第77話 ライナスの像

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 数時間後、ヒトカゲ達の目の前に集落が見え始めた。そこはオースに1番近い町『グラス』である。その名の通り、遠くからでもわかるほど草が多い。雑草だらけの町だ。

「意外に近かったね~」
「そうかもな。でも今日はあそこでお泊りにすっか」

 既に夕方近くで、空がほんのり赤みを増してきている。ポケモン達が帰宅したり、買い物やきのみ採取したりと1番活動的になる時間帯である。
 ならばと、ヒトカゲはディアルガに関する聞き込みを先にしたいと言い出す。いつものことだからとルカリオとラティアスは首を縦に振るが、ジュプトルだけは違った。

「何で俺までやらなければならんのだ?」

 やはり協調性はまだない。ホウオウに関すること以外にまで協力しようとする姿勢は見せないでいる。完全にそっぽを向いている状態だ。
 こう言われてしまうと、返す言葉が見つからない。絶対にやってほしいというものでもないが、できれば一緒にしたいという気持ちがヒトカゲにはある。
 おろおろしているヒトカゲ、若干呆れつつも困り顔のルカリオをよそに、一貫してポーカーフェイスのジュプトル。しかしそんな彼でも、彼女には勝てなかった。

「いいじゃないですか、ちょっとくらい~」
「何がいいんだ。俺はディアルガに用事はない」
「そんなつんつんしないでくださいよっ♪」

 血が頭へ急上昇していくジュプトルであったが、それはすなわち「負け」だと認めるということだ。キレそうになったが何とかして怒りを沈めると、脱力したような顔つきになり、大きくため息をつく。

「……わかった、手伝ってやるよ、ったく」

 この態度にヒトカゲとルカリオは酷く驚く。つい前日までは殺してやると言っていた彼が怒りを抑えて素直に従ったのだ。急な変わり様に目を丸くして見ている。

「さすがです♪」

 みんなはラティアスの方へと視線を向ける。ヒトカゲもルカリオも、そしてジュプトルも同じことを思ったようだ。『こいつ何者なんだ?』と。


 しばらくして、4人はグラスにたどり着いた。彼らの予想通り、町へ入ろうとした時にはまるでお祭りでも始まるのかと想像してしまうほど、ポケモン達の出入りが激しい。
 何とかポケモン達を掻き分けながら町の中へと入っていくと、多少ポケモン達の数は減っていたおかげで窮屈さからは開放された。

「それじゃあ、手分けして聞き込むとするか。集合はここでいいな?」

 ここ、というのはわりと大きめの看板が立ててある食べ物屋前のことである。ルカリオの提案に全員が返事をすると、各々ばらばらに聞き込みを開始した。


 ヒトカゲ、ルカリオ、そしてラティアスはいろんなポケモン達にディアルガについて一生懸命聞きまわっている。一方のジュプトルはと言うと、軽く流している程度だ。
 ああは言ったものの、やはり身が入らないようだ。彼からしてみればホウオウにグロバイル復興を頼み込む目的以外の事は全て「寄り道」程度にしか思ってない。

「おい、ディアルガを見たか?」
「ディアルガだって? 冗談よしてくれよ、神様なんかそう会えるもんじゃないんだから」

 視線が合った者にだけ軽く質問しながら、ジュプトルは町の中心部へと向かって歩き続けていた。歩くペースも自然と速くなっている。
 そして町の中心と思われる広場にたどり着くと、彼の目にあるものが飛び込んできた。広場の中心にある、ポケモンの像だった。

「あれは……」

 物凄く見覚えのある種族――ルカリオであることは像の後姿からも容易に確認できた。そのまま像の前方へ行ってみると、彼の予想していたポケモンの姿があった。

「……これが、ライナスか」

 そう、この像はルカリオの父・ライナスの像だ。右胸にはしっかりと稲妻印が刻まれている。ジュプトルも、はっきりとしたライナスの姿を見るのはこれが初めてである。
 像を見て、彼は想いを巡らせている。ライナスに対し、今までは憎しみ以外の感情を持ち合わせなかったが、事実を知ったことにより感謝の心も芽生え、複雑に思っている。
 自分のせいでライナスの仲間のほとんどを殺めたことを、どう償えばいいのか、改めてこの場で考え始める。生きながら何をすればいいのだろうかと考えていた、その時だった。

「どうしたんですか? そんなにぼーっとライナス像見ちゃって」

 突如として声をかけられ、少し驚きながら振り返ると、ジュプトルより少し若いと思われる♀のエネコロロがいた。笑顔で彼のことを見ている。

「……いや、何でもない」

 あまり干渉されたくないジュプトルはその場を離れようとする。だがエネコロロは再び声をかけ、去ろうとしている彼の足を止める。

「なんでこの町にライナス像があるか、知ってますか?」
「……いや」

 言われて初めて気づいたようだ。ライナスの故郷でもないのに、どうしてこの町に像が建っているのか、少し気になったようだ。それを見透かしたかのように、彼女はその経緯について話し始める。

「ちょうど30年前ね、この町は災害にあってきれいさっぱりなくなっちゃったの。誰もがこの地域はもう住めるような環境じゃないって確信していたそうよ」

 ジュプトルは辺りを見回してみるが、とても災害があったような場所とは思えないほどこの町が発展している、と印象づけられた。さらにエネコロロは続ける。

「まさに絶望だった時に、ライナスさんがこの町に来てくれたのよ、1人で」
「1人で?」

 ふと、疑問が湧いた。災害があった所に1人で飛び込んでいくだろうか、ましてやライナスには複数人のメンバーがいたはずであると考えている。
 彼女の話によれば、ライナスは偶然通りかかったとのこと。そして状況を知るや否や、自らすすんで復旧作業に取り掛かったようだ。
 呆然としている住人達を励ましつつ、彼らの目の前で黙々と1人、倒壊した建物の残骸を片付けたり、堆積した土砂を運んだりと、とにかく懸命に動いていたという。

「彼のおかげで、町は救われたわ。その後彼を称えるためにこの銅像を住民みんなで建てたの」
「なるほど……」

 再び、ジュプトルは顔を上げてライナス像を見る。ライナスには悪というものがないと彼に思わせるほど、像の表情が勇ましく見えた。まさに「かっこいい」のだ。
 そのまま目をエネコロロの方へと向けようとした時、像の台座に貼られているプレートに何やら文字が刻まれているのを発見した。そこにはこう書かれていた。


【誰も1人で生きてはいけない。たとえ見えてなくても、誰かが助けてくれていることを忘れるな】
【笑顔でいろ。それが私への最大の恩返しだ】



「これはライナスさんが、町のみんなを励ますために言ってくれた言葉みたいです。感動した住民達がこうやって残したんですって」

 これらの言葉は、まるで今銅像の目の前に立っている自分に対して言っているように、ジュプトルは感じ取ったようだ。その言葉1つ1つが、身に沁(し)みる。
 そしてこれが、先程求めていた答えになっていた。村を護ってくれようとした、その恩返しとして彼がすべき事――笑顔でいることである。

「あら、話し込んじゃいましたね。ごめんなさい。それでは失礼します」

 話が一通り済んだエネコロロは会釈してその場を後にする。その場に取り残されたジュプトルはまた像を見つめ、しばらくすると、何と自然と笑みをこぼした。

(まさか、言葉1つで救われるとはな……偉大さがわかった気がするぜ)

 彼は今、大きな変化を遂げた。自らの意志で、他人に感謝をしたのだ。言葉に出してはないものの、彼の表情がそれを証明していた。笑顔という恩返しの表情によって。


 しばらく銅像の前に立っていると、ジュプトルを呼ぶ声が聞こえてきた。ヒトカゲ達がなかなか戻ってこないのを心配して捜しに来てくれたらしい。
 ヒトカゲ達は、彼の傍にあるのがライナス像だとわかると口を開けたまま驚いている。特にルカリオは像がある理由が知りたくて仕方がなさそうだ。

「……と、住人が言ってたぞ」
「マジか、親父がなー。やっぱすげーな」

 ジュプトルから話を聴いたルカリオも改めて、自分の父親の偉大さを知って感銘を受けている。自分には真似できないことだと思い知らされたようだ。

「そういえば、何か情報あったか?」

 しばらくライナス像を見つめた後、思い出したかのようにルカリオが尋ねる。それに対し、ジュプトルは何も言わぬまま首を横に振る。

「ディアルガに関することは何もない。だが……」
「だが?」

 何か気になる含みを持たせた言い方に、みんなは耳を傾ける。重大なことでもわかったのだろうかと期待している彼らに対しジュプトルが言ったのは、これだけだった。

「似ても似つかぬ親子が、本当にいたことはわかった」

 そう言うと、鼻で笑いながらジュプトルは歩き始めた。その言葉の意味がすぐにわかったヒトカゲとラティアスも笑いを堪えながら彼についていく。ただ1人、ルカリオだけはわからないでいた。

「お、おい、それってどういう……ん、もしかして俺と親父のことか!?」

 ようやく理解すると、ルカリオの怒りはどんどん大きくなっていった。もちろん似てないと言われたことも原因だが、1番はジュプトルにからかわれたという事実だ。
 ルカリオから逃げるように立ち去った彼の顔は軽くではあるが、微笑んでいた。その表情を見たヒトカゲはとりあえず安心できたようだ。これから先そんなに心配いらないだろうと。

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