第66話 最後の隊員

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 翌朝の目覚めはカイリューの用意したフルーツの匂いにより、爽快なものになった。3人が気持ちよく目を開けると、目の前にカイリューがフルーツを持って立っていた。

「おはよう。これ食べたいでしょ?」

 カゴいっぱいに盛られたフルーツを見て食べたくないという者はこの場にいないだろう。ヒトカゲは真っ先に飛びつこうとしたが、さっとそれを回避する。

「食べたかったら、ヒトカゲは洗い物、ラティアスは火おこし、ルカリオは街から僕宛の荷物運んできて」

 簡単な手伝いと引き換えにフルーツをくれるという。ヒトカゲとラティアスは積極的に動き、洗顔した後にすぐさま手伝いを始めた。ルカリオはというと、藁の布団に入ったままカイリューとにらめっこ状態だ。
 ヒトカゲと旅をしていく中でルカリオも段々と朝が辛くなってきたようで、心の中ではフルーツよりも睡眠時間の方が欲しいらしい。それを目で訴えている。

「あのさ、フルーツいらないから寝かせてくれ」

 眠い目をしながら何気なくルカリオは言った。だがその一言が引き金となったのか、カイリューにあの笑顔が戻ってきた――つい1年前まで持っていた、殺し屋の顔だ。
 霞んだ目ではあまりわからなかったが、ルカリオがはっきりわかったのは、カイリューが自身のツメを研ぎ始めている姿だ。それを認識して目をパッチリ開けると、目の前まで彼の顔が迫っていた。

「手伝ってくれないと、ヒトカゲ達に死体運びのバイトさせなきゃいけないんだけどなぁ」
「……お、お手伝いさせてください、カイリューさん……」

 ルカリオに選択肢など最初からなかったのだ。その場から逃げるかのようにカイリューの家を飛び出し、街のペリッパー郵便局まで一目散に走っていった。


 3人は手伝いの後にフルーツを食し、すぐに隣の街へ向けて出発する準備を整えた。何とか日が暮れるまでに移動してしまいたいという意見が一致したためである。

「カイリュー、頑張ってね」
「うん。何かあったら知らせてね。何でも手伝ってあげるよ」

 ヒトカゲとカイリューはがっちりと握手を交わす。それが終わるとルカリオとラティアスにも握手しようとカイリューが手を差し出す。ラティアスは喜んで手を出すが、朝の件があり、ルカリオは手を出すまでに相当な勇気を搾り出した。
 握手が済むと、3人はカイリューに別れを告げて出発した。姿が見えなくなるまで互いに、何度も何度も手を振り続ける。特にヒトカゲにとっては、カイリューの様子を見て安心した分、名残惜しいものになってしまった。

「じゃ、走るぜ。急がないと途中で野宿だ」

 カイリューが見えなくなったところで、ルカリオが促す。制限時間は日没まで。それを考えると道のりの半分以上は走らないと間に合わない計算になる。
 野宿より宿泊まりがいいに決まっている。ヒトカゲはいつも以上にやる気を出し、走り始めた。それを追うようにルカリオとラティアスも後ろからついて行った。



「そんな日もあるって」
「……そうかもな」

 走り始めて数分後、街の郊外まで来て突然の雨。3人はなくなく雨宿りを強いられてしまった。大きい木の下で3人は同時にため息をついた。

「あっ、あそこに大きなフキが生ってますよ」
「しゃあねぇ、あれで雨防ぎながら歩くか」

 ラティアスが発見した大きいフキを傘代わりにして、3人は再び歩き始める。だがこの状況では走ることが出来ないため、雨が止まなければ野宿決定となる。
 雨が止むように祈ってはいるが、想いとは正反対に雨はその強さを増していった。雨粒は大きく、下手したらフキの葉が破けてしまうのではないかというほどだ。

「どうしよ、こんなに酷かったら野宿すらままならないかも……」

 さすがのヒトカゲも参っている。冗談交じりに「グラードンがいればすぐ晴れたよね」と嘆くほどだ。やがてその足取りは止まってしまった。
 つられるように、ルカリオもラティアスもその場に止まってしまう。肩で大きく呼吸したと思ったら、出てきたのはため息だけだ。雨ざらしの中の野宿がほぼ確定になった。
 だがそんな時、ルカリオが何者かの波導を感じ取った。2人、自分達のいる方へと近づいている気がするという。その方向を3人はじっと見つめていると、やがて遠くからポケモンが来るのがわかった。
 ポケモンの姿がだんだん大きくなっていくと、ルカリオとラティアスの緊張が増していった。雨雲を思わせる鬣(たてがみ)を持った、虎に近い姿のポケモン。もう一方は、額に水晶を思わせるものが存在するポケモンだ。

「やはり、ヒトカゲだったか」
「あっ、ライコウにスイクン!」

 ヒトカゲ達の前まで来ると、彼ら――ライコウとスイクンが話しかけてきた。アイランドの番人かつルギアの側近である彼らを見ただけで、ルカリオとラティアスは畏縮してしまった。

「こんな雨の中、どこへ行く?」

 全身びしょ濡れのスイクンが尋ねると、どうしても今日中に隣町へ行きたい旨をヒトカゲが伝える。この際、グロバイルについては一切触れていない。
 いい近道があれば教えてほしいなと期待を抱いていたヒトカゲ達に対し、何のためらいもなく、ライコウが3人に対して提案をする。

「ならば俺達の背中に乗れ。連れてってやる」
『ホントに! やった!』

 願ってもなかった提案だ。ライコウとスイクンの足だと確実に夕方までには隣町に着くことができる。ヒトカゲ達が断る理由などどこにもない。

「悪いが、ラティアスは飛んでもらえるか?」
「そ、そんなに私重くないです!」
「い、いや、そういう意味じゃなくてな……」

 ライコウの言葉にセクハラ的なものを感じたのか、ラティアスは赤面しながら反論する。もちろんそんな意味合いで発言したつもりはないが、ライコウは戸惑いを隠せないでいる。


 降りしきる雨の中、ヒトカゲはスイクン、ルカリオはライコウの背中に乗り、隣町への道をひたすら突き進む。2人に並ぶようにラティアスは飛行している。今にもフキが折れてしまいそうな程速く走っていた。

「あの、スイクン」
「どうした?」

 走行中ずっと黙っていたヒトカゲが突然スイクンに話しかける。「あの」事をずっと気にかけていたようで、思い切って質問することにしたようだ。

「ルギアは、僕達を裏切るようなことはしないよね?」

 ヒトカゲは、先日パルキアから言われた言葉が心の中に引っかかっていた。誰にも知られないようにホウオウ捜し以外のことをしている、それが本当だと信じてしまうと、ルギアを疑ってしまうことになる。
 さらにそこから悪い方へ悪い方へと考えていくと、もしかしたら敵の一味なのではないかという憶測まで出てしまいかねないため、彼ははっきりさせたかったのだ。

「いきなり何を言う。ルギア様がお前達を裏切る理由がどこにあるというのだ」

 はっきりと、スイクンは言い切った。裏切りなどない、自分もそう信じているということを意味していた。ヒトカゲもまだほんの少しだけ気にしているものの、パルキアの言葉だけを鵜呑みにしていたことを反省する。

「そうだよね。なんとなく不安になっちゃったんだ」
「わからなくはない。だが今はあっちの方が不安だ」

 そう言ったスイクンは首を横へと向ける。つられるようにヒトカゲも同じ方向を向くと、今にもライコウの背中から落ちそうになっているルカリオの姿があった。

「おい、もっとしっかり掴まってろ」
「しゃーないだろ! お前の鬣が雨のせいで滑るんだよ!」

 確かにこれは不安だな、と頷く。それでもあまり気にすることなく、すぐさま目線を前へと戻し、何事もなかったかのように振る舞った。


 ヒトカゲ達がドラグサムの隣町『ハイボル』に到着した時には、すっかり雨は止み、茜色の夕陽が町や彼らを照らしていた。何だかいたたまれない気持ちになったようだ。

「ありがとね、スイクン、ライコウ」
「礼には及ばん。こちらに向かうついでだ」

 そう言うとすぐさまスイクンとライコウはどこかへ向けて走り去っていった。ヒトカゲが何か言いかけた時には、既に声の届かないところまでいた。
 急ぎの理由でもあるのだろうかと考えるだけにとどめ、ひとまず初めて訪れたこの町の景観を眺める。全体的に寂れている、田舎と呼ぶに相応しい町だ。

「さて、宿でも探さな……?」

 ふと、ルカリオが横をちら見した時だった。何気なく辺りを見ようとして目に飛び込んできたのは、自分の左胸にもある、あの赤い稲妻印だった。
 その稲妻印はあるポケモンの左頬についていた。焦点をずらして顔を確認すると、ルカリオが捜していたポケモンの顔がはっきりと映し出された。

(あれは……間違いない。親父の仲間だった、ライボルトだ!)

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