第17話 ~島のあり方 世界のルール~

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他)
 [スズキ:コリンク♂]
 [チーク:チラーミィ♂]

前回のあらすじ

とあるリオルを追いかけるために、怪我を負ったり不思議のダンジョンに迷い込んだりと大変な目にあったシズ、ユカ、スズキの3匹。
……そして、迷い込んだ不思議のダンジョンで、彼らはとあるものを見つけた。
誰かが住んでいたであろう痕跡。決定的な証拠とまでは行かないものの、怪しい物品の数々。そして……シズを写した盗撮写真。
強烈な不安感を覚えつつも、ダンジョンからの脱出のために彼らは歩き出すのだった。
7年前の、ある日のことです。
ユカというイーブイのお父さんは、何かの本を読んでいました。
それはなあに、とユカというイーブイが聞くと、お父さんは、人間の武器の本だと言います。

お父さんは、人間という生き物が残したいろんな物を調べるのが大好きでした。
だけど、ユカというイーブイは思います。人間の武器は、悪いポケモンたちの道具じゃないか、と。
ユカというイーブイが聞いてみると、お父さんは笑って言いました。

「道具に良いも悪いもないんだ。大事なのは、正しく知ることなのさ」












「うーん……」

洞窟を歩く3匹のポケモンたち。そのうちの1匹であるシズは、かなり浮かない顔をしていた。
そりゃそうだ。自分を映したよく分からない写真を見つけて、さらに追い打ちと言わんばかりにあんなショッキングな言葉をぶつけられては。

「大丈夫だよ、シズ。何かあっても、ワタシがぶっ飛ばしてやるから」
「何かあってからじゃ遅いよ!」

青白い水晶の光に照らされつつ、天井から雨のようにしたたり落ち続ける水滴の冷たさに身を震わせながら、3匹は青い岩肌を踏みしめる。
時々滑りそうになったり、不思議のダンジョン特有の"ワナ"を踏みそうになってスズキに止められたりもしたが、特に問題が起こることは無かった。



「ユカ……いい加減、そんな目で俺を見るのは止めてくれ」
「やめないよ。自分の言葉に責任を持つまではね」
「仕方がないだろう。ああいうストーカーが――その、"事件"を引き起こす例は……」
「もっと言葉は選べたでしょ?」
「……"悪かった"。これでいいだろ……?」

……多少、こういったポケモン関係的な齟齬があったりはしたが、まあ先に進むことに問題はない。そのはずだ。





「――あのリオル、大丈夫なんでしょうか」

シズはぼそりと口走る。何の脈絡もなく、このタイミングで語る必要性もない言葉だ。
……まあ、シズの性格からして、そういったことを思いついてしまうのは仕方がないのかも知れない。

「気にするな。ああいうヤツに限って、しぶとく生き残る」

先ほどまでとは全く違った意味で落ち込むシズに、スズキは慰めの言葉をかけた。
その内容は、ある種の経験則。"悪者"との戦いを生業にしてきたスズキだからこそ分かる。

「そもそも、最初から1匹で逃げ切るつもりだったんでしょ? あのリオル。だったら、自分の責任だよ」

スズキの論調にユカも加勢した。
スズキのそれと違ってリオルを唾棄する一面が強いが、シズを慰めるという趣旨からずれてはいない。

「つまり――心配するだけ無駄って事だな。そうだろ? ユカ」
「同意だね。むしろ、痛い目にあってもらう分だけ清々するし」

2匹はそろって、シズに微笑みかける。
先ほどまで口論をしていたのにもかかわらず息を合わせているあたり、2匹とも困っている誰かを放っておけない性格なのだろう。

「ユカは手厳し過ぎるよ……」

しかし、シズは2匹の想定しない反応を返す。
……当然だ。リオルの身を案じていたのに、それと真逆の言葉をぶつけられたのだから。

「……そうかも知れないね。けど、改めるつもりはないよ。お母さんもそうだったから」

追い詰めた敵に対する行動という意味で、シズとユカはかみ合わない一面がある。
シズは敵に塩を送るタイプだ。見返りを求めるわけでもなく、危機に瀕したのならできる限り救おうとする。
ユカはそうはしない。残酷にやるわけではないが、シズのように献身的になるわけでもない。

「シズは優しいよ。だけど――」
「――ごめんなさい」

ユカの言葉を、シズの謝罪が遮った。

妙な雰囲気が漂っていた。ユカとスズキの軽い口喧嘩か、その両名によるシズの慰め合戦か。それとも、シズとユカの"ずれ"なのか。
いずれにせよ、良い空気とは言い難かった。





「もしもーし! そこのおかーたぁーっ!」

その空気に割って入る声が1つ。
ふざけた口調に、狂っているとしか思えないイントネーション。
スズキには聞き覚えがあった。

「――ヴァーサか!?」

彼は、2週間の事件で"自業自得な評判"を抱えることとなった救助隊のオンバーン。
結果として事件に直接影響を与えたわけではないが、かなりのひんしゅくを買っていたことは記憶に新しい。

「……知り合い?」
「知り合いもクソもあるか……とにかく、まともに関わらない方が良い」

スズキが攻撃的な姿勢を取る一方で、ヴァーサという人物について何も知らないシズとユカは疑問と警戒を隠せずにいた。
スズキの態度やヴァーサの口調……どこをとっても、味方かどうかすら察しが付かないのだ。

「まー、少なくとも敵ではないから安心していーよぉ。君たち3匹組の失踪を嗅ぎつけたって所かなぁ?」

ヴァーサはふざけた口調を崩さずに、しかし優しくなだめるようにしてシズたちに語りかける。
2匹は顔を見合わせ、スズキの語った情報と目の前にある印象を比較してみるが、ヴァーサの評価に結論が出ることはなかった。

「……救助隊、ですよね?」
「もっちろん!」

目の前にいる彼には、つかみ所がないのだ。
奇妙としか表現しようのない空気感をまとい、善悪のどちらにもふるい分けのようのない印象を残す。掴みようがなかった。

「――おい、ヴァーサ! 見つけたのか!?」

……また、新しい声がした。聞き慣れたチークの声だ。
対応に困り果てていたシズたちにとって、よく見知ったチークの登場は僥倖とも言える出来事だった。

「そりゃあ、もう! こっち、こっちぃ!」

チークと一緒に行動しているのなら、ヴァーサは一応は安心できる存在なのだろう。
シズたちはゆっくりと警戒を解いた。スズキは身体をこわばらせているが、きっと敵性存在ではないはずだ。













「で、例の仕掛けは済んだのか? "ジャズ"」

ここは、嵐の波が押し寄せる、どこかの浜辺。
そこで、とあるメタモンが"ジャズ"と呼ばれたリオルと会話を交わしていた。
メタモン――紫色のアメーバのような姿をした"へんしんポケモン"。自身の細胞組織を組み替えて他のポケモンに変身する能力を持っており、人間のいた時代では重宝されていたとか。

「成功だ。救助隊に追われはしたけど、作戦用の物資は確かに届けた」

メタモンの質問に、"ジャズ"は当然と言わんばかりに答えて見せた。
……彼は、シズたちが追っていたリオルと同一人物である。1度はシズたちに捕らえられたが、"不思議のダンジョン"の性質を利用して逃げ延びたのだ。

「救助隊に追われた……? 何か問題を起こしたのか?」

しかし、"救助隊に追われた"と言う言葉はメタモンにとって――いや、ほとんど大多数のポケモンにとっても、あまり耳障りの良い言葉ではない。
彼は口調を崩さずに、しかし不安げな様子でジャズに聞き返す。

「個人的なことだから、計画に支障はない」

その言葉を聞いて、メタモンは強く呆れたようにため息を吐いた。
――"どうせ、俺たちの組織を小馬鹿にする台詞を聞いて、そいつに殴りかかったんだろう?"

「いつもの癇癪か……"再生教団"の自覚はあるのか?」

"再生教団"――以前、ヴァーサが"カルトども"と呼称していた存在と同一の組織。"世界を壊してやり直す"という胡散臭いスローガンを掲げ、様々な事件を起こして救助隊の手を焼かせていることで有名である。
そして、その信者数は……ジャズのような"裏工作"に協力するほど熱心な人材だけを数えても、世界中の救助隊を集めた数字と同程度になるそうだ。救助隊が治安維持をになう組織でもあると言えば、その異常性が伝わるだろうか。

「"人類の毒に覆われたこの世界を再構築し、浄化する"――その理念は忘れてない。だけど、皮肉だよな。人類の毒――人類技術を破壊し尽くすはずの俺たちが、人類技術を広める一助となっているのだから」

……その信者数とは裏腹に、"再生教団"は理念と活動に大きな矛盾を抱えている。人間の技術を嫌い、それらを破壊することを理念に掲げているにもかかわらず、一方で活動を継続するために、人間の技術に大きく頼っている部分があったのだ。

「――お前は、正義を成すための手段を選り好みするのか?」
「……分かってる」












「どうしたんだ、そのケガ!?」
「……ちょっと、ね?」
「なぁーにが"ちょっと"だ! ほっといたら死ぬぞ!?」

洞窟の中で、チークの叫び声がこだまする。
体中に巻き付けられた少し赤がしみ出した包帯に、衰弱が見て取れる顔色。そんなユカを見て叫ばずにいられるほどチークは冷静ではなかった。

「スズキ! あんたというポケモンがいながら……!」
「……落ち着け。ダンジョン内部で争ってどうする? "敵ポケモン"に襲ってくださいと言っているようなものだぞ」
「できるかっ!」

そして、現状の保護責任者とも言えるスズキに噛みつかない冷静さも、チークにはなかった。

「やめてくださいよ! ユカのケガがスズキさんの過失だって言うなら、ボクはもっとひどい過失をしているんです!」
「シズは違うだろ!」

今にも掴みかからんとする勢いを見せるチークに、シズは叫ぶように言葉を投げかけた。
チークは勢いのままに叫び返す。

「だって、あの場面でユカがどうするかってのは、あの場にいた中ではボクが一番よく分かっていたはずなんですよ! 無茶な特攻をするかも知れないとボクが気付いて釘を刺しておけば、こうなることはなかった!」
「あの場面って何だ!?」

その言葉は、ある意味ですさまじい自己犠牲の精神を含んでいた。スズキから自分に憎しみを誘導するような言い回しがこの状況において危険なのは言うまでもないだろう。

「……だけど、だからスズキは無罪だって言うのか!?」
「ケンカはダメって言ってるんです!」

「――チーク」

このままではチークとシズの無意味な押し問答になってしまう。
そんな状況を見かね、ユカは一石を投じることにした。

「ユカ……傷は大丈夫か――」
「いい。別に良いよ。チークに心配して貰うようなことじゃないから」

チークの言葉を遮り、厳しい言葉を投げかける。そうすれば相手を黙らせられるとユカは理解していた。

「なんだって……?」
「チークがワタシの親が死んだことに責任を感じて、ワタシを大事にしてくれているのは理解してる。だけど、だからってシズにまでその責任を飛び火させるのは違うよ」
「……そんなつもりじゃ」

……つまるところ、チークはユカに弱いのだ。
彼が彼女に対して何かの負い目を感じていることは、チークの行動と態度によってこの場にいるすべてのポケモンに気付かれていることだろう。

「ワタシの邪魔はしないで。それだけは言わせて貰うから」

ユカがそう言いきった後、場は静寂に支配された。
そこにあるのは、雨粒もどきが地面を打ち付ける音と、妙に冷たい空気だけだった。





「なんか忘れてなーい? この状況、救助隊バッジの脱出機能が使えると思うんだけどねぇ」

ヴァーサの茶化した声が静寂を打ち破ってもなお、その場にいたポケモンたちはしばらく口をつぐみ続ける。
……ヴァーサを除くすべてのポケモンたちは、この静寂の原因を自分自身に感じていた。
あまりにも衝動的すぎた。あまりにもきつく突き返しすぎた。あまりにも方向性がおかしかった。あまりにも冷たくやり過ぎた。
この状況に対して言えることは、あらゆる失敗が重なり、結果としてひどい結末を招いたという事実。それだけだろう。












視界を包み込む青白い粒子――救助隊バッジによるテレポートの残波が晴れた頃には、すでに嵐の空が広がる海岸に立っていた。
不思議のダンジョン・"水晶海域"からの脱出は成功したのだ。

「……相変わらず、ひどい空をしてるね」
「そうだなぁ、ハハ……」
「あー……俺は好きだが……」
「……ボクも、嫌いじゃないです」

……もっとも、脱出したポケモンたちの雰囲気はひどいものがあるが。
なんとか雑談をして持ち直そうとしても、凝り固まった空気感が動くことはない。

「やだなぁ、辛気くさいなぁ~。なんとかなんないのぉ?」
「ヴァーサさん……」

それに、ヴァーサも災難だ。赤の他人であるシズたちを助けに来てくれたって言うのにこんな喧嘩に巻き込まれて。
もはや、哀れみすら感じる。

「え? なにその目?」

そんな思いがシズの視線に表れていたのだろうか。それを不快に思ったのかどうか、ヴァーサは威圧感のある声でシズに語りかけた。

「えっ……いや、その……」

瞬間、シズはたじろぐ。ただでさえつかみ所がなく、わかりづらいヴァーサがこのような態度を示したのだ。
……まずいことになったのかも知れない。

「――そんなに、僕に期待してるなら。よーし! ここは一肌脱いじゃおっかなぁ~☆」
「……えっ?」

だが、その後に続いた言葉は……かなり想定外だった。
さっきまでメチャクチャ怒っているように見えたのに、その次の瞬間にはものすごく協力的に振る舞うのだから、想定外と言うほかないだろう。

「んじゃ、みんなを乗せていこっかなぁ~? "そらをとぶ"で快適な旅にご案内いたしまぁ~す」
「……えっ?」

――スズキが"まともに関わらない方が良い"と言った理由が少し分かった気がした。
感情が全く読めないのだ。中途半端な覚悟で関わっちゃいけない。

「移動は楽になりそうだけど……こんな雨風の中で飛べるの?」

そんなシズの心情をよそに、ユカはヴァーサの"提案"に興味を示す。
周囲の地形や、自分たちがここにやってきた経緯などから判断して、この海岸からシーサイドの街までに相当な距離があることは想像に難くない。

「とーぜん! チークくんとスズキくんも乗ってくぅ?」
「断る理由はないが……」
「ユカが乗るんだろ? だったら、オレは付いていくべきだ」

そして、スズキとチークの2匹も賛成の意思を示した。
妙に消極的な返事であるような気もするが、ヴァーサは一切気にしてない。

「これで全員オッケー! んじゃ、準備しなきゃね!」

そう言って、ヴァーサはそそくさと自分の鞄の中を漁り始めるのだった。





「……あれ? ボクの意思確認は?」












「えっと、これでいいんですよね?」

現在シズ・ユカ・チーク・スズキの4匹は、ヴァーサの背中に乗り込んでいる。
……そして、ロープでがっちり縛られてもいる。

「どうやって4匹も乗せていくのかなって思ってたけど、こういうことだったんだね……」
「ヴァーサの身体に固定されるって考えると、なんか嫌だな……」
「……転落死するよりはマシだ」

いくら4匹の身体が小さいといえども、オンバーンの平均たかさは1.5m。たかさ0.3mを2匹、0.4mと0.5mをそれぞれ1匹搭載するには無理があるのだ。
そこでヴァーサが考えたのが、全員を自分の身体に縛り付けるという方法。体重による負荷こそ変わらないものの、転落が防げればそれで十分。4匹の体重を合計すると29kg程だが、その程度ならヴァーサにとっちゃ屁でもない。

「んじゃ、カウントダウンはっじめっるよー! ロープだけじゃ強度がアレだからちゃんとつかまっててねぇ~!」

ヴァーサのかけ声とともに、4匹は身構えた。
……チークとスズキは硬くなりすぎているように見えるが。

「3……2……1……テイクオ~フ!!」
「うわっ!?」
「なぁっ!?」

瞬間、身体に強力な負荷が掛かる。ヴァーサがあまりにも突飛な離陸をしたおかげであろう。
こういう展開をある程度予想していた2匹は大丈夫だったが、そうでないシズとユカの口からは短い悲鳴が飛び出していた。

「あっ、ごっめーん。いつもは1匹で飛ぶから、つい無茶しちゃうんだよねぇ」
「もっと申し訳なさそうにはできねぇのか……?」

その強烈な加速が落ち着いてからもなお、ヴァーサは羽ばたき、高度をどんどんと上げていった。
ロープで身体を固定されてはいるが……こうも高さがあると、落ちてしまいそうで少し怖い。

「シズ」
「……なに?」

ヴァーサの上昇がとまったあたりで、ユカが一言、シズの名を呼んだ。

「下、見てみなよ」

シズはユカの言うとおりに、視線を下方に向けてみる。
そこにあったのは、ちょうど人間の手でピースサインを作ったような形の島だった。大陸と言えるほど大きくはなく、かといって小さいわけでもない。そのすべてを一望できる場所にシズたちは位置していた。
2週間前に向かった"輝き野山"は複数存在する起伏の1つに過ぎず、あれほど大きく感じたシーサイドの街は島全体の50分の1以下でしかなかった。初依頼の時に向かった"炎の洞窟"に至っては豆粒以下だ。
天候さえ悪くなければ……きっと、この眺めに見惚れていたことだろう。

「ここが、ワタシたちの住んでる場所。通称"ピースワールド"」
「ピースサイン……だから、"ピース"?」

ユカは黙って頷いた。
ピースサインには、2つの意味がある。平和と勝利。





「その形は勝利を、その名は平和を。すなわち"平和の勝利"。……もはや、昔の理念だが」

横から聞いていたスズキが、ぼそりと呟く。
……昔の理念。












ひとつ、水たまりの上をタイヤが走ったような音と水しぶきが上がる。
地面の上を滑るような無茶な着陸。こんなことをして、ヴァーサは足を痛めないのだろうか?

「到着ッ! "救助隊協会第一支部"ぅ~っ! お空の旅はお楽しみいただけたでしょうか~?」

そんな疑問を頭によぎらせながら、4匹のポケモンたちはヴァーサの背中から飛び降りる。

「よりによってここか……」

……どうやら、この場所で降りることにチークはあまり気乗りしていないようだ。"別の場所に送ってもらいたかった"という心情が声と表情から簡単に読み取れる。

「……どうしたんです?」
「ああ、いや……なんでも」

シズの質問にも、心ここにあらずといった様子で受け答えしているあたり――シズが直前まで喧嘩をしていた相手ということもあるのだろうが……ともかく、やはり救助隊協会という場所を嫌がっている。
……これはシズたちには知りようもない情報であるが、チークはシズたちの救助に向かう直前にここでトラブルを起こしているのだ。

「……ところで、ヴァーサはどうするの?」

そんなやりとりをよそに、ユカは一言、言葉を投げかける。
……そういえばそうだ。この場にいる4匹すべてが、ヴァーサがこれからどうするかといった情報を何一つ知らない。それ以前に、シズたちの救助になぜ手を貸したかのかすらも。

「僕には用事があってねぇ……んじゃあね~」

ヴァーサはそんな疑問には一切答えず、表面上の質問に軽く返事をするとすぐに飛び去っていった。

「まあ……救助隊なら、悪い人ではないですよね」
「変なヤツではあるけど……まあ、ワタシには悪者には見えないかな」

よくよく考えると――いや、考えなくても謎だらけな人物だったが……まぁ、とにかく感謝はしておこう。
















レンガ造りの建造物、救助隊協会第一支部。突如として、その扉が開け放たれる。

「ん?」

と同時に、1匹のデリバード――救助隊兼医者のフラッペが4匹のポケモンに気がついた。
1匹には複数の傷が見られ、1匹は血の染みた包帯を巻いている。他の2匹は正常のようだが……

「……どうしたんです?」

フラッペは、ある種反射的に質問を投げかけた。
全員、お互いに知り合っているポケモンであったからだ。しかも、ケガをしている方の2匹には2週間前の事件で借りがある。

「ダンジョンに潜らないとき、お前はここで昼食を取る。その後は本や雑誌を読みながら、ケガしたポケモンを診てやるだろう。だから頼りに来た」

そのうちの正常なグループに入る1匹……スズキがそう言った。
……"当然"。フラッペは答えるまでも無く、頼られてやることにした。





少し古くさいにおいのする救急箱。栓を取り除いた茶色い小瓶。
フラッペの手には、ピンセットが握られていた。

「いっ……」

消毒液の染みこんだ綿が、シズの身体をそっと撫でる。
そのたびにやってくるにじむような痛みに、身体を少し縮ませていた。

「シズの処置は終わりました」

体中から、消毒液特有のつんと鼻につく臭いがする。
これも、人間由来の技術を使って精製したものなのだろうか。

「次はワタシだね」
「よし。包帯を取りますよ、ユカさん」

救急箱の上にピンセットを置くと、すぐに空いた手がユカの身体に伸びた。
その手で包帯を緩め、取り除く。

「……切創が3つ。ナイフか何かで切り裂かれたと言ったところでしょうね」

と同時に、フラッペは少し驚いた様子を見せた。
浅いが、これは明らかにダンジョンで受けた傷ではない。2週間前の事件でユカのやんちゃ具合を少し知ってはいたが……

「分かるんですか? 傷を見ただけで」

そんなフラッペの思考をよそに、シズの脳内には疑問が浮かび上がる。
ユカを傷つけた原因が凶器であると、一目見ただけで判断できるものなのだろうか。例えば、とうじんポケモンキリキザンの刃である可能性もあるのに。

「ええ。体組織の損傷具合で、武器を使ったかそうでないのかは分かりますよ。ポケモンの爪や刃で傷つけられたのなら、より傷は浅く、出血もほとんどないはずですから」

だから、傷が深くて出血も著しいこのケガは武器によるものであると。
……まあ、ケガやらなんやらに詳しい医者が言うのだからきっとそうなのだろうが、しかし理屈が分からない。
確かに良く研がれた包丁は鋭いが、先ほど例に出したキリキザンも引けを取らず鋭いはずだ。

「武器だと傷が深くて、ポケモンだと出血がない……どういうことなんです?」
「……そうですね。スターチとの戦闘の際、ユカの右前足に爪での攻撃を被弾してしまったと聞いていますが……そのとき、出血している様子はありましたか?」

……シズの記憶を探る限り、出血は無かった。
思い返せば、あの時の一撃はイーブイの皮膚で耐えられるようには考えられない。順当に食らえば良くて流血、酷ければ縫合のような処置を施さなければならなくなるはずだろう。
だが……順当に食らったにもかかわらず、ユカはそこまでのダメージは負っていなかった。

「どうやら、我々ポケモンには奇妙な体質が備わっているようでしてね。殺害に対する恐れと言いますか……そういう心持ちに影響されて、何をやっても直接的な致命傷にはならないんですよ。首を切り落としたり、内臓を引き抜くくらいやれば別ですけど」

……なるほど。そう言った事実があるのなら納得できる部分もある。ポケモン同士で戦闘を繰り広げる"ポケモンバトル"がこの世界で娯楽として受け入れられているのも"基本的には死なない"という事実があるからだろうし、何よりシズたちが今こうして生きているのもそれがあったおかげなのだろう。

にしても、グロテスクな例え方に抵抗がないのは医者故だろうか。今の解説を図解なんかで示されたら、卒倒する自信がある。

「ポケモンたちがナイフなどの武器を危険視している理由の1つだな。今までは……例えば、ピチューに"はかいこうせん"を撃ち込んだとしても即死はしなかったのに、ひとたび武器を使えば一瞬で命を絶てる」

そしてスズキが狙い澄ましたかのように、"奇妙な体質"によって生まれる影響の具体例を指し示してきた。記憶喪失であるシズを気遣っての事かも知れないが、やはり例えが妙に生々しい。思い浮かべてはいけない映像が脳裏に浮かび上がってしまいそうになる。

「……武器って、怖いんですね」

少し怖くなったシズは、会話から逃げるようにそう呟くのだった。













「傷も浅いので、処置は消毒だけにしておきましたが……不安なのは出血の量ですね。たくさん食べて、十分な休養を取ってください」
「うん。……ありがとね」

ぱちんと音を立てて、救急箱の金具が閉じる。
それと同時にユカは礼を言い、立ち上がった。

「ありがとうございました」
「……運が良かったぜ。つい2週間前に、医者の友達ができて」
「はい、いつでもお任せくださいね。外科と応急処置なら何だって出来ますから」

シズとチークもユカに続く。
……外科と応急に限れば、何だって出来る。先ほど聞いた話の影響だろうか、どこか妙に生々しい風景が浮かんでくる。手術で開腹したとき、その中にはどんな光景が眠っているのだろうか。

「俺もよく世話になったな……まあ、その分も含めて明日あたりに食事をおごってやる」
「ああ、それなら1つ注文を。"ハピナスレストラン"以外にしてください。あそこのサラダは美味しいですけれど、待ち時間が長い上にことあるごとに連れていかれるので……」
「よし、わかった」

そういえば、スズキも……2週間前の事件の際、血と硝煙だの何だのと呟いていた。こちらも、よくよく考えれば相当生々しい話ではないか。硝煙というのは火薬が燃えた跡で、火薬は花火や爆竹、あるいは鉄砲の弾に使われる。
それらが血と結びつくとすれば、いずれにしても相当……

「シズ……?」
「えっ!?」

シズのそんな思考が、表情からにじみ出ていたのだろうか。
気がつけば、自分の瞳を不安げに覗いているユカの姿があった。

「どうしたの? 顔、暗いけど……」
「いや、ちょっと……さっきの武器の話を思い出して」

シズは適当に取り繕ったが、やはりユカは不安げなままだ。
そりゃそうだ。シズの顔は暗いままなのだから、不安げなままで当然だ。

「血とか、苦手なの?」
「そうじゃないけど……やっぱり怖いよ。頭切り離すとか、内臓引きずり出すみたいな説明されたら」
「……うん。そうだね、シズ」

……そんなシズを慰めるユカの声は、とても優しかった。











「……あっ! リオルを任せた3匹組じゃない。あのあとリオルは捕まえられた?」

救助隊協会の扉を開けた途端、1匹のツタージャと鉢合わせた。
怪しいリオルを追いかけるようにと彼女にお願いされたのが今回の出来事の原因なのだが……

「……海の底まで追い回したが、結局捕まえられなかった。朝からお昼2時までやってこのざまだ」

結局の所、持ち帰れたのは残念な結果だった。想定外の自体が連続して起こったにしても、満身創痍で相手を連れ帰れずというのはあまりにも酷い。
……生きて帰れただけでもよしとするべきか?

「そこは普通"地の果て"じゃないの? ……もしかして、ただの比喩表現じゃなかったりする?」
「そうだ。不思議のダンジョンに迷い込んで……大変な目にあった……」
「……それは、ゴメン」

その言葉を最後に、沈黙が始まった。
……話すべき言葉が見つからない。ツタージャとしてはシズたちがリオルを取り逃がしてしまっている以上素直にありがとうとは言えないし、シズ一行側からしてもここから言葉をつなげる方法など思いつかない。チークに至っては、この会話自体の意味が分かっていない様子だ。



「あー……でもね、リオルが使ってたナイフを拾ったんだ」

数十秒の後、その沈黙をユカの一声が破る。
鞄の中から一本のナイフを取りだし、ツタージャに差し出しながら。

「これは……えっ? 血が付いてる!?」

するとツタージャはすぐに驚きの表情を見せる。
ツタージャは、リオルがそれを持っていることはリオルを追いかけている途中ですでに気付いていた。しかし、実際に振るったとなれば……

「じゃあ、その包帯……」
「うん。実はちょっと、切られちゃって……」
「……ただの暴行事件から、凶器を使った暴行事件にランクアップした……」

ツタージャは深刻そうに言う。
"大人がいるし、それに子供の方も曲がりなりにも救助隊なわけなのだから、自分もそういったクチなのだからと、武器を持った相手の追跡を任せてしまったのは間違いだったのだろうか?"
彼女の表情を見れば、そういったことを考えているのだろうなと容易に想像が付く。

「"凶器を使った暴行事件"……」

シズは小さく呟いた。……この世界における"武器の怖さ"は、つい先ほどフラッペとスズキから聞いた話だ。素手ではなかなか殺せないが、武器では簡単に死ぬ。

「あのリオル、いきなり街のポケモンぶん殴って、その場に私がたまたま居合わせたから追いかけたって感じなんだけど……素手と凶器とじゃあ罪の重さが違うから」
「ああ。救助隊協会の追跡の本気度も違う」

そうなれば、罪が重くなるのも必然だろう。
――この島……"ピースワールド"においては、凶器での犯罪は厳しく取り締まられている。他の地域よりも、ずっと厳しく。
銃火器に至っては、許可無く持ち込むだけで檻に放り込まれるほどだ。

「その通り。この一件が知れれば、"救助隊協会第一支部"公式の依頼が出ることになる。払いも良いから、たくさんの救助隊が血眼になって探すはず」
「時間が掛かるようなら、逮捕チームの編成も考慮に入るな」

だんだん話がスケールアップしてきた。
逮捕チームの編成と言えば、2週間前の事件を思い出す。
刃物を振り回した罪が、環境に大きく依存したポケモンの生命維持を阻害し、結果的な大量死を招く恐れがある島レベルでの環境破壊と同レベルに扱われている……そういうことなのだろうか?

「……はぁ。最近はめっきり見なくなってたのになぁ、こんな事件」
「俺もだ。……武器を使った犯罪を"懐かしい"と思えるのは、幸せなことなのだろうか。それとも、逃げ傷なのか」

……シズの視点から見れば不明瞭な点も多いが、ポケモンたちからすればそれほどまでに重要なことなのだろう。
先ほどまでの会話もそうだったし、スズキとツタージャの声色を聞けば分かる。

「とりあえず、今日の所は解散にしましょ……そこのイーブイが心配だし」
「分かった。報告書はこっちで纏めておく」
「ありがと、コリンクさん。それじゃ」

どうやら、会話は終わったらしい。ツタージャはシズたちの横をすり抜けて救助隊協会へと入っていった。



「……俺たちも、ここで解散するか?」

数秒間の沈黙の後に、スズキが言う。

「……そうしましょう」

シズのが肯定の意を示すと、自然とその場のポケモンたちはそれぞれの目的地へと歩き出していった。
シズとユカは家へ、チークは適当に時間を潰しに歩き、スズキは救助隊協会の扉に前足を掛ける。












次の日の朝。

「……バトル大会、延期だってさ」
「嵐がすごかったからね……ユカからしたら、都合が良いとは思うけど」

ユカの前足に握られた新聞の記事には、こんなことが書かれていた。





 話題のバトル大会が延期!天候操作の再来か?

 きのうの3時頃、バトル大会の延期が主催者によって発表された。同氏によると、「残念なことに、嵐のおかげで主要な柱に膨大な負荷が掛かってしまった。柱をすげ替えることは容易だが、数日間の延期が必要になるだろう」とのこと。
 救助隊協会の気象部員は今回の件について、「今回の延期の原因になった嵐には、複数の不審な点が存在する。一応自然現象の範疇ではあるが、調査が必要である」と説明している。





「天候操作、天候操作ってさ。まさか、スターチが逃げたわけでもないのにね」
「……やっぱり、みんな怖かったんだ。2週間前の事件が」
10月18日:再生教団の設定を少し修正。信者数が増えました。

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