せわやくポケモン

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作者:芹摘セイ
読了時間目安:7分
 せわやくポケモン(約2,400字)




 ドロンチの頭の上に乗っているドラメシヤがお嫁に行ってしまった。めでたく進化したドラメシヤは育て親の元を離れ、もう家にはいない。それ以来だろうか、ママのドロンチの世話焼きっぷりが加速したのは。世哉せいやは考える。せわやくポケモン、ドロンチ。世話をするドラメシヤを頭に乗せていないと落ち着かないほどのお節介さんだ。学校に行こうとすれば世哉を背中に乗せて時速200キロで空を爆走し、部屋の掃除をしようとすれば”ゴーストダイブ”で現れて掃除器を独り占めし、肌寒くなってジャンパーを手に取ろうとすれば後ろから着せて”おにび”で温めてくれる。小学校に入りたての世哉より一回りも二回りも大きい後ろ姿は、まさに大きなお世話という言葉を具現化したかのよう。何でもかんでも”てだすけ”してくれるのはありがたいけれど、ドロンチに先を越される前にやらないと。世哉にとって今夜だけは譲れないものがあった。
「ちょっと、ドロンチ! そこは僕がやるとこなんだからっ!」
 キッチンにて。テーブルの上で伸びていたクッキー生地を、ドロンチは頭の突起を使って器用に型抜きしていた。星型にしようと思っていたのに、可愛らしいハート型。女の子っぽくてちょっぴり恥ずかしい。
「これは和奏わかなお姉さんにプレゼントする分。前も言ったでしょ?」
 明日は町内会でお花見。近所に住む和奏お姉さんと仲良くなるチャンス。お小遣いを貯めて、近場の100円ショップでラッピング袋とリボンまで買ったんだ。プレゼントの中身くらい自分の手で作らなきゃ。きゃっきゃとはしゃいで指についた生地を舐めるドロンチを横目に、世哉はオーブンの熱を上げていった。





 ヒートアップしている、と傍から状況を見た者は誰もが評することだろう。
 お花見当日。世哉は些か困惑していた。いざ和奏お姉さんにクッキーを渡そうとしたとき、付き添いで来たドロンチが”りゅうのまい”を踊り始めたのだ。頭に巻いた横長の手ぬぐい。鼻の穴と下唇の間に挟んだ割り箸の破片。大事そうに抱きかかえた竹ざる。いつの間に家から持ち出してきたのだろう、ばっちりおめかしして、神秘的(?)で力強い舞いを舞うではないか。どら、どっらっら。愉快な掛け声がカントーのU公園いっぱいに響き渡る。大人も子どももみんなドロンチの周りに集まっていった。遠巻きに見えるその姿は、余興を披露して宴会を盛り上げる幹事のそれ。「せわやく」ポケモンの名に恥じぬ踊りっぷりだ。おかげでだだっ広いブルーシートの上には世哉と和奏お姉さんの二人っきり。距離も近い。ドロンチなりの気配りなのだろうか。表向きは友達に手作りのクッキーをご馳走するついでにお姉さんにもっていう感じだったのに、これでは余計に目立ってしまう。
「それじゃあ、いただきます」
 さくり。細長い指先にあるハート型クッキーが軽やかな音を奏でる。春風の中に溶け込んでしまいそうなくらい繊細な響きをもって。
「あら、おいしい!」
「ほ、本当!?」
「甘さも控えめですごく好きだなあ。ありがと、せいくんっ」
 和奏お姉さんの笑顔を見たとき、世哉には桜の木の気持ちが少しわかったような気がした。冬の間はみんな丸坊主で、似たり寄ったりの木々。花の蜜を求めて虫ポケモンが寄ってくることもなければ、それを受け入れようと枝を伸ばすこともない。お互いに興味を持ったり、世話を焼き合ったりする素振りなんて見せてくれないのだ。それなのに、春になるとこぞっておしゃれして、枝に住み着くポケモンの世話をしてくれるのはどうしてだろう。世哉なりに考えてみた。
 笑ってくれるのが嬉しい。色鮮やかな花をつければ色々な人やポケモンが集まってきて、木の話に花を咲かせてくれる。そのことを知っているから桜の木は元気に冬を越せるのだと世哉は思う。
 和奏お姉さんが笑ってくれている。そばにいて、いつも近所の子どもたちのことを気にかけてくれている。なんて、なんて優しいのだろう。
 耳たぶがほんのり温かくなるような。眠気を誘ううららかな空気に身を任せて、肘の中に顔を埋めて目を瞑りたくなるような、不思議な気持ち。何だろう、それを感じるのが世哉には心地よかった。
 風が強くなってきた。向こうでドロンチの踊りを見物している大人たちがコートを羽織り出す。
「和奏お姉さんは寒くないの?」
「ちょっと寒いけど、私は大丈夫」
「えー!? 無理しちゃだめだよっ」
 着ていたジャンパーを脱ぎ、それを世哉は和奏お姉さんの肩にかけてあげる。サイズはだいぶ小さいけれど、仕方がない。お姉さんは今薄着なのだから。手が赤くなってきたのは彼女が痩せ我慢している何よりの証拠。ドロンチが防寒着を詰め込んで持ってきたぱんぱんのリュックの存在を思い出し、座敷の隅っこに認め、中を手探り。パパのお気に入りのトレンチコート、カロスで買ったような派手なマフラー、合わせる服を選ばない色合いのニット帽、ドククラゲの全触手につけてあげられるくらいの数の手袋。これだけあれば十分だろうか。気付けばそれら全部を取り出して、和奏お姉さんの肩や膝の上に乗せていた。
「せいくん、あの、ありがと。気持ちは嬉しいんだけど、私、その……」
「大丈夫。僕の分はあるから」
 和奏お姉さんが困惑している様子に、ヒートアップした世哉が気付けるはずがないのである。
 世哉は内心穏やかではなかった。だって、このままでは和奏お姉さんが風邪をひいてしまうのではないか。風邪をひいたら熱が出て、辛くて、笑ってなんかくれなくなる。そんなの嫌だ。肘から先の震えが止まらない。お姉さんが辛い気持ちでいるだなんて、そんなの――
 和奏お姉さんがやんわりとした断りの言葉を模索する中、世哉は一心不乱に衣服を並べ立てていた。ドロンチのお節介がすっかりうつってしまったのだと本人が自覚するのは、数年後のお話。
 

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