第85話 神の隠し事

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「こうして会うのは何年ぶりになるだろうな、グラードン」

 ヒトカゲ達がハッサムを見つけたのと時を同じくして、グランサンでは2人の神族が崖下に隠れて面会していた。その一方はこの地に居座っている大地の神・グラードンだ。

「我は久しく汝の顔を拝んでなかった。我が盟友、ゼクロムよ」

 今グラードンの目の前にいるのは、つい先程までヒトカゲ達の志を診断していたゼクロムだ。その面持ちは特に変わりなく、いつもどおりの無表情である。

「再会を喜びたいところだが、今回はなしだ。用があってここへ来た」
「用とな。何事だ?」

 用というからには、何かよからぬことでも起きたのかとグラードンは危惧するが、焦りを見せていないゼクロムの様子から察するに緊急性はなさそうだという認識だ。
 ゼクロム自身もそこまで急いで解決することではないと判断しているが、この後にある「本命」に会うためのついでと思ってわざわざグラードンのところを訪れたのだ。

「お前、ヒトカゲのいる集団のことについて、何か知ってるか?」

 何かに動揺してしまったかの如く、一瞬グラードンの動きが固まる。だがそれをゼクロムは見抜けなったようで、グラードンの微妙な変化に気付くことなく返事を待っていた。

「知ってはいるが……汝と関係することでもあると言うのか?」
「あぁ。とりあえず聞いてくれ」

 ゼクロムは話を始めた。数日前に突然自分達の前にパルキアが現れ、強くしてほしい奴らがいるから頼むわと告げたこと。そして子供にしか見えないヒトカゲが混じっていたこと。
 どう考えても神族に関係するようなポケモン達でないと思っているゼクロムにとって、不思議でならないこの事態。確信できる情報を少しでも欲しいようだ。

「……汝の望むべきことは理解した」

 しばらくして、グラードンが口を開いた。「その問いに答えてやろうではないか」という顔つきで、自身が目覚めてから聞いたこともゼクロムに話し始める。

「ホウオウとディアルガ捜し、それがあの者達の目的だ。この目的の中心にいるのが、あのヒトカゲなのだ」

 旅の目的、ルギアとの関係、グランサンでの事件――今のヒトカゲ達につながるような出来事をできるだけ伝えた。それがゼクロムにどう響いたかわからないが、ある程度の情報を得ることができたことに対しては満足しているだろうとグラードンは思った。

「ほぅ。なら、パルキアが何を企んでいるかは知らんと言うんだな?」
「そうとも。我が内にパルキアの謀(はかりごと)なし」

 疑り深い性分なのか、ゼクロムは圧をかけた言い方でグラードンに迫る。それに動じないグラードンの口調や表情から、これ以上攻めるのは無理だと感じたようだ。

「……そうか。お前に聞きたかったのはこれだけだ」

 体を南の方向へと向けるゼクロムをグラードンが呼び止める。どこへ行くのかと尋ねると、ルギアのところへ行って確認したいことがあると言い残し、その場から飛び去った。



「……今は時期ではない。まだ早い」

 完全にゼクロムの姿が見えなくなってから、グラードンがぽつりと呟いた。数歩足を運び、目を向けた先にあるのは、崖下に広がる赤い地面。

「ただ死んだだけなら、話は簡単に済むのだがな」

 崖下を覗き込んだと思いきや、今度は空を見上げている。雲が太陽を覆いかけているのを、何かに思いふけながらしばらくじっと見続けていた。


 それから約1時間後、ゼクロムはアイランドの中心・ディオス島にいた。暗い鍾乳洞の中を自身の電気で青白く照らしながら奥へと進む。
 実はここへ訪れるのはそう珍しいことではない。1年に2、3回はディオス島を訪れて、ルギアと対談しているのだ。この2人はわりと仲がいい。

「来たか、ゼクロム」

 通路の奥にある広い空間に辿り着くと、待ちわびていたような表情のルギアがいた。事実、ゼクロムが現れる数時間前からこの場に待機していたのだ。

「待たせたな。早速だが、聞きたいことがある」
「何だ?」

 先程グラードンから聞いたことを踏まえ、ゼクロムは問いかける。その問いの核はただ1つ――パルキアの企みについて何か知っていることはないかと。
 レシラムとゼクロムのところへ修行しに行かせたということを聞いたルギアからは、沸々と怒りが湧き上がってきている。きつい目つきが鋭さを増す。

「一体、ヒトカゲ達に何をさせるつもりなんだ……!」
「それなんだが、ちょっと聞いてくれ」
「えっ?」

 興奮状態のルギアが一気に怒りを収めた。何かわかることがあるのではないかとすがる思いでゼクロムの言うことに耳を傾けようとする。
 この部屋にはこの2人以外誰もいないにもかかわらず、確証性のある話でないためかゼクロムは小声で話をする。数時間前にレシラムに話していた推測と同じ内容である。
 話が進むにつれ、ルギアの表情が徐々に驚きのものへと変化していった。それが当然の反応だろうな、というのが内容を説明していたゼクロムの思いだ。

「もしこれが本当なら、俺達だけで太刀打ちするより遥かに状況は良くなる」
「だが……神族以外の者達を関わらせるわけには!」
「お前ならそう言うだろう、ルギア。だが考えてみろ。なぜあの詠唱があるのかを」

 詠唱――その言葉を聞いてルギアの言葉が詰まった。これこそ、ルギアが抱いていた最大の疑問。“なぜヒトカゲとルカリオに詠唱を使う能力があるのか”ということだ。
 それは詠唱そのものの常識が覆される事実である。ヒトカゲに会った時からこの疑問については自覚していたのだが、事が事だけに敢えて隠していたのだ。

「詠唱は本来、俺達だけが使える能力であったはず。神族間で力の共有をするためにな」
「……その通りだ」

 ゼクロムの言葉は、ヒトカゲとルカリオが“神だけが使える力”を手に入れているということを意味していた。それがわかっただけで、2人はこの事態の全てを把握したわけではない。

「となると、誰かが意図的に、あいつらに能力を付加したことになる。もちろん、俺ではない」
「私も断じて違う。付加する理由がない」

 しばしの沈黙。互いに頭を俯き加減にして考えを巡らせる。だが答えどころか疑問を解決する取っ掛かりすら見つからない。その原因の1つに、世界の違いがある。
 ヒトカゲ、ルカリオの2人は互いに違う世界で生まれ、生きてきた時間も異なる。そこにどんな意図があるのかを推測することは2人には不可能だった。

「ふむ……埒があかん。一旦保留にしよう」

 ルギアの一言で、この一件は持ち越しとなった。近いうちにまた議論しようということになり、2人の気持ちが少しだけ楽になったようだ。
 大きく息を吐くと、ゼクロムがルギアの名を呼ぶ。実はゼクロムにはもう1つ聞きたいことがあったようで、その話をしようと口を開いた。

「ところで、“王子様”はどうした?」
「……マナフィか。あの子も、不明なままだ」

 2人が口にした、マナフィと呼ばれるポケモンは、神族の中ではかなり若い存在だ。海に住む者達を束ねる役目を担うため、『海の王子』としての位を継承されるはずだった。

「私の失態だ。子供を監視することすらできないとは……他のことを番人達に任せてずっと捜しているというのに見つからないとは、つくづく私は神としての力量不足だな」

 実はマナフィが行方不明になったのは、ホウオウと同時期、つまり20年前である。その時から責任を感じていたルギアはホウオウの捜索を番人達に、自分はマナフィの捜索をしていたのだ。

「自分を責めすぎるな。そして1人で抱え込むな。俺らにも責任はある」

 自嘲気味に笑うルギアをなだめるゼクロム。こう見るとやはり2人の仲は良いようだ。ルギアの気持ちが落ち着くまで、ゼクロムはこれ以上何も言わずに黙って待っていた。


 その後、互いの近況について軽く話し、ゼクロムがラゼングロードへ帰ろうとする。ルギアは頭を軽く下げて礼を言い、ディオス島の外まで見送りに来た。

「すまんな。今日はずいぶん悲観的な思考に走ってしまった」
「気にするな。誰であれ、そういう時もある」

 飛び立とうとゼクロムが足に力を入れたとき、言い残したいことがあったのか、ルギアの方を振り向いた。真剣な表情で、ルギアにこう告げた。

「俺の仮説が正しいならば、いつ惨事が起きてもおかしくない。なるべく早いうちに対策を練る機会を設けよう。当然、パルキアにも出向いてもらうつもりだ」
「了解した。何か動きがあれば、すぐに知らせてくれ」

 互いに頷くと、ゼクロムは飛んで行ってしまった。姿が見えなくなるまでルギアはその場に留まり、完全に視界からいなくなってから、マナフィを捜すために海に潜りこんだ。



「あいつら、昔っから仲良しだよなー」

 ルギアとゼクロムが一緒にいるところを、別の空間からパルキアが見ていた。ただし会話は伝わらないため、雑談程度に思っているようだ。
 普段不敵な笑みを浮かべてばかりのパルキアだが、どういうわけかこの2人を見てから表情が暗い。物欲しそうにしている、といったような顔つきだ。

「俺も昔みてーに、みんなと仲良くやりてーな。そう思わねーかな、あいつは」

 パルキアの目線の先には、何も映っていない鏡のようなものが1つあった。パルキアにも1つだけ、映し出せない空間があるのだ。それをしばらくの間、じっと見つめていた。

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