おばけパイナップル

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作者:芹摘セイ
読了時間目安:6分
 おばけパイナップル(約2,300字)




 近場の直売所に新品種のパイナップルが並ぶようになった。名をおばけパイナップル。ハロウィン限定で販売しているらしい。平台の上にずらりと陳列されたパイナップルたちが、今、私の目の前でぴょんぴょん跳ね回っているではないか。意思を宿したパイナップル、ということなのだろうか。農家のおっちゃんに聞いてみると。
「ほいづぁ、“ハロウィン”ってわざのおかげで動いでんだ」
「バケッチャやパンプジンが使う、あの?」
「んだ。おらえんどごのバケッチャにお願いしてんだず。んまぐなる魔法かけてけろってなぁ。この時期はお客さんも増えっがらよ。ゴーストタイプのついたパイナップルなんて、みんな面白がって買いだぐなるにちがいねぇ」
「はあ」
 これだけ売れ残っているのに、何を根拠にそんなことが言えるのだろう。
 訝しがる私とは対照的に、連れの相棒ポケモン――ガメノデスは物欲しげだ。いかにも購買意欲満々。上右手にはりんご、下右手には梨、上左手には柿、下左手には柚子、右足にはすだち、左足にはライム、そして頭の手にはおばけパイナップル。地元農家の採れたてフレッシュな果物を持ったまま、私の隣で難しい顔をしている。しゅうごうポケモン、ガメノデス。手足にも脳がある種族。上右手、下右手、上左手、下左手、右足、左足、頭の手、それぞれで欲しいものが違うから、買い物のときは全身を使って話し合いをすることが多い。4本の腕の手のひらについた目をぎゅっと瞑ったかと思うと、両足に目配せしたり、頭の手とにらみ合ったり。各々考えて意見を交換し合うも、結局は頭の手の命令に従ってくれる。そんなポケモン。
「ガメノデスはこのパイナップルが欲しいのかい?」
 買い物かごに例のパイナップルが入れられたものだから、意向を問うてみる。するとこくりと頷き返してくれた。集合果であるパイナップルを選ぶとは、さすがしゅうごうポケモンといったところか。レジに持っていくと、農家のおっちゃんが快くまけてくれた。
 正直なところ、このパイナップルを食すのは憚られた。なにせ得体の知れない物体だ。ゴーストタイプが追加されたというのは、成仏されない魂が中に宿っているということなのだろうか。考えるだけで気味が悪くなってくる。それでもガメノデスが食べたそうにしているので、とりあえず切ってみようと思う。もちろん私はなしで。
「今日紹介するのは、パイナップルの花です」
 家に着くと、ちょうどラジオで、今日の花と花言葉の紹介をやっているところだった。ガメノデスにパイナップルを食べさせながら、放送の内容に耳を傾けてみる。
「『あなたは完璧です』、それがパイナップルの花言葉。多くの果実が一つに結合している様子にちなんでいるそうなんです。ある意味、完璧主義の象徴、といえるのかもしれませんね」
 完璧主義、か。なるほど、うちのガメノデスはどうなのだろうか。複数の独立した脳が一つに結合しているという点では、パイナップルの花言葉に通じるものがある。だが、そこに関しては問題ないだろう。つまり、今日みたいに複数の選択肢に直面したとしても、頭の手の命令に従うことで、妥協を図ることができる。決断力に欠けるところがなく、優柔不断な傾向も見られない。優柔不断はいわば完璧主義の入り口。選択肢を一つに絞ることで即決してくれるのだから、完璧主義とは凡そ無縁といってもいいだろう。私自身、そう思っていた。
 ところが数日後、ガメノデスを連れていつもの直売所を訪れてみると、奇妙なことが起こったのだ。普段は頭の命令に従ってくれるはずの手足が、服従を拒むではないか。頑なに各々の要望を取り下げ、妥協を図ろうとしない、完璧主義のきらいが見られるようになったのである。りんご、梨、柿、柚子、すだち、ライム、そしておばけパイナップル。買い物かごの中には、7種類もの秋の果物たち――もっとも一つを除いて――が放り込まれていた。何度説得しても、一つに決めてくれない。結局、全て買う羽目になった。精算が済んだ後、農家のおっちゃんとバケッチャがにたぁっと笑っていたのがやけに印象に残った。
 夜。買ってきた果物たちを切りながら、私は一つの仮説を立てていた。この果物たちは全て、あのおっちゃんたちが作ったものである。直売所での売上が農家の収入に直結することを考えれば、自ずと次のようなストーリーが導くことができる。

 これは、農家のおっちゃんの策略である。バケッチャの“ハロウィン”は、作物を美味しくするための魔法なんかじゃない。我々消費者を完璧主義に変えてしまう、恐ろしい呪いなのだ。かぼちゃポケモン、バケッチャ。成仏できない魂を体に入れている種族。中には完璧主義な性格の魂もあって、それを“ハロウィン”によってパイナップルの中に移し込む。そうやってできあがったのが、おばけパイナップルの真相。そんなパイナップルを食べた消費者が完璧主義になるのだとすれば、辻褄が合う。つまるところ、容易に妥協できないような消費者、大量に買い物をする消費者をつくることで、より多くの金を落としてもらおう。そして夏に売れ残ったパイナップルを利用することで、旬の秋の果物を前面にプッシュしようという魂胆なのだろう。

「あなたは完璧です」
 まな板の上で生き生きと跳ねているパイナップルが、そんなことを言っている気がした。気付けば私の手には、すいか割り用の金属棒が握られていた。
 今日だけで、食費は7倍にも膨れ上がった。今後もガメノデスが妥協点を見出せなくなったとしたら、真っ先に晒されるのは破産の危険だ。常に理想とする選択肢に固執するような生き方は、身を滅ぼすことにもつながりかねない。行き過ぎた完璧主義は、脱却しなければならない――
 私はパイナップルを叩き割った。

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