第86話 バカティニ

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 2日間、ヒトカゲ達は特に修行のようなことをしていなく、ポケモニアに慣れるために街へ行ったりラゼングロードでのんびりしたりと、自由な生活を送っていた。
 その間、ハッサムからは別世界の話をしてもらい、ヒトカゲは懐かしさを感じたり近況を知ったりして満足し、ルカリオ達はこの世界と違う部分を知るだけでいくつもの驚きを感じたようだ。

「そっかー、みんな元気にしてたんだねー」
「まぁな。相も変わらずってところかな。特に、大変だけど楽しいって感じは」

 やはり元メンバーということもあり、話が弾む。そんな彼らの姿を、ルカリオは頬杖をつきながらぼーっと眺めている。その横にはラティアスが座り、彼の顔をまじまじと見ている。

「どうかしました?」
「いんや、別に。たださ、いいよなぁって思ってさ」
「というと?」
「俺らこうやって旅してるけどさ、それだけで本当にいろんな奴らと出会えるってのが、いいって思うわけよ」

 数ヵ月間、シーフォードでヒトカゲと出会ってから様々な経験をしてきたルカリオはこうして落ち着いて振り返り、改めて旅の良さを実感しているようだ。

「いいですよねー。まぁ、ルカリオさんは別ですけど」
「……はぁっ?」

 一瞬にしてルカリオの頭部に血管が浮き上がる。ラティアスは「ルカリオ(と自分との経験の仕方)は別」ということを言いたかったらしいが、どうやらそういう意味では伝わってないようだ。
 そのやりとりを聞いていたのか、後方からジュプトルがやって来た。ほんの少しだけ笑みを浮かべて、嘲笑するかのようにルカリオに話しかけてきた。

「所詮、それだけの存在だったってことか。ライナスの息子が聞いて呆れるぜ」
「い、言ってくれんなてめぇ……!」

 刹那、右手を握ったルカリオは勢いよく、自分の近くにいるジュプトルの足へその拳を下ろした。彼の全身に痺れるような痛さが走っていく。
 目を大きく見開き、歯を食いしばって痛みに堪えている。すぐに目つきを鋭いものに変え、鉤(かぎ)状になっている自身のツメをルカリオの頭へと突き刺した。
 先程のジュプトルと同じ表情と痛みを、今度は彼が経験する羽目になった。もっとも、彼の場合はツメが刺さっている箇所から赤い液体が流れ出しているのだが。

「痛ってぇなてめぇ! 出血までしてんじゃねぇか!」
「当然の報いだ。あんまり俺を怒らすような事すんじゃねぇぜ」

 互いに無言で睨み合う。ラティアスもさすがに彼らを止めたいようだが、慌てふためいてなかなか行動に移せずにいた、その時。

「あれ、顔が血だらけだ! にゃはは!」

 子供っぽい、わりと高めな声が3人の耳に入った。声のする方へ目を向けると、ヒトカゲよりも小さいポケモンがお腹を抱えながらケラケラと笑っていた。
 黄色の体で、橙色の大きなV字型の耳、背中には小さな羽を持っている。3人にとっては初めて見るポケモンで、話しかけようにも躊躇している。

「あれ? 初めましてだよね? ねぇねぇ、犬のお兄さん?」

 戸惑っている間に、そのポケモンの方から話しかけてきた。ラティアスとジュプトルは同時に同じことを思った。「“お兄さん”だけでよかったものを」と。

「……い、犬じゃねぇよ、ルカリオってんだよ、俺はな」
(た、耐えた……!?)

 あれだけ短気なルカリオが、それを堪えて必死に平常心で接しようとしている姿を見て、2人は大変驚いている。天変地異ほど珍しいことのように思えてしまうほどだ。

「あたし、ビクティニ♪」

 そのポケモンは、自らをビクティニと名乗った。それはよしとして、明らかに子供っぽいビクティニがどうしてこんなところにいるのかが気になったようだ。

「あのさ、レシラムどこ? どこにいる?」

 どうやら、レシラムの知り合いらしい。ルカリオはレシラムのいる方を指さすと、ビクティニははしゃぎながら一目散に向かって行った。何となく存在が気になったのか、3人もビクティニの後を追いかけることにした。


 途中でヒトカゲとハッサムにも声をかけ、ビクティニを追った。直に彼らの目がレシラムの背中をとらえる。さすがに大人数が近づいていることもあり、レシラムも気配を察知する。

「レーシラムー♪」

 レシラムが振り返ると、満面の笑みを浮かべたビクティニが飛びかかってきた。普通なら驚いて固まってしまうところだが、レシラムは慣れた手つきでビクティニを叩き落とした。
 非情なまでの挨拶にみんなは驚きを隠せずにいる。地面に顔を埋め込まれたビクティニも心配ではあるが、レシラムの怒りに満ちた表情の方が深刻である。

「何しに来た?」

 レシラムはビクティニを見下して冷たく言い放つ。顔を上げたビクティニは不機嫌なレシラムを見ても何も動じることなく、先程と同じ調子で話し始める。

「だって会いたくなったんだも~ん! だから会いに来たの♪」
「私は会いたくない。帰れ」

 おそらく、こういうやりとりが日常茶飯事なんだろうとみんなは容易に想像できた。そうこうしているうちに、ヒトカゲ達とレシラムの目が合った。悪いことをしていないのにも関わらず、怖気づいてしまう。

「お前達がこいつを連れてきたのか?」

 全員が首を横に振る。ちょうどその時、後方からゼクロムが戻ってきた。これでこの状況が少しはよくなる、そう思っていたみんなの考えは脆くも崩れ去ることとなる。

「……何でお前がいるんだ? 早く立ち去れ」

 ゼクロムまでもが、ビクティニに対して睨みを利かせて言い放った。そしてやはり、誰がどう見ても、ゼクロムの表情はこれでもかと言わんばかりの怒りに満ちている。
 レシラムもゼクロムも苛立たせてしまうこのビクティニというポケモンは、一体何者なのだろうか。ふとそう思ったヒトカゲ達は成り行きを見守ることにした。

「だから~、2人に会いたくってきたの♪」
「迷惑だ。お前が来るとろくなことがない」

 手でビクティニを薙ぎ払うゼクロム。それに懲りることなく、甘えた子供そのものの姿で今度はレシラムの翼にすり寄るが、ビクティニの顔も見ずに振り払った。
 それでも、ビクティニは2人に構ってほしいのか、べたべたすりすりとまとわりついている。ヒトカゲ達もこの様子を見て、彼らが苛立つ理由を大体理解できたようだ。

「……警告だ。もうやめろ」
「も~、いいじゃない~!」

 最後の警告も無視したビクティニの方を、レシラムとゼクロムが向いた。ようやくビクティニを受け入れてあげるのかと安心したヒトカゲ達は、すぐに絶句することとなる。
 レシラムは×字のコロナを帯びた球状の炎を口元に集め始め、ゼクロムは尻尾の発電機をフル稼働させて青色の電気を全身にまとい始めたのだ。もちろん、彼らは怒っている。

『帰れ!!』

 次の瞬間、レシラムはその炎――“クロスフレイム”を放ち、同時にゼクロムは纏った電気で相手に突っ込む技――“クロスサンダー”でビクティニを吹き飛ばした。



「お、あれなんだ?」

 同時刻、ラゼングロードの境界あたりをぞろぞろと数人のポケモンが歩いていた。彼らは爆発音と共に飛ばされている何かを発見したようで、空を見上げている。

「爆発が気になるな。行くぞ」
「そうですね。もしかしたら、彼らの仕業かもしれませんしね」

 どうやら飛んでいったものには興味がないようだ。それよりも気になっている爆発の原因を探るため、爆心地へ向かって彼らは駆け足で向かって行った。


 一方その爆心地――2人の王が大技を放った場所では、ヒトカゲ達が一驚を喫していた。自分達には出せそうにない威力の技を、目の前で見せつけられたのだから。
 ようやく怒りが治まりつつあるレシラムとゼクロムは、少々疲れた顔つきでヒトカゲ達の方を向く。それだけでも、今の彼らは肩を小さくしてしまうほど恐がっている。

「今の一撃でも、私達の持てる力の2割も出ていない。覚えておけ」
「あれはまだかわいい方だ。俺達に反抗すると、こんなもんで済まされないからな」

 無言かつ素早く首を縦に振る5人。そして誰もビクティニの安否について気にならないのは、これが日常的に起こっているのだと想像し得たからだ。実に悍(おぞ)ましいことである。

「おい、そこのお前ら! 大丈……あっ」

 その時、ヒトカゲ達に声をかけてきた者がいた。若干息を切らして焦っているようで声色だけでは誰かは判別できなかったが、振り向くと、ヒトカゲとルカリオの表情が緩んだ。

『……バンちゃん!』
「ちゃん付けやめろっ!」

 何ともテンポのいい返しをしてくれたのは、バンギラスだ。久々のやりとりに自然と心が弾む。話しかけようとすると、彼の後ろから次々と“仲間”がやってくる。

「おー久々だなヒトカゲー!」
「ゼニガメ! それにカメックス!」
「ワンちゃ~ん、飼い主のサイクスですよ~♪」
「いつ犬としてお前に飼われたんだよ!?」
「やっぱりだったか。ラティアスちゃん、元気でしたか?」
「えぇ。ドダイトスもベイリーフも元気そうですね!」

 バンギラスをはじめ、ゼニガメ、カメックス、サイクス、ベイリーフ、そしてドダイトスの計6人が集結した。ヒトカゲにすれば、旅における新旧メンバーの全員集合になる。
 再会を喜び合っている際、ふとバンギラスは目線をヒトカゲの後方にずらす。目線の先にいたのは、前回彼らに同行した際に戦った、ジュプトルであった。

「て、てめぇ! 何故ここにいやがる!?」
「……何故って……えっ?」

 バンギラスの声で状況を把握したのか、カメックス、サイクス、そしてドダイトスが瞬時にジュプトルを取り囲んだ。状況をよくわかっていないジュプトルはただただ驚き、挙動不審に陥っている。

「話は聞いてるぜ。てめぇ、相当な殺ポケ犯らしいじゃねぇか」
「俺のかわいいペットをいじめようとしてるらしいな」
「ラティアスちゃん、離れてください! 私が何とかしますから!」

 そう、彼らはジュプトルがヒトカゲ達の旅に同行していることを知らなかった。こうなった原因はもちろんパルキア。すっかり伝え忘れてくれたようだ。


 なんか、ポケモニアに来てからトラブルしか起きてないな、とヒトカゲは肩を落とし、溜息を吐きながら心の中で呟いた。

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