Box.24 All the best―君に幸あれ―

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 優勝争いレースはユキノとソラの一騎打ちだったが、最終試合であれだけの醜態をさらして、おまけにイエローカードとなれば、ソラが優勝トロフィーを手にするのは当然の帰結であった。
 スタイリストは男物の服を持ってきた。「もう女装はしないんですか?」不思議そうな顔で「ご希望なら用意しますよ」と返される。首を横に振った。「本試合は女装必須ですけど、表彰式は自由意志です。たまに女装したまま、逆に男装で表彰式に出る方もいらっしゃいますがね」用意された服は、元々着ていたジャージに似ていた。デザインの洗練さは雲泥の差だったが、あつらえたように体にピタリと沿う。
 整えてもらった黒髪を大きな白い布――刺繍の入ったハンカチで結んだ。退出したスタイリストと入れ替わりに、アイドルキングが入ってきた。プラスルとマイナンを両肩に乗せている。

「Youのジャージは勝手ながら、仕立て直させて貰いましたYO。着心地はdoですか?」

 よく似ていたどころか、それそのものだったようだ。お礼を言うと、満足そうに頷いた。

「Looks good! 無事に答えも得て、新しい旅立ちですネ」
「ぷらら!」「まーい!」

 あと2つの答え。すっかり忘れていた。「いえ、その、まだ……全部は、分かっていません」「ぷら?」気まずくなって目を逸らした。言い訳をするならば、ユキノを倒すことやソラが大丈夫だったかどうかで頭がいっぱいで、すっぽ抜けてしまっていた。「Non」と、今度はアイドルキングがマイナンと一緒に首を横に振った。

「君はユキノboyに最後、なんといったか覚えていますか」
「オレ達の――」

 思い出して、顔が熱くなった。後に続く言葉は急に小さく、床に目を落とし、自信なさげに「勝ちだって、いいました」とぼそぼそ言う。そのような言葉を言った事実自体を消し去ってしまいたいほどの羞恥に襲われた。

「自信を口にすることは、goodな方法です。君は生きるべきで、この地方で踏み潰されるべきではありません」

 ――本当に?
 あんな事をしたのに? ひとつもバッジを持っていないのに? 家を出ることも出来なかったのに? 約束1つ守れない癖に?
 動悸が激しくなってきた。否定の言葉が簡単に思い浮かんだ。アイドルキングが静かにこちらを見つめる。溢れる否定の言葉の海に、溺れて泣きそうになる。アイドルキングの目は、リクを見ているようで、その奥に何人もの人間を見ているようだった。幾人も、幾人も、過去へ過去へと、連綿と重なる幼い眼差しを覗き込んでいた。『――間もなく、閉会式を行います。出場者の皆様はお集まりください』深い笑いじわの刻まれた琥珀色の瞳が、ふっと過去の流れから現在へと引き上げられた。

「自身の願いを、再び口に出せる日も来るでしょう」

 リクの手を取り、サザンドラの入ったモンスターボールを乗せた。もうひとつ、タマザラシの入ったボールも乗せた。サザンドラは我関せずと相変わらずだったが、タマザラシはすぐにボールを飛び出した。

「たまま!」

 表皮は艶々していて、瞳は生気に満ちあふれている。「では学びも終えたところで、Let'go!」「ぷらら!」「まいまーい!」アイドルキングが手を引いた。足下を転がりながら、楽しそうにタマザラシもついてくる。ポケットに二匹分のモンスターボールを押し込もうとして、「こちらですよ」と新しく取り付けられたボールホルダーを示された。ポケットには、あの青年から預かった小箱が入っていたので助かった。大事なものは肌身離さず持っておきたい。いつ何時、また谷底へと落ちていくかもしれない。
 3つめの答えを聞いていないことに気がついた。会場に入る直前に、「3つめの、3つめの答えを教えてください」と言った。

「〝考えること〟」

 何を。

「諦めずに、止まらずに、考え続けること。Youが考えなくてはならないことです」

 ビュティ・ニコニスが惜しむように告げる。扉を押し開けると、熱気と歓声の波が押し寄せた。割れんばかりの興奮の喝采の中、静かな、しかしはっきりとした声は、くっきりとした輪郭を持って耳へと届いた。

「――どんな時も、自分の価値を忘れてはいけませんよ。また会いましょう、リクboy」

 老いた大きな手のひらが、小さな背中を押し出した。





 5位から順番に名前が呼ばれる。リクとタマザラシ、コダチとルンパッパ、ライカとライチュウ、2位からは司会者がもったいぶったように間を置き、ユキノとマニューラの名前が呼ばれた。続き、優勝者である仮面Sとキルリアの名前が呼ばれる。「最後までミステリアス! ビューティフル! 真の姿は謎のまま! 優勝者は仮面Sとキルリアだー!!!!!」万雷の拍手と共にその名は迎え入れられた。キルリアはニコリと手を振ったが、ソラは仮面で顔を隠したままだ。優勝トロフィーである呪われしアイドルキング像が、前に歩み出たソラへと手渡される。それと、アイドルキングへの挑戦権となるカードも。ライカは拍手をしていたが、コダチは落ち着かない様子でリクに耳打ちした。

「ねぇねぇリクちゃん。昨日はサザンドラ連れてなかったよね。どうして今日はリクちゃんが持ってるの? 昨日までアイドルキングさんが持ってたよね?」

 司会者がまだ何か言っている。優勝トロフィーを嫌そうに掲げるソラとキルリアを讃え、「挑戦権は他の選手に譲られます!」とマイクに齧りついた。目もくれず、コダチは神妙な面持ちでこちらを見据えていた。タマザラシは退屈しているようで、ぷーぷーと半分眠っていた。ルンパッパは石像のように、惚けた顔で前を向いている。およそ空間が、ルンパッパを境に切り分けられたようだった。

「……どうして知ってるの?」
「リクちゃんのサザンドラだったの?」
「いや……なんでそんなこと訊くの?」
「違うの? 誰のサザンドラなの? アイドルキングさんの? ボルトプロデューサーの? 大事なサザンドラだから、無くしでもしたら始末書じゃ済まさないって――」

 ハッとしたコダチが、両手で口を押さえた。リクは少し後ずさった。疑惑と不信の黒い墨が、胸中へとじわじわ注ぎ込まれていく。コダチは弱ったように眉を下げた。目だけがぐりぐりと右往左往している。
 ルンパッパの向こう側では、ソラからライカへと挑戦権のカードが渡されようとしていた。ライカが首を横に振る。「欲しいけど、自分では納得できへん。別の奴に譲ったって」「らいらい」それなら、とユキノへとソラがカードを移動させた。ソラとの間で、視線が行ったり来たりした。「後の二人はジムどころじゃないからな」ユキノは渋面になると、カードを奪い取った。
 あちらのやり取り、こちらのやり取り。ルンパッパからこちら側で、コダチが両手を降ろした。

「サザンドラ、少し貸してもらえない……?」

 リクがぽかんとした。「なんで?」「お願い! 一生のお願い!!」コダチに両手を合わせて懇願された。だが、最期のお願いだろうが、生涯のお願いだろうが、絶対に無理だ。声を大きくしたコダチに、タマザラシが目を覚まし、他の3人が揃ってこちらを向いた。
 優勝トロフィーを挑戦権のカードと一緒に譲ろうか。いや断る。遠慮せずに。持って帰れよ。と、ソラとユキノが押し付け合いをしている最中だった。「どうした?」とソラが言った。コダチが千切れそうなほどに首を左右に振った。「なななななななんでもない!!!!!」それっきり口をつぐんだが、サザンドラに目が貼り付いていた。

 スポットライトが消えた。

 コダチの手が蛇のようにサザンドラへと伸びる。司会者が大声で叫んだ。『優勝者が決まり、そして我らがアイドルキングの――』七色のスポットライトが暗闇を切り裂く。誰かのスリーパーが、振り子を揺らして立っていた。一つめの指が立った。コダチはサザンドラだけ見ていた。勘づいたソラがライカとユキノを押しのける。腰のボールに手がかかり、ハッとしたリクが右手で払いのける。傷は当然塞がっておらず、鈍痛に悲鳴が漏れる。コダチが怖じけ、退いた。
 引きちぎれるほどに伸びた5人の影が入り乱れる。極彩色に照らされるステージ上で、ユキノが訝しげな顔をし、「どないした」とライカが言った。二つ目の指が立った。スリーパーはリクの傍へと移動していた。「たま?」ソラがリクに、コダチがサザンドラに、同時に手を伸ばした。大きな手が腕を掴んだ。興奮を煽るサイケデリックな光の中、大柄な影がニタニタ笑いを浮かべている。スリーパーが三つ目の指を立てた。ニタニタ笑いを浮かべる裂け目が言った。

「祭りは終いだ。行くぞ」

 ステージの両端から「ぷら!」「まい!」と鳴き声がして放たれた〝電撃波〟が真っ白に視界を染め上げ「Congratulations!」とバリトンボイスが叫び観客席から怒号のような歓声があがってスタンディングオベレーションの嵐が吹きすさびスリーパーのテレポートによって視界がぐるりと暗転し困惑するライカがユキノが引き留めるが間に合わず「待って!」コダチが半泣きで叫んで熱気に包まれた場内がねじ曲がってぐにゃぐにゃと切り替わっていき空間が捻転する気持ち悪さに目を強く結んだ次の瞬間には、

 饐えた空気と、無味乾燥な冷たさが、素っ気なく首筋を撫でた。

 止めていた息を吐く。
 昼過ぎから夕方までかかった表彰式は、遠い場所に行ってしまった。赤く暮れる街で、暗幕に覆い隠されるような影の中にいた。傾く夕日を背に受けたそのビルは、古い遊園地が凝縮されたような見目をしていた。天まで届くかと思われる高さの建築物は曲線を空へ伸ばしている。人を迎え入れるように、人工的な樹手が玄関口で両手を広げている。灰色にくすんだネオンサイトがケバケバしい光を放っていた。光源から逃れた影に、ヤトウモリやコラッタがチョロチョロ動いている。
 ボルトがサングラスを外した。やや黄色く濁った白目の中で、薄く青に輝く光彩が二人と二匹を映した。

「ようこそ眠らない街、ラチナの不夜城、ゴートシティへ。ここはスカイハイ――眠り姫の居城だ」

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想

 この作品は感想を受け付けていません。