よくあるはなし・てのひら「七夕のねがい」

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作者:夏十字
読了時間目安:3分
『さあ、キミの願いは?』
 少年の頭に声が響く。野を越え山を越えたどり着いた遺跡の奥、ぽっかりと開けた星空のもと現れたのは、千年に一度だけ目覚めあらゆる願いを叶えるというポケモン、ジラーチ。

 ようやく会えた。少年は大きく息を吸って――願った。

「すべての人を、幸せにしてほしい」
『すべての人を?』
「母さんや友だち、町のみんな……世界じゅう皆に幸せになってほしいんだ。だから……」
『ムリだね』
 ジラーチはきわめて平然と言い放った。
『そんなことはムリだ。人の幸せの形は人それぞれなのさ。それ全部を叶えるということは、人の数だけの願いを叶えるってことだ。何十億だっけ? キミ一人の願いでどうにかなるものじゃない』
 ただ整然と並べられる言葉が、少年の願いをぐしゃぐしゃにしていく。
『それに。例えばキミの幸せを不幸せに思う誰かだって必ずいる。皆が幸せな世界なんて、ありえない』

 沈黙。

「……帰るよ」
 少年は、肩を落として来た道へと向き直る。
『何も、願わないのかい?』
「何も、ないからさ」
『待ちなよ』
 ジラーチが少し強く、呼び止めた。
『キミの願いは叶えられない。だけど、千年に一度しか目覚めないボクの元に、たかだか百年しか生きないキミが会いにきた。それが簡単なことじゃないのはボクにも分かる。そんななかでのその願いだ。自分だけのために、何だって願っていいはずなのに』
「……」
『これまでボクがムリだなんて言った願いはなかった。富とか地位とか命とか、簡単なのばかりだったから。こんなのは初めてだ。すっきりしない』
 特別だ、とジラーチは告げる。
『百年……はダメか。十年後、またここで会おう。そして再びキミの願いを聞こう。寝坊しなかったらね。だから――』
 だから。
『ボクが願う。その日まで、せいぜいキミが幸せであれ』

 ジラーチが姿を消して。少年が空を見上げると、長く伸びた天の川があった。
 手を伸ばしても届かない。でも、それは確かにきらめいていた。

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