第75話 オースへ

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 次の日の朝、全員がライボルトの家の外にいた。これから旅に出発するヒトカゲやルカリオ達はもちろん、この家の住人であるライボルトまで荷物を抱えていた。

「私はメンバーだった奴らに報告をしてくる。ライナス以外は、みんな独り身だったからな」

 元メンバーの地元を巡り、1人1人の墓を立てていくという。そしてルッキーには自分から説明しておくと言うが、ルカリオは黙ったまま首を横に振る。

「俺から直接、お袋には伝えたい。その方がいいと思うから」

 そうか、と納得した様子でライボルトは彼の意見を尊重することにした。そしてそのまま、そっとジュプトルの方へと視線を向ける。どこか神妙な面持ちにも見える。

「気にするな。あいつらなら赦してくれると思う。お前は、先を見ていればいい」

 何かを言おうとしたのか、ジュプトルが口を開こうとした。だがその時には既にライボルトはみんなに背を向けて歩き出していた。開いていた口を少し強く閉じる。

「それじゃ、僕達も行こうよ」

 ライボルトの姿が見えなくなってから、ヒトカゲはみんなの方を振り向いて言う。ルカリオとラティアスはすぐに首を縦に振るが、どこへ向かうかも知らされていないジュプトルだけ眉間を寄せている。

「どこへ向かうつもりなんだ?」
「あー、そういや言ってなかったな。実は『オース』って場所にホウオウが向かったって情報がちょっと前に入っててさ」

 普通なら思いもよらぬ情報に驚くところだが、今のジュプトルは驚きすら顔に出そうとしない。「そうか」と一言で済ますだけに止まっている。
 無愛想に見えるが、今の自分達のような環境を経験したことがないからだろうと全員が思っているため、特に気にすることなく受け止めていた。

「じゃあ、レッツゴーしましょう」

 目的地がはっきりしたところで、ラティアスを先頭に、ヒトカゲ、ルカリオ、そしてジュプトルが続いて歩き始める。目指すはここ『ハイボル』から北の方角に位置する、『オース』へ。


 彼らが道なりに歩いている姿を、上空から見つめている者がいた。それがヒトカゲやルカリオ達だとわかると、にいっと、不敵な笑みを浮かべて嬉しがっている。

「これで、大体役者は揃ったみてーだな」

 その者――パルキアの頭の中にある計画通りに事が運んでいるらしい。何年も前から練ってきた計画が、あと少しのところで実現に至るまでにきているのだ。

「全員で5人か……まだ不安要素はあるが、今のところ時間がないわけではねーし、なんとかなるだろ」

 自分の姿がヒトカゲ達に気づかれていないことを確認すると、右手で空間を切り裂く。彼らに背を向けて自分の空間へ戻ろうとする際、もう1度振り返ってこう呟いた。


「神ならぬ身で、神に抗うことができるか……そのうち見させてもらうぜ」




「ほぅ、リザードンから退化か……」

 歩き始めて1時間、話題はヒトカゲの過去話になっていた。見た目が子供であるだけに、以前戦った時に信じられないほどの力を出していたことをずっとジュプトルは気にしていたのだ。

「早くリザードンに戻りたいんだけどね。ホウオウにディアルガ捜せって言われてもね~」
「骨が折れる話だよな……」

 笑い話として話すヒトカゲと、その話を聞くだけで物凄く疲れた表情をするルカリオ。それを見てラティアスが心配そうにルカリオに近寄るが、彼女お得意の天然が発動した。

「ルカリオさんの特性、もしかして“なまけ”ですか?」
「あのものぐさゴリラと一緒にすんな! 俺は“ふくつのこころ”だ!」

 彼女からしてみれば本気で心配したことであるため、何故ルカリオが怒るのかがわからず驚いている。もちろん彼女でなくても、普段の姿を見ても彼の特性が“ふくつのこころ”だとは誰も思わないのが当然である。
 このやりとりをヒトカゲは楽しそうに見ているが、ジュプトルにとってはただのもめ事と同じ。軽くため息をついて彼らから目線を逸らす。

(くだらん。誘いに乗った俺が間違ってたか……ん?)

 その時、ジュプトルは不自然に落ちていた1輪の花を見つけた。手にとってよく見ると、まだ咲き始めの花であった。おそらく誰かが落としたのだろうと判断すると、すぐ捨てようとした。

「あっ、きれいなお花じゃないですか」

 ルカリオとのごたごたが終わったラティアスがジュプトルの方へと向かった。彼が持っていたのは彼女の好みの花だったらしく、羨ましそうに見ている。

「どうしたんですか、この花」
「不自然に落ちてたのを拾っただけだ。こんなもんいらんから、お前が片付けとけ」

 そう言うと、ラティアスに向かって花を投げつけ、再びジュプトルは歩き始める。嫌っているわけではないのだが、体が反射的に避けてしまうのだ。
 冷たくされて本来なら怒りたくなるところだが、彼女は違った。自分に背を向けたジュプトルに向かって、呼び止めるように少し大きな声で話を始める。

「こんなもんじゃないですよ。こうするとかわいいじゃないですか」

 文句でも言う気なのか、と思ったジュプトルがラティアスの方を振り向く。そして彼女が目に入ると、彼は驚きのあまり目を見開き、言葉を失った。

「……ほらね? かわいいでしょ?」

 ジュプトルが見たのは、先程投げつけた花を右耳に飾り付けているラティアスの姿だ。好きな花だということもあり、とても嬉しそうな表情である。
 刹那、これまでに抱いたことのない感情がジュプトルに襲い掛かる。電気が体中を流れるような旋律を覚え、体が固まってしまう。頭の中では自身の置かれている状況を理解しようと相当焦っている。

(な、何だこれは……俺に何が起こっている? この感情は一体……?)

 顔こそ赤くはないものの、緊張によく似た感じを受けている。足掻いてもどうにもできなかったので、しばらく黙ってこの感情が落ち着くのを待つことにした。

「ん、どした? ジュプトル」
「……俺に構うな……」

 ルカリオをはじめとしてみんなが様子のおかしいジュプトルを気遣うが、本人は構っているどころではない。何かを振り払うかのように、頭を抱えながら1人で歩き始めた。


 さらに数時間後、歩き疲れたヒトカゲは地面にへばりついてそこから動こうとしない。ちょうど昼食の時間帯ということもあり、休憩を取ることにした。
 出発する前にライボルトからもらった食料を広げ、自由に取って食べ始める。それぞれマイペースで食事を進めていく中、ある話題が挙がった。

「ねぇジュプトル、村がなくなった後、どうやって生活してきたの?」

 ヒトカゲが何気に気になっていたことだ。それを聞いたルカリオとラティアスも確かにと思い耳を傾ける。一気に注目を浴びることとなったジュプトルだが、妙に落ち着いていた。

「なんでそんなことを聞く?」
「だって、いろいろ大変だったと思うからさ。今までどうしてたのかなって」

 もちろん、全てを知りたいというわけではない。何かを共有できないだろうかというヒトカゲの純粋な想いから出た質問だ。その問に対し、ジュプトルの応えはしばらくしてから返ってきた。

「お前ら、何か勘違いしていないか?」

 返答が予想しなかったものだけに、3人とも驚き、おもわず食事の手を止めてしまうほどだ。その返答の意味がわからないでいる3人に向けてさらに続く。

「確かに俺はお前らに感謝はしている。だが、だからと言ってお前らと親しい関係になろうとは思ってない。今のところはな」

 これが今の本心のようだ。場の空気が一気に重くなるのをヒトカゲとルカリオは感じた。だがそんなことお構いなし、というよりは場の空気を読めない者が1人。

「ジュプトルさんって、いわゆるツンデレなんですね、わかります」

 この強者――ラティアスの発言に一同絶句。口を開いて固まってしまった。特にジュプトルに至っては未だかつて誰にも見せていない顔つきになっている。
 どうしてみんな固まってるんだろうと、ラティアスは首をかしげている。口を開いたまま、喉から声を出すようにして他のみんなは必死に言葉を発する。

「い、いま……」
「ツンデレって……」
「……俺がか……?」

 そこで普通ならば、慌てて謝罪するところである。だが悪いことを言ったと思っていないラティアスは、ものすごく正直な返事を言い放つのであった。

「あっ、はい……そうです」

 次の瞬間、ジュプトルの頭の中ではぶちっと音を立てて何かが切れた。それを合図に、自分のツメを立ててラティアスに襲い掛かろうと飛び出したのだ。

「こいつ、今この場で殺してやる!」
「ま、待てって落ち着けよ!」
「ストップストップ!」

 憤慨しているジュプトルを、ヒトカゲとルカリオが足を掴んで必死に止めている。この状況になってようやくラティアスは自分が何か悪いことしたのだろうと思い、小さく謝るのであった。


 夜、道の途中にある宿場で4人は夜を明かすことにした。当然ながら夜になってもジュプトルの怒りは収まらず、他の3人が寝静まった後も苛々によって寝付けないでいた。
 1人起き上がり、部屋の壁に背中をつけて腕組みをし、じっと何かを考えている。苛立っている様子から想像するに、おそらく今日の出来事を振り返っているようだ。

(まったく、今日はとんだ1日だったな。こんな奴に振り回されるとは……)

 目線をラティアスの方へと向ける。彼女は手のツメを口元に当てるという何とも可愛らしい格好で寝ていた。そんな彼女をじっと見つめた後、そっと瞼を閉じる。

(振り回された分、久々に“自分”を出せたがな)

 そのまま窓から空を見ると、月が出ていた。満月ではなく三日月であったが、自分を照らしてくれるほどの眩(まばゆ)い光を放っていた。

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