Box.23 私、アイドル卒業します!

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 もやのかかった歓声が、がらんどうの廊下から聞こえてくる。ずぶずぶと沈み込んでいく意識が、塗り替え、息の詰まるような地下の街へと、有象無象の騒がしい声へと、姿を変えていく。思い出さないようにしていた記憶が、表面へと浮かび上がっていく。

 兄が一人いた事を、ソラは思い出していた。

 大人達の言葉の端によく乗った。身勝手な奴だ、親不孝者め、失敗するに違いないと口々に言うので、相当問題のある人なのだと、思った。知っているのは名前だけだった癖に、その内に、気がつけば自分も同じ言葉を発していた。

 彼はジムリーダーになった。

 くるくると言葉は変わる。見所があると思っていた。昔から優秀だった。鼻が高い。みな褒めた。
 褒め称える言葉は出てこなかった。凍りついた口は、動かなかった。君は優秀だと同じ口で褒められて、期待されて、あいつよりもずっと上手くやれると笑っていた。表面はなんとか平静を保った。笑顔を浮かべた。空のバッジケース。刻々と迫ってくる旅立ちの時。いつか戦うことになると実感としてのしかかってくる重みは、日に日に肺を押しつぶさんばかりに大きくなっていった。

 彼は一度も会いに来なかった。

 雑誌で姿だけ見たことがある。髪を高く結っていて、色は同じだった。顔つきがよく似ていた。10以上も歳が離れていたが、同じ年齢だったとしても、同じ場所に立っている姿は想像できなかった。会ったこともない相手が、心底恐ろしかった。
 伸びやかで美しい歌声が響いてくる。歓声は比例して膨れ上がり、十重二十重に爆発する喝采となった。何度かポケナビが鳴った。固く瞼を閉じたまま、サイドテーブルに手を伸ばした。意識の輪郭が明瞭になればなるほど、頭蓋が銅鑼のように打ち鳴らされる。

「もしもし……」
『気分は』

 幼い上司――カザアナジムリーダー・リマルカの声は、心配そうだった。頭痛という銅鑼が、声を耳に通すことを邪魔している。押しのけて返事をした。

「支障ありません」
『そう……医者はなんて?』
「今は席を外しているみたいです。確認次第、報告します」
『そうして。任務のことは心配しなくて良いよ』

 リク、任務、大会。沈黙は数秒ほどだったはずだが、察したリマルカが「君がリタイアして、ユキノ君が何を思ったのか――君を攻撃したんだよ。君が気絶している間に、最後の試合がさっき終わった」と説明した。のろのろと思考が追いついてきた。

「……リクは棄権しましたか?」
『勝ったよ』
「戦ったんですか……やはりユキノが勝ったんですね」
『違うよ。大多数の予想を裏切ってリク君の辛勝だ』
「シンショウ?」

 聞き慣れない単語だ。試合前、ユキノにメロメロになっていたリクがシンショウをした、らしい。

『辛勝』
「誰が誰に」
『リク君が、ユキノ君に』
「なるほど。ユキノが棄権したんですね」
『だから、リク君が、ユキノ君と、正々堂々真っ向勝負をして、なんとか勝ったんだよ』

 リマルカが声を張った。誰が? 誰に? シンショウ?
 
「冗談でしょう?」
『普段は1を聞いて10を理解してくれるのに、どうして今日は10説明して1つも理解してくれないの』
「すみません――いいえ、まさか、と思いまして。リクがユキノに、ですか。あのユキノによくリクが勝てましたね」

 去年の大会より磨きがかかったのは、女装の腕だけではないだろう。表彰台で「おめでとうございます」と微笑みながら、〝絶対潰す〟と目が語っていた。厄介な人間を引っかけてしまった。最悪のタイミングで再会する事になるぞと去年の自分に警告したい。
 バトルアイドル大会は、登録したポケモン以外での出場は許されない。ユキノと戦って勝ったというのなら、あの、まだレベルの低いタマザラシでということになる。根性は人一倍あるが、それだけで勝てる相手ではない。

『代償に大怪我してたけどね。後でまた報告が欲しい……んだけど。ねぇ、本当に大丈夫なの。頭打ったんでしょ。まずいんじゃない』

 頭を枕に沈めたまま苦笑する。
 
「問題ありませんよ。それよりカザアナの方が大変でしょう。離れたがらない人が多いですから」
『そうだね……ありがとう。じゃあ、頼んだよ』

 切れたポケナビを放り出し目を閉じる。
 リクはノロシを誘い出すための餌だ。知っている。知っていて、帰った方が良いと最初に言った。しかし結局はまた、上の人間の都合の良いように自分は動いている。彼は帰らず、自分はそれを守る役目だ。
 手の届かない人――サイカのジムリーダーは今頃、どうしているだろうか。行方不明のチャンピオンの親友だと雑誌が熱く語っていた。また一段と胃が重苦しくなった。腕を瞼に乗せて、睡魔に誘う疲労感に身を委ねる。
 もう夢は見ない。鈍痛は、廊下向こうの騒音と同様に遠ざかっていった。





 その頃女医はというと、当然試合を見ていたので救急グッズを手に会場まですっ飛んで来ていた。気絶したユキノは担架で運ばれて退場させられた。ベッドは空いていたが、ユキノをソラと同じ部屋に安置することに対して、リクが断固反対した。さもありなん。気絶したまま悪態をついていたので、問題なかろうと自室に放り込まれる手筈となった。
 ぐちゃぐちゃになったリクの両手にタブンネが癒やしの波動をかけ、処置室に担ぎ込まれる。ドバドバのドーパミン効果で痛みに鈍感になっていたリクはしきりに「大丈夫です」と繰り返したが、その内に脳内麻薬が切れて「痛い」と素直な絶叫をあげ始めた。なんて馬鹿なことをしたのだろう! 女医が「直接手のひらにつじぎりを受け止めるなんてなに考えているのよ……」と呆れ、医療チームの技と知識を結集しなんとか整復した。あとは術後の安静が大切だと懇々と話す女医に、ちんたらしてんなぁとボルトが首を突っ込んだ。じゃあアナタのポケモンが治癒しなさいよ仮にもエスパーポケモンの使い手でしょ、と女医が噛みつく。いやぁシラユキんとこのジムリーダーと違って本職じゃねぇから覚えてないわガハハと無責任な笑いをあげた男を、凄い目で彼女は睨みつけた。マニューラを掴んでいたのが利き手で、貫かれたのが反対の手だったのは不幸中の幸いだろう。
 まだ興奮の熱が冷めやらない。じくじくとした手の痛みが眠りを妨げるのもあったが、何度も何度も、リクはあのバトルを思い返していた。信じられない思いだった。ベッドの中で繰り返し寝返りを打った。体は酷く疲れていて、休息を要求しているのに、ギラギラとした熱がそれを許さない。やってやった。まだ戦える。もう一度、ポケモンバトルの世界に身を投じたのだ。
 ――その後は?
 ひやりとしたものが頬を撫でた。夜気とは違っていて、身を起こし、逸るように自身のわずかばかりの手荷物に触れた。手に取った大きな白いハンカチは、髪を結んでいたものだ。端っこの方に、小さな刺繍が入っている。
 刺繍を指でなぞった……鈴が鳴っている。街を歩く時は、リーシャンが横を飛んでいて、ベッドに潜るときも、横で眠っていて、今のように眠れない夜は、癒やしの鈴を鳴らしていた。海岸を歩いている時も。海岸線を目指して歩き出して、やがて足がつかなくなって、それでもなお歩き続けて、自身の背よりも海面が高くなるまで歩いていこうとすると、決まって泣き出すから、仕方なく、最後にはいつも陸へと引き返した。ウミは青くて暗くて冷たい海底にいた。街のあちこちにもいたけれど、一番そこにいる事が多かった。じっとリクを見ていた。
 
(お前は今、どこにいるんだ? まだオレを待ってるのか? 暗い海底の底で――)

 リーグを目にした時、挑戦したいと思った。懐かしい感覚だった。まだその想いは持っている。けれど粘つくような罪悪感と迫ってくる現実が、想いを覆い隠していく。どこへでも行けるけれど、どこへも行かれない。ハンカチの上で、小さなリーシャンが低く囁いた。

 ――忘れるな。

 寒くなってきた。
 サイドテーブルのミックスオレに手を伸ばした。一気に飲み干すと、あの頃と変わらない甘い味が広がった。ハンカチと一緒に空き缶を置いて、すっかり冷め切った体をベッドに押し込んで眠った。





 翌日、医務室の前にギスギスした空気がでんと居座っていた。原因の片割れであるライカが、こちらに気がついた。

「おはよう!」

 目覚めたとき、時刻は昼を回っていた。昨日は警察犬のように発見・捕縛してきたスタイリストやメイクは現れなかった。にも関わらず、上下ジャージのリクを、〝リク〟とライカは正しく認識した。それでいて何事も、それこそ女装などなかったかのように近づいてきた。「顔色が良くなってる、良かった。昨日の試合、まさか勝つとは思ってなくて、本当に、あんたも、タマザラシも凄かった。……それでな、あんな」矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。リクはそれどころじゃなかった。じわじわと胸中に不安が広がっていた。

①女装がバレた
②まだバレていない
③最初から男だと知っていた

 どれでしょう。三位一体となった疑問がぐるぐると回転し、心底申し訳なさそうに「勝てへんとか、言って、ごめん」としょぼくれるライカの周囲を躍っていた。ひとまず「気にしないで」と告げた。深く下げた頭をライカは持ち上げ、くしゃっと顔を歪めた。「……ごめん」消え入りそうな声だった。

「いつまで寝てんだよ貧弱ザコ」

 横柄な声が医務室前のソファから発せられた。見ると少年が、足を放り出して座っていた。湿布や傷テープがベタベタ貼られてはいるが、どこかで見たような繊細な顔立ちをしている。無傷であれば蕩けるような紅顔の美少年だろう。今は不機嫌丸出しでぶすくれていた。あやめ色の甚平からすらりと伸びた白い足が立ち上がった。近づいてくる少年が、ライカを押しのける。「昨日負けた癖によう言うわ」少年は聞こえているであろう言葉を無視し、リクの呆けた額に強めのデコピンをした。顔が後方に弾かれ、リクは短い悲鳴をあげた。

「いってぇ!」
「目が覚めまして? 貧弱ザコ底辺トレーナーさん」

 声はまさしくユキノのもので、よろよろと視線を向けると、彼は鼻を鳴らした。なんで女装してないの、と自分でもおかしいと思う疑問を投げかける。いっそう顔を顰め、不機嫌を深めて睨めつけた。

「てめーがボコボコにしやがりましたお陰で、したくても出来ないんですのよリクさん。もっとも、本試合が終わっても女装したいとあなたが仰るのは止めませんけど? あなたはボコボコでも変わりありませんし?」
「したいわけないだろ……」

 似合っていると言われるのも複雑な気持ちになるだろうが、変わらないとか言われるのもまた複雑だ。ライカがフォローのつもりの言葉を放った。

「今までの参加者の中では、似合った方やと思うけど……」

 答え:③最初から男だと知っていた
 ぶわっと変な汗が全身から噴き出した。

「え……え? ちょ、ちょ……と、待って。そもそも、バレてたの?」

 リクが狼狽えると、二人が顔を見合わせた。ユキノが侮蔑の表情で嘆息する。

「お前さぁ、あんなにオレオレ言っておいて、バレねーわけないだろ」

 「頭おかしいんですか?」とついでに丁寧に蔑んできた。ライカは言葉を選びながら、視線を彷徨わせた。

「まぁー……別に、隠さんでも……隠すつもりはないんやろうな、とうち思っとったんやけど……違うんか? 言動だけ見れば、男そのものやったしな」

 それは――そうだ。本気でバレたくないならユキノ同様に振る舞うべきだったのだ。だが想像だけで胸いっぱい腹一杯で、羞恥で全身が燃えるように熱くなる。実行に移すくらいなら、全裸でスカイダイビングした方がマシかもしれない。〝今までの参加者の中では〟との言葉が引っかかった。リクが女装していたと知っていても、ライカに変化はない。むしろ、当たり前の事のように語っている。恐る恐るリクは問いかける。

「もしかして……ライカも男なのか?」
「流石に怒るで」
「ごめんなさい」

 まさか参加者全員女装した男だったのでは、との予想は外れた。ユキノがゲラゲラと腹を抱えて笑った。まなじりをあげたライカに睨まれると、「まぁ怖い」と口に手を当てる。化粧も女装もしていないにも関わらず、流したままの長い黒髪のせいか中性的な美しさがある。女性的な仕草でさえ違和感はなかった。自分の見た目を自覚しているのだろう。
 医務室のドアが開いた。顔を出したソラに真っ先にリクが気づく。眉を下げて飛びついた。

「起きてたのか? もう大丈夫なのか?」
「とっくの昔に起きてたよ。俺のお見舞いに来てくれたんだろ」

 少し顔は白いが、ソラは笑顔を見せた。ホッと安堵の息を漏らす。対照的に、ユキノの視線が慎重にソラの表面を撫で、足下の僅かなふらつきを見て取った。口中で舌打ちする。

「立ち話もなんですし、中に入りません?」

 お前が言うのかよ、との目を向けたライカに、見ろよ、とユキノは顎でソラの足下を示した。2人で背を押し、どやどやと4人で医務室に入る。「あんた、一番ホッとしとるやろ」ぼそりとライカが呟いた。果たして届いたらしい言葉に、振り向きもせず「知るかよ」と返ってきた。

「リクはバトルアイドル大会の事を何も知らないんだ」

 「ニコニスさんがある程度は説明したのかと思っていたよ」とソラが言う。女医は席を外していた。ポケモン達も、今はみんな回復装置で眠っている。ニコニスって誰? と首を傾げるリクに、アイドルキングの本名だとライカが告げる。もはや〝アイドルキング〟という名称に親しみすぎて、本名など記憶の彼方だった。

「あのオッサン――一応、ルーロ―シティ・ジムリーダーらしいビュティ・ニコニスに挑戦したい奴は、大会で優勝する必要がある」
「〝一応〟でも〝らしい〟でもなく、正真正銘ジムリーダーやぞ」
「そっちが副業だろ」

 オブラートなし暴言二割増しユキノに、ライカが呆れた。生まれたときからルーローシティに住んでいるライカの補足説明によると、一般トレーナーとバトルアイドルを目指すトレーナーの大会はエントリー段階から分かれている。バトルアイドルを目指すトレーナーの試合は華やかでレベルも高いが、嫌々女装するトレーナーがいる大会の方はだいたいめちゃくちゃらしい。ただそのめちゃくちゃ加減が受けて、こちらはこちらである意味人気が高い。コダチは半分記念参加みたいなものだが、ライカやユキノは別段アイドルを目指している訳ではなく、ジムリーダーとしてのビュティ・ニコニスへの挑戦権を得るために参加していたというわけだ。
 それで文句は出ないのか? ――出るに決まってるだろ、とソラが深いため息をついた。反対意見を封殺できるだけの実績と後ろ盾が、ビュティ・ニコニスにはあった。「よう知らんけど、プロデューサーが物凄くえらい人らしいで」脳裏に自称プロデューサーのニヤニヤ笑いが浮かんだ。

「聞いた話だと、裏社会の帝王と手を組んだとかなんとか。眉唾みたいな話だけど、あのオッサンならあながち嘘とも思えないんだよな……」

 リクの知っているアイドルキングの姿と、その話はイメージがちぐはぐで噛み合わない。昨日までは淑女然としていたユキノが、今日はヤンキーさながらに汚い言葉を繰り出してくるのと同じくらい違和感がある。ボルトは裏社会の帝王と呼ばれても、何の違和感もない。(「どういう意味だよ?」と脳内のボルトがニタリと歯を見せた。)
 「ルーローは都市開発で生まれた街だ」とソラが言った。ゴートシティ(こちらもビュティ・ニコニスの名前と同じく、どこかで聞いたような気がした)は掃きだめの街だ。『クリーンな街を作りましょう。美しい心、美しい人間、美しい街作りを!』数十年前にそう提言したお偉いさんがいた。つまりゴミはゴミ箱に、くさいものには蓋を。壊れたものを直すために苦心するより、新しく綺麗な街を作る方がよほど楽だ。かくして数十年前にルーローシティは誕生した。たいそうクリーンで品のある、上流階級専用の街に。それは全く、アイドルに熱狂する今のルーローの姿からはほど遠い。

「あのオッサンが曲者なんだよ」
「オッサンオッサン言うなや。うちかて、ルーローの人間なんや」
「ファン的な?」
「誰だって、自分の街のジムリーダーが嫌いな奴はおらん」

 「アンタらだってそうやろ?」との問いかけに、ユキノは答えなくとも否定もしなかった。ソラは「まあね」と軽く答えた。「そういえば、仮面Sはどこの出身なんや?」ライカが尋ねた。「カザアナだよ。地下の街だから、退屈で出て行く人もいる」ソラが笑った。貼りつけたような笑顔だった。
 ビュティ・ニコニスはジムリーダー就任後、アイドル産業を立ち上げた。自身を広告塔として。最初は多くの人が馬鹿にしたが、驚くべき歌唱力・熱意・演出力に瞬く間に固定ファンを獲得し、気がつけば老若男女問わず魅了されていた。あっという間にルーローはアイドルの街に早変わりし、息の詰まりそうな美しい街を開放した。だからこの街の人間は皆、アイドルキングが好きなのだとライカは言った。中でも特に狂信的なファンは、アイドルキングのしゃべり方を真似する。他の街でも、同じようにしゃべり方を真似するファンがちらほらいるとか。
 みんな詳しいんだな、と一通りの話を聞き終えたリクが呟いた。ライカは街の出身だからともかくとして、ソラやユキノが意外なほどにルーローの歴史を抑えていた。「当然だろ」ユキノが小馬鹿にする。
 エリートトレーナーなら、挑戦するジムリーダーの経歴をある程度抑えていて当然。持っているポケモンの対策に加えて、どのような戦術を選んでくるかの傾向は性格・信念に左右される。苛烈な性格ならガンガン攻めてくるだろうし、控えめな性格なら守りが堅いかもしれない。反対に、戦い方を見ればどんな性格か想像がつく。

「お勉強になって良かったですわね底辺トレーナーのリクさん」
「ぐ……っ! だ、けど、オレが勝ったんだ。そうだ。お前、オレに負けたら、ソラに謝るって約束したよな!?」

 先ほどまで嫌みったらしく輝いていたユキノの笑顔が、一気に引き攣った。窺うように、視線が泳ぐ。麻痺患者のように頬の筋肉がピクピク動く。言葉にならない声がややもあって漏れた。「無理するなよ」憐れなものを見る目をソラが返すと、青筋を立てて怒鳴った。「悪かったな!!!!」数秒あり、目をパチクリさせたソラが「あぁ、うん」と言った。ユキノはリクを振り返り、勝ち誇ったように宣言した。

「どぉーだ! 見ろ! 謝ったぞ! ハイ終わり! この話は終わり!」
「そうだな。もう関わることもないだろうし……」

 ぽつりと零された言葉に、ユキノが止まった。泣きたいような、怒りたいような、そんな風に顔を歪めて、唇を戦慄かせた。ぎゅっと拳を握った。それを見ていたのは、リクだけだった。パッとソラへと向き直ったユキノは、もう平静の彼の、人を小馬鹿にした笑顔だった。

「そう、その通りですわね。遅れましたが、優勝おめでとうございます。ソラさん」
2021年10月30日 改稿修正
大きな矛盾があったので修正しました。

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