【十二】初バトル

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分
 ヒノテ一行がバトル場に着いた時メグリは既に到着しており、そわそわした様子で佇んでいた。平日である今日、朝のこの時間は人が少ない。
 こんなところ見られでもしたら、何を言われるか分からない。そう言っていたメグリの言葉をヒノテは思い出していた。
 責任を取るなどと偉そうな事を言ってしまった手前、盾になろうとは考えているものの、一体何が出来るのか。
「出来る事と言えば、悪役に徹する事くらいかな。元だけど、この肩書がこんなところで役に立つとはね」
「なにぶつぶつ言ってるのヒノテ」
「なんでもないよ。それじゃ、やるか」
 広い敷地に六つほど区切られたフィールドの内の一つ、その真ん中に立つ。メグリはどうするの、どうすればいいのとワクワクした様子を隠さない。
「教えながらの方が良いか? それとも、すぐに始める?」
「授業で少しだけやった事あるから大丈夫、だと思う」
 あれこれ言うよりも、センスに任せてやらせた方が良いと判断したヒノテは、立ち位置だけ指示を出す。
「メグリは、ラグラージと組んでくれ」
「分かった」
「使える技は、冷凍パンチと、アームハンマーだ。基本的にこの二つの技は精度が高い。とっしんだったり、水を放出する基本的な動きや技はラグラージが自分の判断でやるから、うまく合わせて指示を出してあげてくれ。みずでっぽうは、ハイドロポンプより威力が小さいだけの技だから、状況によって使い分けてくれれば良い。……こんなところかな」
「おっけー了解!」
 これで話が通じるだけでも、メグリがきちんと知識を蓄えている事が良く分かる。この辺はあまり心配していなかったヒノテだったが、ここまで当たり前のように了解の返事を出された事に驚いた。
「大丈夫か? 分からない事があったら、何でも聞いてくれ。覚えられない部分があれば、もう一度言うから」
「え? ちゃんと覚えたよ? 多分、大丈夫だと思うけど」
「そうか、ならいいんだ」
 ラグラージを前にして、律儀にぺこりと頭を下げるメグリに、ラグラージはぎこちなく頭を下げ返す。
「グラエナ、お前はヤミラミとだ」
 了解、と一鳴きするが、どこか文句あり気な鳴き声。ヤミラミは何をするのかよく分かっておらず、定位置まで向かうメグリ達にひょこひょこと着いて行こうしたところを、グラエナに首根っこを咥えられ、自分達の定位置へ向かう。
「今回、俺は審判だ。ポケモンの数だけで言えば二対一だが、ヤミラミはこれが初バトルだ。それに指示だしの俺もいない。そこまでメグリとラグラージに不利ではないと思ってる。感覚を掴むための練習だから、自由にやってくれ。俺がストップだと判断したら、そこで試合終了だ。いいな?」
 元気の良い返事が二つ。はいよ、とクールな返事が二つ。
 ヒノテが手を上げ、開始の合図が出された。

 開幕の一撃。ラグラージがメグリの指示を待たずに首を大きく上げ、ハイドロポンプの構えを見せる。
 セオリー通りに、離れて立ったグラエナとヤミラミの内、どちらが標的となっているのかは、動きで分かった。
 グラエナが慌てて動く。狙われたのはヤミラミ。いきなりバトル初経験の方を狙うそのやり方に、グラエナが文句を言う事はない。バトルが始まってしまえば、弱いところから攻撃していくのは定石だ。
 先程のように首根っこを咥えてギリギリのところで避けようとしたグラエナだったが、ぴぎゃー! と甲高い声を上げたヤミラミは、そのまま前につんのめりつつ駆けだす。
 ぎょっとした様子のグラエナは急ブレーキ。飛び出してしまった妹分をポカンと見つめる。
 ヤミラミは、その体格の小ささを利用し、低い体勢のまま放たれたハイドロポンプを下方からかいくぐって距離を詰める。攻撃的なその動きを、グラエナは呆気に取られて見つめた。

 ヤミラミのその動きは、ラグラージにとって想定内のものだった。野生で出会った時に見せた俊敏な動きは、とてもではないが忘れられない。気絶させようと必死に戦っても、終ぞそこまではいかず、遊んでもらっていると勘違いしたヤミラミに翻弄され続けたのだ。
 照準をヤミラミに合わせようとしても、ジグザグと左右に動き、身軽さに身を預け上下左右と華麗に動き回るその身体捌きに、ハイドロポンプを当てるのは難しい。ラグラージはあまり器用ではなかった。
 近接したヤミラミが、つめを立てて振りかぶる。ひっかく攻撃に対し、ラグラージの選択肢は一つ。ゴーストタイプであるヤミラミに対し、単純な打撃は効果がない。透かされてしまう。近接でラグラージが打てる有効な技は一つしかなかった。
「冷凍パンチ!」
 ここ、というタイミングで飛んでくるメグリの指示。ラグラージは、いつもヒノテが声を出すタイミングでしっかりと指示が来たものだから一瞬驚いたものの、すぐに攻撃態勢に移る。
 拳に力を込め、内から湧く冷機を表出させる。そのまま突っ込んでくるヤミラミへ、カウンター気味の右を繰り出す。
 当るタイミングであった事は間違いない。
 ただ、その拳がヤミラミの身体を捉える事はなかった。彼女が優れているのはその俊敏性ではない。真に優れているのは、その動体視力。
 直前で振りかぶった手を、襲い来る冷凍パンチに当て、身体の軽さを利用して横に流し、技を見切った。
 空振りに終わった拳は、勢いを殺す事が出来ない。空を殴って、隙が出来る。
 着地したヤミラミが、ぐっ、と地を蹴って再度攻撃に入る。同時にメグリの声が響いた。
「そのまま薙ぎ払って!」
 聞いた事のある指示だった。ラグラージは、空ぶって勢いよく前に突いてしまった腕を、そのまま右方向へ薙ぎ払う。再び攻撃を加えようとしていたヤミラミは、薙ぎ払われた腕を見て、そのまま空中へ飛んでそれを躱す。
 また空振りに終わったものの、時間的余裕が生まれたラグラージは、そのままヤミラミと距離を取った。
 単純な話、視界の外からの攻撃はラグラージには分からない。後方で見ているトレーナーの一瞬の指示で、敵の位置と攻撃方法を掴むその流れは、まさにポケモンバトルそのもの。一瞬の攻防で、メグリからの指示が的確であり、信じるに値するものだとラグラージは悟った。
 距離を取ったヤミラミは、ラグラージのその動きを見て、一旦突っ込んで攻撃するのをやめ、落ち着いた様子で姿勢を低く保ち、次の攻撃の隙を伺う。
 攻防は、互角だった。

 ハイドロポンプを避け、突っ込んでいったヤミラミとラグラージの攻防を見ていたグラエナは、先程よりも更にポカンと口を開けて呆然と立っていた。
 可愛い妹分であり、いつまでも守ってやらなければと思っていたその小さな存在であるヤミラミが、想定外の強さを見せたからだ。
 同時に、最初の一撃が弱い方を狙った訳ではない事がグラエナには分かった。ラグラージは、彼よりも身軽で、ちょこまかと動く厄介なヤミラミを先に仕留めようとしたのだ。加勢に入らなければいけない状況ではあったが、立派に闘う妹分が次どう動くのか、一瞬も目が離せない状況が続いている。
 冷凍パンチとノーコンハイドロポンプしか有効打のないラグラージが最初から不利ではあるのだが、そんな悪条件だけで負ける程ラグラージは弱くない。それはグラエナが一番良く分かっていた。
 ヤミラミの攻撃では数を当てないとラグラージに強烈なダメージは入れられない。それを分かっているのかどうかは不明だが、とにかく動き回って攻撃をかいくぐり、細かい攻撃を入れ続けるその動きに、グラエナは素直に感心心した。
 あいつ、あんなに強かったのか。 
 ヒノテとラグラージが持っている感覚に、グラエナも今、追いついた。

 メグリは、この上ない楽しみを感じていた。
 ポケモンバトルという、この一瞬一瞬を戦うスポーツに、アドレナリンは噴出。少しの隙も見逃すまいと集中し、ポケモン達の一挙手一投足を注視する。
 端っこで見ているグラエナは、バトルに参加する様子はない。一応注意は向けておくものの、メグリは大半の意識を二体へ向けた。
 いくつかの攻撃はもらいつつも、ラグラージは強烈な一撃をヤミラミに当てられないままバトルは進んでいた。
 厄介なのはヤミラミの動きの細かさ。速さはそこまでないものの、勘の良さと見切りの良さか、ぎりぎりのところで攻撃をかわされ、意識の隙をつく一撃が入る。
 これをどうにかしなければ、試合は長引く。
 二体の動きに集中し、指示を出しながらも新しい一手を出そうと、メグリは頭を回す。
 こんなに他の事を考えず、一つの事に集中出来るのは随分久しぶりだ。
 元々の頭の良さと、ヤミラミと同じく抜群のセンスを持つメグリが出した次の一手は、まったく効果がないはずの技だった。
 
「アームハンマー!」
 再び距離ができ、二体の間に一瞬の膠着が出来た。メグリから出た次の指示は、ラグラージには想定外のものだった。そう言われても、ただ攻撃するだけではなんの効果もないはずだ。
「連続だよ、どんどん打って!」
 言われた通り、ラグラージは地面を抉る威力を持つアームハンマーを打つ。あっちこっちに打って打って、フィールドを荒らし回る。フィールドは土であるため、いとも簡単に荒れ始めた。
 呆気にとられた様子のヤミラミは、とりあえずそれを躱し続け、距離を取り続ける。アームハンマーとは言いつつも、冷凍パンチを間に繰り出されたら大ダメージは避けられない事は分かっているはず。迂闊に近寄って来ない。
「次、水鉄砲! ガンガン行こう!」
 ハイドロポンプは、ラグラージにとって負担が大きい。そう何度も連発出来るものではなかった。しかし、スピードのある技でなければ、ヤミラミを捉える事は難しい。案の定、水鉄砲は躱され、ヤミラミは再びフィールを動き回る。
「大丈夫! 続けて!」
 連続で水を放つも、ハイドロポンプよりもスピードのない水鉄砲では、やはり中々当たらない。それでも、ハイドロポンプよりも連射出来、一発一発にかけるエネルギーが少ない。
 迫って来たら冷凍パンチで迎え、ぎりぎりで躱されても、細かいところはメグリの指示のおかげで大きなダメージはない。
 試合は似たような流れが目立ち、再び膠着を見せ始めた。水鉄砲は今のところ、ヤミラミに対する牽制にしかなっていない。
 それでも、ここまで来るとラグラージにもメグリが何を考えているのか分かって来る。
 荒れたフィールドは、確実にヤミラミの動きを悪くする。水鉄砲で牽制し続けつつも、ラグラージは意識を右拳に集中させた。
 ぬかるんだフィールドであればこちらの方が有利。受け身な戦闘がずっと続いていたが、ラグラージはこのバトルで最初の一撃以来、能動的な攻撃を仕掛けた。
 水鉄砲を打ちつつ、飛び上がったヤミラミに向かって、今日何度目か分からない冷凍パンチを放つ。幾度となくその拳を見ているヤミラミにとって、それをいなして流す事は最早難しい事ではない。
 すぐに返しの一撃が来るが、最早ラグラージはそれを躱したり技で迎え撃つ気はなかった。
 多少の攻撃は、大きなダメージにならない。
 それならば、こちらの一撃を入れるチャンスをただ狙った方が良い。
 躱し続けるヤミラミが、荒れてぬかるんだフィールドに足を取られ、よろめいた一瞬。
 メグリの声と、ラグラージが冷凍パンチを打つのはほぼ同時。
 どう見ても当たるタイミングだったその拳は、それでも、対象を捕らえる事は出来なかった。ヤミラミの姿はラグラージの影に消え、またも拳は空を切る。
「飛んで! 影に向かってハイドロポンプ!」
 そのつもり! と咄嗟に大きな図体で高く飛び上がったラグラージは、そのまま指示通り、自分の影に向かって水流を放つ。
 先の先を打つために影から飛び出して来たヤミラミが、高く飛んだおかげでラグラージからは良く見えた。先程とは違うシチュエーション。これまで打って来た水鉄砲とは違うスピードが、ヤミラミの目測を一瞬でも誤らせれば問題ない。
 激しい水流が小さい体に打ち込まれ、影から飛び出したその身体を、綺麗に地面へ叩きつける。
 ラグラージが着地した時、ダウンしたヤミラミがそこにいた。
「そこまで! お前ら、凄いじゃないか!」
 ヒノテの合図と共に、バトルは終了した。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想