第73話 旅、再開

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 朝、それは本来1日の活動を始める時間帯である。それまで戦い、涙し、和解しと怒涛の時間を過ごしたヒトカゲ達全員は安心したこともあり、疲弊に加えて強烈な睡魔に襲われていた。

「う、うちに来なさい。寝ないとみんなぶっ倒れるぞ……」

 家に案内しているライボルトの足もふらついている。そしてヒトカゲ達も彼に必死について行こうとしている。まだ比較的しっかりしているのは、ジュプトルただ1人だった。


 昼、それは本来1日の活動真っ盛りの時間帯である。その時間まで寝ていたヒトカゲ達全員は1度起き上がるものの、特にルカリオとジュプトルが疲労困憊といった表情をしていたため、再び眠りについた。

「食事を用意してやっ……」

 しばらくしてライボルトがヒトカゲ達のいる部屋に顔を出すと、腕組みして寝ているジュプトルを除く3人はだらしない格好で寝ていた。相当疲れていることが窺える。

「ったく、これだから若い奴は……と言いたいところだが、あれだけのことをしたんだ、疲れるに決まってるな」

 このライボルト、典型的な堅物で、自分と一世代以上離れたのはもちろん、同年代のポケモンの冗談さえ笑うことはない。もしルカリオがこれを知ったら、「なんでこいつが親父と1番仲がよかったんだ?」と言うに違いない。
 結局ライボルトは誰も起こさずに、1人で全員分の食事を食べるはめになった。途中から吐き気を催しはじめたのは言うまでもない。


 夕方、それは本来1日の活動が終わる時間帯である。いつまで経っても起きる気配のないヒトカゲ達に、いい加減呆れていたライボルトは叩き起こそうと決心する。
 だがそんな時、玄関の扉をノックする音が聞こえた。珍しく来客が来たようだ。バリバリと音を立てて電気を充電させていた彼は一旦充電を止め、玄関へと向かう。

「はい、どちら様ですか?」

 その声が耳に入ったのか、今の今まで寝ていたヒトカゲがようやく目を覚ました。藁のベッドから転げ落ち、目を擦りながらライボルトのいる方へと歩き始める。
 何も知らずに彼へ近づこうとしたとき、扉の向こうから、ヒトカゲにとってもライボルトにとっても聞き慣れた声が聞こえてきた。

「警視庁のニドキングだ」

 ヒトカゲの足が止まった。どうしてこんなところにニドキング警視が、というのが正直な思いだ。一瞬にして血の気が引いていくのが感じられたようだ。
 ここまで焦っているのは、彼に会いたくないというわけではない。今彼に会ってしまうと、ジュプトルの存在が確実にバレてしまうからだ。

「久しぶりだな。お前が直々に私のところへ来るなんて」

 2人が話し込んでいる間に、ヒトカゲがそっと後戻りをする。焦っているせいか、ほんの数mしか離れていない部屋までがものすごく遠く感じたようだ。

「実はな、あるポケモンを捜しているんだ」
「ん、誰だ?」

 その間にも、ニドキングとライボルトの会話は進んでいく。どうやらニドキングは誰かを捜索してここまでやって来て、この辺をよく知っているライボルトに協力をしてもらおうと思ったらしい。
 もしかしてジュプトルのことだろうかと、ライボルトも薄々そう感じていた。そうだとしたら庇ってあげようと思っていたが、その必要はなかった。

「捜しているのはな、ヒトカゲ。それと一緒に旅している奴だ。おそらくこの辺りにいると思うんだが……見かけなかったか?」

 ヒトカゲという単語を聞いたたけでほっとしてしまったライボルト。それが謝りであることに気がつくはずもなく、気を緩め、本当のことをニドキングに話してしまう。

「あぁ、それなら……」



 その頃ヒトカゲ達が寝ていた部屋では、ヒトカゲによって起こされたみんなが事情を把握した。ルカリオとラティアスは慌てふためくが、ジュプトルだけは妙に落ち着いていた。

「お迎えが来たってわけか」

 そうぽつりと言うと、ジュプトルは部屋から出ようとする。勘だけはいいルカリオは、彼が自首するつもりだとわかると咄嗟に部屋の出口を塞ぐ。

「ちょっと待て。もう約束破る気か?」

 つい数時間前に一緒に行こうと決めたばかり。それなのにこんなにあっさりと放棄されてしまっては説得した意味がなくなると彼は考えていた。

「確かに約束はした。だがこの状況でどうしろと?」

 ジュプトルの言うことも一理ある。比較的狭い部屋には隠れるような場所はない。逃げようにも出入り口はただ1つ。居場所がバレるのも時間の問題であった。
 状況が状況なだけに、ルカリオはあれこれと考えを巡らすも名案は出ず。どうしようかと必死に考えているときに、部屋の先から声が聞こえてきた。

「ヒトカゲ。ニドキング警視が来てるぞ。お前に会いたいと」

 最悪だった。自分達がいることがニドキングに知られてしまったのだ。これで本当に逃げも隠れもできなくなり、万事休すの事態だ。

「これ以上何もできないだろう。早くどいてくれ。俺は自首する」
「ま、待てって! お前だけ部屋に残ってれば何とかなるかもしれねーぜ!」
「俺の存在が向こうに知られていたとしたら、意味がないだろ」

 互いに1歩も引かず、小声で言い争っている時間がどんどん長くなっていく。自首すると言ってきかないジュプトルと、それを阻止しようとするルカリオのせいで。


 先程の呼びかけに誰も反応しないせいか、ニドキングは首をかしげていた。ライボルトもどうしたのかと不思議がり、部屋の様子を見に行こうとした、その時だった。

「待ってくれ。私が様子を見に行く」
「えっ?」

 何と、ニドキングが部屋へ行こうとしたのだ。彼が部屋へ入ればもうその時点でジ・エンド。それだけは避けねばとライボルトが必死で止めようとする。

「大丈夫だ。たぶんまだ寝ているだけだ。私が起こしに行く」
「もう夕方だぞ? さすがのあいつらでも寝ているはずがない。部屋にいて呼びかけに反応しないなら、何かあったはずだ。警察としては、事件・事故だと疑わずにはいられないんでな」

 最もな理由を突きつけるとともに、ニドキングは少々強引にライボルトの家へと足を踏み入れた。これにはライボルトも動揺せずにはいられない。何とかして止めなければ、その一心だった。



「どけ。俺は行く」
「だから待てって。利かない奴だな」

 一方のルカリオとジュプトルは、まだ言い争っていた。言い争いが止まったのは、それからすぐ――ニドキングのものと思われる足音を聞いてからだ。

「まずい! な、何か何か……!」

 慌てふためくルカリオの目に飛び込んできたのは、今の状況でジュプトルを隠すにはもってこいのものだった。ジュプトルを隠す方法を思いつくと、おもわず笑みがこぼれた。

「なぁジュプトル。しばらく大人しくしててな♪」
「どういう意味……なっ!?」



 それからものの数秒後に、ニドキングが部屋に入ってきた。ニドキングの目には、元気な姿のヒトカゲ、ルカリオ、そしてラティアスが写った。

「なんだ、いるなら返事しないか」
『こ、こんにちは~』

 3人はどことなくよそよそしく挨拶をした。遅れてやって来たライボルトは半分諦めかけていたが、部屋全体を見回してある事に気づき、目を丸くする。

(あれ、ジュプトルがいない……?)

 もう1度よく見回したが、ジュプトルの姿が部屋のどこにもない。理由はどうであれ、とりあえずはニドキングに見つかっていないだけ安心だと、胸を撫で下ろした。

「バンちゃんから話を聞いて来たんだ。あれから、ジュプトル……だったか? 見つかったか?」
「い、いや、1回も会ってないんだ。どこにいるんだろうね~」

 冷や汗を垂らしながら嘘を通そうとするヒトカゲ。だがそれが警察に通用するはずもなく、ニドキングは彼が嘘をついていると確信した。
 それでも何も言わず、ライボルトと同様、部屋をぐるりと見回す。すると、不自然な光景を見つけた。1ヵ所に高く積まれた藁の布団と、それに寄りかかっているルカリオだ。

「…………」

 絶対に怪しい。ニドキングが心の中でそう呟くと、ルカリオをじっと見つめ始めた。2人の目線が合うと、ルカリオもまた冷や汗を流して固まってしまう。

「ルカリオ、そこをどけ。どかないとドリルで風穴開けるぞ」

 この状況で嘘を突き通せるとは思えず、観念した表情でルカリオが退く。すかさずニドキングが藁をどかしていくと、中から息苦しそうにしているジュプトルが出てきた。

「犯罪者を匿うとは、どういう事だ? 説明してみろ」

 もう言い逃れはできない。深いため息を1つつくと、ヒトカゲとルカリオが一緒に事情を説明し始めた。



「そうか、ライナスがそんな事を……」

 事実を知り、あまりに残念でならないとニドキングは滅入っていた。彼もまた、ライナスが生きていることを願っていた者の1人であるゆえ、悲しみも人一倍大きい。
 グロバイルの生存者がいたことには歓喜したいが、誤解から生じたとはいえ数人を殺した犯罪者であるジュプトルに対してどう言葉を投げかけてよいものか、悩んでいる間に彼から口を開いた。

「早く逮捕してくれ。逃げる気などない」

 促されるままに手錠をかけようと胴体に巻いてあるベルトに手を伸ばそうとした時、ヒトカゲ達の顔が目に入った。ヒトカゲ、ルカリオ、ラティアス、そしてライボルトまでが複雑な表情を浮かべている。
 その表情から、ニドキングはみんなの気持ちを察した。ホウオウに出会ってグロバイル復興を願うその時まで、猶予を欲しいという想いが強く感じ取れたようだ。

(やれやれ、上にバレたら懲戒処分かもしれんな……)

 軽くため息を吐くと、伸ばしていた手の力を抜き、ジュプトルを見下ろした。彼の目をしっかりと見つめながら、警視、もとい1人の善意あるポケモンとしてこう述べた。

「お前の逮捕は、グロバイル復興が確約された後だ」
「……えっ?」

 驚くしかなかった。警察が自分を見逃してくれるなんてあり得ないと思っていたジュプトルにこの言葉は衝撃以外の何ものでもない。

「それまでの保護観察人は、ルカリオ、お前がやってくれ」

 それだけ言い残し、ニドキングは何も言わずに部屋を出て行った。ライボルトが慌てて追いかけていき、部屋にヒトカゲ達だけしかいなくなると、ジュプトル以外みんなが笑顔になる。

「だってよ。もうこれで旅しないなんて言う理由なんかないよな?」
「よかった~。私もうヒヤヒヤしちゃいました!」

 一緒に旅ができるとルカリオとラティアスは喜んでいる。だがそれがジュプトルには不思議でならなかった。他者が自分のために何かをしてくれるという心理がわからなかったのだ。
 どうして、俺なんかのために……みんながどう思っているか尋ねようとした時、ヒトカゲがジュプトルを呼んだ。目線を合わせると、まるで全てを見透かしたかのようにヒトカゲがこう言った。

「しばらくすれば、きっとわかるようになるよ」

 その言葉が、ジュプトルの心に深く根付いた。理由はわからないが、忘れてはいけないことだと直感的に感じた彼は、この時初めてヒトカゲという存在を気にし始めた。

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