※ポケモン不思議のダンジョン救助隊DXをベースとしているため、一部本編の重大なネタバレと作者の想像による捏造を含んでいます。 ご了承ください。
優しい朝日に照らされるポケモン広場。
その町外れに、チコリータを形どったような小さな家があった。 まあ小さいといえどもかなりの存在感を放っており、見たポケモンは皆二度見するほどだが......。 窓から光が差し込む中で、そこの家主が静かに目をさます。 勿論家主もチコリータだ。 目を少し擦り、慣れた手つきでスカーフを結ぶ。 それはまるで日光を浴びる菜の花のような、優しく鮮やかな黄色をしている。
「......うぅーん」
チコリータは外へ出て伸びをする。 草タイプのチコリータにとって、朝日を浴びるのは蜂蜜の壺に頭から突っ込みその甘さを心から堪能するかのような至福の時間なのだ。 空は快晴であり、海のような青をしている。
そんな中、どたどたと大きな足音を立てて1匹のポケモンが現れる。
「チコリーター! おはよう!」
「あっ! エネコ、おはよう!」
現れたのは、朝から活気に満ち溢れたエネコだった。 元気溌剌とした笑顔をチコリータに向ける。
この2匹はポケモン救助隊として働いており、なんと1ヶ月程前くらいに星の衝突を食い止めたという輝かしい実績を持っているのだ。 ただ自然変動が完全に収まったわけではないことから、2匹の元には多くの依頼が舞い込んでくるのだ。 例えば、4日前には山火事による救助も任されたりしている。 そんな重要なものも任されるのだから、当然ランクもうなぎ上り。 今世界から最も注目されている救助隊なのである。勿論今日も依頼の仕事。 いつも通りチコリータはポストを確認しようとするが......。
「あっ、ちょっと待って!」
「? どうしたの?」
「......あのねチコリータ、今日花見とかどうかな?」
「は、花見?」
突然の申し出にチコリータは困惑するばかり。 エネコは少しもじもじしながら補足説明する。
「......あのね。 ここからちょっと北なんだけど、桜の木がいっぱい生えてる森があるの! 今ポケモン広場の桜も綺麗に咲いてきてるし......見頃なんじゃないかなって。 チコリータに見せたいんだ! 凄い綺麗なんだよー!」
「......へぇ、いいね......私も見たい! ......でも依頼は?」
「うん。 今日はお休みってことになる。 ちょっと申し訳ないかもだけど、たまには休むのも肝心ってFLBも言ってたから......明日倍頑張ればいいし!」
「そっか......それもそうだね、よし、行こう!」
「やったー! ありがとチコリータ! 早速準備しよっ!」
「うん!」
荷物整理のため、2匹はポケモン広場へと走り出す。 その背中はこれから見る美しいであろう景色に心を躍らせているようだった。
広場を出て、ひたすら北へと向かう。 その中で、エネコはチコリータに、その桜達の思い出を頰をピンクに染めて話していた。さぞ嬉しいのだろう。
見渡す限りの花吹雪。
少し見上げると、空はまるで桜色。
荘厳ながらも暖かい木々。
くるくると春を謳歌する、森に住むポケモン達。
嬉々として語るエネコのことも相まって、チコリータの中にはその景色が鮮明に浮かんできた。 逃亡の中で自然に刻まれた爪痕を見てきたからか、それは更に美しく頭の中で再生される。 果たしてどんな場所なのか? 自分の想像をも超えてくるのか? 彼女の中には宝箱を開ける直前のようなワクワクが満ちていた。 当然、エネコも同じであった。 例え行ったことがあるとしても、桜は1年に1度の楽しみ。
救助でてんてこまいだった毎日の疲れすらも、そのワクワクはふわりと布団のように包んで溶かしてくれた。
「......エネコは大好きなんだね。 この森」
「うん! 私にとって思い出が沢山詰まってる場所だから......あー、早く着かないかな、絶対驚くと思うよ!
分かりやすいように目印の石像があるから、そこまで頑張ってこう!」
......ところが。
歩いている中で、2匹はちょっとした異変に気づく。 一部の地面が焼け焦げているかのような色になっているのだ。 それは進んで行くほど増していく。 更には一部の木は焼け落ちていた。
「......エネコ、これって......?」
「......さあ? 前来た時はこんなこと無かったけど......でも大丈夫だよ! 自然変動があれば色々と変わってくるよね」
エネコは力強く笑う。 彼女は逃避行の時もこちらに強さを秘めた笑顔をいつも見せてくれたのだが、それはその時とは完全に違っていた。先程とは打って変わって、不安を抱えながら2匹は進む。 一部だけであって欲しいという願いも虚しく、どんどん酷くなっていった。 ポケモンの姿も次第になくなっていく。 この先に行くなと、暗にこちらに示していた。
......そして、歩いていく中、エネコが不意に立ち止まる。
「エネコ?」
「チコリータ、地図、出して......」
「う、うん」
エネコの声は震えている。 チコリータは急いで道具箱から地図を取り出して広げる。 エネコはそれを凝視するが......しばらく経った後。 エネコの顔は、真っ青になった。
「......エネコ? どうしたの?」
「ここだ......」
「ここ?」
「ここだよ、私が言ったの......桜のいっぱいある、森」
「えっ......」
チコリータの心は驚愕に支配される。 エネコが前足を伸ばした先には、石像があった。 目印と言っていたものだろう。 そして確かに桜らしき木はあった。 だが、まばらになっておりとても森とは言えない。 普通の木すらも少ししかない。
生き残っている樹木でも、半分は焦げているものは多くある。 今にも折れてしまいそうな木もあった。
語れることはそれだけ。 ......後は、ただの焼け野原。
「......嘘だ、なんで......火事......? いやでも、ここら辺への救助依頼は無かったし......」
困惑するエネコだが、チコリータにある仮説が浮かぶ。 地図をよく見ると、その仮説は確信へと変わったようだった。 真剣な面持ちで、エネコの方を向く。
「......エネコ。 確か、前小さな火山で噴火があったよね......? それで、山火事起きてた」
「......うん。 私達も救助行って、避難とかさせて......確かにちょっと近いけど......」
「小さいとはいえかなり凄いものだったし、山火事も規模についてはまだ他の専門家が調査してるところでしょ? ......だったら......」
「......まさか......!」
「それがここまで広がっていた、ってことかな......別の可能性として落雷もある。 ......どちらにしろ、酷いものだけれど」
......それを言ったっきり、2匹は押し黙る。
風はあくまで柔らかだ。 だが、少し前までここは確かに全てを蝕む黒い煙、そして近づけないような熱気に満ちていたのだ。
かつては桃色に色づいた木は、今は黒焦げて原型も留めていない。どこにも、過去にあった美しさは無い。
しばらく経ってから、エネコはポツリと言葉を吐き出す。 苦痛だ、というのがありありと伝わるように。
「......チコリータ。 ここにも、ポケモン達は、いたはずなんだ......
だったら......だったら......助け、られなかった......ってことかな.......っ」
その涙ぐんだ声を聞いてハッとしたチコリータは、悔しげに歯を食いしばることしか出来ない。
......ぱきりと、1つの枝が耐えられずに折れる音がした。その小さな音すらも、 この森の断末魔のように聴こえて仕方がなかった。
エネコはずっと俯いていた。 それを見たチコリータは、彼女の気持ちをなんとなく察する。
自分はここのかつての姿を知らないのだ。 だから受け入れるのは案外容易に出来る。 しかし、エネコは知ってしまっているから。 ここの景色から、沢山の喜びを貰っているから。
更に彼女は救助失敗をかなり落ち込む傾向にあるのだ。 自分の前では笑ってみせて大丈夫か聞いてくれるが、逆にこちらが聞きたくなるのだ。
何より、その失敗経験そのものが少ないのもあり彼女は心を折られた時に回復させる力がそこまで無い。 それはつまり闇を知らないとも言えるため、そうでなければ疑われ命を狙われた元人間を一途に信じる事など難しかったのであろうが。
これらの要因が重なれば、落ち込むのは当然だろう。
チコリータは考える。 どうしたら元気づけられるのか。 どうしたら笑って貰えるのか。
ーーその時。 脳裏に過ぎるはあの光景。
目の前が真っ暗になって、自分の存在価値を見失いかけたあの日。
震える前足をきゅっと握ってくれた、同じく震えながらも心強い前足。
ああ、とチコリータは理解する。 息を深く吸い、そして吐いた。
今度は、自分の番なのだろう。
「......エネコ」
「チコリータ......」
チコリータの声に反応して、エネコは顔を上げる。 悲痛な面持ちだったが、予想通りとでも言うようにその前足を優しく取った。
「えっ......?」
「エネコ......君もこうしてくれたよね。 逃亡する前の夜......私、とても嬉しかったよ?
だって、凄く怖かった。 自分が伝説に語られる人間じゃないって否定できなくて。 正直、凄い、消えたかった」
「チコリータ......?」
「でもね」
チコリータは優しい微笑みをエネコへ向ける。 その前足に。少しばかり力がこもる。
「......エネコが救ってくれたんだ。 消えそうだった私の心は、エネコが癒してくれたんだ。 例え救えないものがあったとしても、これは事実なんだ。 変わることなんて、無いんだよ?」
「......」
「......だよね。 悔しいよ。 辛いよ。 何が世界を救った救助隊だって思うよ。 目の前のことに精一杯で、遠くの可能性にも目を配ってやれやしなかった。
でも、時間は戻らない。 だからこそ、私はーー」
「......1つでも多くの命を、救いたい?」
チコリータはコクリと頷く。
「......ここにある命は消えてしまった。 でもいつかまた芽生えてくる。 人間で学んだ記憶かなぁ......二次遷移っていうんだって、こういうの。 山火事の跡とかは、土壌は既に出来ていて、種子とかも残っているんだ。 だから、何も無いってわけじゃない。 きっとすぐ、草が生い茂ってくる。 そしてまた木も生えてきて、いずれ再生する」
「......そっか、全部が消えたわけじゃないから......!」
「うん。 今回は無理だったかもしれない。 でも、この記憶をちゃんと心に留めて、今ある命も、これから生まれる命も救いたい。 自然も、ポケモンも、そしてその心も。 ......欲張りかなぁ?」
「......ううん」
エネコはずびりと出てきた鼻水を吸い、涙ながらに笑って見せた。
「全然、欲張りなんかじゃないよ。 むしろ、とっても素敵だよ。
だって、私達......救助隊だもんね」
「エネコ......!」
「えへへ、助けられちゃったね......ありがとチコリータ。 ......元気出た!」
エネコは自らを奮い立たせるように、強い鼻息を吐いて見せる。
その時、彼女の横を薄桃色の何かが掠めた......ようにエネコは感じた。
「あれ......?」
エネコは辺りを見回してみる。 まだ、生きている桜があるのだろうか。 目視で確認することは出来なかった。
「......エネコ? どうしたのー?」
「あっ、なんでもない!」
慌てて森に背中を向ける。 エネコは、希望の光を心に宿らせ静かに木々に祈りを捧げた。
どうか、この背中の向こうにある木々が、もう一度咲き誇りますように。
大好きなパートナーと、今度こそ見ることができますように。
戻った時には夕方になっていた。 玄関前で、2匹は別れの挨拶を交わす。
「じゃあねチコリータ! ......心機一転、明日からまた頑張ろう!」
「うん、また明日!」
そして、エネコはまた走って家の方へ向かっていく。 元気を出してくれたことに、チコリータはほっと息を吐く。 そこへ、ひとひら桜の花弁が舞ってきた。 ポケモン広場のものだ。 地面に落ちたそれに向け、チコリータは微笑む。 その笑みにあったのは、希望だった。
「......いつか、見られたらいいな」
そう呟き、家の中へと歩み出した。
遠い未来、今度こそ桜の森を見られるのか。 それは誰も知らない。
けれど、離れながら2匹はそれを静かに祈っていた。 コイルなどのチームのみんなで行くのもいいかもしれないと想像しながら。
きっと明日からは、この2匹はまた救助隊として、桜咲く中、命を救うために世界を駆けるのだろう。