大変お久しぶりです。前話から随分と日が空いてしまいました。お待たせしてごめんなさい。
一応Cyber再開です。ゆっくりとではありますが、これからもよろしくお願いします。
主要登場キャラ
リアル(ピカチュウ)
ヨゾラ(ツタージャ)
デリート(イーブイ)
etc.
「いやあ、やっぱり本当に技が出せないんだねぇ、リアル」
お昼時で賑わうロビー。午前の訓練を終えたリアルたちは、各々昼食を購入して席に着いた。
「だからそう言ってるだろ。なんでか分からないけど……」
しみじみと午前を振り返るヨゾラに対して、リアルはぶっきらぼうに返す。
今日はギルドも通常運転、一年生であるリアルたちも午前の訓練を終えたところだった。
ギルド生活もそろそろ2週間になり、段々と毎日の暮らしの流れに慣れてきた頃だ。通常日は授業と訓練、自由日は依頼。休みの日は街に出かけるなど。
毎日どのような事をするのかを覚えてしまえば、新入生と言えどもそう緊張することは無い。
そして今日は至って普通の通常日、チュートリアルを終えたような訓練の内容は、各種技の練習に入っていた。
何か一つ自分の得意な技を先生に見せ、力量を測ってもらったのが今日の訓練の初め。なんでもいい、出せる技を見せれば良いだけの簡単な訓練だったのだが。
「まあ随分とピンポイントに恥をさらしたよなぁ……」
「凄い威勢のいい電気は弾けてるのにね。それが……こう、ぷ、ぷすって音だけ………!」
「笑うなっ」
思い出し笑いで声を震わせるヨゾラの頭を、リアルは軽く小突く。
まあ結果はその通りで、電気は相変わらず詰まったまま。技を出そうと顔を顰めたまま突っ立っていたらヨゾラが吹き出した。
「私も、流石にちょっと面白かったかも」
「デリートまで思い出し笑いはやめろ!」
両隣のチームメイトに笑われて、口をへの字に歪めるリアル。笑ってもらえるだけ暗くならずに良いのかもしれないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
確かヨゾラははっぱカッター、デリートはスピードスターを出していた。どちらも綺麗に飛ばせていたから、余計に差が際立ってしまった。
ちなみに、悔しいので「たいあたりじゃダメですか」と先生に言ってみたら呆れられた。たいあたりも立派な技だぞ。まあ趣旨が違うのだが。
「リアルは物理派だもんねぇ」
「特殊攻撃が出来ないだけなんですけどね」
木の実ジュースを片手に呟いたデリートの言葉は、やんわりと否定しておく。下手にフォローされるのも辛い。
「でもさ、最近何か特訓してるんでしょ?」
「あぁ……うん。それなりに」
ヨゾラが指しているのは、時々夕方から夜にかけて行われる、シュンとの個別特訓のことだろう。
不定期に開催される特訓のことは、まだ詳しくは二匹に伝えていない。
それはその相手が“あの先輩”であるから、そしてまだ成果があまり見込めていないからである。
リアルとしては毎日にでも特訓をし、戦力不足を解消したいところだが、どうにもシュンの居る日にちが無い。やはり忙しいらしいがその仕事については教えてはくれない。そしてつい三日前、「これから忙しくなるから、しばらく付き合ってやれそうにない」とまで言われてしまったのだ。
だがとりあえず、自主練は継続している。
体内に張り巡らされた「回路」と、それを伝い駆け巡る「エネルギー」の流れを実感し、加速させる。シュンの言っていることは理解できるのだが、それを実行するのは難しい。まさに言うは易く行なうは難し、だ。
「まあ、結果が全てだからな……」
適当に言葉を濁してリンゴにかじりつく。
現状がこれでは胸を張って主張もできまい。シュンの事を話すのも今ではないだろう。
と、ふと思い出したようにヨゾラが口を開く。
「ところでさ、次の目標についてなんだけど」
「次の目標?」
「ほら、伝説のポケモンに話を聞きに行く、っていう話だよ」
そうだった。
チームとして一流の探検隊を目指す為、そしてリアルの過去を追うための具体的な目標。
その一つとして「伝説のポケモンに会いに行く」ことにしたのだ。
それは、永い時を生きる伝説なら自身の過去について手がかりを知っているかもしれないという期待と、その伝説の住まう険しいダンジョンを踏破するという、探検家としての経験を積むという二つの理由からである。
やはり夢は遠く大きい程良いし、この考えは理にかなっていると思う。だが肝心の行き先が決まらないのだ。
それもそのはず。
伝説や幻のポケモンがいる場所もまた、幻のようなダンジョンなのだ。つまり、場所が分からないという訳だ。
「言ってみたは良いものの、そうそう見つからないんだよなぁ」
木製の椅子、その背もたれに体を預けて、リアルは唸り声を漏らした。椅子がきしんだ音を立てる。
「私たちが知れる範囲もたかが知れてるしね……」
そもそもいくら険しいダンジョンがあったとしても、世の中は広いのだから、何年もかけて踏破する探検隊くらいいるだろう。そうすれば伝説も幻もない。殆どの一般市民が出会えない、存在を知らない、そんな秘匿されたダンジョンにこそ彼らは居るのではないのか。
「みんなが知らないダンジョンを、僕たちが知ってるわけないよね」
そう言ってため息をつくヨゾラ。話してばかりで手持ちのサンドイッチは減っていない。
「でも探検隊マニアのヨゾラならさ、そういうダンジョンの話とか聞かないの?」
「えー? そりゃあ、ほんとのほんとに伝説のダンジョンの話とかは聞いたことあるよ? 天を貫く程の険しい山とか、絶海の孤島に立つ巨大な塔とか……でもそれってさ」
「みんなが知っているのに、誰も到達したことがない、ってことでしょ?」
ヨゾラの話をデリートが引き継いで着地させる。うんうんと頷くヨゾラ。
つまりはそういう事だ。
皆が知らない幻のポケモンが居る、幻のダンジョンを知る術はなく。
そしてみんなが伝え聞き知っている超難関のダンジョンは、あまりにも高い壁なのだ。
「ほら、昔はダンジョンとかは世界に山ほどあって、誰も知らないダンジョンを“探検”するのは良くあることだったんだって。でも今じゃ探検隊もたーっくさん増えたし……それこそ黎明期? にあの伝説の探検隊が世界をくまなく探検しちゃったから……」
「でも新しいダンジョンも出来てるんでしょ?」
デリートの質問に、ヨゾラは曖昧な返事をする。
「うーん……。とはいえ余程すごいダンジョンは中々できないよね……まぁ平和でいいんだけどさ。今どきみんなの憧れの的のダンジョンとか……無いんだよね……」
声に悔しさが滲む。もしかすると、ヨゾラにとっては凄腕の探検隊は憧れで、そして彼らが世界を探検し尽くしてしまうというジレンマに悩まされているのかもしれない。
「そうすると、残るのはめちゃくちゃ難しいダンジョンだけってことか」
「でもいつかは行きたいよね! 誰も攻略した事の無いダンジョンに! 夢は大きく! でしょ?」
ヨゾラが目を輝かせる。
もちろんそれには賛同するが……。
「いくら夢はでっかいほうが良いとは言ってもな……そんなダンジョンの踏破、いつになるんだか」
何も夢の達成に楽をしたい訳では無い。
いずれ、いずれ伝説のダンジョンを攻略する。
それを将来の夢にしたとして、まずは第一歩。目の前の目標が欲しいのだ。
それに、自分の過去を追うのになんの手がかりもなしで何年も……というのも辛い。
「まぁ、ギルドの訓練を真面目にやって、地道に依頼をこなすだけでも充分強くなるだろうし……焦らなくてもいいのかなぁ」
そうリアルが消極的な言葉を呟いた時だった。
突如ロビーに、何かが倒れる大きな音が響いた。木製のお皿が落下する音、衝撃。そして誰かの小さな悲鳴。
広いロビーは水を打ったように静まり返り、その音に視線が集まる。
「っ……なんだ?」
リアルたちも即座に振り返って音の方向へ目をやった。
そこには、散らばった皿やきのみ、ひっくり返った椅子と可哀想なほど怯えた様子のポチエナ。
そして、彼を冷たい目で見つめ、手に炎を纏ったメルトが立っていた。
※
「あれは……!」
その異様な光景に誰もが息を飲む。
ロビーの中央で視線を集めるポケモンたち。
ただ一匹立っている彼は、ただ冷たい目で床に倒れたままのポチエナを見つめていた。
ポチエナはあまりの恐怖に震えていて、そして見下ろす彼から目が逸らせない。
よく見ると近くにヤミカラスの姿もあった。彼はメルトの後ろにいるものの、同じく怯えた表情でメルトとポチエナに目を向けている。
「喧嘩……?」
後ろでぼそっとデリートが呟く。
確かに争いが起きたようだ。だがリアルにはこの場合「喧嘩」という表現はおよそ適切でないように思えた。
一方的な威圧。ポチエナとヤミカラスには戦意など無く、ただ怯えるだけ。そしてメルトの表情、手に纏っている燃え盛る炎からすれば、今まさにその命を奪おうとしているようにすら見える──
確かあのポチエナとヤミカラスは、メルトと共にチームを組んでいたはずだ。森で会った時、彼らはまさに子分のようにメルトにくっついていた。
その時から力の上下関係は明白ではあったが……彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
(やばいんじゃないのか)
皆の視線を集めていながら、メルトはポチエナから目線を外さない。今にもその手で彼に危害を加えそうなのだ。
だがロビーにいる誰もが思わず動きを止めてしまっていた。声を発すれば、息をしてしまえば、メルトの目に留まり、攻撃されてしまうのではないか。
リアルもただ事の成り行きを見ている他なかった。その緊迫した空気に飲まれて動けない。まるで時が止まったようだった。
そして何秒経っただろうか。
刹那、メルトの影がゆらりと動く。
踏み出した一歩はポチエナに向け、その手の紅蓮は収まることなく──
「危ない──!!」
ようやくリアルは椅子を蹴って立ち上がった。
しかし間に合わない。
時が動き出すロビー。
メルトは手を振りかざして──
「何をしているのかな」
穏やかな、されどよく通る声が響き渡る。
その声はリアルたちの後ろ、ロビーの入口から届いていた。その聞き覚えのある声にメルトは静止し、ロビーにいた全員がそちらに振り向く。
そしてリアルは目の前にその姿を認めて──
「師匠!」
久しぶりの再会に思わず叫ぶのだった。
※
突如ロビーに現れた師匠にざわめく一同。
目の前にいたヨゾラとデリートも驚きの声をあげた。
師匠がロビーに来るというのは滅多にない事だ。というよりほぼ見かけない。
常に師匠の部屋にいて仕事をしているか、外に仕事で出ているか。ギルドマスターはとても忙しいらしく、ましてや師匠と一対一で話せることなどほとんどない。
リアルも合格のお礼を言おうと何度か会おうとしたのだが予定が全く合わなかった。
そんな師匠がまさに間一髪、メルトの凶行を止める形で現れた。
(そういえば、前もこんなことが)
わざわざ思い出すまでもない。
ギルド試験のあの日。あの時消えかけた命を救ったのもまた師匠だった。瞬く間に目の前に現れ、その熟練の技を以て未来のギルドメンバーを守り抜いた。
その衝撃、初めて見た師匠の険しい顔をリアルは鮮明に覚えている。
師匠はどよめく周囲には目もくれず、もちろんリアルたちと視線を合わせることも無く、その小さな体で周りのポケモンの間をすり抜けるように歩を進める。
そしてメルトの前にたどり着くと立ち止まり、いつも通りの穏やかな表情で彼の顔を見つめる。
「その手を下ろしなさい」
ゆっくりと、そしてはっきりと師匠はそう言った。
再度訪れる静寂。
睨み合う両者。それはあの時の再現のようで、しかし師匠の顔は変わらず穏やかである。
張り詰める空気。
師匠を睨みつけるメルトの表情は、苦々しいものに変わり、そしてその目は憎悪に満ち──彼は手を下ろした。
忌々しい、というように舌打ち。
それを残してメルトは踵を返し、羽を羽ばたかせる。
彼の顔を見たポケモンたちが一歩後ずさる中をメルトは一直線に飛んでいき、師匠の来た入口とは逆のドアから去っていった。
ようやく弛緩する雰囲気。
師匠はふと隣に倒れたままのポチエナに目を向け、手を差し伸べた。
「大丈夫?」
その言葉にコクコクと頷きながら、手を取って体制を立て直すポチエナ。その表情は未だ恐怖に染っている。怯えてぐしゃぐしゃになった顔は当分戻りそうにない。
騒ぎを起こした張本人が去ったことで、ようやく各々が元のように食事、そして談笑をし始めた。ロビーに穏やかな空気が戻る。
「はぁ……びっくりしたよ」
ヨゾラも緊張が解けたのか、椅子にどさっと勢いよく座って息を吐いた。
「何だったんだろ……あの二匹、彼をよっぽど怒らせちゃったのかな」
「いや、きっとささいな事だったと思うよ」
「え?」
首を傾げて呟いたデリートの言葉を、リアルはヤミカラス達の方向に目を向けたまま否定した。
「アイツはそういう奴な気がする」
根拠がある訳では無い。だがこれまでメルトの言動を見て、そしてポチエナとヤミカラスの様子を見る限り、リアルにとってメルトはあまりに理不尽な存在として映っていた。
手下のように二匹を扱っていた彼のことだ。尊重などもなく、きっと本当に些末なことで二匹を切り捨ててしまいそうに思える。
(ただ……それだけじゃないとも思う)
リアルはまた、以前の夕食を覚えている。
無視されるとは思いながら、こちらからカレーの大食いを吹っかけると、メルトは意外にも直ぐに挑発に乗った。
恐らくは負けず嫌いが故。でもそれだけでは無い、子供らしさも感じるのだ。
冷酷なのは分かっている。ただそれでも、感情がない訳では無いはず……。
しかし結局は、その冷酷なイメージが多くを占める。だから今回のきっかけについても半ば確信に近い。それにヨゾラも同調する。
「何かあの二匹が凄く可哀想に見えるね……」
そもそも幻のポケモンは、一般市民とは関わりを持たないと習った覚えがある。
その為か、気難しい性格の者も多いらしく、それ故にただ一方的に崇められることが通例なのだとか。
幻のポケモンである彼がなぜここにいるのかは未だ不明だが、その性格の冷たさは確かに想像する彼らのイメージと合致していた。
と、リアルはポチエナ達のほうから出口に向かって歩いてくる師匠に気づいた。
そしてはっと、師匠に話さなくてはいけない用件を思い出す。
「師匠ー!」
「やぁ、リアル。元気にしてた?」
師匠は手を振ったリアルに気が付き、にこっと笑ってリアル達のテーブルにやってくる。慌てて椅子を蹴って立ち上がったのはヨゾラとデリート。師匠が三匹の目の前に立ち止まった瞬間、合わせたようにお辞儀をした。
「こんにちは! 師匠!」
「いいよ、そんなにかしこまらなくても。お昼時で休憩なんだし♪」
「師匠、今日はどうしてここに……?」
「たまたま、だよ。本当にたまたま通りかかっただけなんだけど……運が良かったみたいだね」
確かにグッドタイミングだった。
ロビーのポケモンたちは咄嗟に動くことが出来なかったし、逆に師匠以外にメルトを止められる者はいなかったと思う。
そして、リアルは師匠にずっと言おうとしていた「本題」を口にする。
「あの、師匠。俺、師匠のおかげで無事ギルドに入ることが出来ました。そのお礼が言いたくて」
随分と先延ばしになっていた、ギルド入団のお礼。そもそも記憶喪失で森に落ちていたリアルを拾って、連れ帰ってくれたのも師匠だった。
それから何をしていいか分からなかったリアルに目標を与え、そして居場所を示してくれた。
まさにリアルにとっての救世主とも言っていい。何から何まで尽くしてくれた、言葉では尽くせない程の恩、それに対するお礼をリアルは言いたかったのだが──
「いやいや、よく頑張ったね、リアル。ここまで来たのはひとえに君の努力のおかげだよ。まあ、ちょーっとハラハラしたけどね?」
「師匠……」
師匠はあくまでもリアルの努力を認める。いつものように笑う師匠に、それ以上何も言えずリアルは頭を下げた。
そして師匠は頷くと、今度は二匹の方に体を向ける。
「それで……君がヨゾラで、君がデリートだね」
「はっ、はい!」
直立不動で返事をする二匹。これまた息ピッタリ、というか緊張し過ぎているような。
「君たちのことは聞いているよ。……これはギルドマスターという立場からは外れた、ボクとしての気持ちだけど……」
そう言って前置きして、師匠はしっかりと二匹を見据えた。
「彼を、特別扱いせずに受け入れてくれてありがとう」
あの師匠からお礼を言われ、面食らって慌てるデリートとヨゾラ。
「そんな、受け入れるだなんて……。 リアルは私達のリーダーですから」
「むしろ引っ張ってくれてます!」
そんな二匹の言葉を聞いて、師匠は微かに笑う。
「良い友達を持ったね、リアル」
「……はい」
本当に良い友達を持った。それだけでは無い。
そもそもこうしてここに居るのは、周りのポケモンたちが優しかったからなのだ。
毎日帰る場所を得て、そして共に戦う仲間を得た。
口に出さずとも、それらへの感謝は忘れてはいない。そして、彼らとこれから多くの探検を出来るという幸せを──
と、これからのことと言えば。
「あの、師匠。実は教えて欲しいことがあって……」
師匠に向き直ってリアルは口を開く。
自分たちが知らないことで困っているのならば、知っている者に聞けば良いのだ。
※
「ふむふむ、なるほど。伝説のポケモンに会いに行く、とね……」
「はい、それでその、どこを目指せばいいか分からなくて……」
リアルは一通り師匠に経緯を説明し終えた。
自身の過去を知る為、そして探検隊として成長する為の目標だ。
リアルが話す間、終始師匠は頷いていた。
「うん。話はわかった。目的に対する手段として合理的だし、ボクも応援したい。でも……」
そう言って師匠はその小さな身体でリアルたちを見上げた。
「なんたって伝説や幻のポケモンだよ? 見習いのキミたちには難しすぎると思うけど」
「ま、まぁ、その通りなんですけど……」
そう言われてはどうしようも無い。
というか、確かに虫が良すぎたかとも思えてくる。伝説のポケモンには会えずとも、幻のポケモンは場所さえ知ればダンジョンを攻略できると考えていたが……自分たちは確かに見習いだ。
難しいダンジョンでも、いつかは……なんて軽く思っていたが、もしかするとこの目標は、考えうる限り最難関なのではないか……?
「で、でも師匠! やっぱり僕たちは探検隊として、どんな難しいダンジョンにも挑みたいんです!」
後ろから勇気を出して叫んだのはヨゾラ。ずっと探検隊になりたかった彼にとっては、昔からの夢と言ってもいいだろう。
「分かっているとも。というより、そもそもこれは探検隊を志す者みんなが抱く夢だよ。そして多くが叶えられない夢でもある」
「それは……」
師匠の言葉に勢いを失うヨゾラ。デリートも浮かない顔で俯いている。
「じゃあ、私達には出来ないんですか……」
「ん、いや、言い方が悪かったね。夢を追うのはもちろん良い事だよ。誰であれ、叶えるならば追わなくてはならないのが夢だ。でも、キミたちの今の目標はそうじゃないでしょ? ひとまずはキミたちの成長、そしてリアルの過去だ。その小さな目標を定めるにしても、やっぱり伝説や幻のハードルは大きすぎるよ」
師匠の言葉にリアルたちは黙り込む。それは不満だからではなく、その師匠の言葉が正しいと理解しているからこそだ。
特にヨゾラは背後でも落ち込んでいるのがよく分かる。
確かにこの目標には現実性がないのかもしれない。それならさらに小さな目標から──
しかし師匠の話はそこで終わらなかった。
「──ただね。キミたちがボクに相談しに来たのは正解だったよ♪」
「……え?」
その言葉にリアルは俯いていた顔を上げた。
「キミたちの目標は確かに難しい。……でも幸いなことに、ボクにはちょっとしたツテがあるんだ。幻のポケモンに会うことの出来る、ね。」
「じゃあ……!」
デリートが思わず嬉しそうな声を上げる。もちろんリアルもヨゾラも顔を輝かせ──
「みんなで会いに行くといい。リアルの過去の為。そして何より、君たちの壮大な夢の第一歩の為に、ね♪」
師匠はやんちゃな少年のような笑顔を見せた。
※
「本当にありがとうございました!」
仕事でもう行かなくてはならないという師匠を見送るために、リアルたちは廊下に立っていた。
揃ってお礼を言うリアルたちに師匠は軽く頷く。が、
「頑張ってね? いくらツテがあるとは言っても、ダンジョンは高難易度だ。攻略できるかはキミたち次第だよ?」
という忠告も改めて受ける。
「じゃあ、詳細は夜にでも手紙を部屋に送るよ」
最後にそう言い残して師匠は跳ねるように去っていった。あまり話す時間が無いとのことで、やはり余程忙しいらしい。
廊下に残される三匹。
ため息をついたのはヨゾラ。
「いやぁ……ほんとに驚いたよ。僕達の名前を覚えてくれてるなんて……あの有名な師匠が!」
「多分リアル繋がりだと思うけど……確かにびっくり。それに、幻のポケモンと関係があるって……師匠って何者なの?」
デリートも緊張が解けたのか脱力している。
「でもとりあえず問題解決して良かった。これで改めて目標が決まる」
しかも師匠からの確かな情報、幻のポケモンに会えるというチャンスだ。普通に暮らしていては絶対に経験することの出来ない貴重な探検ができる……!
「これで、リアルの過去もわかるかもね」
期待と決意に満ち満ちたリアルに、デリートが微笑む。そしてその笑顔は純粋にリアルの望みが叶うことを喜んでいた。
「……うん」
ゆっくりと頷きを返す。もはや何も言うまい。
自分の目標に仲間を付き合わせてしまう、なんて考えたりしない。ただひたすらに、同じ夢を追うことが出来るのだ。
そのスタートラインに、今ようやく立てる──
「あっ、もうすぐお昼休み終わるね」
ヨゾラの言葉に廊下の時計を見ると、次の授業10分前。教室は近いけれどそろそろ行かなくてはいけない……と、重大なことに気づく。
「お昼ご飯途中じゃん!!」
「あっ」
騒動が起きて中断し、そのまま師匠と話していて完全に忘れていた……! テーブルには各々の昼食が食べかけのまま残っているはず!
「急ぐぞ!」
リアルの叫びにヨゾラとデリートは応じ、揃ってロビーの入口へ駆け出した。
※
「おーい起きてるかー? お届け物だぞ」
夜。
夕食を終えたリアルたちが部屋でくつろいでいると、突然部屋のドアがノックされた。そしてドア越しに聞こえるのはラウドの声。もう時間も遅く就寝前だからなのか、さすがに声のボリュームは抑え気味だ。
開けるとそこにはラウドが何やら手紙を携えて立っていた。
「あ、届いた? 師匠からの手紙」
期待に声を弾ませるヨゾラ。
ラウドから手紙を受け取りお礼を述べ、ドアを閉めてそれをよく見てみる。が、外の封筒には名前は書いていない。
「うーん、多分そうだろ」
自分の寝床に座ると、ヨゾラとデリートも近寄ってその手紙を覗き込んだ。
「あ! 見てこれ!」
表を見て直ぐにヨゾラが声を上げた。そこには手紙に封をしている赤い蝋があった。そして何やら模様を形作っている。
「これは……?」
「これ、プリンのギルドの公式な手紙に使われる封蝋だよ! うわ、初めて見たなぁ……! 師匠がこれを押すためのスタンプを持ってるらしいから、師匠からの手紙でしか見られないんだよ!」
「へー……珍しいんだね」
デリートは興味深そうにその蝋を見つめている。
どうやら彼女も知らないらしい。
ヨゾラが興奮しているのは探検隊マニアだからだろう。
「まあ、とりあえず開けるぞ」
蝋の部分を無理やり引っ張ると、意外にも簡単に外すことが出来た。残念ながらこれを綺麗に開封する道具なんかはここには無い。恐らくはペーパーナイフを使うのだろうが。
少しポロッと割れてしまい、残念そうな声を上げるヨゾラは気にせずに中身を取り出す。
そこには二枚の紙が折りたたまれて封入されていた。一枚は手紙で、もう一つは地図のようだ。
そして、手紙を開いてみる。そこにはこう記されていた。
[このダンジョンは濃い霧の立ち込める森。難しいダンジョンだよ。存在はそれなりに知られているけれど、そのポケモンが奥にいるとはあまり知られていない。本当なら会ってくれるかは運次第だけど、今回はボクが手を回しておくよ。場所は地図の通り、険しい山を超えた先にある。ボクが紹介したとはいえ、ボク自身は行ったことはないし、いきなり攻撃されるかもしれないから気をつけてね。健闘を祈ります]
「師匠の手書き文字、初めて見たよ……」
デリートが手紙から顔を上げて言った。
もちろんリアルも見たことは無い。だがその丁寧な文と、読みやすく整った文字は何となく師匠を想像させた。
「あ、下に何か書いてない?」
ヨゾラの指摘で手紙にまだ続きがあることに気づく。そこにはダンジョンの正式な名称が書かれていた。そして攻略の難易度も。
[ダンジョン名:灰色の森 難易度:B ]
そして、三匹はその下のあるポケモンの名前を見て、驚愕で同時に顔を見合せた。
そこにある名前。そのポケモンは幻のポケモンの中でも名の知られた、誰もが聞いたことのあるポケモンだった。
[対象ポケモン:セレビィ]
「これって……!!」
セレビィとは、世界のどこかの森にいると言われる幻のポケモンだ。儚くも美しい、草木の精霊。多くがその名を知り、そしてその姿を知り得ない。そして驚くべきはその権能。
曰く、その精霊は時を超える。
つまり。
「過去に行けるのか……!?」