第87話 修行開始

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「なんだ、最初っから言えよ」
「いきなり囲まれてそんなこと言えるか……」

 ヒトカゲとルカリオがカメックス達に懇切丁寧に事情を説明したおかげで、なんとか納得してもらえたようだ。彼らが事情を知らなかったとはいえ、いきなり囲まれたジュプトルは少々不機嫌になる。
 それが終わるのを見計らっていたのか、ちょうどいいタイミングでレシラムとゼクロムが近づいてきた。総勢11名、この人数を見てさすがの王様も戸惑っている。

「こ、この人数を相手しろというのか……」
「まったく。どうしようもないな、パルキアは」

 溜息をつくしかなかった。これといった詳細を聞いていたわけではないので、せいぜい数人程度だと思っていたのだろう。呆れた表情がよく窺える。

「仕方ない……お前達、ちょっと集まれ」

 レシラムの大きめの声が全員に届く。駆け足で王の下へと向かうが、そのうちの半数はレシラムとゼクロムを目の当たりにして、驚きの余り固まってしまう。

「明日から修行をする。場所はここ、ラゼングロードだ。お前達に事前に準備してもらうことなどはない。いいな?」
『はいっ!』
「詳しいことは明日話す。以上だ」

 それだけ言うと、レシラムは早々とその場を後にする。彼を追いかけるように、ゼクロムもまたヒトカゲ達に背を向ける。「コミュ障か?」という某炎タイプの呟きは幸い彼らの耳には入っていなかったようだ。
 多少気に障るようではあったが、それよりも仲間との再会による嬉しさが上回っている。宿に戻りつつ、和気藹々(あいあい)と話を弾ませていった。



「何か進展はあったか?」

 視界からヒトカゲ達が完全にいなくなったのを確認して、レシラムが口を開いた。どうやらゼクロムがしてきた話の内容が気になっていたらしく、それで早く解散したようだ。

「いや、ない。だが近々俺達で集合して話し合う機会を設けることにした」
「……そうか。パルキアが何をどこまで知っているかだな」

 2人とも、表情を深刻なものへと変える。できれば身内の怪しい動きに疑いをかけたくないのだろうが、詠唱が絡んでいる以上、少なくとも今自分達の置かれている状況だけでも把握しておきたいと思うほど、不安に陥っている。

「お前の推測、できればはずれていてほしいと願うしかない」
「あくまで推測だ。しかも、最悪な場合のな」

 それ以上、ゼクロムは何も言おうとはしなかった。追求したところで喋ってくれることはないとレシラムも気づいたのだろう、口を閉ざした。


 次の日、朝早くから修行が始められた。分担制にし、レシラムにはヒトカゲ、ジュプトル、カメックス、サイクス、ベイリーフが、ゼクロムにはルカリオ、ラティアス、ゼニガメ、バンギラス、ドダイトスがついた。
 なお、ハッサムは「迷惑かけちゃうから、自分達のことにあまり関わらせたくない」というヒトカゲの想いから、みんなのマネージャーとして身の回りの世話をすることになった。

「揃ったな。では始めるぞ」

 先陣を切ったのはレシラム達の方だ。始めると言ってもただ呼び出されただけのヒトカゲ達は、レシラムの方を見て指示を待っている。今にも寝そうなサイクスを除いて。

「その前に、聞きたいことがある」

 突如、声を発したのはカメックスだ。メンバー全員を見渡しながら、レシラムに目を向ける。どうやらこのメンバーに疑問があるようだ。

「何だ?」
「王は炎タイプのはず。同族と弱点である草タイプを強化するのはわかるが、何故俺がこっちなんだ? 水タイプの強化を目的とするなら俺は向こうのはずだ」

 このメンバーで唯一、他のメンバーの弱点を突くことができるカメックスはこの編成に疑問を抱いた。彼の言うとおり、ゼクロム側で修行する方がいいのではと誰もが思っている。

「疑問に思うのが普通だろうが、これで問題はない。信用できないというのなら、“ハイドロカノン”を撃ってみろ」
「なっ……“ハイドロカノン”を?」

 レシラムの返答は思わず聞き返してしまうものであった。水タイプ最強技と言われている“ハイドロカノン”を自分に向かって撃てと言うのだ。
 よほど攻撃に耐える自信があるのか、それとも確実に避ける策があるのか、いずれにしてもこれに応えてみたいという気持ちが強まったカメックスは、地面を力強く踏みしめて構えた。

「じゃあ、撃たせてもらうぜ」

 全身にぐっと力を込め、背中にある2つのキャノンと口から弾丸並みの速さでカメックスの“ハイドロカノン”は放たれた。確実に当たる、その場にいた全員がそう思っていた――レシラムを除いて。
 突如、白い霧のようなものが一瞬にして辺りを支配し、彼らから視界を奪った。それと同時に、熱気が襲い掛かる。一帯はサウナ状態と化した。

「な、何これ?」
「あっついなー。余計眠くなりそう……」

 みんなが、これが何かを考えているうちに風が吹き、白い霧のようなものはあっという間に引いていった。そして彼らが目にしたのは、“ハイドロカノン”が放たれる前と同じ光景だった。

「……俺の“ハイドロカノン”が全く効いてないだと?」
「いいや、違うな」

 堂々と構えているレシラムの姿を見て、多少なりともダメージは与えたと思っているカメックスが驚く。だが「レシラムのダメージは0だと」口を開いたのは、眠気が覚めたサイクスだ。

「“ハイドロカノン”は当たってすらいない……当たる直前に全て『蒸発』したんだよ」
『じ、蒸発!? あれを全部!?』

 そうだろ? という目でサイクスはレシラムの方を向く。驚きの表情を期待していたが、レシラムがそんな表情をしてくれるわけもなく、調子を崩してしまう。

「その通りだ。高温の炎――“あおいほのお”で水を全て蒸発させたのだ」

 そう、レシラムは“ハイドロカノン”が当たる直前に、“あおいほのお”を放ったのだ。先程の白い霧はカメックスの放った水が気化したものである。

「通常お前達が吐く炎は不完全燃焼していて、赤色の炎だ。しかし私の吐いた炎は体内で酸素濃度を調整し、完全燃焼している状態だ。もちろん、温度もこちらが高い」

 そう言いながら、レシラムは小さめの“あおいほのお”を実際に吐いた。初めて目の当りにする技にみんな興味津々で、その凄さを改めて実感している。実際に炎に触ったヒトカゲもその熱さに大きく目を見開いて驚く。

「それでは、修行の具体的な説明を始める」

 淡々とした物言いでレシラムの説明が始まった。カメックスには水圧の強化、ジュプトルとベイリーフには炎を“切る”訓練を、そしてヒトカゲとサイクスには“あおいほのお”にできるだけ近い炎を出せるようにとのことだ。
 はっきり言ってしまえば、ヒトカゲとサイクスへの指示は無謀、というより不可能なものだ。肺活量を上げたところで解決できるような問題ではない。レシラムだから成せる固有技なのだから。

「今から炎でお前達を囲む。そこでどういう練習をしようが勝手だ。何か得るものがあるまで試行錯誤するがいい」

 これ以上の指示はなく、気づけばヒトカゲ達はすでに青色の炎に囲まれていた。レシラムは「獅子の子落とし」のような教え方なのだろうと、全員が心で呟いた。


 レシラム側だけがこのような修行の仕方なのかと思いきや、そうではなかった。時を同じくして、ゼクロム側の方でも一驚を喫するような事が起きていた。

「……お、俺達のコンビ技が……」
「まったく無効化されちまうなんて……」

 こちらでは、ドダイトスとバンギラスのコンビ技――“じしん”で砕かれた大きめの岩での“ストーンエッジ”が、ゼクロムにかすることなく木端微塵になった。

「これが“クロスサンダー”の力だ。電気だからと言ってなめるな」

 ゼクロムは青みを帯びた高圧の電気を自身の発電機で作り出し、その電気を大量にまとめた雷(いかずち)を大岩に叩きつけたのだ。電気の力で岩が砕けるとは誰も想像していなかった。
 自身の固有技で最も威力のある“らいげき”を使っていないところをみると、レシラムよりは手加減したようだ。とはいえ、全員の驚く様子を見ると、十分すぎる威力であることは間違いない。

「では、始めよう。2人組か3人組になって、1組につき1時間、俺と戦闘だ。無論、手加減はしない」

 こちらはこちらで手加減なしの長時間戦闘という辛い修行である。“クロスサンダー”を見せつけられた後だと、全力で行きたくなくなってしまっているようだ。


 夕方になり、修行1日目の終了となった。レシラムとゼクロムの終わりの合図を聞くや否や、ほとんどの者が地面に座り込むか、そのまま倒れこんだ。

「こ、これいつまで続くんだよ……」
「それは私達にもわからん。だが、そう長くは続かないだろう」

 ヒトカゲ達はこれほど辛い修行をしたことがない。もちろん、神族が相手だから余計だ。2人の王は全く疲れた表情を見せず、むしろ涼しい顔をしている。

「明日も今日と同様だ。今のうちに体を休めておけ」

 これが毎日続くと思うと、それだけでさらに疲れが増した感じになったようだ。彼らを気遣うことなく、レシラム達はその場を後にした。


「さて、そろそろ“仕事”だ」
「あぁ、これが本業みたいなものだからな。“悪に裁きを与える”のがな」

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