3-3 私を頂上へ連れてって

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読了時間目安:23分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・ソワ(ルンパッパ)
・キャタピー
 見渡す限り続く木々。前を見れば上り坂、振り返れば下り坂。横を見れば崖。多少枝にに引っかかる可能性はあるだろうが、落ちれば大怪我は免れない。この山は高密度に木が乱立していて視界が狭かった。

「おーい! ヨゾラー!! デリート!!」

 叫び声は広がることなく、虚しく周囲に吸収されていく。
 時折聞こえるのはこの山に住むポケモンの鳴き声だけ。いつもの仲間の声は聞こえない。
 まだ流石にお昼頃だから、陽の光は葉の隙間から降り注ぐ。だがあまりにも遅いと、暗くなったり天候変化が起きるかもしれない。

「……なあ、体調は大丈夫か?」

 後ろをついてくる小さなキャタピーに声を掛ける。が、ふいと仏頂面でそっぽを向いてしまった。返事もなしか……。
 依頼者の素っ気ない態度に大きなため息をつくリアル。

 歩いても歩いても進んでいる気配がない。ここはダンジョン、つまり迷宮だ。迷いやすいのも当たり前だが。
 
 突然、前方からオタチが飛び込んできた。猛烈な闘争心に駆られて無我夢中で突進してくる敵に、リアルは咄嗟に身を躱した。
 だが、後ろにはキャタピーがいる。通す訳には行かない。
 敵が脇をすり抜ける瞬間、横方向に全力の体当たり。為す術なく吹き飛ぶオタチは、何とか体勢を立て直そうとするが、残念ながらそちらには道はなく、崖しかない。

 崖の下へ声もなく落ちていく敵を見送って、リアルはまたひとつため息をついた。

「キャタピー、怪我はない?」

 一応聞いてみる。が、やはり返答はなし。そっぽを向いて目を合わせることすらしない。
 どうやら余程嫌われてしまったらしい……。

(こんな大変な時に……)

 意地を張っているのか、口を聞かないキャタピー。さすがにイラついてもくるが、自分より小さな子供に怒りをぶつけるのも、探検隊の品格が疑われるというものだろう。

「はぁ……何でこんなことに」

 そう、リアルとキャタピーは今、まさしく迷子になっているのだった。ヨゾラとデリートとははぐれてしまい、連絡も取れず途方に暮れていた。

 実際、どうしてこうなったのか。
 事情は今日の朝まで、いや、どうせなら数日前の夜まで遡ろう。


          ※


「セレビィ……確か自由に時を行き来できる幻のポケモン、よね」

「俺も流石に知ってる。調べた時にどの本にも載ってた」

 幻のポケモンというのは、実際に一般市民の前に姿を現すことは無い。しかし、確かに存在すると信じられている、言い伝えられているものらしい。
 師匠はそのポケモンの場所を知っていて、知り合いですらあるという。

「えっ、過去に行けるなら、リアルの事を知るなんて簡単だよね!」

 ヨゾラが興奮して身を乗り出している。

「そんな凄い、幻のポケモンに……本当に会えるの? 本当に? そんな日が来るなんて……」

 リアルとしてはその驚きは調べた知識からしか推し量れないが、一生で一度出会えるかどうか分からない位のポケモンなのだ、二匹が驚くのも当然だろう。

 何はともあれ、行先は決まった。探していた目標として、これ以上ない最良のものだ。

「それじゃ、いつ行こうか」

「うーん……すぐにでも行きたいけど」

「下調べとか、準備とか必要じゃない?」

 確かに山を越えるらしいし、長い旅になるようだから準備も必要か。そう焦る必要も無いだろうし。

 ということで皆で話し合った結果、一週間後の自由日に出発することになった。それまでにしっかりと訓練や授業を受け、心身ともに万全の状態で行くことにしよう、と。

 突然目の前に降って湧いた、自身の過去への「手がかり」……をすっ飛ばした「答え」。
 逸る気持ちを抑え、その日はそれで就寝となった。



 そして二日後。自由日の今朝のことである。

「今日は何の依頼を受ける?」

 朝食中、ヨゾラが問いかけた。

「今度の探検の練習になるといいよね」

「じゃ森か山だな」

「森は行ったことあるから……今日は山にしよっか」

 デリートがまとめ、そんな訳で山を目指すことになった。
 朝食をササッと済ませ、前回の二の足を踏まないようにロビーの掲示板に急ぐ。

 ロビーに到着すると、まだあまりポケモン達は集まっておらず、掲示板の依頼書にも余裕があるように見える。
 近寄って掲示板を見上げ、丁度よさそうな依頼書を探していく。

(ん?)

 リアルはふと、何か掲示板がいつもと違うように思えた。何か妙だ。
 一歩下がって全体を見回し、あることに気づく。

「依頼書が少ない……?」

「あっ、ほんとだ。全体的に減ってる」

「でも低難易度の依頼の数はいつも通りだな」

 掲示板は、上から高難易度の依頼が並ぶ仕組みだ。だから見習いの自分たちは低い位置の依頼だけを見ていけばいいのだが、今日はやけに上部が少ない。先輩たちはそう依頼の争奪戦になることも無く、依頼書が無くなるなんてことは少ないはずだが。

「あぁ、それには事情がある」

「! ……ソワ!」

 背後から声を掛けてきたのはソワ。そういえば前もここで話したような。食事の後はいつもここにいるのだろうか。

「ソワ、何か久しぶりに近くで見た気がする」

「忙しかったからな」

 それにしても堂々とした態度だ。生徒に接する時はこう、教官としてしっかりしているのに、どうして師匠の前だとポンコツに見えるのだろうか。

「……ん? 何か今失礼なこと考えてないか?」

「そんなまさかぁ」

 滅相もない、と大袈裟に両手を振って否定する。と、デリートが丁寧におはようございます、とお辞儀してから話しかける。

「ところで、事情というのはなんでしょう?」

「あ、あぁ。私も詳しくは知らないんだけどな、どうやら一部のダンジョンが立ち入り禁止になっているらしい」

「立ち入り禁止? ダンジョンが?」

 ヨゾラが首を傾げる。

「ああ。師匠から話があってな。なんだか危険らしいんだが、何があったかは聞いていない。まぁ今のところ高難易度のダンジョンだけなんだが」

「ダンジョンが危険だなんて……もともとそういうものなのにな……」

 ヨゾラは納得がいかない様子。
 だがまあ、今自分たちに影響はないらしいので良しとしよう。

 改めて掲示板に向き直り、そして山らしきダンジョンの依頼を一枚手に取った。

「えっと……場所は見晴らし山。難易度はD。内容は……同行依頼? なにそれ?」

「え、リアル知らないの?」

 ヨゾラが目を瞬かせた。
 知らない。いや、何となく勉強したような気もするが、細かい学習内容はテストが終わって頭から抜け落ちて行ったし。

「説明してあげるね。依頼は基本的に四種類に分けられるんだ。誰かを助けてほしいっていう救助依頼、何かを取って来て欲しいっていう採取依頼、お尋ね者を捕まえて欲しいっていう逮捕依頼、そして、どこかに連れて行って欲しいっていう同行依頼があるんだ」

「その通り。採取依頼と救助依頼に対して、お尋ね者を倒さなくてはならない逮捕依頼と、依頼者を守りながら探検しなくてはならない同行依頼は難易度がひとつ上がるわけだ」

 ヨゾラの説明をソワが補足する形で引き継いだ。

「ふーん……ってことはこの難易度Dは、同行依頼だからちょっと難しいってことなのか。前のアリアドスは逮捕依頼だったから、同じくらいかな?」

「ま、そんなとこだろう」

「どうする? リアル」

 デリートが聞いてくる。難易度Dは一年生には難しめという話だったが、まぁ前回も同じ難易度をクリアしたのだ。今回も何とかなるだろう。

「これにしよう。山だから今度の練習にもなる」

 リアルの言葉にヨゾラとデリートも頷き、この依頼を受けることに決まった。
 山を登るのは初めてだ。しかも、ただの山ではなく、不思議のダンジョンの山。不安もありつつ期待を膨らませていたのだが──


         ※


「よろしくお願いします、お兄さん!」

「う、うん、よろしくね!」

 ギルドの正門前で依頼者のキャタピーと待ち合わせ。その小さな男の子は時間きっかりにやって来た。
 彼の依頼は、見晴らし山の頂上に連れて行って欲しいというもの。何としても頂上からの景色が見てみたいが、自分だけでは危険すぎるからと依頼書を出したらしい。
 確かにそのキャタピーはあまりにも幼く、まだ七歳や八歳程度の印象を受けた。実質難易度Eの山に単独で登るのは難しいだろうし、賢明な判断だ。
 リアル達もまだまだ子供の範疇だが、キャタピー一匹よりはよっぽど安全だろう。

「お姉さんも、よろしくお願いします!」

「お、お姉さん!? こ、こちらこそよろしくね」

 その礼儀正しい男の子は、仲間たちと親しげに距離を詰める。普段聞き慣れない呼び方に戸惑うヨゾラとデリート──いや照れてるなこれ。
 確かにいきなりお兄さんお姉さん呼びをされたらびっくりもするだろうが、年下の男の子の一言でここまで喜ぶのは最早チョロいというレベルなのでは?

 今度はリアルの前に立つキャタピー。
 自分はヨゾラとデリートのようにはならない。しっかりと年上として、探検隊として威厳のある態度で返答するのだ。
 そして彼はこちらを見て──


「…………」

 ぷいっ、とそっぽを向いた。

(何でぇぇぇぇ!?)

 俺何かしたかなぁ!? いや初対面なんだけど! ……いやお兄さんって呼ばれたかったとかじゃないけど!
 突然依頼者に完全拒否を示されて戸惑うも、ヨゾラたちは照れてばかりでこちらを見てすらいない。

「じゃあ行こうか! 僕たちがしっかりと守るからね! お兄さんとして!」

 胸を張り“お兄さん”を強調して宣言するヨゾラ。いややる気なのは良いけどさ……いいのかそれで。デリートもらしからぬ浮かれ様だ。
 対して依頼者のほうと言えば、こちらから目を離した途端笑顔になり、お兄さん達と歓談を始めている。

(なんなんだマジで……)

 意気揚々とヨゾラたちはタウンのほうへ歩き出す。それは行き先である見晴らし山がタウンを越えたさらに先にあるからだ。納得がいかず首を傾げながらもリアルも歩き出す。
 のっけから先が思いやられる展開だが、依頼を達成するという前提は変わらない。とはいえ嫌な予感がするが……。

 そしてその嫌な予感も的中することになる。


 
 タウンを越え、小道を進み、だだっ広い草原を突っ切りしばらく歩き続け、ようやく木々、つまり山が見えてきた。その麓の林をかき分けるようにして進むと、傾斜が目の前に。

「ここが見晴らし山……普通の山に見えて、やっぱりダンジョンなんだよね」

 ヨゾラが呟きながら上を見上げた。鬱蒼と茂る高木の葉で山の上部はよく見えない。
 確かに普通の山のように見えるが、そもそもダンジョンは外側から見ても何の異常もないように見えるものらしい。

「ここは昔から頂上からの景色が綺麗なことで有名だったらしいんです。だからどうしても見たくて……」

「そっか……じゃあ何としてもてっぺんに行かないとね! 頑張ろう!」

 デリートのやる気に満ちた宣言にキャタピーも頷く。なんだかいつもより生き生きしているような気がするのだが。しかしまあ、お姉さんポジションは意外にピッタリかもしれないな……。
 ちなみにヨゾラはない。あれはどちらかというと弟タイプだろう!

「準備はいい? みんな」

 弟もといヨゾラが改めて聞く(いつのまにか先頭に立ってるし)。
 みんなが頷くのを確認した後、彼は傾斜を登り始めた。

 そう言えば山のダンジョンの入口はどこなのだろうか。洞窟なんかはわかりやすいのだが、今回初の山は外と中の境界が分かりづらい。
 そんなことをぼんやり考えながらもリアルは最後尾で彼らの後を追う。山なのだ、依頼者が滑り落ちないよう背後でサポートする必要もあるだろう。

 かなりの急勾配を前足も駆使しながら登っていく。技は出せなくても身体能力に自信はあるのだ。目の前のキャタピーの身体を押し上げてあげようとすると無言で体をくねらせて振り払われた。なんてヤツ。
 
 暫くして少し木々の開けた空間に登りついた。
 どうやらそれはダンジョンの道らしい。崖のようになった急斜面を登りきり、道に身体を載せた瞬間、一瞬くらっとする感覚。そう、ダンジョンに入った証である。
 ヨゾラにツタで引き上げてもらいながら立ち上がる。

 何とかスタートラインだ。体を叩いて砂を叩き落とす。
 ふと気になり、振り返って下を覗き込むが、そこには樹木が延々と続いていて先は見えない。足元の小さな石が転がり、枝にぶつかりながら奈落に落ちていった。

(今戻ってももう出れないんだろうな)

 ダンジョンとはそういうものである。
 ここは不思議のダンジョン、一度踏み入ればその入口は閉じ、出口は別の場所へ瞬時に変更される。

「リアルー! 早くー!」

「今行く!」

 気づけば一行は既に道を進んでいる。意気揚々と先頭に立つヨゾラと、その後ろを軽やかに進むデリート、そしてこちらを白い目で見る依頼者、キャタピー……。
 なだらかな坂の上で待つ仲間たちに声をかけ、リアルも後を追った。


          ※


 登山といえば断崖絶壁を命懸けでよじ登るか、ある程度定められた一本道をひたすら歩き続けるものだろう。前者はプロの登山家が行うもので、後者は観光としての意味合いが強い。
 そういう観点で言えば、この山は険しい崖ではなくある程度道が既に作られていて、よじ登る必要も無い。だが、観光用でもないのだ。ここはダンジョン、普通の山ではない。

 誰が作ったのかも分からない一本道の坂を歩いていく。頭上は葉で覆われて空は見えず、周囲の景色も代わり映えしない。そうすると、自分たちの位置が掴みにくくなるのだ。

「これ進んでるのかなぁ」

「多分……」

 左右を見ても分からない道だが、辛うじて勾配によって目指す方向は分かる。要は高い方に行けば良いだけだ。つまり迷うことは無い、はずなのだが。

「別れ道だ」

 ヨゾラが前方を指して立ち止まる。

「どっち行っても結局頂上に……じゃ、ないんだったな」

 そう、ここはダンジョンなのだ。
 誰が作ったわけでもなく、自然の異常な力によって作り出された迷宮。お膳立てされた道は、探検隊を目的地に辿り着かせるためのものでは無いのだ。長い道の先に行き止まりなんてこともある。
 逆に自然に出来ている以上、悪意があってそうなってる訳でもないらしいが。

「どうすんだよ、ヨゾラ」

 一応のリーダーはリアルな為、こういう時は殆どリアルが決定をしてしまう。だが今はやる気のヨゾラが先頭に立っている。ならば隊長としての仕事を果たしてもらおう。

「うーん、右かな!」

 明らかに適当である。

「えー? 私は左だと思うな……」

 それに対しデリートは口を尖らせる。リアルにもどちらが正解かは分からないが……。

「何となく左は嫌な予感がするんだよね」

「大丈夫大丈夫! モンスターハウスでもドンと来いだよ!」

「マジかよ」

 いや、モンスターハウスは勘弁して欲しい。初めてソワとダンジョンに挑んだ時のことを思い出す。あれは正直何で切り抜けられたのか未だに分からない。

 結局そんな感じで適当に右に進むことになった。ヨゾラの楽観的な行動には不安を覚えるが、確かに右が正解の可能性もある。
 ただ不安を感じさせるのは依頼者に対して、特に子供のキャタピーには良くないのではないか……と危惧してみるも、

「思い切りが良くて、流石お兄さん……!」

 この有様だった。



「かなり進んだね」

「結構登ってる気はするけどな……」

 分かれ道を進んで、大体一時間程経過しただろうか。襲いかかる凶暴化した敵を、キャタピーを守りながら撃退する。広い道では乱立する木々を障害物にして立ち回れたが、逆に崖っぷちの一本道で敵と遭遇すると中々厄介だった。
 それでもやる気に満ちた二匹の活躍もあって、リンゴやきのみも温存しながら危なげなく進んでいた。

 周囲を見渡してもやはり緑ばかり。しかし何だか植生は最初の頃と種類が少しばかり変わっているようにも思える。高度が上がるにつれ植物も変わるというが……ダンジョンにも適用されるのだろうか。

 と、突然列になって進んでいた一行の動きが止まった。

「どうしたの?」

「……見て」

 問いかけるデリートにヨゾラが指を指す。
 
 ──そこには、大量のアイテムが落ちていた。

「すげぇ……」

 その光景を目にし思わず嘆息を漏らすリアル。
 少し開けた、林の中の空き地。
 そこら中に落ちているのはリンゴやきのみは勿論、賢くなるらしいグミや何かの種や不思議玉、大量のポケまで。まるで巣ごもりをするかのように溜め込まれた宝は輝いてすら見える──!

 しかし。

「嫌な予感がする」

 それは今日ずっと感じていたこと。こうも浮かれていては重大なミスを犯す。そんな予感。
 そしてこの目の前にある大量のアイテム。恐らくは──

「分かってる? ヨゾラ。飛び込んじゃダメよ」

「……うん。きっとモンスターハウスだ」

 デリートの忠告にゆっくりと頷くヨゾラ。
 彼らもこの状況の危険性に気づいている。
 だが彼は諦めてはいなかった。

「でも、きっと、モンスターハウスに挑んでアイテムを取った方がメリットがあると思うんだ」

「マジで……? キャタピーもいるんだぞ」

 堪らず口を挟む。そもそもモンスターハウスはベテランの探検家ですら忌避する災厄だ。どんなに道具などの準備が万端でも、敵があまりに多ければ多勢に無勢、そうでなくとも不運が重なることもある。
 同行依頼の今回は尚更だ。守る対象がいれば難易度は跳ね上がる。アイテムの為に依頼を失敗するわけにはいかない。

「大丈夫、アイテムを取って、逃げるのを重視で行こう」

 そう言ってヨゾラはゆっくり足を踏み入れた。

「おいおいおいちょっと待てって!」

 時すでに遅し。
 デリートとリアルが止める間もなく、ヨゾラは空き地に踏み込んだ──

 のだが。

「誰も……出てこない……?」

 辺りを恐る恐る見回すヨゾラ。だが空き地は静けさを保ったまま。敵がわんさか飛び出してくる、なんて様子はない。

「もう使われてない巣なのかな……?」

 デリートも周囲を警戒しつつ足を踏み入れた。やはり敵はいない。

(そんな馬鹿な)

 そんな都合のいい話があるだろうか。敵が全くおらず、アイテムだけが大量にゲットできるなど。しかし現にモンスターハウスは出現せず、ピンチに陥っていない。
 ……自分の考えすぎだろうか。時々仲間たちに考えすぎだと言われるし……。

 しかしずっとついて回っていた嫌な予感は拭えなかった。

「じゃあ……遠慮なくもらっていこっか!」

 警戒を解いたヨゾラがウキウキしながらスキップを始めたその時。
 その「嫌な予感」がついに牙を剥く。

 確かに敵ポケモンは居なかった。それはこちらを油断させるためでも無いとしよう。
 だが、モンスターハウスの跡地にはもうひとつ、絶対に注意すべきことがあった──!

 

 カチリ、と音がした。

 それは、アイテムを拾おうと一歩踏み出したヨゾラの足元直下。
 
 もうそれは直感だった。

「マズい──!!」

 咄嗟に叫びながら依頼者を引っつかむ。そして乱暴に抱え込みながら転がるように横っ飛び。

「ちょっ!」

 文句を言うキャタピーだがそれどころでは無い。杞憂かもしれない、しかし頭で考えるより先、脊髄反射で今取れる最大の防御を!

 その判断の僅かコンマ数秒後。

「“罠”だッ──!!」

 空き地に爆風が炸裂した。
 熱波がまさに波のように体を包む。吹き荒れる暴風は身体を切り裂かんと襲いかかるが、何とかキャタピーを守るように覆いかぶさった。
 爆発とほぼ同時に横っ飛びしたお陰で、爆風はむしろリアルたちを吹き飛ばすように突き放した。転がりながら爆心地から離れていく。

「ぐっ……ううう……!」

 全身に突き刺さるのは石か何だかもう分からない破片。そして林の木々にぶつかりながら転がっていく。その痛みに耐えながら依頼者を守る。何としても守る。
 そして巻き起こる砂煙で視界は完全に塞がれた。

 しばらく耐え、そして身体の移動が止まった。暴風が収まり、ゆっくりと体勢を起こす。全身が打撲と切傷でズキズキと痛むがそれどころではない。

「……ヨゾラッ……!! デリートッ……!!」

 爆発の瞬間、ヨゾラとデリートも即座に異変に気がついていた。覚えているのはヨゾラの青ざめた顔。しかし回避行動を取ったかは見ていない。グラウンド・ゼロに立ったまま直撃していれば大怪我は免れないだろう。……いや、間違いなく倒れる。

 キャタピーを抱えたまま辺りを見回す。砂煙で全く見えないが、煙を掻き分けるようにして彼らの姿を探した。

「……!!」

 砂埃の切れ目、ついに彼らの姿を捉えた。
 さっきまで立っていた場所にほど近い位置で、うつ伏せに力なく倒れる二匹。
 動く気配は、ない。

 咄嗟に駆け寄ろうとして、走り出した。
 ……しかし、今度ばかりは軽率な行動も仕方なかったと思う。
 キャタピーを抱えたまま踏み出したリアルは、ソレを踏んでしまった。

 また、響くカチリという音。

「──あ」

 倒れる仲間たちに手を伸ばす。今まさに危機に瀕した彼らを助けたくて伸ばした片手。
 しかしそれは届くことはなく。

 
 リアルとキャタピーの姿は、一瞬で掻き消えた。


          ※


「ということで、油断して二回も罠を踏んだ探検隊はバラバラになってしまいました、とさ」

「……急にどうしたんですか?」

「状況を確認してたんだよ。どうしてこうなったんかなぁって」

 白い目を向けるキャタピーにはもう慣れた。溜息をついて返答をする。

「どうしてって、あなた達が失敗したからじゃないですか」

「おっしゃる通りで……」

 頭を抱えて項垂れるリアル。確かにその通りなので何も言えない。

 ようやく場面は冒頭に戻る。
 つまり、モンスターハウスの跡地に無警戒で乗り込んだ自分たちは、ばくはスイッチを踏んだ挙句ワープスイッチを踏んでしまったという訳だ。
 何とかキャタピーは守ったものの、お陰でチームはバラバラになってしまった。ヨゾラとデリートの安否も心配だ。バッジがある為、致命傷でも死にはしないし、ギルドにもう戻ってるなんて可能性もあるけれど……取り残されているなら、放っておく訳にはいかない。

「どうしよう……と言っても進むしかないんだけどな」

 生憎探検隊バッジに通信機能はないし、カバンもデリートが持っているため道具もここには無い。仮にあったとしても、仲間と合流できる道具は今日は持ってきていなかったはずだ。

 ワープスイッチの詳しい効果は知らないが、恐らく滅茶苦茶に離れた場所へ飛ばされることは無いだろう。いや、そうであって欲しいが。いきなりスタート位置周辺に戻されたりしていたら大損害だし。

 とりあえず勾配を頼りに登るとしよう。最後の手段だが、最悪自分だけででもキャタピーを頂上へ送り届けなければ。

「休憩は終わり。行くぞ、キャタピー」

「……分かりました」

 相変わらず嫌そうな顔。だが好き勝手な方向に行かれるよりはマシだろう。なぜ嫌われたかは全くもって不明だが。

 立ち上がって、縦に並んで歩き出す。

 道具も仲間もないこの状況、何だかんだ探検隊を始めてから一番の危機かもしれない、とリアルは考えていた。

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