲間であるハッサムだけになった。

「僕達も帰ろっか」
「そうだな、んじゃあしばらくお別れだな」

 メンバーがばらばらに解散する様子にヒトカゲは若干寂しさを感じながら、ルカリオが歩いてシーフォードの街中へ消えていくのを、しばらくの間黙って見ていた。

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