第78話 看板娘

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「なんでてめぇにあんなこと言われなきゃいけねーんだよ」
「事実を口にして何が悪い。お前自身の半生を振り返ってみろ」

 すっかり日が暮れ、そろそろ宿探しをしたい時間帯になったにもかかわらず、先程の一件で機嫌が悪くなってしまった2人が言い争っているせいで、ヒトカゲとラティアスはその場から動けずにいた。
 だからと言って困っているわけでもなく、傍から見ていると2人のやりとりが楽しいようで、にやつきながら傍観していた。どこか楽しそうなジュプトルと、本気で怒っているルカリオを。

「ジュプトル、そういうてめぇだって、話に出てきたてめぇの親父さんと比べたら随分意地悪ぃ性格だな?」
「何を言うかと思えば。お前の目は節穴か? 犬の視力じゃ見えませんってことか」

 徐々に、というよりは急速にエスカレートしてきたところで、ヒトカゲとラティアスによるストップがかかる。我に返ったルカリオとジュプトルが辺りを見回すと、見物している者がざっと数十名。
 その集団の中から、「あの稲妻印って、もしかして……」のような声が聞こえ始めている。この町にとってライナスは英雄である、それ故にその息子と思しきポケモンがいれば騒ぎどころではなくなる。

(やばっ! これは……逃げるしかない!)

 冷や汗をかいて焦りだしたルカリオは一刻も早くこの場から立ち去るべく、ヒトカゲとラティアスの手を引っ張り、集団の中を縫うようにして走り出した。
 ただ1人、その場に残されたジュプトルは言いようのない焦燥感に襲われ、いてもたってもいられず、彼もまた逃げるかのようにその場を後にした。


 ようやく人気の少ないところへやってきた4人。町の外れなのだろう、建物が点在している。息が上がっていたのが落ち着くと、冷静になったルカリオとジュプトルが呟く。

「宿、探すか」
「同感だ。疲れるだけだしな」

 疲れてしまったヒトカゲも嬉しそうな顔をして頷いた。さて探し始めようと4人が1歩踏み出した、まさにその瞬間だった。全員の目に何やら目立つ看板が飛び込んできたのだ。そこにはこう書かれていた。

“旅館 黒子”

 その看板は100歩歩かずとも着いてしまうほどの距離にあった。気合入れて損した、といった顔をする4人であったが、結果として今晩の宿を見つけることが出来て嬉しそうだ。
 ただ気になったのは、旅館の名前である。“黒子”という名前に何だか不気味な感じがしてならないようだが、周りに泊まれそうな場所も見当たらないため、ここに泊まることにした。


 民宿の扉につけてあるベルが鳴る。誰かが入ってきた合図だ。従業員がそれに気づき、カウンターから入り口へと向かい客を出迎える準備をする。
 お気に入りの飾りを耳につけ、前足で毛並みを整え、きちんと定位置につく。扉が7割方開いたところで、ゆっくりと頭を下げて挨拶をする。

「いらっしゃいませ、ようこそ旅館黒子へ……あら?」
「こんばんは……あれ?」

 最初に中に入ってきたのはヒトカゲ。彼を見た従業員はおもわず驚いた。そしてヒトカゲも、従業員の姿を見て驚かずにはいられなかった。
 彼を出迎えた従業員というのは、まさに旅館の名前が表す姿そのもので、黒色をしている。そして外見は猫のよう。この世界では、このポケモンはこう呼ばれている。

「ブラッキー! ここにいたんだ!」
「1年ぶりかしら。久しぶりね」

 そう、彼女は1年前にプテラとカイリューと活動していたブラッキーだ。彼女も彼ら同様、執行猶予期間なのだ。後に聞くと、半年ほど前にここで働き始めたのだとか。

「なんだか、私が綺麗だとかで客足が増えてね、おかげで看板娘になれたのよ、フフッ」

 特にその経緯についてヒトカゲは触れるつもりでなかったのだが、ブラッキーは嬉しそうに喋り続けていた。こんな性格だったっけと彼に思わせるほどだ。
 しかしそれだけ、彼女が充実しているということになる。今まで見出せなかった、自分の輝かしい未来というものを今手に入れている。それが傍から見てもわかるようだ。

「ヒトカゲ、知り合いか?」

 ブラッキーが喋り終わったのを見計らい、ルカリオが興味本位で尋ねる。そして何食わぬ顔で、首を縦に振りながらヒトカゲは応える。

「うん、1年前にカイリューとプテラと一緒に行動してたんだ」
「……お前の知り合いって、元殺し屋多いな」

 ヒトカゲと出会ってそこまで長くないが、彼から紹介してもらうポケモン達の中にいる元犯罪者の割合が高いことにルカリオは恐怖を抱いている。もちろん、彼の中ではカメックスも犯罪者のカテゴリーに位置している。

「あら、お知り合い?」

 1年前とは違うメンバーの顔を見て、ブラッキーが興味をいだいている。ヒトカゲが1人1人の紹介をすると、笑みを浮かべながら彼女も挨拶する。

「ようこそ、旅館黒子へ。私は従業員のブラッキーでございます。お見知りおきを」
『ど、どうも……』

 素性を知ってしまったために、ブラッキーの笑顔が逆に恐ろしく感じるルカリオ達。顔が引きつっている彼らを、ヒトカゲとブラッキーは首をかしげながら見ていた。



「カイリューとプテラにも会ったのね。元気そうだったかしら?」
「うん。2人とも元気だった。やるべきことを見つけて忙しそうにしてるよ」

 大部屋に案内されたヒトカゲ達はくつろぎながら、ブラッキーと話をしている。彼女は1番気にしていた、かつての仲間の近況について知ると、ほっと胸を撫で下ろした。
 逮捕後1度も顔を合わせていないと彼女は言う。会いたくないというわけではなく、彼らがどんな風に変わっていたのかを知るのが少し怖かったのだと打ち明けた。

「そう……ならば今度会ってみようかしら」

 話を聞いて安心したようで、ブラッキーは自分で淹(い)れたお客様用のドリンクをさりげなく飲み始める。ちなみに今飲んだのはルカリオに差し出すはずの分である。

「ところで、今あなた達は何をしているの? アイランドからこんな遠くまで来て」

 今度はヒトカゲ達が答える番だ。待ってましたと言わんばかりに経緯の説明が、途切れることなくヒトカゲの口から伝えられる。ルカリオ達にしてみればうんざりするほど聞いた内容だからか、耳栓をしていた。
 そして自分達がホウオウを捜してここまでやって来たことを聞くと、ブラッキーは何かを思い出したかのように彼に語りかける。

「ホウオウなら、確かこの前オースへ飛んでいくのを、私見たわ」
『ほ、本当!?』

 思ってもみない情報がヒトカゲ達に舞い込んできた。ブラッキーがホウオウを見たという。これだけでも満足なのだが、彼女はさらに情報を持っていた。

「本当よ。それと、ここのところ、オースから出入りしている様子はなさそうよ」

 ここまでわかれば、ヒトカゲ達がこれ以上苦労することはなくなる。明日起きたらオースに向かい、ホウオウがどこにいるか捜すだけでいいのだから。
 こうなると安心感が増していくと同時に、少しだけ気になることが出てきたようだ。20年も行方知れずだったホウオウがこう簡単に見つかるのだろうかと。
 だが、今それはそんなに考え込むようなことではなかった。とにかく目的が果たせることが嬉しく、自然と笑みがこぼれてしまう。

「じゃあ、明日すぐ行こう! そしてホウオウに会わなきゃ!」
「そうだな。ようやく会えるんだもんな」
「私、願い事考えなきゃ!」
「願い事をかなえる神じゃないだろ」

 嬉しそうな様子を傍で見ているブラッキーも、だんだんと嬉しくなってきたようだ。互いに喜び合える嬉しさというものを、この半年間で彼女は理解できたのだ。
 以前の自分を捨て去り、1からこの旅館で「触れ合う」ということを学ぼうとしたのが半年前。今に至るまでたくさんの経験を積んで、ここにいる“ブラッキー”が生まれた。

「それじゃあ、私は戻るわ。何かあったらフロントまでいらっしゃい」

 業務に戻るため、ブラッキーが部屋を後にした。挨拶を済ませ、ヒトカゲ達は荷物袋から食料を取り出し、部屋の真ん中に堂々と広げて夕飯を食べ始める。


 その夜、宿泊客の誰もが寝静まっている頃、4人だけが寝付けないでいた。みんな落ち着いているように見えるが、自然と胸が高鳴っている。それぞれ思うところがあるのだろう。
 神様という存在ならば、ルギアにグラードン、そしてパルキアにも会っている。だがホウオウだけは彼らの中で特別な存在に思えて仕方ないらしい。眠りにつくまで、彼らはあれこれ思いを巡らせていた。

 全ては明日――明日、ホウオウに会える。それから……。


 同じ頃、ブラッキーは読書をしながらカウンターで夜勤をしていた。普段なら静けさいっぱいのこの時間帯、今日に限って珍しく風が吹いている。
 雨でも降ってくるのかと思った彼女が戸を閉めようと入り口に立った。だが雨が降る気配はない。その代わり、生温く、気持ち悪い風が吹いていた。

「あら、何だか変な風ね。不気味」

 まるで、そこに誰かがいるような温もりを感じた彼女は「幽霊でも現れたかしら」と冗談を呟きながら、扉を閉めた。

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