第65話 消えた村

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 その昔、ドラグサム周辺があまり開拓されていない頃の話。この辺りは誰も住めないような荒れ具合で、枯れた草木が風に乗って砂埃と一緒に舞っているほどだ。
 誰も開拓しようとしないその土地を、とある1匹のポケモンが見るにみかね、自分1人の手で開墾しようではないかと発起した。そのポケモンこそ、後のグロバイルの村長・トロピウスなのだ。
 このトロピウス、実は翼を使って空を飛ぶことができなかった。そのため、草食恐竜のような大きな体で何度も何度も、数km離れた場所から植物の種と水を持ってきては荒地に撒く、それをひたすら繰り返していた。
 彼の努力とは裏腹に、植物は一向に育つ気配を見せないでいた。それでも彼は、たとえ炎天下の中でも極寒の中でも、ひたむきに同じ事を行うのであった。1年に2回しか生らないという、自分の首に生える果物も植えたこともあったらしい。

 数年間続けてみたものの、植物が芽生えることは1度もなかった。この時既にトロピウスの体力も気力も限界に達していた。そしてとうとうある日、種を植えている最中にトロピウスが倒れてしまう。
 やはりダメだったか……薄れゆく意識の中でそう呟いた、まさにその時である。トロピウスの目の前に1匹のポケモンが現れたのだ。しかし朦朧としていたため、姿をはっきりと見ることが出来ないでいた。
 そのポケモンは何かを語りかけているようだったが、これも聞くことができなかった。しかし、はっきりと聞こえた言葉に希望を持てたようだ。

「助けてやろう。その代わり、今までの行いを続けよ」

 刹那、トロピウスを淡い光が包み込み、彼の体力を回復させていった。安心するかのように、トロピウスはそのまま眠りについてしまった。

 彼が目覚めると、既にそこには誰もいなかった。夢だったのか、それとも現実だったのかわからないまま辺りを見回していると、それが現実であったことを確信できるものがあった。
 何と、種を植えた場所から芽が出ていたのだ。それも1つだけではない。いくつもの芽が土から顔を出していた。さらにその傍には、自分を助けてくれたであろうポケモンが残した「おきもの」があったのだ。
 そうだ、ここが開墾できたら、村を創ろう。そしてこの「おきもの」をお守りとして祀(まつ)ろう。新たな希望を持ったトロピウスは、顔もわからぬポケモンに感謝しつつ、より一層開墾に励んだそうだ。

 さらに数年後、ようやく努力が実り、ポケモン達が住めるほどの環境が整い、既に村としての機能を果たしていた。もちろん村長には、この土地を開墾したトロピウスが座に着くことになった。
 それほど大きな村ではなかったが、村の住人はみんな生き生きとしていた。大きな争いごともなく、長閑で住み心地のいい村だとみんなは言う。それだけで村長は嬉しかったという。

 そんな平和な村に悲劇が訪れたのは、今からちょうど20年前の話。何が起こったのかは誰も知らず、一夜のうちにして全てが崩壊していたのだ。
 建物は全て倒壊し、朝方になっても炎がくすぶったままだ。住人はというと、避難できる、いや、避難するために逃げ出せる者が1人もいなかった。村長も含めて。
 村自体が小さく、他の街ともそれほど交流もなかったため、あまりこの事実は世間に知れ渡ることなく風化していったのだという。今ではグロバイルという村名すら知らない者がほとんどなのだ。



「……とまあ、僕が知ってるのはこれだけかな」

 グロバイルの歴史についてカイリューが知っているところまで語った。この経緯を知ると、ルカリオの気持ちが複雑になっていった。それを代弁するかのように、ラティアスが口を開く。

「敵だけど、ジュプトルって可哀想な奴なのね。故郷も家族も、同時に無くして」

 そう、ジュプトルこそがグロバイル唯一の生存者。それを考えると同情してしまいそうにもなるが、今の彼はルカリオにすればただの殺し屋。そのような感情を抱いてはいけないと振り払う。
 歴史を知ることが出来て少しは満足しているが、何故ジュプトルがレジェンズのメンバーとルカリオを殺害しようと企てているのかを知るまでには至らず、ヒトカゲ達は再び頭を悩ますこととなった。

「やっぱり、本人に直接聞いたほうが早そうだね」
「そうだな、場所もわかったことだし……ん?」

 ふと、ルカリオの頭にある仮説が思い立った。その仮説が正しければ、ジュプトルが自分を狙う理由になる。だがそれは同時に、自分の父親・ライナスが罪人だと認めてしまうことになりかねない仮説であった。

(親父が……いや、そんなはずはない。だけどそれ以外には……)

 現段階で考えうる仮説はこの1つである。その真偽にルカリオは思い悩んでいる。彼の渋い表情が気になったのか、カイリューが声をかける。

「どうしたの? すっごい考え事してるみたいだけど」
「はっ、あ、いや、どうやってあいつ倒すかなーって悩んでただけだ」

 確信が持てない今、あまり余計なことは話さないでおいた方がいいだろう、そう考えた故の嘘だった。カイリューだけはその不自然さに違和感を覚えたが、敢えて触れないでおこうと口を噤(つぐ)んだ。


 日も暮れ始めた頃、ヒトカゲ達はグロバイルに向けて出発しようとしていた。カイリューの話によると、直線距離にして徒歩2時間程度だと言う。

「あれ、泊まっていかないの?」
「せっかくだけど、こんだけ近いならもう行っちゃおうと思ってさ」

 カイリューの誘いをルカリオは丁寧に断る。挨拶をして歩き始めようとした時に、カイリューが伝え忘れたことがあると言い、3人を引き止める。

「グロバイルまでは、隣町を迂回しないと行けないんだよ」
『どういう事?』

 すぐ近くにあるはずなのにわざわざ隣町を迂回しなければならない理由を、カイリューは地図を持ってきてそれを3人に見せながら説明する。

「確かにグロバイルまでは歩いて2時間くらいの距離だけど、崖はあるし川は流れてるし、凶暴なポケモンいっぱいいるし、たぶんまともに通れないと思うよ、空飛べるポケモン以外は」

 もう少し早く思い出してくれ、そう3人は思ったに違いない。さらに話を聞くと、その隣町までは歩いて半日以上かかるという。仮に今出発したら、町には朝方に到着することになる。

『……お世話になりま~す』

 ヒトカゲ達は直行でカイリューの家へと戻っていった。そんな3人の行動が面白いのか、カイリューはくすくすと笑いながら玄関の扉を閉めた。


 その夜、場所は変わってアイランドのディオス島。数ヵ月ぶりにそこへルギアが戻ってきた。ひょっとしたらホウオウが戻ってきているかもしれないと思ってのことだ。
 洞窟の奥にある「共鳴の部屋」に入ると、ルギアは目の前の存在に驚き、おもわず1歩引いてしまった。そこにいたのはホウオウではなく、別の神様だ。

「よぉ、久しぶりだな」
「……パルキアか」

 共鳴の部屋にいたのは、その場で頬杖ついて座っているパルキアだった。どういうわけか不敵な笑みを浮かべている。ルギアはその不自然さに戸惑っている。

「何の用だ? わざわざこんなところまで来て」
「そんなにイラつくなよ、仲良くやろうぜ? 俺達『家族』なんだからよ」

 そう言うとパルキアは近くにあった、ルギアを呼ぶために使う銀の結晶を手にし、それをツメに乗せてくるくると回し始める。目線を結晶にやったまま、パルキアは話を始めた。

「てめー、一体何してやがる?」

 質問されたルギアは一瞬どう応えてよいか悩む。それにパルキアがそう言った真意は何か、ひとまず様子を窺ってみることにした。

「どういう意味だ? 私は行方不明になったホウオウを捜して……」
「俺が聞いてんのは、てめー自身が何してるかってことだ。スイクン達にさせてることじゃねーよ」

 ルギアの言葉を遮ってパルキアが言う。これはまさに図星だ。冷や汗が流れるほどルギアは内心焦っているが、顔に出さずにあくまで冷静を装う。

「別にお前が気にするほどのことではない」

 しばし沈黙が流れる。無言のまま返答を待つルギアと、結晶を回して遊んでいるパルキア。互いに相手がどう出るかを待っているように見える。
 先に沈黙を破ったのはパルキアだ。回していた結晶を中に投げ、落ちてきた際に右手で捕らえる。そのまますっくと立ち上がり、目線をルギアの方へと向ける。

「ま、大体見当がついてっからいいけどよ。いずれは喋らなきゃいけねー日が来るだろうしな」

 台座に結晶を置き、パルキアは帰ろうとしているのか、ルギアに背を向けた。だが何かを思い出したかのように頭を上げ、ルギアに話しかけた。

「そういや、言い忘れてたことがあったぜ」
「何だ?」

 ルギアには見えていないが、この時パルキアは笑みを浮かべていた。そのまま振り返り、笑顔を保ったまま楽しそうにルギアにこう言った。

「ディアルガ捜し、てめーが慕ってるヒトカゲ達も本格的に協力してくれるってよ」
「なっ、なんだと!?」

 この日1番の衝撃と驚きをルギアは見せた。確かにホウオウ捜しを依頼する際にディアルガも見つかるといいなとは口にしたが、本格的に捜索はさせまいと思っていたのだ。
 思ってもみなかった事態に焦る気持ちを抑えきれず、パルキアを問い詰める。

「ディアルガの事は我々神族だけの問題だ! 一般のポケモンを巻き込んで万が一の事があったらどうする!」

 珍しく大声で、ルギアは遠まわしではあるがパルキアにやめるように諭す。一方のパルキアはというと、ルギアの言葉に対して聞く耳持たずといった具合だ。

「万が一の事があったらどうするって? どうもしねーよ。可哀想って思うぐれーだろーな」
「おい、いい加減にしろ!」
「ははっ、冗談に決まってんだろ!」

 この状況下でも、パルキアは冗談を言えるほど落ち着いていた。この余裕はどこから来るのだろうか、ルギアは不思議に思い続けている。

「俺だって考えなしにそんな事しねーよ。無駄な事はきれーだからよ」

 そう言うと、自分の目の前に空間の裂け目を作り始めた。どうやら本当に帰るようである。最後に一言だけ、ルギアはパルキアに付け加えた。

「いいか、ヒトカゲ達に深く追求させるでないぞ」
「……どうだかな」

 あいまいな返事だけ残すと、パルキアは自分の空間へと戻ってしまった。このやりとりだけでルギアは疲労困憊といった顔をしている。
 一体パルキアは何を考えているのだ、ヒトカゲ達を使って何をさせるつもりなのだろうか。ルギアが真剣に考えているこの答えを持っているのは、パルキアの頭の中だけである。

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