第67話 決意

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 電気による火花を想像させるような毛と尾、鼻の長い犬に似た骨格と、水色の体。特徴的な山型になっている黄色の鬣(たてがみ)を持っている、ほうでんポケモン――それがライボルトだ。
 このライボルトの左頬にある赤色で描かれた稲妻印こそ、彼がルカリオの父・ライナスがかつて率いていたチーム・レジェンズの一員であることを証明していた。

「ヒトカゲ、ラティアス、ちょっと来てくれ」

 小声で言いながらルカリオが手招きをする。何も知らないヒトカゲ達を建物の陰まで呼び寄せると、2人にもライボルトの姿、特に稲妻印を確認させた。

「家までついてって、話ききたいんだけどいいか?」
『オッケー』

 ルカリオを先頭に、建物の陰に隠れながらライボルトに見つからないようにそっと後を追っていった。当のライボルトはヒトカゲ達の存在に一切気づくことなく、町中を歩いている。


 しばらくして到着したのは、町から離れてほぼ森に近いところに佇んでいる、1軒の古い家。ライボルトが入っていったことから、どうやらここがライボルトの家らしい。
 3人は同じことを思った。かつての有名人が住むような場所でも家でもないな、誰とも関わりを持たずに1人でひっそりと暮らしているようにしか見えないと。

「よ、よし、早速話しに行くか」

 ルカリオの顔は若干緊張気味で、冷や汗が流れ出す。彼だけでなく、おそらくレジェンズを知っているポケモンなら誰でも、そのメンバーに声をかけることだけでも緊張するだろう。
 1つ深呼吸をし、勇気を出して木製の扉をノックする。扉の向こう側からは足音が聞こえる。胸が再び高鳴り始めているうちに扉は開かれ、出てきたのはまぎれもなく、ライボルトだった。

「どちら様ですか?」

 ライボルトと目が合った瞬間、ルカリオは息が止まるほど緊張が最高潮に達し、何も言葉が出なくなってしまった。比較的落ち着いているヒトカゲが応えることにした。

「あの、チーム・レジェンズのライボルトですか?」
「そうだが」

 ライボルトにとっては久々の客人であるためか、しきりにヒトカゲ達のことを見ている。そして彼は、ルカリオの左胸にある赤い稲妻印を見つけてしまった。

(この印、そして顔つき……そうか)

 驚きは見せず、無表情のまま振舞っている。だが頭の中ではルカリオがここへ来たことにある想いを抱いていた。“あの時期が来たのか”と。
 そんな事を考えているとは知らず、ヒトカゲは話を進めようと口を開いた。ようやくルカリオも落ち着きを取り戻しつつあるようで、呼吸が安定してきた。

「ライボルトに話しておかなければならないことがあって」
「えっ?」

 ライボルトにとって、これは不思議なことであった。ライナスが不在となってから、チームは活動を自粛、メンバー全員がひっそりと暮らすようになり、社会と距離を置いていたからだ。情報が入ってこないのだ。
 当然、チームのメンバーが殺されたという話はヒトカゲから聞くまで一切知らなかった。思いがけない一報であったにも関わらず、非常に落ち着いている。
 そして話し手はルカリオへと移る。メンバーを殺した犯人を知っていることを含め、自分の父親の情報について聞き出そうと必死に熱弁した。

「……そうか、お前達の言いたいことはわかった」

 一通りの話を聞き、ライボルトは現状を把握した。自分の周りでそのような事が起こっていたのかと冷静に受け入れている。ヒトカゲ達はこれで何かしらの情報が手に入る、そう確信していた。

「だが、今私が話せることは何もない。悪いが帰ってくれ」

 ライボルトが応えたのはこれだけであった。そのまま扉を閉めようとしたため、納得のいかないルカリオが両手で扉をがっしり掴む。

「待ってください! 頼みますから教えてください! 本当に何でもいいんです!」
「本当に悪い! 帰ってくれ!」

 強力な顎力でライボルトは扉の取手をくわえ、ルカリオの手をはさむ勢いで扉を閉めてしまった。その後もヒトカゲ達は何とかしてライボルトと話をするためにノックしたが、一切応じる様子はなかった。
 普通なら、愕然としてしまう状況である。希望をまた1つ失った感覚に陥るかもしれないところだが、ルカリオは違った。何も答えようとしないライボルトを疑っている。

「なんか怪しいな。ひょっとして親父の行方知ってんのか?」

 しかしそれを確認する術はない。ヒトカゲに「ジュプトルに聞いた方が早い」と言われ、渋々その場を後にすることにした。何度か家の扉の方を振り返るが、結局開かれることはなかった。
 この時ライボルトは、ヒトカゲ達が帰っていく姿を扉の隙間からこっそり覗いていた。完全に姿が見えなくなると、そっと扉を閉め、大きく息を吐く。

(おそらく、彼ら――特にルカリオが次にここへ来たとき、私は覚悟を決めねばならないだろう)

 複雑な表情を顔に出し、ライボルトは心の中で呟いた。その決意は彼にとってどれほど大きいものなのか、ヒトカゲ達が理解するのはもう少し先の話である。


 日が落ちてすっかり夜を迎えた頃、ヒトカゲ達がいたのはハイボルの隅にある芝生が植わっている場所だ。ここで野宿するつもりらしい。
 というのも、ハイボル自体観光などによる来客が訪れることが滅多にないため、宿を営む者が誰もいないのだ。民家に行って交渉するも、ヒトカゲ達のように大人数だと泊める場所もないのだとか。

「頼む、1人で行かせてくれ!」
『ダメだよ絶対!』

 そこでは、ルカリオとヒトカゲ、そしてラティアスが何やら言い合いをしていた。ルカリオの意見に対してヒトカゲとラティアスが反対しているようだ。

「これは俺の問題だから、俺自身で解決したいんだよ!」
『でも1人で行くのは危険すぎるって!』

 話の内容から、どうやらルカリオは1人でグロバイルに行くつもりらしい。当然ながらリスクが高いため、ヒトカゲとラティアスは必死にそれを阻止しようとする。
 何度も許しを請うルカリオだが、それでも2人からOKの返事をもらえない。1人でジュプトルと戦う決意を固めていた彼はそう簡単に折れるわけにはいかず、ある行動に打って出る。

「……いいや、後回しにして先に飯食おう、なっ?」

 真剣な表情から一変、口調も含めて穏やかなものになった。急な変化に戸惑いながらも、思い止まってくれたかと感じた2人は頷き、きのみを採りに行こうとする。

「あっ、飯ならカイリューからもらったやつがあるぜ」

 そう言って2人を止めると、ルカリオはカバンから瓶を2本取り出した。これは何なのかと尋ねると、きのみで作った果肉入りジュースだと言う。
 珍しいなと思いながら、ヒトカゲとラティアスはそのジュースを飲み始めた。だが一口飲んだか飲まないかくらいのところで、2人の顔が青ざめ始めた。

「に、苦い……」
「酸っぱいです……」

 それは2人が苦手とする苦い味と酸っぱい味のジュースであった。さらに、苦手な味を食したためか、視界がぐるぐると回りだす。間違いなく混乱状態だ。

「ヒトカゲ、ラティアス、ごめんな~」

 半笑いしながらルカリオが混乱して動けない2人に近づく。何をしたのかとヒトカゲが問うと、両手を合わせて謝りつつ、事の次第を説明し始める。

「そのジュースな、お前らを混乱させちまうバンジのみとイアのみでできてるんだわ。つまり、お前ら専用のしびれ薬をカイリューに作ってもらったんだ」

 苦いのが苦手な者が食べると混乱に陥るバンジのみと、酸っぱいのが苦手な者が食べると混乱に陥るイアのみ。その両方をヒトカゲとラティアスに食べさせたのだ。

「な、なんで、ここまで……」

 うまく喋れず、ヒトカゲの発する言葉は途切れ途切れだ。どうしてここまでするのかと。同じことをラティアスも言いながら、2人でルカリオの方を見る。彼の表情は今、不自然にも、自然な笑みで満ちている。

「勝手なことして本当に悪いと思ってる。だけど、これはどうしても譲れないんだ。親父が関係している以上、その問題を解決するのは家族である俺の役割だからな」

 家族の問題であるため、外部の者の助けをもらってはいけない。自分達で解決するのが理由だと語る。そう言っても絶対止められると思ったから、こうするしかなかったという。
 だからと言って、仲間であるヒトカゲとラティアスをただ置き去りにしていくことはできないため、「別の形で」戦いに協力してほしいと願い出る。

「混乱が治まったら、グロバイルまでライボルトを連れてきてほしいんだ」
『ラ、ライボルト……を?』

 どういうわけか、ライボルトを殺すつもりのジュプトルがいるグロバイルに、彼を連れて来いという。ルカリオ曰く、「対面すればどちらかが何かしらの情報を吐くだろう」とのこと。
 それに加え、2人がいれば護衛できるだろうし、何よりライボルトが元探検隊であることを考えれば、そう簡単に殺されるはずもないという考えだ。

「じゃあ悪ぃけど、俺は先にグロバイルに行ってくる。ライボルトの件、よろしくな!」

 そう言うとすぐにルカリオは右手を挙げ、その手でカバンを掴んで2人に背を向けて走り出した。本当に身勝手な行動であるが、ヒトカゲ達は怒っても呆れてもいなかった。
 何故そのような感情が芽生えなかったか、それはルカリオの表情にあった。普段と何ら変わらない笑顔だったからこそ、ヒトカゲ達はわかったのだ。それが、2人に対する信頼の証であることを。
 信じてくれ、その想いが始終彼から伝わってきたのだ。以前のように他者を護りたいがあまりに芽生えた自己犠牲に満ちた想いではなく、必ず勝ってみせる、だから信じてくれという信頼を寄せる想いである。

「ぼ、僕達も、やらなきゃね」
「そう、ね。動けるようになったら、すぐ行きましょう」

 こうして、宿敵・ジュプトルとの最終決戦が、幕を開けたのだ。

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