第76話 ミュウちゃん

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 次の日にはなんとか機嫌を元通りにしてくれていたジュプトルを見て、3人は安堵の表情を浮かべた。とは言っても、彼のぶっきらぼうのところまで直っていたわけではない。

「ジュプトル、朝食食べようよ」
「いらん。朝は食えん」

 ヒトカゲからの誘いも断り、部屋で再び眠り始めた。朝が弱いわけではなく、できるだけ1人でいたいという表れである。そんな彼を見て、どことなく、アーマルドと似ているように見えたようだ。

「あ~あ、アーマルドならすぐボコれたのにな~。あいつ相手じゃ俺が殺されかねねぇし」
「そうですね。ルカリオさん殺してもお金ありませんしね」

 そこへ、食べ物を咥えたルカリオとラティアスがヒトカゲの元へとやって来た。ちなみに彼女の発言は寝ぼけて発してるものではない。3人揃ったところで、部屋の外からジュプトルの方を見る。
 わざと視界に入らない向きで、寝ている、というよりは瞼だけ閉じている状態だ。会話は全て耳に入っている。それを知ってか知らずか、ヒトカゲ達は本音で話をする。

「いっそ思いきってボコってみたら?」

 ルカリオにラティアス、そして寝たふりをしているジュプトルも小さく驚く。誰もこのような思いきった発言をするとは思っていなかったのだろう。

「……う~し、やってみるか。寝てることだし」

 この大胆な発言ですっかりその気になったルカリオの拳は既に握られていた。つかつかとジュプトルへと近づいていった、まさにその時であった。
 ヒトカゲ達が気づいた頃には、ルカリオは後方へ向かって宙を舞っていた。何が起きたかと目線を元に戻すと、藁の布団の上で構えているジュプトルが目に入ってきた。
 近づいてきたルカリオに危機感を感じたのか、それとも無性に苛々していたのかはわからないが、彼に向かってとびっきりの蹴りをお見舞いしたのだ。自己防衛のつもりらしい。

「わかった。食えばいいんだろ」

 渋々と、そしてため息交じりにジュプトルがそう言いながら布団から出て、宿場の食堂のある方へと歩き始める。それを見て嬉しそうな表情をするヒトカゲとラティアスも後を追う。もちろんルカリオは放置。


 朝食が終わると、すぐさま宿を出発した4人。元気よく、と行きたいところだが、腹部を抱えて俯きながら歩いている者が約1名。

「痛って~、くそっ……加減なしで蹴りやがって」

 被害者であるルカリオは加害者であるジュプトルをきっと睨みつける。しかし本人はその目線にすら気づかずに、涼しげな表情だ。それに腹を立てるが、自然と腹に力が入るせいで再び痛みに苦しむ。
 そんな時だ。ルカリオの頭に何かが乗っかったように重みを感じた。目線を上げるがそれだけでは何も確認できず、両手で頭の上のものを捕まえようとした。
 だが既(すんで)のところで重みの感覚が消える。掴もうと思って出した手が頭上で交差する。体のバランスが崩れながらも、振り返ってその存在を確認しようとした。

「……あ、あれ……?」

 ルカリオの顔が青ざめていく。それもそのはず、彼の目に映っているのは、彼が1番恐怖を抱いているポケモン――チーム・ブラスタスのリーダーである、隻眼のカメックスなのだから。
 ずっとルカリオの事を忘れていたヒトカゲ達がふと後方に目をやると、腰を抜かしているルカリオと、彼をじっと見下ろしているカメックスの姿があった。ヒトカゲ達は2人のもとへ駆け寄る。

「ルカリオさん、スリでもしたんですか?」

 何も知らないラティアスがそう言うが、今のルカリオには突っ込みもできない。そんな彼をよそに挨拶しようとしたヒトカゲだが、カメックスのある異変に気づく。それがわかると、ヒトカゲはより一層笑みを浮かべた。

「かわいそうだから、もうやめてあげたら?」

 それを聞いたカメックスは軽く微笑んだ。刹那、カメックスの体が光り輝く。突然の事にヒトカゲ以外の全員が口を開けて驚いていて、我に返った時には別のポケモンの姿が飛び込んできた。

「あれ~、なんでバレちゃったの?」

 そこにいたのは、過去にヒトカゲ達の前に忽然として現れては助言をしていった謎の旅人・ミュウだった。今回も“へんしん”でルカリオをからかって面白がっていたのだ。
 残念そうにミュウは空中でうなだれている。そんなミュウに対してヒトカゲは面白そうに、正体を見破った理由を説明する。

「だって、カメックスが隻眼なのは左目だもん。今見たら右目に傷があったよ」

 そう、カメックスの傷は左目にある。ルカリオも言われるがままに彼の顔を思い出すと、確かに記憶の中のカメックスはヒトカゲの言うとおり、左目が隻眼であった。

「ぼ、僕としたことが……間違えちゃった……」

 両手で目を覆い、さらにブルーになってしまったミュウ。ミスをしたことが相当ショックだったようだ。「まぁまぁ」とヒトカゲが優しく慰めてあげている姿はまるで友達のよう。
 ルカリオは脱力して仰向けに倒れこみ、ジュプトルは初めて目にした幻の存在にまだ驚きを隠せないでいる。そんな中、ラティアスだけは全く違った反応を見せた。

「……か、かわいい~♪」

 まるで癒し系動物を見たかのような表情でミュウを見ている。そして無意識のうちにミュウへと接近し、近づくや否や思いっきり抱きしめたのだ。

「ミュウちゃんギガントカワユスな~♪」
「えっ、あの……ミ、ミュウちゃんって……」

 さすがのミュウも戸惑いを隠せない。ラティアスのデレデレ具合を見ればなおさらだ。これにはヒトカゲもただ苦笑いをする他なかった。

「あ、あのさ、今日はどうしたの?」

 とりあえず気だけでも紛らわせてあげようと考え、ヒトカゲがミュウに質問する。頭を撫でられつつも、ミュウはいつものように振舞おうとした。

「そろそろ、いいこと教えてあげようかな~なんて思ってね」

 ミュウといえば、ヒトカゲ達の前にふと現れては、その後の出来事を意味するような言葉を残していく、まるで占い師のような存在だ。そんなミュウの言うことだ、何かまたプラスになるようなことを言ってくれると期待しているところに、珍しくジュプトルが割って入る。

「おい、訳がわからん。説明しろ」

 ミュウの可愛さに夢中になっているラティアスを除き、唯一話についていけないジュプトルはいてもたってもいられず、口を挟んだ。幻のポケモンとヒトカゲが普通に会話しているのを不思議がるのも無理はない。

「えっとね、それは……」

 懇切丁寧にヒトカゲはミュウと出会った時の話から始める。一通りの説明を聞き終わると、ジュプトルはさらに驚くことになる。グロバイルでの出来事をミュウが予知していたのを知るからだ。

「どういうことだ。そんな情報、俺を見張っていない限り知りえないことなはずだ」
「簡単だよ。ちょっとわざを使えばわかるんだもん」

 少し間が生まれる。わざを使ってそんなことができただろうか、頭をひねっていると、ようやく気分が落ち着いたルカリオが戻ってきた。

「“みらいよち”か?」
「そっ♪ ちょっと先の未来なら見えるんだ♪」

 へぇ、と感心するルカリオ達であったが、ヒトカゲだけは首を傾げている。何かがひっかかっているようで、思い切ってミュウに尋ねてみる。

「ミュウって、“みらいよち”使えたっけ?」

 それはヒトカゲだから出てくる疑問である。人間のいる世界で、ヒトカゲはかなり前からミュウ、そしてミュウツーの存在を知っていた。ミュウのまつ毛から採取した遺伝子によって、いわば「兵器」として造られたミュウツーの経緯までも。
 経緯を知った際、「ミュウにもできない事を、ミュウツーには取り入れる必要がある」という科学者の声明をどこかで耳にし、結果ミュウツーには“みらいよち”を覚えさえたと、後にリサから聞いたことがあったようだ。

「えへっ、実は僕使えるんだ~♪ なぜかは教えられないけどね」

 可愛く、そして自慢げにミュウは答えた。理由は気になるものの、とりあえず“みらいよち”を使えることに納得したようだ。
 それからすぐにミュウはラティアスの腕からするりと抜け出し、宙へと浮かび上がった。どうやらいい時間になってきたらしい。

「じゃあ、教えてあげるよ。次の出来事に関することはね……」

 全員が固唾を呑んでその言葉を待った。1秒が1分経過したように感じている。ミュウを見つめながら、ヒトカゲ達はこの言葉を聞いた。

「『見た目で判断しちゃダメ』。下手したら本当に危ない目に逢っちゃうかも」

 この言葉が何を意味するかはまだ誰もわかっていないが、共通して思ったことがあったようだ。ヒトカゲ、ラティアス、そしてジュプトルが同時にルカリオの方を見る。

「……な、何だよ。何が言いたいんだ?」

 一気に注目を浴びたルカリオは戸惑っている。そして彼以外のみんなが口を揃えて「その通りだと思う」と言ったのだ。この時彼の中では沸々と怒りが湧いてきたらしい。

「それじゃあまた会おうね~♪」

 言葉を伝え終わると、クスクスと笑いながらミュウは飛び去ってしまった。何となく取り残された感じになってしまった4人は、しばし呆然としていたものの、再び歩き始めた。



「なんだろ、今回は未来のことじゃない気がするね」
「そうですね。『見た目で判断しちゃダメ』って……」
「こいつの事そのまんま言っただけじゃねぇか」
「て、てめぇら――!!」

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