少年は、濃霧の中をさまよっていた。
手持ちのポケモンたちもボロボロ。野生のポケモンから逃げるためのピッピにんぎょうももう底を尽きた。しかしこの周辺にはかなりの量の、しかも凶暴な野生のポケモンが沢山いる。このような濃霧の中では、もし行き倒れたとしても早急な救助は望めない。彼の心の中には絶望が広がっていた。あんなことをしなければーーー。後悔してももう遅い。
「今日の日付は6月1日、ガラル地方朝のニュースです」
少年はスマホロトムでちらりとテレビを見た。ブラッシータウン、天気は晴れ。心地よい日差しが降り注ぐ。少年は元気よく駅へ走って行った。
ICカードで駅の改札を通る。今日は遠出だ。
やっぱり旅は鉄道でなくちゃ!少年はそう手持ちのラビフットに話しかける...が、当のラビフットは一切気にする素振りは無い。
目的地は、そう。ワイルドエリアだ。つい最近見つかった土地らしく、ナックルシティかエンジンシティから入れるらしい。少年は冒険気分で一杯であった。手の付けられていない土地を探検する。これ程わくわくすることがあろうか。
列車はエンジンシティに停車する。少しの乗り降りがあった後、また列車は走り出す。ガタンゴトン。暖かな日差しも相まって、心地よい揺れが眠気を誘う。
しばらくすると、列車はナックルシティに到着する。
「ナックル~ナックル~ご乗車ありがとうございました」
駅員の声と共に目が覚めた少年は、慌てて列車を飛び降りる。
ナックルシティは中世の街並みを残した壮麗な街である。しかし、少年はその街並みには目もくれず、南へ向かって走っていく。
しばらく走ると、広大な丘陵地帯に出た。そう。「ナックル丘陵」と名付けられた、巨大なワイルドエリアの一部だ。今日の少年の目的は、この地で野生のポケモンを捕まえつつ、当時発見されていた最南端である、エンジンリバーサイド地区からエンジンシティに抜けるルートを探検することであった。
「スーパーボール20個に、ピッピにんぎょう5個、そしていいキズぐすりが10個、と。」
バッグの中をもう一度確認。ボールを忘れてポケモンが捕まえられなければ来た意味が無い。
そして、少年はワイルドエリアに足を踏み入れたのだ。しばらく歩くと、砂地が見えてきた。順調順調~♪少年は楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いていく。
しかし、歩いていくと徐々に霧が深くなっていく。
「おっかしいな···。まあまっすぐ進んでいったらエンジンシティに着くでしょ」
気楽に足を進める。すると。
後ろに恐ろしい気配を感じた···。
振り向くと、そこには···。
「くーっ」
外見はかわいらしい見た目、でも中身は凶暴なポケモン。
キテルグマである。
慌てて走り出す少年。
辺りの石を吹き飛ばしながら追い掛けてくるキテルグマ。追い付かれたら死ぬ。少年は逃げ続ける。走り続ける。
「......逃げ切ったかなぁ」
息も絶え絶え、岩陰に隠れていた。
しかし、後ろにひんやりとした気配。背筋が凍った。
振り向くと···。
ゲンガー。
走っても逃げきれない···。そうだ!
ピッピにんぎょうを投げつけ、慌てて岩陰から這い出る。
ゲンガーは気を取られているようで、追い掛けて来ない。
一応助かったかな···。
と一段落していると、ブブブブと羽音が。
威嚇しているイオルブ。羽で威嚇しているよ···とそんなこと考えてる暇無い!
ピッピにんぎょうを放り投げ、慌てて走り出す。
...そのようなことが何度かあっただろうか。息も絶え絶え、もう走れない。
岩に腰掛けたと思ったらそれはカジリガメ、窪みに隠れたなら後ろにギルガルド···。
ピッピにんぎょうも切れた。
もう···だめだ···。
そうして最初の状態に至る。
水辺に倒れ込む少年。
「クラークラーッ!!」
襲い掛かるアーマーガア。
少年は最後の力を振り絞り、ラビフットを出す。
既にボロボロのラビフット。
そして、弱々しい声で指示を放つ。
「ラビフット···、かえんほうしゃ」
弱々しく放たれたかえんほうしゃ。アーマーガアに命中はした。一瞬怯んだアーマーガアであるが、敵の力を知り、容易に襲えると知ったのか、逆に突っ込んできた。
終わりだ···。
少年は思わず目を瞑った。
視野が狭くなり、聴覚が失くなっていく。ああ。こんな所で死んでしまうのか。
少年は微睡みながら目を開ける。
死んだのか?ここは天国なのか?地獄なのか?
しかしそのどちらでも無かった。
目の前には怯えた目でどこかを見るラビフット。
その先には···。
何故か強力な水流で吹き飛ばされるアーマーガアの姿が···。
そこで少年の意識は途絶えた。
「...ん」
少年は目を覚ました。ここはどこだ?てんご
「あら、目が覚めたのね!」
目の前にはジョーイさん。
「ど、どうして僕はここに···。」
「大変だったのよー。このエンジンシティにミロカロスが入ってきた、って。皆大騒ぎだったのよ。それでそのミロカロスが1人の男の子を連れてきたとなれば、尚更よ。」
「ミロカロス···?」
「知らないの?こう言うポケモンよ」
ジョーイさんが取り出したスマホロトムには、海蛇のようなポケモンが写っていた。
...まさか、このポケモンが。
「水タイプのポケモンでね。心が綺麗な人の前にしか姿を表さない、って言われてるポケモンなの。まあ、あなたを置いたらすぐにワイルドエリアに帰って行ったから一件落着だったけどねー。めちゃくちゃレベルが高そうな雰囲気だったから、皆本当にビビってたわ。あのま···」
ジョーイさんの話はあまり耳に入って来ない。少年は窓の外をを見つめる。何故か助けてくれたポケモン。興味がわかない訳が無い。いつか、あのポケモンに会いたい。もう一度会いたい。
もう一度会って、お礼を言わなきゃ···。
数年後のガラル地方。そこではとある青年の噂が飛び交っていた。各地のスタジアムに突如現れては、ジムリーダーをいとも容易く撃破していくらしい。
そして場所ナックルスタジアム。トップジムリーダーのキバナがかの青年と対決していた。スタジアムは超満員。スタンドは大興奮。
キバナのキョダイジュラルドンの強力なダイロックがダイマックスしたエースバーンに襲いかかる。
砂嵐が起こり、観客も思わず目を瞑る。
しかし、青年はニヤリと笑った。
「エースバーン!カウンター!」
キバナの顔が凍り付く。崩れ落ちるキョダイジュラルドン。歓声のあがるナックルスタジアム。この瞬間に、この青年の全ジムリーダー制覇が決まったのであった。
そのしばらく後、かの青年はチャンピオンに挑むことはなく、探検家となった。チャンピオンとの激烈なバトルを期待していたガラル地方の人々には、少しばかり失望が広がった。しかし、彼はそのようなことは一切気にせず、程なくしてワイルドエリアの探検に取り組み、エンジンシティより南の地域の開拓に成功した。そして、その青年は東南部に広がっていた池の命名を行った。そう。「ミロカロ湖」と。しかしながら、強力なエースバーンと、ミロカロスを連れたこの伝説的な探検家は、バトルに熱狂するガラルでは徐々に忘れ去られてしまった...。
今現在、ワイルドエリアは探索され尽くされ、隅々まで管理が行き届いている比較的安全なエリアとなっている。最南端には「ワイルドエリア駅」として鉄道駅が開業し、昔と比べれば非常にアクセスが向上した。まだ経験の浅いトレーナーが、珍しいポケモン目当てに、ピッピにんぎょう片手によく飛び込んで行くことでも有名だ。
皆も道路や鉱山、そしてワイルドエリアを探索する時は少し立ち止まり、思いを馳せてみて欲しい。ここは昔、「開拓者」が必死の思いで開拓した場所であるのだとーーー。