3-4 食物連鎖体験講座

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読了時間目安:22分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・キャタピー
「雨だ」

 まず一番最初に気づいたのはその雨音からだった。どこからともなく聞こえてくる、潮騒のような小さな音。それは程なくして山全体に響き渡り、自分の小さな手に雨粒が乗ったのを見てようやくそれが雨が葉を叩く音だと理解した。

(ダンジョンにも雨は降るのか)

 確かダンジョン内では急激に天候が変わることも多いらしい。それも、局地的に。ダンジョンでは雷雨でも一歩外に出れば快晴、なんてことは普通だそうだ。もはや外界と切り離された別空間だと思った方が良いかもしれない。

 そんなことを考えてるうちにみるみる雨は強さを増し、雨粒はしたたかに体を打ち始めた。

「……どうするんですか」

 不満そうな顔でキャタピーがこちらを向く。その表情は、判断の遅いこちらを責めているのか、単純にリアルと話したくないのか。
 どっちもだろうな、とは思いつつ、

「仕方ない、どこかで雨宿りしよう」

「雨宿りって……どこで?」

 そう問い返されて辺りを見回してみる。
 ワープスイッチを踏んでどこかに転移してから数十分。歩くうちに辺りの様子は少しずつ変化していた。
 例えば、少しずつ木が減ってきている。麓などはほとんど林みたいなもので、山を登るという感覚はなかった。しかし段々と頂上に対する勾配が厳しくなり、地面も大きな岩石を含むようになった。まだ平坦な道こそ残っているが、道幅も狭くなっている。もちろん、すぐ横は崖だ。

 そんなわけで踏破難易度が中々に高くなってきた訳だが、この場合は逆に雨宿りのための障害物が増えるという利点もある。つまり──

「ほら、あれ。あの岩がせり出してるところ」

 リアルが指すのは道の先にある、斜面から突き出した巨大な岩石。その下は半ば洞窟の様相を呈している。あそこならば二匹分のスペースもあり、雨風を防げるだろう。林には無い利点だ。

「……分かりました、早く行きましょう」

 渋々、という感じで頷き大岩に向かうキャタピー。リアルの提案に妥当性を認めたのだろう。いやそれにしても嫌がりすぎでは。

 

 いよいよ大雨になり、屈むようにしながら早足で岩の下に飛び込んだ。
 中はそれほど深くない。それはもちろん岩の陰にいるだけなので仕方ないが、雨は吹き込んでこないようで助かる。

 既にキャタピーは定位置を見つけて静かに留まっている。リアルもちょうどいい石の段差に腰掛けた。

「はぁぁ…………」

 豪雨が地を濡らし水溜まりを作る岩の外を見つめ、長いため息を吐くリアル。考えるのはこれからの事だ。

 状況はもちろん芳しくない。
 未だにはぐれたヨゾラとデリートとは合流出来ず、彼らの安否すら分かっていない。
 まだ無事なのであれば彼らもこちらを探して歩き回っているだろう。しかしあの爆発で倒れてしまったなら、捜索するまでもなくバッジの機能で既にダンジョンから退去しているはずだ。
 せめて彼らが無事かどうかくらいは知りたいのだが……実際にそれを知る道具はギルドで貰ったような気もするが、どちらにしろそれもデリートが持っている。

「はぐれた時の対処法、なんも話し合ってなかったからなぁ」

 後悔を呟く。

 ただ、今取れる行動は変わらない。
 デリートとヨゾラを最大限探し、見つからないようなら自分だけでキャタピーを頂上に連れて行く。彼らなら、あまりに合流出来なければ自分たちで判断し、歩いて脱出するだろう。

 だが問題はもうひとつある。
 振り向いて小生意気な依頼者を見つめた。キャタピーは目を無言で目を瞑ったまま動かない。
 会話をする気が無いのは仕方ないが、現状二匹だけでは戦力不足が目立つ。そんな中で情報の伝達に不備があっては命取りになる。
 せめてダンジョンにいる間くらいは打ち解けて欲しいのだが……。

「なあ、どうして頂上に行きたいんだ?」

 恐る恐る、声を掛けてみる。
 ……いや、そもそも何で自分より幼い相手に怖がっているんだ……。

 返答はあまり期待していなかった。頂上に行く理由だなんて、ただ話題作りのための質問なのは丸わかりだろう。
 しかし意外にも不機嫌そうな声が返ってきた。

「……それ、言わなきゃダメですか」

「いや、そうじゃないけど……目的を深く知ってれば、手段も柔軟に変えられるかな、って」

「はぁ……」

 あからさまに面倒くさそうな溜息。
 しかし会話を拒絶する訳ではなさそうで安心した。騒がしい雨音の下、続く言葉に耳を澄ませる。

「……約束なんです」

「約束? 誰との」

「おじいちゃんです。……このダンジョンの名前、見晴らし山の語源、知ってますか?」

「そりゃあ、見晴らしが良いから、じゃないの?」

「はい。……そしてその名前は、ここがダンジョンになる前についていた名前と同じです」

「てことは、昔から見晴らしが良いことで有名な山だったのか」

「そして、僕のおじいちゃんが昔住んでいた所でもあります」

「!」

 思わず息を飲む。ここに、住んでた……?
 ここがダンジョンになる前。つまり普通の山で、ポケモンが至って普通に暮らしていけた頃ということ。
 もちろんダンジョンが市民の住処にも出現することは知っている。だが実際にこの子の祖父はそれを体験しているという。つまり──

「昔と言っても、いつの事かは知りませんが……僕のおじいちゃんは、ある日突然この山を追い出されたそうです。それでも幸せだったと言っていましたが、この山の頂上から見た景色が忘れられないと口癖のように言っていました」

「そう、なのか……」

 ある日なんの前触れもなく、自分の住処が、故郷が地獄へと変貌する。そして住民の一部はダンジョンに取り込まれ、凶暴化してしまう。
 それを体験した感情を実際に知ることは叶わないけれど、想像するだけで恐ろしい。

「それでおじいちゃんと約束したんです。一緒に見晴らし山の頂上に行き、景色を見るって。……でもそれは難しくて。危険なダンジョンに行くには、僕はまだ子供だし、おじいちゃんはもうだいぶ年老いてましたから」

「じゃあ今回依頼したのは」

 キャタピーは目を伏せ、一呼吸置いて続ける。

「その後おじいちゃんは亡くなりました。病気もあったので、分かってはいましたが……。それでも、残された僕は約束を果たさなきゃならない。おじいちゃんは故郷の景色を見たかったのだろうけど、それはきっと僕を連れていくことも大切な目標のひとつだったでしょうから。……それで、依頼を出したんです」

 心做しか小さくなった雨音だけが響く。暗く狭いこの空間には静けさが満ちていた。

 リアルは何も言葉を返せなかった。
 どう返答するのが一番良いのか。自分には受け止められるほどの経験もない。
 何か言葉に出せば、すぐにそれは朽ちて意味を失うような気がした。
 だから、

「何としてでも、頂上に行かないとな」

 最初からやるべきことは決まっている。
 彼には彼の信念があって、それは自分にはどうにも口を出せるものでは無い。でも、やるべきことは変わらない。

「俺たちがちゃんと、連れていくよ」

 それがきっと、彼の決意に報える唯一の行動だ。

「最初からそう依頼してるじゃないですか。……お願いしますよ」

 キャタピーはこともなげにそう言い放ち、また目を瞑って地に伏せた。
 まったく、生意気な奴だ。


 雨はもう止みかけていた。


           ※


「何か聞こえません……?」

「うん、嫌な予感がする」

 降りしきった雨もようやく上がり、決意も新たにダンジョンを進むリアルたち。山登りを再開、目指すは頂上である。
 縦に並んで細い道を進んでいく二匹。

 そんな彼らに近づいてくる音があった。
 空気を切り裂く音。何かが羽ばたく音。そして、“狙われている”気配──!

 ゆっくり振り返って、恐る恐る頭上を見上げる。同時に二匹の上に巨大な影が落ちた。
 太陽を遮る両翼。鋭い眼光が全身を貫く。

「……ぁ……」

「あれは……ピジョン!」

 遥か頭上を悠々と羽ばたきながらこちらを狙う巨鳥。その名前はピジョン。3倍もあろうかという身長、その体格差は歴然──!

「……これ完全に狙われてるよな」

「ひ……ぃ……」

「キャタピー?」

「た、食べられる……っ!」

 固まったように動かないキャタピー。目はピジョンに釘付けで、可哀想なくらい小刻みに震えていた。

(まさか本能的な恐怖……?)

 確かにキャタピーはもちろん、あんな大きな鳥なら、リアルでさえも一呑みにしてしまうだろう。本格的にやばい。さっさと逃げなければ。

「おいキャタピー! 逃げるぞ!」

「食べられる食べられる食べられる」

 何とか体を揺すって目を覚まさせようとするが狂ったように呟くだけでキャタピーは動けない。

「くっ……!」

 振り返って空を見上げ、天敵の姿を捉えようとして──あれ、近い。いつの間に?
 みるみるうちに巨影は大きくなり、そして空気を切り裂く音を伴って急降下──!

「のわーっ!?」

 間一髪、キャタピーを片手で掴んで前方に倒れ込むように駆け出した。先程よりも余裕がなく乱暴だがこの際仕方がない!
 急降下してきたピジョンは獲物を捕え損ねそのまま急上昇して行った。

「やばいやばい、あれはマジで食おうとしてた!!」

 必死に走りながら、どこか齧られていないか全身を確かめる。良かった、耳とか欠けたかと思った。キャタピーも齧られていないようだ。そのまましっかりと抱え込んで、走り続けながら頭上を見上げた。

 ピジョンは直上を旋回しながらピッタリと着いてきている。ここで狩りをすると決めたらしく、見逃す気は無いようだ。

 と、突然ピジョンが甲高い叫び声を上げながら再度突っ込んで来る。嘴を最速で叩き込みに来る体勢。これは奴にとってまさに「食事」!

「ぐぇーっ!!」

 殺意の籠った嘴がしっぽを掠めた。キャタピーを抱え全力疾走しながら、背後からの攻撃を避けるとはなんという無理難題か。
 そして今度は急上昇せずに連続で嘴が何度も襲ってくる──!

 背中を何度も刺突が掠めていく。躱した嘴が背後の地を抉って弾く。

「無理無理無理!!」

「はっ……うわっ! どうなってるんですか!?」

 突如抱えていたキャタピーが正気を取り戻して騒ぎ出す。そして状況を把握して青ざめた。

「ちょっ、落とさないでくださいよ!!」

「うっさいわかってるって!」

 抱えるだけで精一杯なのに暴れられては困る。

「てか、なんで逃げてるんですかっ! 相手はひこうタイプ、ピカチュウなら超有利じゃないですか!」

「そんな簡単じゃないんだってば!」

「ほら、かみなりとかで一発ですって!」

「んなもん出来るかぁ!」

「なんで!」

「聞いて驚くな、俺は技が出せないッ!」

「はぁー!?」
 
 でんきショックさえままならないのにかみなりなんて以ての外だ。あまり自分の弱さを舐めないで欲しい。

「技が出せないって! 致命的!!」

「うるせえ抱えられてる分際で騒ぐんじゃない! てかお前よく喋るな! 朝からちっとも話そうとしてくれなかったくせに!」

「あなたが頼りないからでしょう!? あなただけ最初からすごい弱そうだったし!! そして結局その読みは合ってたじゃないですか! 弱い! でんきタイプの風上にも置けません!!」

「んなっ……! 弱いだと!? ……間違ってないな! うん!」

 必死に逃走しながら叫ぶように言い合いをする二匹。無意識に大声になるのは恐怖を紛らわす為だというのには気が付かない。

 キャタピーは生意気だが確かに言っていることは的を得ている。……というか最初から信用されてなかった為に無視されていたのか……。

 しばらく振り返らずに走っていると、背後の気配が高く昇っていき、猛攻が止まった。そのタイミングを逃さず、道の脇にあった大きな岩の陰に転がり込む。

「ッ……! あー……危なかった……」

 息も切れ切れ、岩に寄りかかりながら何とか深呼吸を試みる。転がるように投げ出されたキャタピーも岩にぶつかり停止。怪我はないようだが恐怖で体が震えている。
 空を見上げるとピジョンが獲物を探すように旋回していた。どうやらこちらを見失ったらしい。大きな岩は至る所にあり、二匹の体が小さいことが幸いしたか。
 だがこのままバレずに逃げおおせるのは難しいだろう。何にせよ逃げるなら道に戻らなくてはいけないからだ。

「ど、どうするんですか」

 再度キャタピーが問いかけた。が、声が震えていて先程の様な機嫌の悪さは欠片も無い。

「迎え撃つしかない……と思う」

「どうやって……?」

「それを今考えてる!」

 確かにかみなりを撃てれば一発だろう。空を自由に飛べる相手だ。頭上からの落雷ならタイプ相性も相まって簡単に倒すことが出来る。
 だがそれが出来ない以上、接近戦を仕掛けるか、地上から空に向かって攻撃を飛ばすしかない。

 しかし相手は捕獲の時のみ急降下してくるヒットアンドアウェイ型。逃げなくてはならないのに、真っ向から飛び込んでくる嘴を迎え撃つのはタイミングからして至難の業だ。
 そして高く滞空する相手に技を届かせるには、こちらの技術が足りない。普通のピカチュウなら、10万ボルトで撃ち落とせるのかもしれないが……。

(考えろ考えろ……)

 現状の持ち技は、体当たり、アイアンテール、そして不完全なかみなりパンチ。見事なまでの近距離型である。
 戦力が足りないなら知恵で補う他ない。しかし自分の勉強の出来なさは筋金入りだ。戦闘センスの良さを信じるしかないか……

「……あぁー、もう!」

 唸りながら独り悩み続けるリアルに痺れを切らしたのか、突然キャタピーが岩陰から飛び出した。驚いて咄嗟に引き留めようとするも間に合わない。

「ちょっ、食われるぞ!」

 依頼者の突然の暴挙に泡を食ってリアルも飛び出した。しかしキャタピーはしっかりと上空のピジョンを見つめ、次の瞬間、

「『いとをはく』!!」

 勢いよく白い糸を発射した。
 その細くしなやかな糸は、重力に逆らって一直線にピジョンに向かって飛んでいく。
 そして敵が気がついた時にはもう遅い。キャタピーの糸はピジョンの片翼に巻きつき、頑丈に縛り上げた。
 途端、ピジョンは半身の自由を奪われてバランスを崩す。

「これで地上に引きずり落とす……っ!」

「すげえ……」

 何という速度、そして正確さだろうか。自らの遥か高い頭上に技を飛ばし、届かせることの難しさは、それに常日頃苦心しているリアルにはよく理解出来た。発射することもままならないリアルにとっては最早離れ技だ。幼い子供にこんな芸当が出来てしまうとは、感服してしまう。

 しかしその行動にはひとつ誤算があった。

 突如襲来した糸によって墜落するかと思われたピジョン。しかし冷静さを取り戻したのか、すぐに体制を立て直す。そして一息置いて翼を広げ──羽ばたいた。

「わ、わわ……!!」

 問題は、自らの体重を計算に入れていなかったことである。
 キャタピーの吐いた糸はとても頑丈であった。体内のエネルギーで編まれたポケモンの技はどんなに細くとも簡単にはちぎれまい。
 ならば、羽ばたいて高度を上げるピジョンに伴って、キャタピーが吊るされるように空中に浮かぶのは当然の帰結と言えた。

「キャタピー!」

 みるみるうちに上昇して行くキャタピー。その姿はだんだん小さくなっていく。
 引きずり落とすどころではない。逆に連れていかれている!

 リアルに何も出来ぬまま、高度がぐんぐん上がっていく。不味い。このままでは落下すれば大怪我では済まない──!

「早く糸を切れ! 手遅れになるっ!」

「で、でもっ……!」

「俺が受け止めるから! 早く!」

 まだまだ幼い子供。判断が恐怖で遅くなるのも仕方あるまい。加えて下で受け止めようと待つのは今日会ったばかりの小さなピカチュウだ。信頼に足るかは怪しい。
 しかし遅くなればなるほど取り返しがつかなくなる。

「キャタピーッッ!!」

「……っ!」

 リアルの必死な叫びを聞き届けたのか。
 意を決してキャタピーが体をくねらせた。同時にプチッという糸の切れる音。そして身体が自由落下を始めた。リアルは全力で地を蹴りあげて弾かれるように飛び出した。

 落下地点、前方数十メートル。
 間に合わない。もっと速く、速く!

 風に揺られてブレるキャタピーの姿。頭上を見上げながら彼の真下に入るように追いかける。
 四本足で駆け抜けるリアルは、想定する落下地点に向かって飛び込んだ。
 そしてその姿が、思い描いていた軌道の終着、地面の上に落ちる寸前。

 残った力を振り絞って体を滑り込ませた。

 背中に強烈な衝撃。キャタピーの軽い身体でも高度からの落下の威力が加われば全身に多大なダメージを与える。内臓にまで響くような衝撃を何とか耐えるリアル。

「ぐうっ……!! ……無事かっ!」

 振り返ってキャタピーを両腕で抱えた。彼はやっぱり真っ青な顔で、コクコクと頷く。
 目立った外傷もない。よかった、体を張った甲斐があったようだ。

 安心した後、焦りと怒りが湧いてくる。何故無謀にも飛び出したのか。その暴挙をを叱ろうとして、押しとどめる。
 そんなことは分かっている。こちらが役立たずで、具体的な打開策を編み出せなかったからだ。キャタピーが業を煮やして飛び出す理由もわかる。自分がもっとしっかりしていれば……。

 しかし悔やんでも状況は変わらない。隠れていた岩陰から飛び出してしまったせいで状況は悪いほうに傾いた。
 技術も、準備も足りない。
 今は空中でこちらを窺っているピジョンだが、間もなくまた突撃してくるだろう。

(さすがに体力が持たない──!)

 逃げ切れる訳もなく、攻撃が届くわけもなし。
 まさに袋のネズミ。万事休すか。

 せめてキャタピーだけは逃がせないものかとピジョンを見上げたその瞬間。



「…………あ」

 

 敵のいる直上、その方向。リアルは“それ”を見つけた。
 いや、何のことは無い。
まだキャタピーの攻撃は終わっていなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ということだ。

「な、何する気ですか」

 こんな絶体絶命の窮地に突然ニヤリと笑ったリアルに、キャタピーが不安げな顔で問いかける。確かにいきなり独りでニヤつき出したらもはや怖いが。

「お前の頑張りは無駄にしない。……ほら、少しは頼りがいのあるところを見てもらわないとな」

 確かに頼りないと言われて否定はできない。実力も経験も圧倒的に足りないのだ。でも、それは何も出来ないことと同義ではない。自分には自分の出来ることがある。それをキャタピーに証明してみせる──!

「いやまぁ何にせよ頼りないですけど」

「んーーー!! お前ぇぇぇ!!」

 せっかくカッコつけた雰囲気をぶち壊されて悶絶しながら、リアルは地面を蹴って走り出した。

 方向はピジョンにまっしぐら。……ではなく、僅かに逸れた先の高木。随分と高度が上がってきたからか、高い木の数も目減りしてきたが、ちょうどいい場所にその木はあった。
 
 四本足で勢いよく幹に向かって突進。風を切って駆け抜け、激突する直前、

「はぁぁーっ!!」

 決めていた踏切点、叫びながら再度地を蹴った。そのまま四本足で木を駆け上がる。
 少しでもスピードを落とせば落下する。いや、そもそも木を駆け上がるなど並の芸当では無い。しかしそれはリアルはやってのけた。

「……すごい」

「舐めんなっ!」

 数メートル駆け登り、唐突に周囲が開けた。そして眼前に広がる大空。周りにこれより大きな木は無い。それこそがこの木を選んだ理由である。
 そしてリアルの目線の先には、雲ひとつない青空の中で滞空するピジョンがいた。
 高木を登りきり、てっぺんに着いた瞬間、
 
 その天敵に向かって、リアルは跳んだ。

「届けぇぇぇっ!!」

 吠えながらリアルはその短い手を伸ばす。
 ピジョンがようやくその存在に気がつく。回避行動は間に合わない。
 そして彼の手はピジョンの羽に伸ばされ──

 空を切った。

「ああっ!」

 地上でキャタピーの悲鳴が聞こえる。
 あと10メートル足りなかった。そしてそれはリアルの全力をもってしても埋められぬ大きすぎる差。
 敵の身体を掴み損ねたリアルは真っ逆さまに落下して──

「捕まえた」

 その手は、ピジョンの片翼から伸びる頑丈な糸を掴んでいた。
 

          ※


 ピジョンにぶら下がる形で糸を掴み、急停止した衝撃が全身を襲う。が、何とか堪え、右手で掴んだ糸を二度手首に回し落ちないようにする。

 そもそも、木を登って跳んだところで届かないのは最初から分かっていた。如何に身体能力に優れていてもあの距離は届かない。
 しかしキャタピーの技である糸があれば別だ。キャタピーは落下する際に、自分の口元の糸を切断した為、まだ十分な長さの糸がピジョンから垂れ下がっていたのだ。
 そう、キャタピーの攻撃は終わっていなかった。

 再度片翼に重量が加わり、体勢を崩して落下しかけるピジョン。だが、既に彼はその対策方法を知っている。
 体勢を立て直し、羽を大きく羽ばたこうとする巨鳥。何のことは無い、重量ではピカチュウよりよほど上だ。落ちるまで振り回すなり、やりようはある。
 そもそも制空権は鳥にある。たかだか小動物が必死にしがみついたところで、出来ることなどない。

「……!! リアルさん危ないっ!!」

 キャタピーの心からの悲鳴が聞こえる。
 だがピジョンは無慈悲にもその身体を広げ──
 ぶら下がる小さなポケモンと目が合った。その顔は──勝ち誇っている。

「!?」

「振り回す気だな? 残念だったな」

 そう不敵に笑うリアルに、凶暴化で理性がほとんど残っていないはずのピジョンは急激に湧く不安を覚えた。
 嫌な予感がする。嫌な予感が──

 だが間に合わない。
 リアルは片手で糸にぶら下がったまま吠えた。



「墜ちろ──────!!!!」



 瞬間、ピジョンの全身を糸伝いに電撃が貫いた。
意外とこの話で依頼終わらなかった……
あなたも食物連鎖体験講座いかがですか?
もちろんピラミッドの下側で。

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