第74話 各々の動き

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「おいニドキング、いいのか?」

 黙って帰ろうとするニドキングを、申し訳なさそうな表情でライボルトは止めようとする。黄金色に輝く夕陽が彼らを照らし、また影をつくる。

「何がだ?」
「何がって……お前なら、あの状況で逮捕しないはずないだろう。それを見逃すなんて……」

 警察が犯罪者を見逃すなど、どの世界においてもあってはいけないことだ。特にニドキングの場合、その世界では恐れられているほどの豪腕ぶりを発揮する存在。それをよく知っているライボルトからしてみればあり得ないことだったのだ。

「じゃあ、お前はあいつを黙って引き渡すつもりだったか?」
「あ、そ、それは……」

 ライボルトの言葉が詰まった。黙って引き渡すつもりなら家にあげるはずはない。頭の中ではそれが犯罪であることはわかっているが、行動と反してしまっている自分がわからなくなっていたのだ。

「なぁライボルト。『情』ってものは、どうしてこうも誰かを救いたがるんだろうな」
「えっ?」

 ニドキングが言ったこの言葉の意味をすぐには理解できず、反応に戸惑ってしまう。あまり見せない表情に彼は軽く笑うと、再びライボルトに背を向けた。

「また近いうちに来るわ、じゃあな」

 そう言うと、夕陽が輝いている方向にニドキングが歩き始めた。ライボルトには、彼の背中がまるで自分の父親のそれと同じように、広く、そして大きく見えたそうだ。


 その後、「宿になるような場所は当分ない」という理由から、ライボルトの家に再び泊まることとなった4人。さすがに申し訳なさを感じているせいか、食事中も肩身の狭い思いでいた。
 だが、この場にジュプトルはいない。「悪いが食欲がない」と言って1人でどこかへ行ってしまったのだ。きっとまだ馴染めないからだろうとヒトカゲとルカリオは考えていたが、それでもラティアスは心配でしょうがない。

「わ、私捜しに行ってきますっ!」

 かじりかけのきのみを一気に食べると、ヒトカゲ達が止める余裕もないほど猛スピードで部屋を飛び出していった。玄関を間違えて壁に頭をぶつけたことはすぐに知られてしまうが。



「もう、どこに行ったのかしら?」

 玄関を勢いよく出て数m、右も左もわからないこの村でどうやって捜そうか、きょろきょろと辺りを見回しているラティアスに背後から声をかけた者がいた。

「誰を捜してるんだ?」
「……え、あれ?」

 声の主は、今まさにラティアスが捜そうとしていたジュプトルだった。どうやらライボルトの家の前で夜風に当たっていただけのようだ。彼女の頬が少し赤くなる。

「ちょ、ちょっともぉ、驚かせないでくださいよ!」
「俺は驚かしたつもりはない」

 徐々に恥ずかしさが増していくラティアスの顔はそれに比例してさらに赤くなる。彼女の表情を見ても、ジュプトルはくすりとも笑わない。腕組みしてただ見ているだけだ。

「それで、俺に用でもあるのか?」

 ため息混じりに言った。なんだか馬鹿にされているように思ったのか、ラティアスは軽く口を膨らませ、ちょっと不機嫌そうに返答する。

「用があっちゃいけませんか? 私はジュプトルさんが心配になっただけです」
「心配?」
「そうですよ。ごはんも食べないし、1人でどっかに行っちゃうし、心配しないわけないじゃないですか」

 実は、ヒトカゲよりもルカリオよりも、ラティアスはジュプトルを気にかけていたのだ。恋愛感情ではなく、むしろ我が子を心配に思う母親のような感情を抱いていた。

「そんなの知ったことか。俺の勝手だろ」
「あっ、ちょっと……」

 そう言いながら、ジュプトルは家の中へ入っていった。あれこれ言われるのが苦手なようだ。扉のバタンという音がラティアスの耳に入ると、今までの興奮が一気に冷め、悲しい表情へと変化する。
 ラティアスには、今のジュプトルを理解することができなかった。孤独に生きてきた者が、集団の中に入っていくことが容易でないことに。


 夜明けも近くなってきている時間帯に、ヒトカゲは目を覚ました。薄暗くて部屋の中を見渡してもよく見えないが、全員の寝息は聞こえてきた。まだ誰も起きていないようだ。

「……まだ夜だ。目が覚めるなんて珍しいな」

 ふと、頭の中にフラッシュバックしてきた、今までに会ってきた仲間の顔。ゼニガメからはじまり、一緒に旅をしてきたベイリーフや相手をしてくれたサイクスなど。

「みんな、早く戻ってきてくれないかな~。何してるのかな~」

 仲間のことを考えながら、再びヒトカゲは眠りについた。「再び戻ってくる」と言っていた彼らは、各々のすべき事を着実に消化しながら、早くヒトカゲ達と合流することを望んでいた。



「それ、マジですか! おじ……警視」

 小さい会議室で大声を上げたのは、カレッジ内の警察署に勤務しているバンギラスだ。ライボルトの家を離れてから数時間後にニドキングがカレッジに戻り、事情を説明したのだ。

「そういうことだ。ま、何かあっても私が責任取るだけの話だからな」
「もみ消すのは責任じゃないかと……」

 いつものように笑いながら話すニドキング。笑いながらではあるが、意味しているのはそれこそ犯罪である。そんな彼がバンギラスにとって心配でならないようだ。

「ところで、お前に任せた件、どうなった?」

 ニドキングが尋ねたのは、バンギラスに任せてあった事件のことだ。バンギラスは巡査であるにもかかわらず、任される仕事は何故か刑事が担当するようなものばかり。これもおそらく彼の仕業であろう。

「あっ、あともうちょっとで片付きそうです」
「そうか。なら片付いたらすぐにヒトカゲ達に合流してこい」
「……えっ?」

 それは願ってもない言葉だった。いつかは頼み込んでみようと思っていたことがニドキングの口から聞けたことに、おもわずバンギラスの顔が綻んだ。

「い、いいんですか!? 他の任務は……」
「それぐらい何とかなる。たぶんヒトカゲ達も待ってるだろうしな。それに……」

 そこまで言いかけると、ニドキングの表情が一変、真面目な顔つきになる。急な変化に気づき、バンギラスも不思議がって顔を覗きこむような体勢になった。

「なんだか、あまりいい予感がしないんでな。今回のあいつらの旅は」



 時を同じくして、ロルドフログの隣に位置する村『ビレ』にある宿屋の中には、ポケモン達から受けた依頼を1つずつ片付けている、チーム・ブラスタスことゼニガメとカメックスがいた。

「あと2つ依頼片付けたら、ようやく終わるね、兄さん」
「あぁ。今回は厄介なもんばかりだったから、時間かかっちまったな」

 藁の布団にうつ伏せになって会話する2人。仰向けで寝れないのが悲しい習性だ。藁の気持ちよさにゼニガメがうとうとしつつも、会話は続いた。

「兄さん、早く片付けてヒトカゲ達と合流しよう」
「そうだな……しかし、まさかアーマルドとはな。運命って奴は、ずいぶん残酷なことしてくれんじゃねぇか」

 先日ドダイトス達がカメックス達のところへ到着して開口1番に告げた、グランサンでの出来事。「優しさというものがない」とルカリオに揶揄されるカメックスだが、誰よりもアーマルドを気にしていたと自負するほど、弱者を想う気持ちを持ち合わせているのだ。

「ゼニガメ。運命が不幸をもたらすとしたら、その運命、ぶっ壊しに行くぜ」
「う、うん」

 ここまで本気で考えているとはゼニガメも想像していなかったようで、一瞬言葉が詰まるほど驚いた。しばらくして落ち着いた頃に話しかけようとしたが、既にカメックスは寝息を立てていた。



「サイクス、右」
「は、はいよっ! ここかい?」

 その頃アイストにあるサイクスの実家では、サイクスは父親であるバルのマッサージをしていた。1時間以上揉んでいるらしく、揉み手の全身は汗だくだ。

「ん~、これぞ親孝行ってやつだな。成長したな、息子よ」
「親父、マッサージ機あるのに俺に揉ますとは……」

 バルはわざとマッサージ機を使わず、サイクスに背中を揉ませている。1分1秒でもコミュニケーションを図りたいがための策略だとは、彼は知らない。

「それよりサイクス、私の手伝いはいいから、そろそろ戻ったらどうだ?」
「あ、うん……」

 彼もまた、グランサンの事件を聞かされてからしばらく落ち込んでいた。こんな事になるなら、もっと触れ合っておけばよかったと後悔が残っている。
 さすがのサイクスでも、彼らをどうやって励ましてあげればよいのだろうかと悩んでいた。その事を知ってか知らずか、バルが何気ない素振りでこう言った。

「なんだ、嬉しくないのか? お前らしくないな」

 お前らしくない――そうだ、もっともだとサイクスは気づかされたのだ。自分の持ち味は明るく振舞うことだ。励ますのではなく、いつも通りに接すればよいという結論を出すことができ、笑顔が戻る。

「……ありがと、親父」



 その日の夜、アイランド行きの船がシーフォードから出港した。乗客の中に、わりと大きめな体格の2人がデッキで海を眺めている。ベイリーフとドダイトスだ。

「あとは実家だけね。大分遅くなっちゃった」
「そうですね。ヒトカゲ達もけっこう先まで行ってしまったのではないでしょうか」

 仲間にグランサンで起こったことを伝えて回り、最後はベイリーフの父親に伝えれば終わりだと言う。だが彼女はどういうわけか渋い顔をしている。

「予定より遅れちゃったのは、絶対あのポケモンのせいだわ」

 実はここまでに来る間に、とあるポケモンのトラブルに巻き込まれていたのだ。放っておくこともできず、ひとまず安全なところまで案内してあげたせいで遅れたのだ。

「あぁ、彼ですか。なんか不思議な奴でしたねぇ」

 ドダイトスはそのポケモンのことを思い出す。容姿は特別変わったところはないのだが、彼らにとって意味不明な発言を繰り返していたのだという。

「『俺はこの世界を知らない』なんて、まるでヒトカゲみたいなこと言ってましたな」

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