我が家の飛べない天使

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作者:ジェード
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読了時間目安:11分
 ある日、四人家族でポケ飼いのない我が家にポケモンが来た。

 きっかけはワイルドエリアの警備をしている夫が、迷子で保護されたその子に一目ぼれしてしまったみたい。職場の知り合いに頼み込んで、本来なら育て屋やエーテル財団等に行くところなのだけれど。我が家は子供たちももう手のかかる年代を過ぎていたから、あまり困らないのはそうなのよね。
 肝心のポケモンなのだけど、夫からの連絡でノコッチというポケモンなのは聞いていた。トレーナーではないけれど、私も姿くらいは知っていたから、大人しそうで安心した覚えがある。眠そうな目をした結構可愛らしい見た目のポケモンよね。ほのおタイプは体温管理が大変とか? 近所でもよく見るウールーは、転がるスペースがないとストレスになっちゃう、とか聞いてたから。
 本来穴の中に住むポケモンで、調べた限りは特に家で飼っても問題なさそうだったから、息子と娘にはパパがポケモンもらってくるから、仲良くしてあげてねとだけ伝えた。
 大学生の息子は薄いレスポンスだった。元々、ポケモンに対してそこまで深い親近感や友好も求めてない子だったのもあり、まあ、二人が良いならいいんじゃない? というあっさり反応。
 では、絶賛青春謳歌中の高校2年生の娘はというと、イーブイかマホミルなら大歓迎! という若い女子らしい予想通りの反応だった。私が違うけれど、可愛らしいポケモンだと伝えると楽しみにしているようだった。
 さて、家族全員の承諾も取れて、職場にて預かられていたノコッチも、夫曰く人に慣れてきたみたい。いよいよ、我が家にノコッチ入りモンスターボールを携えた夫が帰宅した。
 家族に加わるポケモンが、ノコッチと知らない息子たちはその中身を推理し合い、夫の帰宅までの間、普段通りの日常を送れているようで全く送れていなかった。
 そんな二人の様子に気を取られていたのかしら。私も予想だにしないことが一つあった。
 
 それは、見事にポケモンを目にした娘の開口一番に現れていた。
 
 「でっか」
 
 私達を見てぱたぱたと羽を動かす、ずんぐりむっくりとした巨体。丁度、バチンウニの玄関マットが隠れるくらい。
 私は知らなかった。まさかあんなにも温和な顔をした、如何にも無害そうな、ノコッチというポケモンが。
 ボーマンダと同じ体躯の持ち主だったなんて。
 
 「でけぇな、舞と同じくらいあるわこれ」
 「ていうかノコッチって! どこがイーブイみたいにかわいいのよママのバカ!」
 
 三者三様にノコッチに対して騒ぎ立てる様子は、新学期に転校生が来た時のようだったわ。
 息子は照れたようにもじもじするノコッチを観察し、娘は予想を裏切られたショックからか、私を詰ってくるし。そもそも私は、イーブイやマホミルみたいに可愛いポケモンだなんて、言ってないのだけれども。こう言う私自身も、ノコッチの大きさには確かにしてやられた。ニャースやニャビーに使うポケモン用のベッドを購入しなくて良かった、とほとほと思っていた。
 
 「もす…」
 
 当事者のノコッチは照れたような、詰まったような声を出した。急に人にたくさん詰め寄られて困ったのでしょうね。慣れない土地に来て疲れてるのもあるかも。
 もじもじと身を捩ると、鬚をぴくりとさせてから、お飾りのように小さく可愛い羽を動かす。夫には少なからず懐いているようで、仕事終わりで汗臭いだろうに、すんすんと匂いを嗅いでいる。落ち着くのかしら。
 
 「デカわいいだろう? こう見えても食事量は並のポケモンだから安心して欲しい」
 
 夫は私を見て何故か誇らしげに言った。主婦からすれば一番に気がかりになる点だったので、有り難いのはそうなのだけれど。
 問題はノコッチが我が家をどう思うかどうかだ。
 もう幼くないとは言え、気難しい年頃の娘とポケモンとは距離を置く息子。ノコッチは大人しいポケモンだって、育て屋の奥さんや夫も言っていたけど、もしかして大人しすぎてお互いほとんど関わらないで過ごしたりするのかしら。
 それは何だか寂しい。せっかく可愛い子がまた家に来てくれたのに。
 
 「大丈夫だよママ。ノコッチは照れ屋さんだけどいい子だし、圭人も舞も絶対仲良くなれる」
 
 仕事で鍛えた屈強な二の腕には、眠そうに辺りを見つめる眼が挟まっていた。自分を精査するような優しい目元の似た兄妹を見比べているようだった。
 
 
 *
 
 
 クラスメイトのタイムラインは、今日も『ぴかちゃとピカブイカフェわず』『キバナさん今日もマジイケてた!』とかそんな感じ。
 美肌加工もりもりの自撮りと、マホイップやモルペコやニンフィアみたいな可愛いポケモンを載せるのが定番。あたしも自撮りはするから、ポケモンが来たらやってみたかったんだけどなー。
 
 「やっぱりデカいわ」
 
 ため息と共にリビングを占領するぬしを見た。生憎、我が家に居るのは動きに乏しい巨大なつちへびポケモン。今日も毛布に包まり寝ている。パパ曰く元から年中冬眠しているらしい。
 クラスのいつメンにノコッチが家にいることを伝えたら、ノコッチのタイプを知らない子もいれば、(実はあたしもむしだと思っていた) 何故かジジーロンに進化すると勘違いしていたり散々だった。
 珍しいポケモンと言えば聞こえは良いが、はっきり言うと地味という。アンタって影が薄いのね、と同情してしまったくらい。
 
 「ねえ、蜜柑食べる?」
 「ぎゅむ」
 
 やることが無いあまりに、蜜柑を剥いてノコッチの半開きの口に放り込む。ここに来る前に住んでいたホウエンの名産だ。隣を見ると口だけを器用に動かして、もそもそと頬張っている。
 ママやパパとは違ってそこまで可愛いとは思わないけれど。ノコッチが美味しいもの食べた時に、羽をぱたぱたさせるのを見るのが日課になってしまった。その後には、ゆっくりとその場を回り出す。何かと思っていたが、パパ曰く“とぐろを巻く”なのだそうだ。残念ながら巻けてない。
 あたしに頭を触られても特に何も反応しない。兄貴にゲームする時の座椅子代わりにされてるのもよく見るし、皆段々とでっかいクッションみたいな扱いをしている気がする。
 それでいいのかノコッチ。なんか、別に良さそう。
 
 「あ、やっぱノコッチお前に懐いてんな」
 
 イヤホンを耳に差しっぱなしの兄貴がひょっこりと現れた。雑音程度にイッシュのガールズバンドのボーカル音声が聞こえる。
 ドリル状の尻尾を兄に触られると、少し嫌そうに震えたが、また眠たそうに欠伸をしてからもぞもぞと毛布に戻った。
 
 「懐いてるの? なんで?」
 「こいつ、たまにお前の部屋の前で寝てるから」
 
 おかげで通れないんだわ、と兄貴はぶっきらぼうだが、どこか羨ましそうというか、嬉しそうというか。そんな口ぶりだった。
 ただ廊下で寝てしまっただけな気もするんだけど。
 この人も変わったな、としみじみ感じていた。ポケモンに触ろうともせずに、オーディオやらホロやら弄ってたオタクだったはずなんだけど。
 あたしに懐いてる理由は分からないけど、不思議と悪い気はしなかった。
 ここに来て半年くらい経つ。ノコッチの慣れるスピードが早かったのか、二週間もするとヤドンの如き鈍感さを発揮していた。
 大学受験があるから来年はあんまり構えないかも。そもそも、あたしは大学からは一人暮らし希望だから、意外と長くは一緒に居られないのだと気付く。
 受験のことを思い出したせいで、気が重くなってしまった。
 
 「はー、受験だるすぎる……兄貴、あたしの分も受けといてよ。勉強得意でしょ?」
 「そしたらお前、周りに女いなさ過ぎて逆ハーレムになるけどいいのか」
 「うっわ、ないわ」
 
 ノコッチを挟んで会話をしていた。理系なら教えてやるから頑張れよ、という兄貴の抑揚のない声を聞いてテキトーな返事をしていると、もうすっかりオネンネしていたと思っていたノコッチが顔を出した。
 あたしを見ると、一瞬だけ輪をかけたような光が煌めく。
 何かわざを使ったような挙動。でもそれらしい効果はない。そもそも、“ずつき”と“とぐろを巻く”以外のこのノコッチのわざを知らない。
 きょとんとして見ていると、兄貴があー、と間延びした声を上げてからあたしに言った。
 
 「ノコッチが頑張れ、ってよ」
 「なんで分かる訳?」
 
 あたしが首を捻ってから、ノコッチの頭を指でこすこすと触っていると、嬉しそうに頭を動かす。
 
 「“てだすけ”だよ」
 
 兄貴の声を聞くと、呼応したように短く擦れたような鳴き声を出す。絶妙に可愛くないくぐもった鳴き声だ。
 わざの効果については詳しく知らないが、ノコッチがあたしを好きで居てくれて、家族として見てくれているのは痛いほど伝わった。
 本当に、この前アンタに小指を踏まれた時よりもよっぽどね。
 
 「長生きしなさいよ」
 
 ノコッチお気に入りのパパの毛布を掛け直すと、途端に魔法が掛かったように元から眠たそうな瞳は完全に閉じた。
 この時のやり取りを、ママが見てほくそ笑んでいたと知ったのは、受験票を取りに行ってから帰宅した、まだ残暑にテッカニンの切ない声の響く日だった。


 *
 
 
 「お、今年のハジツゲミカンは当たりだなあ」
 
 甘くて瑞々しい果肉。噛めば噛む程に酸味が広がりゆく。
 テレビの料理番組では、若い女性と陽気なロトムナビが協力して若鶏の調理をしていた。それを観ながらフエンせんべいを手で砕く妻が頷く。ホウエンに居た時の同僚や友人、そしてまだ半分の背丈しかなかった子供たちが過ぎる。
 
 「むいむい」
 
 私が特徴的な鳴き声につられて目を遣ると、ノコッチがどう見ても体積に似合わない羽を忙しなく動かし、10センチほど宙に浮いていた。
 思わず、テーブルを叩いて妻に報せる。ノコッチを妻が見た途端に、ぼすっとカーペットに落ちた。
 
 「ノコッチ、あんなに飛べたのね?」
 「初めてだよね? すごいすごい」
 
 今までもちょこっとだけ宙に浮いていたことはあったが、こんなに長く飛んでいたのは初めてだと記憶する。当の本人は、疲れたらしくぜぇぜぇと呼吸を荒く、汗を流していた。図体に似合わないお茶目さに何だか笑ってしまう。
 
 「子供も、ポケモンも」
 「私たちがいくら可愛いからって、その成長は止められないのよね。どんどん勝手に大きくなって……」
 
 寂寥を感じる声に、私も俯いてから同調する。きっと妻は、荷物の減ってノコッチの寝床になった二人の部屋でも思い出しているのだろう。
 私の足元によじよじとやってきたノコッチを見て、数年前の脱皮から一回り大きくなったことを実感した。あれから年老いた私の腕力で持てるかは怪しいので、蜜柑をもう一つ手に取って剥いてから口元に近付けてやる。
 最小限の動きで咀嚼すると、嬉しそうに身を捩って、とても飛べないだろう羽をぱたぱたと動かす。
 そして、見えないとぐろを巻こうとゆっくりゆっくりとその場を移動した。
 
 私には、大好きなあの子の帰りを待っているようにも、私たち夫婦を思いやったようにも見えた。
 何故にこの子に飛べない羽があるのか、私には分かったような気がして、暫し微笑んでいた。
 
 
 
 
 ──了──

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