第37話 標的は1人

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 バンギラスが加わったヒトカゲ達一行は、次の街へと目指して歩いていた。ニドキングの話によると、プテラはその街中で働いているとのことだ。

「へー、被害妄想が激しくてイジられキャラになっている、恐い顔してピュアなハートの持ち主のバンギラスって、こいつだったんだ」
「1発ぶん殴っていいか、おい?」

 要点は押さえているが、本人にとって不快以外の何物でもない紹介を繰り返されると、当然ながらバンギラスはお怒りモードになり、拳をルカリオに見せつける。だがこの説明をルカリオ達に話したのはヒトカゲである。

「まあまあ、そんなに怒らないでよ~」

 当の本人はバンギラスの気持ちを考えてあげているのだろうか、それともただ単にルカリオを庇っているだけなのか、微妙なところだ。

「次言ったら承知しねぇからな、ったく……」

 だがこんなやりとりは久しぶりだ。何だかんだ言いながらも、バンギラスは嬉しそうにしている。その証拠に、ほんのりと頬が赤くなっている。

「ところで……ポッポ置いてってよかったのか?」

 不意にアーマルドがそんな事を言い出した。“ポッポ”という言葉が出てきただけで、バンギラスは唾を喉に詰まらせ、むせ始めた。

「ゲホッ、な、何言い出すんだいきなり!」
「だって、あんなに仲良さそうだったからさ、聞いてみただけだよ」

 そうは言うものの、実際どう考えていたかは本人のみぞ知る。明らかに動揺している彼は何を思ったか、地面に目をやりながら真剣に話し始めた。

「そ、そりゃあ仲はいいけどよ……なんつーの、一緒にいたいっていうのはあるけど、旅って危険だし……それ考えると、待っててもらった方が……」

 話していて恥ずかしくなってきたのか、バンギラスの顔は真っ赤だ。俯きながら手をしきりにいじっている。声もだんだんと蚊の鳴くような声に近くなってきていた。

「あ、きのみなってるよ!」
「でかしたヒトカゲ! 早速取ってくか!」
「……てめぇら話を聞け――!」

 彼の心情など全く気にせず、話を微塵も聞いていないヒトカゲとルカリオはきのみとりに夢中になっていた。散々こっ恥ずかしい思いをしながら喋ったバンギラスの怒りは辺りに砂嵐を発生させるほどだった。しっかり聞いていたアーマルドだったが、砂嵐の被害を受けている。



「んでさ、プテラって何者なんだよ?」

 しっかりと採っていたきのみを食べながら、4人は休憩がてら話題を変えて話をすることにした。その時にルカリオが気になったのが、これから捜しにいくプテラについてだ。
 だが、その話になるとヒトカゲとバンギラスの表情が曇る。頭の中ではプテラの事を許してはいるものの、彼の行いを実際に口にするのは厳しいものがあった。しかし、いつまでも真実を伝えずにいるわけにはいかない。勇気を出し、バンギラスは口を開いた。

「プテラは……俺の父さんを殺した犯人だ」

 彼の言葉にルカリオは沈黙せざるを得なかった。聞いてはいけない事だったのかと反省するが、まだ説明をしてくれそうな雰囲気だったため、そっと耳を傾ける。

「そしてかなりの情報通でもある。プテラならきっと、チームグロックスの事だけでなく、ライナスやジュプトル、さらにはガバイトのこともわかるかもしれんな」

 一旦言い出してしまうと気持ちが楽になり、バンギラスの表情もいつも通りに戻る。ヒトカゲもその様子を見てほっとする。

「そっか。悪かったな、バンちゃん」
「別に気にしてねぇ。けどバンちゃんって呼ぶな」

 少しでも明るい雰囲気をとルカリオは親しみを込めて言ったつもりであったが、逆に怒られてしまった。だがバンギラスはよくイジられることを知っていたため、さらに畳み掛けるように言葉をかける。

「何でダメなんだよ、バンちゃん?」
「うっせぇな。ダメなもんはダメだ」
「なぁ、バンちゃんってばー。俺達もう友達だろ? だったらバンちゃんで……」
「……“あくのはどう”!」

 我慢できなくなったバンギラスは至近距離で“あくのはどう”をルカリオに放った。もちろんかわすことができず、彼は宙へ吹っ飛ばされる。

「ぜってーバンちゃんって呼ぶんじゃねぇ! 殺すぞ!」

 そこには警察官としてのバンギラスはいなかった。今いるのは、ナランハ島で平和に、そして自由に暮らしていた頃のバンギラスだ。法律は完全無視である。
 カメックスと同行した時以来に仲間からの攻撃を受けたルカリオは軽くショックだったようだ。とはいえ、彼を慰める者は誰1人としていない。誰がどう見ても、悪ノリしていたルカリオが悪い。

「相変わらずだね~。バンギラスらしいな♪」

 ルカリオがこんな事態に陥っていても、ヒトカゲはほのぼのと昔を懐かしむ。そしてその横で、仲間の無様な姿を見て笑いを堪えているアーマルド。後にルカリオにお仕置きされたのは言うまでもない。


 何だかんだ言いながら歩いているうちに、夜を迎えてしまった。1本道のため、辺りには木が数本あるのみ。野宿するための洞窟もなさそうだ。

「しゃあねぇなー、今晩は原っぱの上で寝るしかねぇな」

 残念そうにバンギラスは近くの小石を蹴る。家に住んでいるポケモンにとって、野宿はあまりしたくないことである。それはヒトカゲとルカリオにとっても同じだ。

「あっ、なんか久々かも」

 唯一アーマルドだけが、野宿を懐かしんでいる。溜息をついているヒトカゲ達をよそに、彼は鼻歌を歌いながら草の上にどっかと座り込む。

「ま、みんな飯食おうぜ」

 野宿の先輩であるアーマルドが主導権を握って夕食を仕切る。戸惑いながらも後輩3人は草の上に座り、夕食を楽しむことにした。

「ところでよぉ、ヒトカゲ」
「ん、なあに?」

 ポフィンを片手に掴みながら、バンギラスはヒトカゲに話しかける。手に持っていたきのみを口の中に放り込み、喉元を過ぎてからヒトカゲは話に耳を傾けた。

「そこのルカリオを狙ってるとかいうジュプトル、大丈夫なのか?」

 ルカリオにわざと聞こえないよう、バンギラスは彼の耳元で小声にして話す。彼も会話の内容を悟られないよう、あまり表情を変えずに答える。

「う~ん、ルカリオだけしか会ってないからわからないけど……いざとなったら僕の炎があるから大丈夫だとは思うな」

 そうは言ってみるものの、実際の強さを知らないためどこか不安そうだ。お前が言うなら大丈夫だろ、とバンギラスは軽く励まして再び食事を始め、この話題をやめにした。ヒトカゲもそこまで気にすることなく、きのみをむさぼり続けた。


 深夜、4人は芝生の上で床についていた。宿がないため無防備な状態での就寝となるが、強面のバンギラスもいることもあり、ヒトカゲ達は寝息を立てる程安心している。
 ふと、首筋を風が通り、夢を見ている途中に変な感覚に襲われたルカリオが目を覚ました。上半身を起こし、辺りを見回す。

「……まだ夜じゃねぇか。ふぁ……」

 大きな欠伸をして再び眠りにつこうとした、まさにその時だった。地面に生えている草が一斉に伸び始め、まるでロープのように全員の体に巻きつく。両手首、両足首、胴体、さらには首まで固定されてしまった。

「なっ……!」

 突然の出来事に対処する余裕もなく、唯一起きていたルカリオも体が不自由となってしまう。とにかくこの束縛から脱出しようと試みるが、もがけばもがくほど草が強く絡みつく。


「往生際が悪いな」
「またてめぇか。どうしても俺を殺そうってか? ジュプトル」

 聞き慣れた声であったため、すぐにその声の主がジュプトルだと理解した。実際に顔を見ると、紛れもなく自分の命を狙っている奴の顔だった。

「ふん、知れた事を。お前を殺すことが俺の最大の目的だ」
「俺はお前に恨みを買われるような事してねぇけどな」

 口答えするような口調でルカリオは返す。彼がこのような態度をとる度、ジュプトルの感情は逆なでされる。たまらずジュプトルが右手を握り締めると、彼の首に巻かれた草がきつく絞まる。

「う、恨みがあると、すれば……俺の親父、ライナスに、だろ?」
「…………」

 薄々そうではないかと思っていたことをルカリオは口にする。表情こそ一切変わらなかったが、ジュプトルは言葉を詰まらせる。じっと睨むような目つきで彼を見下していた。

「どうやら、図星のようだな。一体親父に何の恨みが……ぐっ!?」
「お喋りはここまでだ。さぁ、仲間に看取られながら逝くがいい」

 一見順調に見えている作戦。しかし、この時ジュプトルは気づいていなかった。実は既に目を覚まして状況を把握していたバンギラスとアーマルドが、自身の鋭いツメで少しずつ、そして確実に草を切っていたことを。

「ぐっ……い、息が……」

 ジュプトルの手を握る力が強くなるほど、“くさむすび”の締める力も強くなっていく。それと同時にルカリオの意識レベルも少しずつ低下していった。
 彼にしか注意がいっていないことを確認するかのように、バンギラスとアーマルドは互いにアイコンタクトをとる。慎重に機会を窺い、2人は息を合わせて体に巻きついていた草を引きちぎり、一気に飛び出した。

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