この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
主な登場人物
(救助隊キセキ)
[シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
[ユカ:イーブイ♀]
(その他)
[チーク:チラーミィ♂]
[スズキ:コリンク♂]
前回のあらすじ
色々あって、"水晶海域"という不思議のダンジョンに迷い込んでしまったシズ・ユカ・スズキの3匹。
チークの救援により脱出にこそ成功したが、シズとユカは満身創痍で、ダンジョンに迷い込んでしまう直前の目的は結局達成できず。その上無意味な喧嘩まで起きてしまい……
ここは、草原のあぜ道。シズたちの住処から"シーサイドの町"へ向かうための最適なルート。
そこを一匹のミズゴロウと一匹のチラーミィがせかせかと歩いていた。
「……なあ、シズ」
チークが呟く。
だが、シズは答えない。
「その……あー……」
威圧感すら感じられる沈黙に、チークは戸惑う。だが、やはりシズは答えない。
……つい、最近の出来事である。偶然の事故で、"水晶海域"というダンジョンに迷い込んでしまったシズたち三匹を救い出したチーク。しかし、チークはそこでトラブルを起こしてしまったのだ。
その結果、シズとチークが睨み合うような状況になり……その関係のまま、今に至る。
「一昨日の……事なんだが? あぁ、うん……」
しかしまあ、なんというべきか、シズが答えてくれないようではチークの側も謝りづらい。
会話のつなげようもなく、ただ沈黙の時間が過ぎていった。
「――一昨日の、なんなんです?」
正直、実力面的にチークはシズのことを全く怖いと思っていないし、関係が悪化したとしても"仕方が無かった"と割り切ってしまえばいいとすら思っている。シズの反応に対してここまでびくびくする理由はチークには無いのだ。
「え!? いや、ああ……」
……たった1つだけ、間接的なことを除けば。
シズはユカに拾われてからの半月で、明らかにユカとの親交を深めている。"水晶海域のトラブル"の際、ユカが付き合いの長いチークを差し置いてシズを庇護するような立場を取ったことがその根拠の1つだろう。
「……どうしたんですか?」
だとすれば、シズを傷つけてしまうと、感受性の高いユカを傷つけることにも繋がりかねない。
そして、ユカが傷つくのは……チークにとって、自分の志やプライドを裏切ることよりも、ずっと避けたい事態なのだ。
「いや、だから……どうしたんです?」
「あぁ、いや……」
込み入った事情や、シズの不機嫌そうな声。ばつの悪い気持ち……
自分から作りに行った状況とはいえ、チークにとってはまるで地獄のようだった。
「言いたいことがあるならはっきりとしてくださいよ! "ああ、うん"じゃ分からないですから!」
「うわっ!?」
もやもやとした言い回しについにしびれを切らし、シズはチークに詰め寄って叫ぶ。驚いたチークは思わず飛び上がり、尻餅をついてしまった。
……シズからすれば、この一連の流れははっきり言ってわけが分からない。聞き取れないような大きさの声でぼそぼそ呟いたかと思えば、やっとのことで認識できた言葉について聞き返しても曖昧な返事しかしてこないのだ。
「あ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いや、気にしないでくれ……」
チークはかなり微妙な表情をしながら立ち上がる。
正直、調子が狂う。気を使われてしまうと、むしろこの先のことが話しづらい。
「えぇと、仕切り直そう! ……で、一昨日の、ことだが?」
「うん」
そして、明らかに緊張した様子で言葉を紡ぎ出した。
……正直な話、シズは水晶海域の一件を話題にしたがらない節がある。それをあえて掘り返すのは愚行な気がしないでもないが、やはりきっちりすべき所はきっちりとしなければならない。
「"水晶海域"の、あれこれで?」
「はぁ」
やはり、"水晶海域"の名を出したときのシズの反応はかなり微妙だ。
チークはこのまま続けても良いのかという不安に駆られるが、やめるにはもう遅い。
「スズキのヤツと喧嘩したときのことだ……」
話題にする内容を明確にした瞬間、チークの不安はどっと増した。
……シズは、この一件を無かったことにしようとしているのかも知れない。"水晶海域"の名前とチークの態度を見れば話題に出している出来事はだいたい理解できるはずなのに、シズはあくまで理解していない体を取っているのが根拠だ。
「……あのこと、まだ気にしてたんですか?」
「え?」
……しかし、シズの口から飛び出した返事は、チークの不安をまるごと無意味にしてしまうかのような言葉だった。
"まだ気にしていたの?"――つまりは、"許す"……あるいはもう"許している"という意思表示だろう。何らかの皮肉ではないかと取ることも出来るが、シズの目を見る限りそうではなさそうだ。明らかに、純粋な気持ちでああ言っている。
「いや、だが……やっぱり――」
「――あのことは、ボクも反省してるんです。場を引っかき回しただけなんじゃないかって……チークさん、ボクのせいでユカに厳しい言い方されちゃいましたし」
それどころか、シズは……逆に謝罪を始めた。
わけが分からない。あの場面ではシズの過失なんて毛ほどもなかったはずなのに……
「あー? うん? まあ、その? シズが気にするようなことじゃない……ぜ? ……じゃなくて! なんで謝ってんだよ、お前が!?」
あまりの動揺に、チークはノリツッコミを始めた。普段やっている冗談口調が飛び出した結果だろう。
「……理由がいるんですか?」
「いるだろフツー! なんでお前はこう……へいこらできるんだよ!」
「へいこら出来るのに理由がいる――」
……なんと言うべきか、シズには他人を責めるという考え方が欠落しているように思える。先ほどのチークに尻餅をつかせた一件といい、全くのゼロではないようだが……それでも小さすぎる。
"人に優しく自分に厳しく"と言えば聞こえは良いが、ここまで来るとただのバカだ。
「もういいッ! あー、色々損したぜ!」
チークはもう……深く考えるのが馬鹿らしくなった。
考えたところで、どうせコイツは"自分のせい"で片付けてしまうだろう。建設的な会話は望むべくもない。
「えっ……!? ご、ごめんなさい!」
「だぁーかぁーらぁー! あ や ま る な ! わかる!?」
……どっちにしろ、シズは昨日の事を重く見てはいないのだ。もうどうだって良いだろう。
たった一言の破壊的発言のせいで収拾のつかなくなった会話を適当に繋ぎながら、チークはすべてを諦めることにした。
チーク曰く、"とことん無駄で収拾のつかない会話"とされた一連の流れは……シーサイドの町にたどり着く頃には意外となんとかなっていた。
いや、話し疲れてお互いに黙ってしまっただけなのだが。
「あー、ところで……チークさん、ボクを連れ出した理由って?」
それからさらにしばらくした頃に、シズはかねてからの疑問を提示する。
……シズたちが外出していた理由。それは、チークの提案によるものであった。深い理由も聞かされず、ただ"外の空気を吸おう"だとか"ちょっとやりたいことがある"だとかよく分からない訳だけを説明されて。
多分、その"やりたいこと"の1つは先ほどの謝罪(未遂)だったのだろうが……
「あぁ、それはだな……図書館だ! ほら、町の施設使ってゆっくり読書するってのもたまにはいいんじゃねぇのか? 例の訓練はうやむやになっちまったし、ユカがケガしてるからって救助隊活動も控えることになっただろ?」
図書館。本という形で、様々な情報が集積・保存される場所。
……そういえば、シズは一度もそこへ行ったことがなかった。人類が消えたこの世界における一般常識や、ポケモンなればこその知恵を最も簡単に手に入れる方法の1つだったであろうに。
「……ユカは連れてこないんですか?」
「いや……あんなぐっすり寝てるのをたたき起こすのも悪いだろ? 書き置きは残したから大丈夫だ! 多分」
「多分って……」
シーサイドの町の、特に人通りが多い場所。そこにたどり着くと、大きな近代風の建物が見えてくる。
コンクリートに、ガラスに、金属に……ものすごく気合が入った設計だ。この開放感たっぷりの建物が人類技術の再現の1つであることは明白だろう。
「"welcome to library(図書館へようこそ)"……本を持った二匹のイエッサンが描かれてる」
図書館とは、少なくとも人間の基準で言えば公共施設の一種だ。当然、注目も浴びる。
こればかりは完全な空想だが、この建物は人間の技術の研究の進み具合を宣伝することに利用されたのかも知れない。
「どうだ、懐かしいか? "元人間"」
「あんまり外で言わないでくださいよ、チークさん! ……だけど、確かにそうかもしれない。初めてこういう建物に入ったときは、とてもわくわくしたのを覚えています」
……ガラス製のドア。人間だった頃は当たり前のように使っていたが、思えばミズゴロウになってから利用するのは初めてだ。
そこに、そっと手を掛ける。
「……で? 今はわくわくしてたりするのか?」
「いや……やっぱり、チークさんの言うとおりです。懐かしいですね」
透明のドアを押しのけると、古い紙切れの臭いが広がった。
内部にある本棚はほとんどが木製で、その他のインテリアもどちらかというと"ポケモン世界チック"な雰囲気のものがほとんどを占めている。コンクリートやガラスの現代風の壁面との組み合わせは少し微妙に思えるが、これも味なのかも知れない。少なくとも、風景として破綻しているかと言われればノーだ。
「人類歴史学のコーナーは二階だな……」
「"人類歴史学"?」
チークの呟いた、"人類歴史学"と言う言葉……聞いたことのない学問だ。
いや、簡単に想像は付く。自分たちより前に地上を実効支配していた生命体……歴史に少しでも興味があるのなら、そういう手合いの心を掴んで話さないテーマなのは自明の理だろう。
「ああ、そのまんまの意味だぜ。人類の歴史を研究する学問。……多分、シズの役に立つ。人類が絶滅した理由とか、あんまりよく分かってなさそうだったからな」
「人類絶滅の理由……?」
……確かに、シズはその点について全くもって知識が無い。ユカたちとの生活が楽しかったり、救助隊活動が慌ただしかったりしたおかげで興味も抱かなかった。
だが、今一度指摘されると……今一度、人類絶滅に対しての注目を煽られれば……
「……人間なのにそれを知らないのって、確かに変ですよね……」
「まぁ、お前は元から記憶喪失だからな。知ってるほうが変だろ」
硬い階段を一歩登るごとに、妙な不安感がシズを襲う。人類の絶滅。人類は……劇的な終わりを遂げたのだろうか。それとも、一歩一歩、ゆっくりと滅亡の道をたどっていったのか?
興味と恐怖が混在するような、奇妙な感覚だ……
「ここだな。ちょっと待ってろ、探してきてやる」
二階の、人類歴史学のコーナー。ただでさえこの図書館はポケモンが多かったのだが、ここはその中でも特に多い。
通りの方角がガラス張りになっているにもかかわらず、ほんの少しだけ狭さを感じるほどだ。
「えーと、あれはどこだったか……」
幸い落ち着いて本が読めそうな椅子は空いていたので、シズはそこに座ることにした。
……まだ、さっきの不安感が収まらない。結局、人類の滅亡など自分にはほぼ無関係の過去であって、気にするようなことではないのは分かっているが、それでもだ。
「シズ! 見つけたぞ!」
いつも通りの声とともに、チークが駆け寄ってくる。
その手には、"人類の終わりと魂のエネルギーの関係"と題された書物が握られていた。
絵も装飾もない表紙に、目で見える分厚さ。多くのポケモンたちに読み込まれているらしく、所々ボロボロになっていた。まるで……子供が想像する厳粛な専門書というのが一番近い表現だろうか。
「……なあ、シズ」
チークはシズに本を渡そうとして……しかしそれを止めて、シズに語りかける。
先ほどまでは毛ほども見られなかったはずのためらいの感情が見て取れる。
「チークさん……?」
「何の説明も無しに連れてきといてなんだが……もしも、知ることが怖いって言うなら、それでいい。お前は、ユカの……この"ピースワールド"にやって来てからの、初めての友達なんだ。お前が酷く傷ついて、心を病んだりなんかしたら、ユカが――」
チークは、シズに人類絶滅の理由を知らせることをものすごく不安に思っているようだ。
その不安は間違いではない。現に、シズはそれを知ることについてためらいがあった。
「大丈夫です!」
「シズ……」
……おそらくは、情報を渡す直前になって急激な不安を覚えたのだろう。
「チークさんとユカに、特別な事情があるのは知っています。その"特別"が、とてもつらい"特別"だって事も。だから、それ以上の心配は掛けませんよ!」
はっきり言って、今の言葉はでまかせだ。精神力に自信があるわけじゃないし、もしかしたらチークの危惧したとおりになるのかも知れない。
だが……"人を不安にさせるのって良くないよね?" それがシズの考え方だ。
「そうか、ならいいんだ。……悪いな。キツい雰囲気にしちまって」
「いや、いいんです。ボクだって、チークさんの立場に立ったら不安になると思います」
「ははっ。……ほら。時間はたっぷりある」
チークから手渡された本は、意外と軽かった。ミズゴロウとしての筋力があるおかげかも知れない。
……一体、どんな内容が書き記されているのだろうか。
人類の終わりと魂のエネルギーの関係
(中略)
「魂のエネルギー」という単語をご存じだろうか。我々で言えば、"A.D.R.研究所"による研究が一番身近であろう。
今後我々の世界に大きな影響を与えるとされるその力は、人間の世界においても膨大な影響をもたらしていたようだ。
(中略)
A.D.R.研究所長の発表によると、その起源は人類西暦XXXX年にさかのぼる。それは、超能力の研究中に偶然発見された物だという。
最初は人類も、それの「真の特性」に気がついておらず、「このエネルギーを利用すれば無能力者に超能力に似た力を授けることが出来る」程度にしか考えていなかったようだ。
(中略)
人類は最終的に、「魂のエネルギー」を利用すれば、人の身でありながらありとあらゆる事象を自在に操ることが出来るという事実を発見した。そして、そのエネルギーは「生物の魂」からしか抽出出来ないという事実も。
このあたりの時代から、研究用に人間やポケモンを拉致して使い捨てるような事件が記録され始めている。
(中略)
そして、人類西暦XXXX年。「最終戦争」あるいは「終末戦争」と呼称される、世界すべてを巻き込んだ大戦争が勃発する。
人類の残した資料においても、「戦争と呼称すべきかどうかさえも分からないこの環境は、どのような平和主義的地域に対してでも武器を取ることを強要した。それを拒絶した地域は例外なく、住民すべてが死滅するという残酷な末路をたどってしまう」と揶揄されるなど、その凄惨さと無差別さは想像を絶するようだ。
(中略)
「終末戦争」の正確な原因は、現代に至っても未だ解明されていない。「魂のエネルギー」を利用した「浄化爆弾」という兵器の使用は広く知られているが、それ以外はさっぱりなのだ。
広く知られる説では、「人類同士の「魂のエネルギー」の取り合い」とするものもあるが、「浄化爆弾」は「魂のエネルギー」を大量に消費する兵器であり、その点で強く疑問を持たれている。
(中略)
人類西暦XXXX年。「浄化爆弾」を搭載した大型ミサイルの一斉掃射により、人類の魂はすべて破壊された。
事実上、人類の絶滅が確定した瞬間である。
当時を生きたポケモンが残したと思われる記録では、「あのひ、とつぜんにじいろのひかりがひろがったかとおもえば、ニンゲンたちはぜんいんくさるのをまつだけのぬけがらになってしまった。じぶんたちポケモンもおなじひかりをあびたはずなのに、じぶんたちはなぜかぶじだった」とある。
(中略)
「"魂のエネルギー"? "浄化爆弾"? 人間の時代に一体何が!? どうして自分たちを直接滅ぼすようなことを……!」
シズが専門書風の書物をある程度読み終えた時。突然、シズは取り乱し始めた。
当然であろう。自分の知らない固有名詞がバンバン登場して、その上それらが人類を消し飛ばしただなんて、あまりにも突拍子がなさ過ぎる。焦って当然だ。
「おい、シズ? 大丈夫か……?」
「い、いや……ボクの居た時代では、戦争なんか想像も付かないほど平和だったから……びっくりしたんです」
ただ、事前に覚悟しておいたおかげだろうか? シズは思ったより素早く落ち着きを取り戻したようだ。
……それに、人類が滅んでいるなんてのは既知の事実。むしろ、先ほどまでが身構えすぎだったのかも知れない。
「……もっと人間に優しい本でも読もうか?」
「あはは……」
どちらにせよ、深く考察するには情報が足りなさすぎる。人類が滅んだ理由が分かったところで……
……いや、"これさえあれば何でも出来る"という"魂のエネルギー"については、シズを取り巻く環境と関連があってもおかしくない。この本曰く"今後この世界に大きな影響を与える"とされているし、単語だけでも覚えておくことにしよう。
それからしばらく、シズたちは図書館を満喫していた。"「電化製品」から学ぶ人類史"というつっこみどころのある本もあれば、"水棲ポケモンの体質を知ろう・Ⅰ"といった役に立つ本も見つかった。
そして、今はその帰り道。
「チークさん……そういえばの話なんですけど……」
「……ん?」
しばらく歩いたところで、シズは……何か気になることがあるといったふうに切り出した。
「ユカのことです。ユカのお父さんとお母さんが死んだって話を、知りたいんです」
「……ユカから聞いたのか。それで、どうして今なんだ?」
2週間前。例の"天候操作事件"が後処理の段階に入った際、チークが気になることを話し始めて……だが、色々あって知れたのはごくごく大まかな概要だけだった。シズの持っている情報と言えば、"ユカの両親が死んだ"というくらい。
「いや、その……わざとじゃないんですよ! ただ、チークさんと二人きりになるタイミングがあったら聞こうと思ってて。ユカには聞かれたくないんでしょう? 思い出して欲しくないから」
それで結局、うやむやになったままで、今の今までその中身を聞けていなかった。
今更と言えばそうだが、ユカと生活を共にする以上は知っておかないといけないことだ。
「……わかった。どうせ教えておくつもりだった話だ」
7年前。ユカの両親であり、オレの師匠たち……天才夫婦と呼ばれた二匹の命が握りつぶされた時の話。
その日は、とても平和な日だった。花が咲き、鳥ポケモンたちは歌っている。とても良い日だった。ユカの母親が遠出していて居ないのが残念なくらいだった。
だが……一転して、その夜は地獄だった。
突然、どこからか火の手が上がる。救助隊の籍を持っていたユカの親父は消火へ動員された。しかし、消しても消しても、火災は広がり続けた。誰かが火をつけて回っていたのだ。
そして、その放火犯は相当のやり手だったらしく、どんどん町の住民は逃げ場を失い、あるいは焼け死んでいった。ユカと一緒に逃げていたオレも、少し遅れていれば恐らくは死んでいただろう。
放火犯を止めなければ、犠牲は増えるばかり。そう考えたユカの親父は、その放火犯を見事探しだし、対峙する。
ユカの親父はバカみたいに強い。頭も切れれば、冷静さもある。……だが、敵はもっと強かった。
ほのおタイプであるはずの敵は、未知の超能力――"死の虹"と名付けられたそれを使って、ユカの親父を追い詰め……そして、ワザ"ドラゴンクロー"でトドメを刺した。
……ゆっくりと、臓物を抉るかのように。あの放火犯の目は、まるで心の底から殺しを楽しんでいるようだった。
オレたちは、それを見ていた。見ていながら、圧倒的な力を持つ放火犯に怯えて何も出来なかった。当時幼かったユカはともかく、救助隊として少しは戦えたはずのオレまでもが……
……ユカの親父は、死に際にこう言い残した。「ユカを頼んだ」と。
こんなにも情けないオレに、自分の愛娘を頼むと。
最終的に、俺たちの住んでいた町は完全に崩壊した。住民はすべて焼け死ぬか逃げるかして、救助隊ももはや機能していない。町があった場所には瓦礫と灰と死体しかなかった。
だから、オレたちは遠出していたユカの母親を探す旅に出ることにした。
当時、オレは今のシズよりも年齢が低かったが、それでもオレなりに頑張ったつもりだ。
なけなしの小遣いでユカに良い物を食べさせたりもしたし、旅路での食料調達は全部オレがやった。ユカは歩くだけで良いってくらいに……全部、オレがやった。
……だが結局、その旅はひどい終わりを迎えることになった。
――「天才夫婦の片割れ、死体で発見される」。ある日立ち寄った町で見た、新聞の1記事だ。
「目の前で、ユカのお父さんを……」
「グロテスク・アートだったよ。……思い出すだけで、吐き気がする」
「……そんな」
……はっきり言って、人類がどう滅んだかを知ったときよりもよっぽど酷い気持ちになった。
"死の虹"だの、"ドラゴンクロー"で人にとどめを刺せてしまっているだの、そういう疑問点が問題にならないほどに……酷い気持ちだ。
「ユカの親父も、母さんも……すごく強くて、すごく頭が良くて、なによりすごく良いやつだった。本当に、良いやつらだったのに……」
「チークさんにとっても……そんなに……」
重たい話だっていうのは、最初から分かってはいた。分かってはいたが……自分が決して関わることのできない出来事だったとしても、本当にやるせない気持ちにさせられる。
「……オレのことは気にしないでくれ。これでも、割り切って生きてるんだ」
――"嘘だ"。……シズは直感した。チークは、割り切れてなんかいない。ユカのお父さんが遺した言葉に依存して生きている。
そうでもなければ、ユカのケガのことであんなに怒ったりはできない。
「……だけど、ユカは違う。ユカは……今でも、両親の影を追っている。誰かの影を追わないと、生きていけない心になってしまった」
「そのために、救助隊になろうと……?」
そういう意味では、同じ境遇を持った二匹は、同じ概念に囚われているのかも知れない。
形は違えど、同じ人物の遺した何かのために動いている。
「そう。だから……だから、支えてやってほしい。ユカの望む形で、支えてやって欲しい」
「チークさん……」
結局の所、よくわからない。この話を聞いて、そのために何をすれば良いのか、シズにはよく分からなかった。
ただ、1つ言えるのは……
「分かりました。ボクに上手く出来るかは……分かりませんけど」
「……ありがとな」
シズはこういうときにNOと言えない。そういうことだ。
「……"死の虹"。"魂のエネルギー"を利用した特殊能力の総称、か」
「そういうことです、スズキ。あなたの追っている凶悪犯……その唯一の手がかりと言って良いでしょうね」
ここは、"ハピナスレストラン"……じゃない、どこか別の飲食店。
救助隊のコリンク・スズキと、医学知識を持つ同じく救助隊のデリバード・フラッペがそこで話し込んでいた。
「発動時に虹の光が出るから"死の虹"……単純明快だな」
「しかし、その恐ろしさは本物です。その活用範囲は多岐にわたり、他者の心を読んだり、洗脳したり……あるいは、攻撃的に使えば銃火器よりも効率の良い殺害方法になり得ます」
そのテーマは、"魂のエネルギー"と"死の虹"。
人類を滅ぼした"なんでもできる"力とそれを利用する才という、2つの概念。
「この能力を持つ存在は現状1匹しかいない。だが、その1匹のためにA.D.R研究所は膨大な労力を費やした」
「奴の暴虐無人の振る舞いは……私も記憶しています。町を焼き、その住民のほとんどを殺害した事件は世界に衝撃を与えました。……が、何よりも衝撃なのは、これが氷山の一角に過ぎないという事実です」
……そして、その力を持つ存在。
「ですが、スズキ。あなたは――」
「――奴は殺す。どう説得しようが、その結論を変えるつもりはない」
「……だから、あなたは"死神"なんです」