第36話 あいつは今

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 それから直に、活気ある楽器の音色が辺りに響き渡った。警察官任命式が始まる合図だ。警察学校の敷地内で、今回新たに警察官になるポケモン達の列の中に、バンギラスはいた。

「それでは、学長であるニドキング警視より挨拶を頂きます」

 この学校では、現役の警察官が学長を勤めることになっている。だが学長というのは名ばかりで、責任を負わされる、イベントに出席する等以外は、普通に警察官として勤務しているのだ。

「えー、新しく警察官として任命される諸君。長ったらしい話は嫌いだろうから、さっさと任命しよう。とりあえず、頑張れ!」

 立ちっぱなしのポケモン達を気遣ったのか、ニドキングが面倒くさかったのかはわからないが、本当に一言だけの軽い挨拶になった。ご機嫌な様子で彼は定位置に戻る。

「そ、それでは任命を始める。バッジを渡すので、呼ばれたら学長のところに来るように」

 そしてギャラリーや司会も戸惑う中、任命が始まった。次々とポケモン達の名が呼ばれてはバッジをつけてもらっている。最後の方になって、ようやくバンギラスの名前が呼ばれた。
 よほど緊張しているのか、動き方がロボットそのものだ。その様子をヒトカゲ達はギャラリー席から笑いながら見ていた。あまりに笑いすぎたルカリオはイスから落ちてしまう。

「ラルフと同じ警察官だな。頑張れよ、バンちゃん」
「頑張ります、おじさん」

 ニドキング警視からバッジを受け取るバンギラスの姿はまさしく、自分が小さい頃に見た父親のそれと同じだ。バッジを受け取った瞬間、心の中から凄く何かが湧き上がるものがあったという。
 憧れであった父親・ラルフ。今はこの世にいなくとも、彼の思い出の中でその命は輝き続けている。今その父親と同じ道を歩もうとしている息子のバンギラスは、見るからに嬉しそうな表情だ。

「これにて、警察官任命式を終了する!」

 程なくして、任命式が終了した。ここから先は特に用事もないため、ニドキングがバンギラスとヒトカゲ達を連れて警察学校内にあるカフェテラスへと案内してくれることとなった。



「は? ヒトカゲ、マジで言ってんのか?」
「うん、大マジな話だよ。ホウオウとディアルガ捜してるの」

 数ヵ月ぶりの再会となる2人の話は近況から始まった。当然ヒトカゲがどうしてポケラス大陸にいるのかが気になったバンギラスが説明を求めると、長く、そして驚く程の理由が返ってきた。

「ほぉー、それでこいつらと一緒に旅してるってわけか……『こいつら』と」

 バンギラスはルカリオとアーマルドをじっと睨みながら低い声で言う。朝の一件をまだ根に持っているらしく、まだこの2人の事を良く思っていない。

『す、すみません……』

 さすがに警察官を目の前にしては、2人も謝る以外にできることはない。気まずい雰囲気になりかねないので、ヒトカゲが間に入って話を進める。

「それだけならいいんだけど、もうはや敵が来ちゃってね」
「敵? 何でまたヒトカゲを?」

 バンギラスはヒトカゲが狙われていると思ったようだ。そうじゃないとヒトカゲが訂正して指差した先にいたのは、ちっちゃくなっているルカリオだった。

「こいつが? おい、何したんだよ?」
「いやいや、何もしてねぇよ」

 ルカリオの犯罪を疑うバンギラスがふと彼の胸元を見ると、赤い稲妻マークを見つけた。その印は何だと質問した際に目をやったニドキングは事実にいち早く気づき、驚いた表情になる。

「お前、まさかライナスのとこの息子か?」

 やっぱり気づいたかという表情でルカリオは頷く。ただあまりいい気分でないのか、ニドキングから目をそらす。ニドキングは彼のことが気になったのか、話を続ける。

「そうか。親父さん捜してるんだな?」

 その言葉が癪に障ったのか、突如ルカリオはその場に立ち上がる。すると怒った様子でニドキングを見ながら声を荒げる。

「あぁそうだよ! 警察が捜査を打ち切ったから俺が捜してんだよ!」

 彼の頭の中では、小さい頃の苦い記憶が蘇っていた。家の周辺でばたつく大人達、何回も話を聞きに来る警察官、そしていつしか誰もばったり来なくなり、母親に手を繋がれ立ちすくむ光景。
 一向に帰って来ない父親のことを思い悲しみ、誰も捜してくれないと警察に怒り、それが長年積もった分として一気に湧き出てしまったようだ。

「何で死んだともわかってないのに打ち切りやがって……なぁ、どうしてだよ! どうして……」

 そう訴えながらニドキングに寄りすがり、泣き崩れてしまった。こんなルカリオを見るのはヒトカゲ達も初めてだ。誰にも言えずにいた、父親への想いが一気に出てしまったようだ。
 様々な感情が複雑に入り混じって涙となって溢れ出る。彼の肩に手をやりながら、ニドキングは彼の目線までしゃがみ込み、優しく語り掛ける。

「確かに、我々警察は捜査を打ち切ってしまった。お偉いさんは生存率が皆無だと判断したのだろう」
「ふざけんな! だから……」
「まぁ聞きなさい。だからと言って君の親父さん捜しを止めたわけではない」

 その一言が耳に入ると、流していた涙を止め、ルカリオはニドキングの顔を見上げた。まるで父親を彷彿されるような、真剣であり、かつ優しい表情がそこにはあった。目を合わせてニドキングが告げた真実は、驚くべき内容だった。

「ライナスは私の親友だ。親友を放ったらかしにするほどバカではないぞ」

 意外にも、ニドキングとライナスは親友であったのだ。探検家と警察という関係で何かしら関わっていくうちに仲良くなったと後に語った。事実を明かした彼はさらに続ける。

「だが私だけの力では限界がある。そこで、信頼のおける奴らにライナス捜しを手伝ってくれるよう、私は頼んだのだ」

 完全に集中して話を聞いているルカリオは、わずかではあるが希望を見出せたのだ。自分以外にも父親が生きていると思ってくれているポケモンがいたことが、彼にとって何よりの救いとなった。

「それは一体、誰に?」

 はやる気持ちを抑え切れずに、ルカリオは父親捜しをしてくれている者達について尋ねる。ヒトカゲ達も前のめりになりながらニドキングの答えを聞こうとした。

「ライナスの探検隊“チーム・レジェンズ”に匹敵すると言われている、ガブリアスがリーダーをしている“チーム・グロックス”だ」

 チーム・グロックス――それはガブリアスを中心とした、現時点で右に出る者はいないと言われるほどの凄腕探検家達だ。メンバー編成は明らかにされていないが、ガブリアスを含めて5人という事だけはわかっている。
 チームで固まって行動することはあまりなく、ガブリアスが指示し、仲間が単独で動くことが多い。そして彼らもチーム名を名乗る事はない。

「“チーム・グロックス”……知らん」

 凄腕探検家のはずなのだが、初耳なようでルカリオは首を傾げている。続くように、ヒトカゲやアーマルド、さらにはバンギラスもポッポも知らないと言う。

「ま、まぁ表向きには有名でないのかもな、ハハ……」

 苦笑いをして、ニドキングはツメで頬をかいた。当然かとも思ったが、彼らが有名な探険家を知らなかったことに少々残念な気持ちになったようだ。

「そのチーム・グロックスってのはどこにいるの?」
「それなんだが、私にもわからん。彼らは常にどこかで活動している。だから所在を特定するのはかなり困難で、誰かからの情報を得るしかないんだよ」

 ライナスを捜しているというのであればぜひ会って話を聞きたいところだが、居場所の情報がない今どうしようかと考えているところに、彼らの前方からあの警察官が歩いてきてニドキングに話しかけた。

「それなら、あいつが知っているのでは?」
『……ピジョット警部!』

 現れたのは、ニドキングの部下であるピジョット警部だ。彼の登場にヒトカゲ達がおもわず声を上げた。「久しぶりだな」と声をかけると、ピジョットはニドキングと話を続ける。

「あいつ……あぁ、プテラか」

 刹那、バンギラスの表情が曇る。それもそのはず、現在プテラは刑務所を出て、社会奉仕活動をしている。いくら改心したとはいえ、自分の父親を殺した犯人をそう簡単に信用したりできるものではない。
 それを知らないルカリオは、プテラに会いに行くと言い出す。本当ならそれを止めたいバンギラスであったが、警察官という立場上、私的理由を持ち出すわけにはいかない。
 だがやはり、気になってしまう。そして少しではあるが、プテラに会って話がしたいという気持ちも出てきている。ダメ元で聞いてみようと思ったのか、バンギラスはニドキングに声をかける。

「……あの、おじさん……」

 そこまで言いかけた時だった。ニドキングはバンギラスの方に手を向け、それ以上言うなという素振りを見せた。そして彼は大声でこう告げた。

「バンギラス巡査。捜査命令を下す。捜査内容はプテラから“チーム・グロックス”の居場所を含めた情報を聴取すること……やれるか?」

 ニドキングにはバンギラスの考える事がお見通しだった。だから命令という形で彼を自由にさせてくれたのだ。責任を負ってまで想いを汲み取ってくれたことに、バンギラスの目からほろりと涙が落ちる。

「……了解!」



 翌日、彼らは警察学校前にいた。ヒトカゲ達の準備はとっくにできていたが、バンギラスの方が慌しく荷物の確認をしている。

「手帳入れた? バッジした? 道具は? 食料は? おじさんの写真は?」
「あーもうちょっと黙っててくれよ! わかんなくなるだろ!」

 何かと心配なポッポは気を使ってあれこれ言うが、内容が多すぎてバンギラスにはお経のようにしか聞こえていない。なるべく聞かないようにして荷物を整理する。

「……うしっ、準備完了! ヒトカゲ、OKだぜ」
「うん、じゃあ行こっか!」

 旅の支度ができ、出発できる状態になった。さて行こうとなった時に、ふとバンギラスは声を掛けられる。後ろを振り向くと、ピジョット警部、ニドキング警視、そしてポッポがこちらを見ていた。
 互いに何も言わず、数秒間の敬礼。ニドキングにとってその姿は、かつての同僚――バンギラスの父・ラルフの若い頃を彷彿させるものであり、感慨を抱いた。

「じゃ、行ってくる!」

 そういい残し、バンギラスはヒトカゲ達と一緒に歩き始めた。こうして旅のお供に、今度はバンギラスが加わったのだ。

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